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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
2-1 伝説の復活
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おかしの家

 クウィンセラは円筒状の胴体前部に三本の腕が等間隔に生え、多くの場合、後部には足が無く、代わりに尻尾、ひれ等があり、三本の腕で全身を回転させ、下半身を補助的に使って走り、泳ぐ生物の総称だ。


 硬三本腕シラブクウィンセラは全体的に爬虫類的で緑の鱗に覆われている。トカゲのような頭部は白く甲虫の殻に似たのっぺりとした質感で、手は三本指で鋭利な爪があり、下半身は二本の長い尾がある。

 多くは右利きで、右手だけが三本あり、右回転で大地を捉えて前進する。


 圧倒的な質量が回転しながら木々の間を縫い、どうするか判断する間もなく一行に迫った。回転は限界まで速まり、中心の白と体の前に突き出てくる手だけが見える。


 硬三本腕シラブクウィンセラは最後に大地を大きくひとかきすると、一気に首を前に伸ばし、鋭利な歯の行列を見せた。


 マウタリはとっさに姿勢を低くして、頭の軌道からわずかに逃れる。

 ドテンが彼の前に出て、彼の体に匹敵する大きさの顔を盾で受け止めた。ギイイと重い摩擦音がした。ドテンは一歩も下がらない。


「滑る」


 ドテンが呟いた。

 マウタリがいつもと同じように止まった敵に一撃入れようとすると、コロの声が飛んだ。


「待たれよ! 機にあらず」


 白い頭部は多少減速したがドテンの盾を押しながら左側へ流れる。さらに回転してきた手の爪がドテンを上から襲う。これをドテンは籠手でそらした。


 ややつんのめった巨体は、頭を地面に擦った。下半身がくの字に曲がり、一本の尾が鞭のごとくしなって、闇の中から風をビュウと切って、マウタリの頭へ降る。


 マウタリの頭上に力場の盾が出現して尾の一撃を防いだ。ドテンが指先を上に向けている。


 硬三本腕シラブクウィンセラは体を回転させながらひねって、瞬時に向かって左へと向きを変えた。


 赤い目だけがしっかりとこちらを見ている。マウタリは即座に剣を構え、シュケリーの前に入った。


 硬三本腕シラブクウィンセラは上体を上げ、腕に力を入れて再加速、そのまま左斜め後方に走り抜けた。そしてしばらく直進して闇に消えた。

 振り向けば、遠い暗闇の中で音源は右から左へ移動している。


 すぐには反転できないらしい。


「助かったよ、なんでも防げるね、ドテン」

「横を抜けるのは止めにくい」


 ドテンは巨体が去った側に移動した。


「今のはスキルじゃなくて、鎧の機能で生み出した力場や。限度がある」


 森から聞こえる音は遠いが、リズムは速くなっている。


「腕による回転が止まり、尾が封じられれば奴は無力。完全に止まると加速に時間がかかる。方向転換は速いが右にしか回れぬので、回転に追いつける速度があれば、同じ流れで追い討ちも可能。しかしながら障害物などで回転を止めるのが常道。また腕一本を潰せれば回転は止まる」


 コロが言った。


 音が大きくなってきた。硬三本腕シラブクウィンセラが遠回りに円を描く軌道で加速して、再突撃してくる。


「このまま迎撃でいいね?」


 マウタリの常識なら、罠を張るか、木の上から攻撃すべき相手だが、ドテンは正面から受け止められる。


「次は打ちかえすか?」


 ドテンが言った。


「来たらまず弱体化させる。あれは固いし、簡単には止まらん」


 エヴィが薬瓶を取り出した。


「真っすぐ来るなら、私が水で殺す」


 シュケリーが言った。


「あれの頭は特別に頑丈やで。腕は回転してちょっとしか当たらんし、胴体は頭に隠れる」

「壁、落とし穴のような障害物を生み出すか、地面を沼などにするべきである」


 コロが言った。


「地面なら水ですぐに削れる」

「試してみる価値はありましょう。足を止めても、尾があることを忘れてはなりません」

「ならそれで」


 シュケリーが再度光球を飛ばすと、巨体が三十メートル先に照らし出された。そして突撃軌道に全力で放水した。土がえぐれ泥水が吹きあがり、扇状の泥水の壁を作った。地面はすごい勢いで削れている。


 ブシュウと泥の壁を派手にかき回し、巨体が突き抜けてくる。回転する腕が穴と泥水で滑って、一瞬頭が下がる。


 そこに走り込んでいたドテンが「ふん!」と正面から顔面に盾を叩きつけた。


 転んだ巨体が跳ね上がり縦になった。尾は完全に空を向いた。逆竹トンボが舞っている。腕が大地を捉えようと下へ伸びた。ドテンがそれを逆回転するようにガツンと一撃した。

 同時にエヴィも薬を投げて命中させている。


 回転がかなり遅くなった。それでもまだ同じ向きに回っている。ドテンも動作を終えて止まっており、全てがゆっくりになったように錯覚する。


「曇華一現の好機!」


 コロが叫んだ。


 マウタリは地面近くでゆっくり回転する頭部へ斬り込む。少し低くした頭上を回転する腕が通りすぎた。


 目の前には大きな後頭部、もうすぐ接地する。

 頭蓋骨が分厚そうだ。マウタリの全力でも絶つのは難しい。たぶん父でも難しい。


 マウタリは叫び、強烈な光を宿した剣に力を込める。

 引っかかりを覚えながらも、剣は振り抜かれた。


(刃は入ったけど、どうだ?)


 目の前に巨体が落ちて大地を揺らし、腕や尾が跳ね回る。

 マウタリは急いで後退した。

 硬三本腕シラブクウィンセラはしばらくゴロゴロと転がり、腕と尾が木々と大地を揺らしたが、完全に停止した。


 傷からはわかりにくいが、脳まで刃が通っていたようだ。


「やっただ」

「やったね」


 マウタリはドテンとハイタッチした。


 マウタリは剣を収めようとして、刃の根元にカジノキの葉の模様が彫られているに気付いた。元々は何も無い白い刃だった。


「なんだろう? この白妙の剣、成長するって言われて渡されたんだけど」

「マウタリが成長したんやな。剣の変化はそういうことや」

「この剣の説明書がもらってないから、効果がわからない」

「切れ味が増したのは確実やで」


 彼は剣を振ってみても変化は無かったので、鞘に収めた。


 悪魔の森の外にも危険な獣がいる。

 それを認識したマウタリは魔法のランタンを出し、警戒しながら森を進んだ。


 夜が完全に更け、歩くのに少々疲れ、そろそろ家を出して野営しなかればならないという焦りが生まれた頃、全体的に淡いクリーム色で屋根が黒っぽい大きな一軒家が現れた。


 近くでは小麦粉を焼いた匂いがする。他にも何か花から香るような甘い匂いがした。


「さあ、早く食べるんやで」


 エヴィが壁を剥がし、口に運んだ。


「食べ物? え、いいの?」

「こんな所にあるのは食べとけっていうことやで」


 壁は焼き菓子、窓ガラスは砂糖菓子、植木の草花は飴だ。

 全員お腹が空いていたので、家をもぎ取ってがっついた。


 家の扉が開いて老婆が出てきた。赤い服で、背中が丸く、杖を突いている。


「おうババア、食っとるで」

「ババアババア」


 エヴィとドテンがお菓子で塞がった口で言った。


「誰がババアだい!」


 老婆が鋭く怒鳴った。


「ごめんなさい、おばあさん」


 エヴィが老婆を無視するので、マウタリが謝った。


「おやおや、どうしたんだい、坊や」


 坊やとよばれるのは心外だ。しかし、おばあさんからすれば、そう言われても仕方がない。


「僕たちは森で迷ってしまって困っているのです」

「こんな森をさまようなんて、かわいそうな子供達だね。夜も更けた。さあ、早く中に入るんだよ。ほれ、でかいのも入るんだよ」


 ドテンが無視して壁を崩したので、老婆に杖で殴られた。老婆はコロを見た。


「そっちのは・・・・・・使い魔かね」

「そう、使い魔なの」


 シュケリーは喜んでコロを抱えた。コロはうつろな目をしている。


「そうかい、まあ大事にしてやるんだね。ほら、早くしないかい」


 老婆が手招きした。


「本当にいいんですか?」

「もちろんいいとも、お菓子はいくらでもあるからね、ヒーッヒッヒ」

「ありがとう、おばあさん」

「世話になるで、ババア」

「ごはんごはん」

「ババアって言うんじゃないよ!」

「失礼だよ、エヴィ」


 一行はお菓子の家の中へ入って行く。

 居間にチョコレートの机の上には、陶器に見える物が並んでいたが、これもお菓子だ。


「まだまだあるから持ってきてやろうね」


 老婆が隣の部屋へ行こうとした。


「ババア、お菓子はよ」

「誰がババアだい!」

「だからエヴィ、失礼だよ」


 シュケリーは無言でひたすらお菓子を食べている。杖で机の端をガンガン叩き、割った破片を噛み砕いている。

 マウタリに見られているのに気が付いたシュケリーが言う。


「おいしいよ」

「家具壊していいの?」

「ええんや、ええんや」


 ドテンが兜を置いて、壺を丸かじりしている。老婆が椅子と箪笥を引いて持ってくると、それにもかじりついた。


「ドテン、口にいっぱいついてるよ」

「これはふんわりして美味しい」

「コロは食べないの?」


 シュケリーが言うと、コロが答えた。


「私は土、水をこしとって食事をするので」


 老婆はすごい速度で食べるドテンを見てあきれている。


「あんたらは遠慮ってもんを知らないのかい? 実は隣の部屋にはもっといい物があるんだけど、こっちには持ってこれなくてね。隣に来な」

「ほな、行くう」


 エヴィが隣の部屋に走っていった。


「あんたも来るんだよ! この部屋の家具が無くなっちまうだろう」


 老婆は食べ続けるドテンを片手で引っ張って、隣の部屋に消えた。バタンと扉だしまり、少し時間が経った。


「のわー」「ぐえー」隣の部屋から二人の叫びが聞こえた。


 マウタリは何かあったのかと呼びかけたが、誰も返事をしない。そこで食べかけのランプを持って、隣の部屋の扉を開けた。


 大きなお菓子の人形が二体立っていた。エヴィとドテンはいない、老婆だけだ。人形は二人にそっくりだ。


「これは!?」

「見てのごちそうだよ。立派にできたろう? 何日分の食事になるだろうね」


 老婆がにやりと笑った。


「どういうこと!? 二人は?」

「お菓子にしてやったのさ、ヒッヒ」

「なんで!?」

「わからないのかい? あんたらが私のごちそうになるんだよ!」


 ぎらつく赤い目がマウタリを睨んだ。老婆は悪い魔女だったのです。


「この家はお前達のような愚か者を引き寄せる餌なのさ。さあ、お前もだ!」


 魔女は杖をマウタリに向けようとしたが、即座に抜いたマウタリに杖を切り払われた。


「キーー! 食ってやる! 必ず食ってやるよ。貴重な若い肉だからねええ! 油で揚げて、塩コショウか、クリームチーズと調合したスパイスに、隠し味は味噌のディップソースで食ってやる」


 魔女は叫びながら奥の扉を開けて、老婆とは思えない疾走で逃げた。すぐに追ったが姿は無く、代わりに屋敷の大きさからするとありえない長さの廊下が真っすぐに続いていた。


「いない! どうすれば。エヴィとドテンがお菓子にされてしまった!」


 部屋には二人のお菓子人形が残されている。


「それは大変ね」


 やってきたシュケリーが興味深そうに人形を突くと、服の端をつまみ取ろうとした。


「食べないでよ!」

「服は食べてもいいんじゃない? 鎧の味も気になるし」

「駄目だよ! ねえ、どうすればいいの?」

「このような特殊な呪いを解くには専門の魔法を使うか、術者を倒すしかありません。二人は一日経つと完全にお菓子になってしまい二度と人に戻れないでしょう」


 コロが言った。


「解呪の道具は今日使ったばかりだから再利用できないし、お菓子を人に戻す道具は無いと思うの」


 シュケリーが淡々と言った。

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