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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
2-1 伝説の復活
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サーカス2

 明かりが落ちた。天幕の中は暗闇になる。シュケリーが魔道具を使って全ての灯りに解呪ディスペルを掛けたからだ。


 客が混乱する中、マウタリは仕切りを飛びこえ舞台に侵入すると、転がり起き上がろうとする演者の首を次々にはねた。

 エヴィの暗視ポーションを使ったから、暗くても緑の視界で見えている。


 暗闇で不規則に鈍く動く演者の首は、罠に掛けた獣の肉を切り分けるぐらい簡単に斬れた。

 上手く人の首を落とせるようになった自分を知る。獣の頭部を抜くより、人の首を落とす方がやすい。


 エヴィが感染した客に薬をかけて困惑の声を上げさせると、残りの三人も舞台で合流して、演者たちが登場していた通路へ走った。マウタリが先頭だ。


 客席でぼんやりとした光がいくつか灯る。魔法使いがいたのだろう。しかし大半は目がくらんでいるはずだ。目が治っても状況理解に時間がいる。


 通路に灯りはない。何も無い直線を一気に抜け、突き当りの角を曲がると、至近に人影が見えた。


 シュケリーは出演者は全てあれだと言っていた。なら裏方もそうだ。

 鋭い突きで人影の頭部を貫き、倒れる人影には目もくれず押しのける。


(部外者がいても判別できない。舞台衣装なら確実に演者だけど)


 急がなければいけない。どれだけ急ぐべきか、遅れるとどうなるかはわからない。


 曲がった先の通路には サーカス団員が待機している裏の普通の天幕と接続されているらしい。爆音に驚いたサーカス団員が何人か顔を出している。

 外への通路もある。既に日は暮れていた。空は雲って暗い。

 そしてここで唯一の灯りは、シュケリーの強烈な放水で破壊され、ここにも闇が来た。


 すぐ近くの誰かが何かを叫んだ。


 それは人の名前か、蟲の名前か、どちらにしてもマウタリは止まれない。声の主の首を落とす。少なくとも戦闘準備をして待ち構えてはいない。


 後ろにシュケリーとエヴィがいても、急では判別できない。中央ではもっと蟲が多い。進めばこんな戦いになるのだろうか。


 ドテンが彼の前に出ると外へ出た。出ていった方向から金属音が響く。


 襲撃は多分認識された。それにしては静かだ。人が少ないのかもしれない。

 彼がそう思った瞬間、左足に鋭い痛みを感じた。


 ナイフが浅く足に刺さっている。左に十メートル先、ナイフ投げの人が見える。見ると同時に、目へ向かってきたナイフを弾く。

 マウタリへそちらへ駆けたが、剣が届く前に両手で二本の投擲が来る。


(この人、見えてるのか? 刃物はそれない!)


 ナイフ使いの頭にエヴィが投擲した小瓶が当たり割れた。液体が飛び散って、マウタリにも少しかかる。

 ナイフ使いがマウタリの目の前で声にならない悲鳴を上げ、顔の肌に急激に乾いて深いしわがいき、肉が痩せて目玉が飛び出し、一瞬で骨と皮になった。


「うわああ! 今の何!? 」


 マウタリは小さな声で叫びつつ、別の敵を斬った。


「乾燥薬、を強化したやつ」


 エヴィが事務的に言った。


「何でやる前に説明しないの!?」


 マウタリは微かな眠気を一瞬感じ、振り払った。何かの精神干渉だ。

 敵には魔術師がいる。街を移動する集団なら戦闘の心得がある。灯りを点けないのは、これでも戦えるからか。

 シュケリーが天幕へ放水すると、水が天幕を突き破り全体を流した。


「敵にばれるやん」


 エヴィが別の天幕に小瓶に投げた。その瞬間、天幕は綺麗に引き伸ばしたように潰れ、地面に張り付いた。重圧のポーションだ。


「ちょっとかかったよ!」


 敵の振り回す剣を受け、即座に斬り返して首を落とす。


「大丈夫、魔法を固定した薬は規定された人数にしか効かん。一本分を分けて二人にかけても片方に全部の効果がいく。だから大容量容器とか無いやろ」


 既に裏の天幕はぐちゃぐちゃになって通路は崩れ、周囲は完全に屋外になった。


「もう・・・・・・事前に説明してよ」


 風切り音、弩弓ボウガンのボルトが飛来したがそれた。


「難しいこと言うなあ」


 エヴィが小瓶を弩弓ボウガンの方へ投げると、割れる音がしてボルトは来なくなった。


「どこが!」


 ドテンが行った方で複数の雷が走ったが、空中で透明の球体に衝突して霧散した。


「最終調合は閃きや、そん時までわからん」


 支えを失い崩壊した天幕の下から、毛むくじゃらの大きな人型が現れた。暗視で眼球が強調されているが、普通の視界なら目を見つけるも難しいほど巻き毛が顔を覆っている。平凡な服を着ていて、性別も読み取れない。


「人間?」


 舞台には出ていなかった。素手だ、緊急の脅威ではない。マウタリは躊躇した。


「人間や、ちょっと毛が多いだけの」


 エヴィがマウタリの前に飛び出し、毛むくじゃらの眉間に刃物を刺した。と認識した次にまた奇妙な人影が出てきた。顔に無数の白い突起物が突き出し表情がわからない。飾りかと思ったそれは人の歯、おぞましい姿にマウタリは恐怖した。


「化け物!」


 マウタリは荒っぽく斬りつけた。一撃では足りず、二撃目で倒した。


「それも人間や、ちょっと顔から歯が生えとるだけの」

「あれは人間じゃない」

「人間は人間やて」

「感染してたわ」


 シュケリーが言った。


 このサーカス団には、見習いを除けば純粋な裏方はいなかった。公演ごとに演者を入れ替えて飽きさせない仕組みだ。


 まだ見ていない者は多かった。腕が四本ある人に、顔が二つある人、全てが真っ黒な眼球、手練れの魔術師に剣士などがいた。どれも四人の敵ではなかった。


「近くの気配は無くなった」


 シュケリーが言った。逃がしたとしてもわからない。

 サーカスの大きな天幕からはどよめきが聞こえる。二分は経過していない。客がいる間にここを離れる必要がある。

 しかし彼は興奮して、少し放心していた。戦っただけではなく、奇妙な人間を見たせいだ。


「どこか痛いか?」


 ドテンが心配そうに言った。


「大丈夫、大したことないから」


 マウタリは返り血を気にして新しいローブを着た。

 大天幕に沿って表に行くと、誰かが呼んだのか、衛兵が駆けつけていたが、逃げる群衆の最後尾に混じって歩く。


「まあ、重大な感染源を一つ潰したから、危険に見合った価値はあるんちゃう? まったく儲からんけど」

「あそこで儲けなんて求めるの?」

「子供の発想やな。こっそりやれば大金をせしめることができたんやで」


 頭を割った人を調べればここの人も何かの異常を知るだろう、とマウタリは思いながら気を抜いて、天幕から遠ざかる集団に紛れていた。


「おい! お前だな」


 太い威嚇的な声がして、マウタリの前に衛兵が立ちはだかった。

 いきなり人混みを押しのけて現れた衛兵を、彼は怪訝に思った。


「何をぼけっとしておる、詰め所まで来てもらおうか!」


 衛兵がマウタリの肩をつかんだ。


「それはあれよ」


 シュケリーが耳元でささやくなり、マウタリは即座に剣を抜き放ち、先頭の衛兵の首を落とした。

 この動作はなんのためらいも感じず、反射的に行われた。


 さらにドテンが他の衛兵をガチャンと一薙ぎで倒した。周囲の視線がぐっと集まる。


「ここはいかん、情報がいっとる。北門へ」


 エヴィが走り出し、同時に群衆の方へ薬を投げて割れた。

 マウタリはシュケリーの手を引いて追う。

 門は見えている。五百メートルほど先で、既に施錠された鉄の門だ。


「さっきのは?」

「音消し薬、騒ぐと面倒やし、音声通信もできん。武器は?」


 エヴィが走りながら背中の袋を開く。


「盾でいい」


 ドテンが盾を取り出した。


「破れるか? まあまあ厚いで」


 ドテンは返事せず加速した。そのまま勢いで盾を巨大な門にぶち当てると、門の鉄板は固定されていなかったように丸ごと外へ飛んだ。


 ドテンは三人を待つ暇つぶしに門の周囲の衛兵をなぎ倒した。綺麗に開かれた門は彼らは走り抜ける。


「先に官吏から駆除しておくべきやったな、と言っても無理やけど」

「兵士が追ってくる?」


 シュケリーが言った。


「ここの兵士が追ってくる分にはええ」


 街の門を突破して街道を走っていると、後方から軽装騎兵が六騎追ってきた。

 周辺の道は整備されている。


「早すぎやな、ウマの準備がいるはず」


 エヴィが呟く。この時、彼女は通信されたのだろうと考えていた。


「不届き者どもめ、魔獣退治で名を成したゲリオン家のファッセが成敗してくれる。そこになおれ」


 騎兵の先頭が威勢よく叫んでいる。


「完全に認識された。次の街でも兵士が出てくるかもしれん」


 エヴィが言った。


「あそこからも気配がする」


 シュケリーが言った。


「待たんか! 卑怯者ども、正々堂々と討ち取られるがよかろう、悪は必ず敗れる定めと知れーい」


「言ってるの、あれ?」

「あれよ」「兜で見にくいが先頭のは蟲や、後ろの五騎は違う」


「あれだけ殺せない?」

「おらが行こうか?」


 ドテンが言った。


「どっちにしろ追いついてくる。戻らんでええ」


 騎兵の後方からは歩兵の集団が追っている。

 マウタリは荷物を漁った。


「ええっと、これだっけ逃げる時にまくの」


 マウタリはまきびしを道にまいた。

 しばらくして騎兵が撒いた場所通るが、そのまま走っている。


「踏まないじゃん」

「人向けやからな」

「一頭こけた」


 シュケリーが言った。ウマが前転している。

 マウタリは走りながら荷物を漁り、小瓶を出すと栓を抜いて中の液を道にまいた。


「今のは?」

「ドラゴンのおしっこ、獣は恐れるって」


 追ってくる騎兵の足が急に止まった。

 マウタリが走る道の右側には森が見えてきた。


「今のうちに森に逃げ込むんや」

「あれはどうする?」

「放っとき、切りが無いで」


 シュケリーが手にダーツを持って反転した。騎兵は進まないウマに手を焼いている。


「貫け、《貫通の魔法矢/ペネレイトマジックアロー》」


 シュケリーの腕を騎兵に向けて構えると、ダーツが浮き上がり青い光をまとうと、一直線に飛んで、ウマを見ていたあれの頭部に命中した。そのまま傾いて落馬する。


「当たった」

「やった!」


 ドテンが喜んだ。


 彼らは騎兵が動揺した隙に森へ姿を消した。

 騎兵はどうにかウマを鎮め、道を迂回して森へ到達した。

 夜空より黒い影の塔がひしめいている。


「木!? なんでここに森がある!?」


 騎兵は立ちはだかる森に圧倒された。少なくとも朝は荒野だった。

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