村3
「皆さん同じような服を着ておいでだが、それには何か意味があるのですか?」
単純だが気になっていたことを尋ねる。厄介事が来る前に情報を集めたい。
「ああ、これは標準防護服、汚染を少し防いでくれる服ですね。汚染の強い場所だと体調が悪くなりますが、ここの汚染は弱い。だからといって、住みやすいともいえませんが。森の奥では汚染は無いのですか?」
「森の土は外より良さそうですね。森が浄化しているのでは? どうしてあなたの国がそこまで森を恐れるのか」
まったく不思議でならない、という感じでルキウスは言った。
「今は政治事情が込み合っていますが、元々は四百年前の戦争で凄まじい汚染が発生した土地に、前触れなく森がモコモコと発生した。その異様から恐れられた。魔物の生息地でもありますし、汚染地で普通に育つ植物はおかしいという理屈ですね。
それで森の中心に邪神がいると思われています。実際、奥に入るほど危険です。
昔は都市圏だったので、その遺跡があるという話です。そっちに期待していたのですが……森で見かけませんか?」
「つい最近この辺りに来ましてね。周辺を探索しているところなんですよ。大抵の魔物は排除できますので」
森の中の話を聞かれると困る。ルキウスは森に邪神がいないといいなあと思いつつ、うまい言いようを探した。
「おお、やはりルキウスさんお強いのですね。妖精人のかたは皆そうなのでしょうか」
ラリーの目は輝いて見える。アゲノの目は死んでいる。
「私の知り合いは強いですよ。防具の類は着けないので? 魔物がいるでしょう」
「防護具はあります。でも近場の魔物は銃弾数発ですし、普段は動きにくいのです。
汚染された大地、帝国では未回収地と呼びますが、あちらから強力な魔物が向かってきた場合はフル装備で、車の機銃で応戦します」
「へー、軍なんかの装備もそんな具合で?」
「軍、軍ですか? 普通の歩兵なら我々とそう変わらないですね。似たような服にプロテクターです。僻地なので装備は旧式です」
ラリーが思い返すような目をして言った。
村人と同程度なら取るに足らない武力だ、とルキウスは思った。
『ソワラ、車に乗っている人間は見えるか? 服装は?』
『見える範囲にいる人間はほぼ同じ格好です。胸部のプロテクターしか着けていません。一人は明確に違います、装飾のある服です』
『戦車の武装は判別できるか?』
『主砲は実体弾、機銃も実体弾系。迎撃兵器・シールド発生器確認できず。足回りは四対の車輪』
『荷電粒子砲に、そのほかの光学兵器は無いのだな?』
『無いと思われます』
一人違うのは指揮官か?
機動性を重視した車輪、黒の荒野向きに製造されたか。飛行能力は無さそうだ。アトラスなら荷電粒子砲の無い機体など百台あっても負けないが。
『そいつらの力を測りたい。隠密裏に実行可能なすべてでの転移通信妨害を行い孤立させよ。それから何か弱い攻撃だ』
『周囲の魔物でもけしかけますか? 召喚だと召喚体だとばれますが』
ばれないほうがいいが、付近の魔物だと強さがわからない。まずは武装集団の正確な力量を測る。強いか弱いかで話が違ってくる。
技術水準的にはアトラスの最高から遠そうだが、中身の乗り手によって能力は上がる。例えレベル五百以下でも、操縦系に特化していれば相当な性能上昇だ。
あの部隊だけならともかく、そんな感じの戦闘車両が数万台もあれば流石にやばい。アトラスと違って森が破壊可能である。
ルキウスは四方八方から銃撃され、銃弾を浴びる様を想像した。敵が貧弱でも負ける。
『ばれてもかまわない、召喚者がばれなければ。まず一番弱い奴をけしかけろ』
『わかりました、ギャッピーを行かせます。ギャッピーの勇姿にご期待ください』
『……ああ』
少し思考が中断したが、悟られないように話を続けた。
「その銃、強力な魔物には効かないというのは、それですか? それが効かないと?」
ルキウスがラリーの後ろの銃に視線を送った。
「ええ、そうですね。全く効かない訳ではないですが、接近される前に倒せないと、斬り合いなどできない。訓練はしていますが真っ当な教官もおりませんので、中々に難しい」
「見せていただいても?」
「ええ、構いませんとも。でも気を付けて扱ってください」
ラリーは後ろに手を伸ばして銃を掴み、ルキウスに渡した。
ルキウスは銃を手に取り銃口を少し覗く。
「あ、危ないですよ」
「なるほど、弾は入っているんですね」
「いつ敵が来るかわかりません。常に備えております」
「なるほど……」
言葉を途中に、何事もない様子で自然にルキウスは銃の引き金を引いた。室内に発砲音が鳴った。銃口の先には自分の手がある。
「ルキウスさんっ!?」
温厚そうなラリーも、腹の底から大きな声を出す。薄いキノコみたいな弾頭が床に落ちて、小さな音を立てた。
「確かに威力が足りないようですね」
ルキウスは手の平を開いて見せる、命中の痕跡を見つけられない。
「……問題ないようで結構です」
ラリーは人相が変わるほど目を剥いたが、作った声は平静なものだ。
「私の体はそれなりに頑丈ですので。おかげでこれの威力がよくわかりました」
ルキウスは、これは銃だなと思った。銃を発砲してからこの結論。普段であればまぬけな思考だが、この世界の法則が不透明な以上は一個一個確認する必要がある。
アゲノは何も見えないふりをしている。ソワラとアブラヘルに挟まれたルキウスと同じだ。
ルキウスは銃をラリーに返した。何事もないふりをして、机の下では銃弾の命中点を指先で何度も繰り返し探っていた。
痛みはないが、結構な衝撃で熱かった。
かすかにざらつきを感じる。わずかだが、実にわずかだが、角質の組成が破壊された。擦り傷か、焼けたのかは不明、出血はしていないが五、六発も同じ点に受ければわからないし、眼球に直撃すれば一発でも痛いだろう。
自分の顔に撃ったほうが面白かった、これなら撃ってもよかったな、と彼は後悔した。装備の対銃器防御もあるし、口径的に大丈夫なはずだった。
家の周りの騒めきは格段に増えた。銃声はそれほど大きくなかったが、家の周りの人間は増加したようだ。
家の隙間から覗く目は、話の最初からあったが放っておいたのだ。
騒めきに混じって微かに銃声が聞こえた。ラリーは無反応だ。聞こえていないのか。ルキウスは自分の耳が特別にいいのを思い出した。
『ギャッピーが攻撃に成功しました。その後、撃破されました』
『成功? 何体で行かせた?』
『三体です。接近の途中で気付かれましたがそのまま突撃して一名の腕に刺さりました』
『角はしっかり刺さったのか?』
『はい、刺さった傷にはポーション類を使用したようです』
『そうか、後は監視を続けよ』
ギャッピーの攻撃が有効なら相当弱いな、索敵能力も低いらしい。攻撃力だけやたら高い? いや、やはり大した相手ではなさそうかとルキウスは考える。
「おい、アゲノ。家の周りの人間を散らしてこい。話の邪魔だ」
「おう」
アゲノは勢いよく立ち上がると、レールガン並みの加速で勢いを増し、外へと出て行った。何やらわめく声が聞こえる。さっきまでの姿からは想像しがたい激変だ。
「ルキウスさん」
部屋の中は二人だけになり、ラリー・ハイペリオンが居住まいを正した。
「なんでしょうか」
「もうおわかりかもしれませんが、このままでは良くない。物資がある間に持続可能な生活に切り替える予定でしたが、その前に物資がつきそうなんです。三年はもたない。力を貸していただけないでしょうか。それが無理ならせめてお知恵を拝借できないでしょうか」
「私は森の外には疎いもので、この辺りの地理が知りたいですね。とりあえず知恵であれば、その辺りの情報と交換してもいいですよ。力は周辺情報を得てから考えたいのですが」
大した知恵は無いが村の様子を見るにできることはあるだろう、とルキウスは思った。
「わかりました。ならば……」
ラリーは少し考え、後ろの棚から、古びて表紙がボロボロの本を取り出した。
「大陸北部の地図です。四百年以上前の物ですがね。最近の物は軍事機密でして流通してません。でもこれの方が森以外の地形は正確ですよ。財宝採掘者にとっては価値のある物でハイペリオン家の家宝です。あなたにも価値がある」
「なるほど、暇になったら宝探しでもしましょうか」
ルキウスは軽く笑った。
「これを見ながら説明しましょう。私の知っていることならお答えます」
この話によって多くの知識が得られた。良い点と悪い点がある。
良い点は、近代的な、相当の精度で測量された地図があることだ。地形に関しては正確だ。森以外は。
悪い点は、地図が四百年以上古く、ラリーの知識でも現在の国家の情報は大雑把だ。
さらにここは文明から断絶している。それも文明の中心から見れば二重に断絶している。
村は、国から外れた、ある種の棄民的、逃散民的な人々で構成され、さらに逃散元の都市自体が辺境にあり、中央と文化的、技術的に遼遠である。ラリーの情報は僻地に住む知識層の認識だ。
その情報の中で差し当たりに重要なのが、生命の木のある森の周りの地理だ。
あの森は極めて巨大で、大まかにはヒョウタンのような形状をしているらしい。
広大な緑のヒョウタンは、大陸ゾティークの北東部から中央西部にまたがって存在する。おそらく生命の木はヒョウタン北東側の真ん中ぐらいにある。
ルドトク帝国では北東部の森は悪魔の森、中央西部の森は邪悪の森と呼ばれている。
この森がある範囲も含め、大陸北部は四百年前の戦争で派手に消し飛び汚染され、ここ百年でようやく復興のための都市が本格的に造られた。
ただし前提として、神代になる二千年前にも大戦争があり、大陸が一時的に沈んだらしい。それが歴史上一番発展した文明だったらしいが、四百年前に消し飛んだ文明も高度で、現在の科学技術は及ばないそうだ。
二千年前に崩壊した文明が復興して、千六百年でまた崩壊した。この世界、いや惑星では再構築は成らなかった。
そして、大陸北部の国家は二つの勢力に分類できる。西部の機械文明ルドトク帝国、東部の魔道国家群。両者は二百年以上も戦争中。大陸南部に関しては不明。
ルキウスのご近所さんは二通りしか存在しない。どちらかに付くか、関わらないかの選択になる。
なお魔道国家とは、魔術師の少ないルドトク帝国が相対的にそう呼称しているだけで、騎士に侍だとかもいるらしい。さらに東部の情報は曖昧だ。
ラリーの認識では、魔法を使う神秘的な人々が住まう国々が東部にある、ぐらいの感じだ。
この村は悪魔の森の南西部に位置している。地図の単位、縮尺がわからないが、多分三百から五百キロメートル以内にコモンテレイとかいう都市がある。これが最寄りの都市だ。
『ルキウス様、そろそろ車列がそちらを視認できる位置に達します。どうしますか』
『監視を続けろ』
「どうでしょう、それなりに価値がある情報と思うのですが」
ラリーが伺いの目でルキウスを見る。
「そうですね、ですが今はそれより重要なことがあるようですね」
「何か問題でも」
ラリーの表情が緊張で固くなった。
「村に戦車などが接近しているようです。お友達ですか?」
ラリーが怪訝な顔をした。その時、アゲノがバタンと音を立てて扉を全力で開けた。
「ラリー! 荒野から戦車を含んだ部隊が来る。軍の連中だ、見つかっちまったぞ!」
「すみませんルキウスさん、私は確認に行ってきます」
ラリーは椅子をきしませてドンと立ち上がった。
「ああ、私も行きますよ」
ルキウスはラリーたちと村の南西の柵に向かう。軍の出現という大事の前ではルキウスもさほど目を引かないらしい。気配を薄めているせいもあるだろう。
地理条件を考慮した上で、村を助けるメリット、デメリットをルキウスは考える。現状、ルキウスは見知らぬ他人を助けている場合ではない。ある種の空間だとか次元だとかを超越した壮大な迷子だ、むしろ誰かに助けてほしい。
そもそも、ルドトク帝国のほうが正当といえば正当。ただし、地理的には現在地が無主地であり、帝国の領土とは言いがたい。
デメリットは多くある。村を助け続けるなら、この先もルドトク帝国と敵対関係が続く、どう影響するか読めない。村長情報では大陸北部の最大勢力で、さらに森の西部に隣接する唯一の国家。それとの敵対あまり望ましくない。
それに村長自体もよく知らないようだが、首都のゼル・ダーエケトスは二千年前の生きた遺跡があるらしい。大陸が沈没するレベルの事象を引き起こす技術を確保している可能性がある。
メリットは騒乱を起こす大義名分が手に入る。困った人がいたので助けたのですと。
これが役に立つかどうかは、ルドトク帝国とこちらの力関係次第だ。力無きの者が名分を抱えても無価値。ルビーが採れる資源小惑星で、でかいルビーを持ってるのと同じだ。あそこなら酸素の方が価値がある。
だが帝国は大陸東部の魔道国家群と二百年も戦争中だと言う。少なくとも軍事的に拮抗する勢力が存在する。ならば名分の使い道もできる可能性がある。
後は村人に感謝される……はずだ。一応は友好的な勢力の誕生だ。間違いなくプラスではある。緊急時の避難場所にもなる、
村の救援はルドトク帝国との敵対と同義か? 否、同義ではない。
村に接近中の武力集団――兵員構成と装備からルドトク帝国正規軍と断定――は孤軍だ。魔術的、電波的に寸断されている。衛星からの監視でもされていない限りは、全滅させてしまえば無かったことにできる。神託レベルになると気にしても仕方ない。
せいぜい、全ての魔術的妨害を展開するぐらいしかない。
さらに、村人から軍に妖精人が森にいると伝えられると不都合。少しでも長く潜んでいるべき。
なによりも、ここで退くより戦うほうが面白い。ルキウスは行動を定めた。
村人たちは慌ただしく走り、機銃などの装備を村の南西側に配置している。柵の向こう二キロメートルの距離に、戦車を先頭にして接近する車列が見える。
「そういえば、力を貸して欲しいという話でしたね、村長さん」
彼は興奮を抑え、車列を凝視するラリーに後ろから声をかける。
「え? ええ、そうですね」
「とりあえず、あれは私がなんとかしてあげましょう。情報料分も支払っていませんからね、あれは排除でよろしいですか?」
「そ、それはもちろん、できるなら何とかして欲しいですが、あれらがくれば絶対に碌なことにならないと断言できます。しかし、一人で本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ村長。銃弾は私に効かない。あれの主砲でも殴られたぐらいのものです。皆さんは流れ弾が来ない場所に退避していてください。それに一人でもありませんから」
実は目にでも直撃すればかなりやばいのでは、と結構恐怖しながらも鷹揚に答えた。
「そうですか、そうですね。お願いします。ルキウスさん」
どの道ラリーにはルキウスになんとかしてもらう以外の選択肢は無い。村には対戦車用の兵装は無い。
『こちらで叩き潰しておきますか?』
ソワラが念話で言った。
『いや、どの程度か正確に測りたい。私が正面から当たる。それに友好的にいけば、友達になれる可能性もある』
『そっ、そんな、ルキウス様には友達なんて一人もいないではありませんか!! 無理ですよ!』
ソワラが頭の中でわめく。
酷い言い草だ。こいつらのルキウス・アーケインの人物像がどうなっているのか、よくよく確認する必要がある。友達ぐらいすぐに作って見せるというものだ。
『とにかく、最初は私が一人で向かう。兵がぞろぞろ居ては、できる話もできん』
ラリーは混乱する村人の収拾に手を焼いているが、ルキウスは柵を飛び越え、気にせずに戦車の方へと歩いた。
村から二百メートルの位置、両横には森が広がる。五十メートル程距離を空けて、ルキウスは静かに前進してくる車列の正面に立った。
夕焼けの赤い空の下、黒い荒野に伸びたルキウスの影が不吉な黒を強める。
「やあ、こんにちは。血をぶちまけて垂らしたような夕焼けが実に美しいですねえ。丁度食べ頃のブラッディートマトがあるんですよ。一緒にどうです?」
ルキウスは手先で挨拶して、魔法が陽気でおどけた声を離れた車列まで運んだ。
戦車は愉快に踊りだしたりせずに、ルキウスの上司みたいな顔をしていた。
彼が報告書に帯電液を塗ったために感電した部長が、「仕事は順調かね?」と言うから「完璧です!」と答えた時の顔だ。
戦車の車体の前に飛び出している主砲の角度がゆっくり下がる。
内にこもる重い砲声が響いた。