表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
2-1 伝説の復活
195/359

箱の中2

 翌朝、平和的に目覚めた。ここは安全だ。


 マウタリはシュケリーを連れて街に出た。エヴィは街を探りに行った。エヴィが目立つ荷物を嫌い、ドテンは宿で荷物を見ている。


 広場ではもう露店が開かれ、商人同士の物々交換が多い。商人は天秤棒を肩に、仕入れた品を持って、通路の中へ消えていく。

 太陽は見えないが、明かりは朝の優しさ。街は室内だから寒くはない。床や壁からかすかな熱を感じた。


 北へ抜ける巨大な門は封鎖されている。現在地は箱の中枢の階層で、南の広場、官庁、北の広場がある。


 魔法円が描かれた門の前では、鎧を着た兵士達が槍を持ち並ぶ。


 門の上は、門と同じぐらいの穴が空いているので、官庁のある鼓吹の間が見える。

 官庁は木を逆さに植えたような形だ。円筒型の建物の屋根部分から、ほのかに光る線が木の根のように広がり天井に接続されている。


 他にも多くの建物があるはずだが、門が邪魔で見えない。


「あれは」「昨日の人ね」


 門を離れて見ていた二人の目に入ったのは酒屋のデステルだ。帽子と髪の色ですぐにわかる。腰に短めの剣を差していた。

 彼は兵士に詰め寄り、言い合いになった。


「朝からご苦労なこったな。誰の役にも立たねえ仕事をよ」

「封鎖中だ、近づくな!」

「使い走りが偉そうに! 人形みてえだな」

「朝から暇な奴に言われる筋合いは無い」

「誰のせいで!」


 シュケリーは澄んだ顔でそれを見ていた。


「やっぱり、あれ」

「近いとわかる?」

「月明かりの冷たさを感じるの。目の奥が冷えるのよ」


 言い争いは続いている。奇妙なことはしていない。

 彼に触発された他の人も文句を言いだした。デステルは最後に兵士を大声で罵ると、速足で門から離れる。


 二人は離れてデステルを尾行した。階段を上り、西側三階の羽狂い針通りに入っていく。


 通路には多くの両開き扉があり、分かれ道、階段もある。かつては全ての区画に上から下がってくる鎧戸があったらしいが、個人で使う場所は修理されていない。

 広場ほど人は歩いていない。


 デステルが何かの店に入った。酒の匂いがする、彼の店だろう。

 

 さりげなく中を見れば、建物の奥の部屋に酒樽が積まれている。奥から三、四歳の子供が走って出てきた。


「おお、今日も元気だな」


 デステルは子供を抱きあげた。

 兵士に怒鳴っていた人には見えない。あれにも見えない。表情は温和で、慈しみが感じられる。

 子供は腕の中で機嫌良くしている。


 マウタリはシュケリーに顔を寄せた。


「子供は?」

「違う、でも店の奥に一つ」

「・・・・・・子供がいるんだ。母親がいるはず、でも他は一つ?」

「そうよ」

「他にも人がいそうだけど」


 店は露店よりかなり大きい。他の家族がいるんじゃないか?

 降ろされた子供が走りだした。通路に出てくる。見ていては目立つ。


「行こう」「ええ」


 時間が経ち、開く店が増え、人通りが増えた。商品を売り歩く人の呼び声が響いている。

 マウタリは少しは慣れたはずの人混みにめまいを感じた。ここは呼吸がしにくい。本物の空がないせいだ。


 二人は通路を歩いて、箱の中の雰囲気を経験した。長く歩き、角を何度も曲がり、階段を昇り降りした。自分がどこにいるのか、よくわからない。

 迷宮だ。ただし案内看板がたまにある。広場行きの看板は必ず見ている。


 少し明かりが弱い領域に来た。通路の所々に苔が生え、陶器の破片や、植物の切れ端などのゴミが少し落ちていて、壁に黒い染みがある。

 扉は閉まっていて、店か住宅か、人の有無は知れない。


 人が減ったせいか、マウタリの体調は落ち着いていた。


「抜け道って、こういうのかな?」

「そうじゃない?」


 暗めの通路を行くと、そこにも露店があった。壊れた機械や部品、焼物、よくわからない切れ端が売られている。


「やあ、お二人さん。気になるなら見ていきなよ」


 露天商の若い男が気さくにお声を掛けてきた。二人が言葉に引かれて見物を始めると、露天商は売り物の価値を語り、勧めた。


「そこはやめときい」


 急に後ろから声を掛けたのはエヴィだった。


「エヴィ!」

「おい、商売の邪魔はやめてもらおうか」


 露店商が苛立って言った。


「商売? それなんか毒みたいやけど」


 エヴィが水差しを指差した。


「子供が何を根拠に!」


 男がエヴィにつかみ掛かったが、簡単に腕を取られ、強く握られると、苦痛にうめくと驚愕の表情で後ずさりした。


「その器、あからさまな危険物や、暗殺の予定でもあるんか?」

「・・・・・・言いがかりは」

「どこで拾うたか知らんが、それに水入れて飲んでみいな!」


 エヴィが凄むと、水差しを見て露天商はそのまま黙った。


「こんなん相手にしてもつまらん。行くで」


 三人はその場を立ち去った。


「何でわかったの?」


 マウタリが尋ねた。


「劇薬の匂いがした。思い当たる節があったんやろ、飲んだら面白かったのに」


 エヴィが楽しそうに言った。


「ここは変な匂いが多いから、何が何だか」

「ここは魔術の街で、普通じゃないゴミが出る。由来のはっきりせん物は怖い。うちも、専門外はわからん」

「面白そうだったのに」


 シュケリーは残念そうだ。


「あれは最初からぶん殴って言うこときかせんと。なめた物売ったら後でどうなるか覚えとけってやるんや」

「そういうの好きじゃないよ」


 マウタリが言った。


「必要なあいさつやて。それに、よそ者に良くする奴はおらん。つまはじき者同士でも、お互いに食ってやろうと思っとる」

「人は協力するものでしょ?」


 聞いたエヴィがため息をついた。


「田舎におるから常識がわからんのや」

「好きでそうしていたんじゃないよ」


 マウタリが不機嫌に言った。


「今は好きにやっとる」


 エヴィが言った。


「それは・・・・・・」


 マウタリが詰まるとエヴィは話題を変えた。


「左の方から来たんか?」

「うん」

「うちは右に行ってから、下を移動してあそこに出た」

「全部繋がってるんだね」


「箱の構造は何となくわかった。区画は北と中枢と南に分かれてる。上や下に移動しても、北側には行けん。区画が移動する時に、中の方にいて、移動途中で繋がる部屋に移れば南北の移動ができるって噂がある」

「なら看板替えの時に通路にいればいいの?」

「それで行けたら誰でも行ける」

「じゃあ、どうするの?」


「どこかの部屋の穴があって抜けられる、という話もあるけど、壁はすぐに自動修復が働く。あっても犯罪者しか知らんやろ。それに裏道は犯罪者の巣窟でここの住民も避ける。ポータルがあるという噂は嘘臭い、ここは転移を阻害する要素が多過ぎる」

「やっぱり抜け道を探すべきだよ」

「・・・・・・まず宿に戻るで。看板替えのタイミングでの盗みが多いから気をつけてな」


 エヴィは宿の自室に帰ると、自分の荷物の上に座った。


「人に化ける魔物のことを調べてきた。あれで間違いない。誰かが通行人の頭を割って殺して発覚したらしい」

「誰がそんなことするの!」


 マウタリには蟲より、そんなことをやる人間が理解できない。


「さあ、魔術師の実験か、単なる強盗か。裏道の方で死体は数日放置され、通りがかった魔術師に回収されたとか」

「どうかしてる」

「当局は死体しか知らんから、あれの性質は知らんと思うけど、形から危険とわかるやろ。当分封鎖は解かれる見込みが無い」


 マウタリは窓から封鎖された門を眺めた。

 宿の部屋は移動してもずっと高い場所にあった。広場から行くのが大変な宿だが、風通しと景色が良いのが高い理由だ。

 帽子でデステルを見つけた。昨日より多くの人が彼を取り巻いている。その集団は兵士の前に並んだ。何か話している。朝ほど揉めている感じではない。


「封鎖しとる側には蟲がおらんみたいや。やつらは通りたいやろうし」


 エヴィが言った。マウタリが気になったことを尋ねる。


「街の人は、偉い人のいうことを聞かないの?」

「民衆は当局を信用してない。厳しい取り締まりには反発する」


 エヴィが右手を上げた。


「当局は反発する民衆を、余計に警戒し疑う。何か悪だくみしてるとか、これにかこつけての要求があるんじゃないかとか」


 さらに左手も上げる。


「奴らは適当なことを並べて、税金を上げようしているぞ!」


 右手を動かした。


「邪悪な扇動者が反乱を企んでいる。話を聞かない愚かな民衆に立場を思い知らせてやらねばならない」


 左手を動かした。そして両手を派手にぶつけた。


「お互いに疑心暗鬼、悪循環で関係が悪化、それでドカーンや」


「酒屋の人が扇動してるんだ! あいつらだから」

「あれは酒屋としての行動や。人として違和感は無い」

「あいつは封鎖されてると困るんでしょ、なら何か悪だくみをしてるんだよ!」


 父だったものは、最初から網場を使って僕を捕まえるつもりだった。でもきっと、父ほど僕を知らなかったからしくじったんだ。

 本物なら失敗なんてするはずない。


「元々の関係性と、あれの利害が一致してもおかしくないやろ。封鎖で困っとるのは大勢おる。ここにもや」

「そうだけど」

「どっちにしろ、あそこには関わったらあかんで」

「・・・・・・関わらないけどさあ」


 彼は納得していなかった。

 エヴィから街のあれこれを聞かされた二人はまた出かけた。抜け道を探す旅人は多いようで、それに関わる会話はよく聞こえた。今回は明るい区画から出ずに、漏れ聞こえる話に耳を澄ました。


 噂話は山ほどあって、恐怖すべき話から儲け話まで、どれも彼の気を引いたが、真偽は全く判断できない。

 シュケリーは「全部本当かもしれないし、違うかもしれない」と言った。


 夜になり宿に戻った。ドテンは幸せそうに大口を開けて眠っている。

 エヴィは顕微鏡で何かを覗き、文字がいっぱい書かれた紙をパラパラめくっていた。


「幼体の遺伝子はやはり同一や」


 エヴィはたまに呟く。マウタリには意味の知れない言葉だ。


「子供の時は、全員が完全に同じ生き物、同じ血族ということや、でも脳になると人間の血筋を取り込んで変異、これをどう考えたらええのか・・・・・・」

「何を悩んでるの?」


 シュケリーが帰るなり魔導書を持ち出し、エヴィを横目に見た。


「生まれた時から妊娠してるか、卵を抱えてる」

「変わってるのね」

「しかし卵細胞が・・・・・・夜か」


 エヴィが黙り込む。そして顕微鏡を片付けた。


「親の性質が違うのに、産み落とす子は全員同じ、奇天烈な生き物やで。血筋を維持したまま、多様性を確保したいということかもなあ」

「それって強いの?」


 マウタリが尋ねた。


「強くて弱い・・・・・・どっちとは言えん。生まれた時は兄弟でも、育つと他人という世知辛い生き物や」

「兄弟は兄弟だよ」

「兄弟ならみんな仲間や。でも、血族が違うなら、天敵以上に危険な相手に成り得る。生まれてすぐに養子に行ったとでも思ったらええ。協力も敵対もするはずや、しかしなあ・・・・・・」

「彼らは、上手くやってる」

「そう、あいつら仲がええ、本能を凌駕する思考があるのか、環境に合わせてるだけか・・・・・・」

「あの酒屋の人を見てたんだ。封鎖が長引けば酒が無くなるんだってね。でもさっきは知り合いと楽しそうに酒を飲んでた。兵士への当てつけなんだろうけど」

「うん?」


 エヴィはマウタリがこれを言いだすのが奇妙に感じた。


「あれに関わる人は幸せそうだった。元々がどうだったのか知らないけど、上手くやってた」

「そもそも性格引き継いどるし、人間も演技はする。似た脳機能で区別は難しい」


 エヴィは何かの本を荷物から出そうとした。


「・・・・・・僕もあれになっていれば、家族といられたのかな」


 マウタリが細い声で言った。


「あれは人間やないで! 騙されたらあかん!」


 エヴィがこれまでにない剣幕で怒鳴った。


「そう思わせるのも奴らの戦略や。あれはもどき、振る舞いが完全に同じでも、存在は同じにはならん。死ぬまで完全に人間として振る舞ったとしても」


「でも幸せそうだったんだ。あれの周りの人は全部」

「頭がやられたら人は死ぬ。そこにマウタリはおらん。シュケリーも。誰もおらんのや。村で中身を見たやろ?」


 エヴィが鋭い口調で続けた。


「皮も骨もヒトやない。脳だけが人が人であると保証する臓器や。難しいかもしれんけど、人は絶対に脳がいる。体の中じゃなくても、どこかに脳が無いと存在しとらんのや」


 マウタリはぼうっとして、広場に目をやった。


「今日は疲れたんだ。ここは人が多いから」

「疲れてるのね」


 シュケリーがマウタリを後ろから抱きしめた。


「ひたすら気分が良くなる薬飲むか? 死にそうなっても楽しいで」


「ありがとう。でもいらない。もう寝るよ」

「寂しくないように、一緒に寝てあげるね」


 シュケリーがマウタリの頭を撫でた。


「ありがとう」


 窓の外はいっそう暗くなった。広場では夜を楽しむ人々が騒いでいた。


 翌朝、マウタリが起きるとシュケリーの寝顔が目の前にあって、少しそれを見ていた。

 エヴィが寝台にいない。どこかに行ってるらしい。ドテンはいびきをかいている。

 窓から見える門はやはり封鎖されていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ