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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
2-1 伝説の復活
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箱の中

 幅十メートルほどのトンネルを行く。

 入口の穴部分は暗かったが、中はほんのりと明るく、満遍なく照らされている。そう見えたが、進みながらよく見ると、一部はやや暗く、雨の前のようになっていた。


 遠く、正面に大きな階段の始まりが見えている。真ん中は低い壁で区切られ、階段は動きません、と書かれた板が立てかけられている。


 通路が途切れ、開けた空間に出た。空と見間違う高い天井。その半分ぐらいの高さまで、複雑に分流と合流を繰り返す滝のような、傾斜のきつい大階段が続く。


 途中に多くある踊り場では、人や獣の彫刻が台座の上で簡単な動作を繰り返していた。戦士の彫刻は剣をゆっくり振り、オオカミは首をくねらせうなる動作をしている。

 全ての踊り場の壁に動く絵があり、これも一定の動きを繰り返している。


 空間を仕切る左右の断崖のごとき壁には、いくつかのトンネルと、つづら折りの坂道があり、馬車は左の斜路を上がり、右からは下ってくる。


 マウタリは瞳孔を開き感嘆の声を漏らし、階段を駆け上がった。

 すると、もわっとした何かが頭を右から左へ突き抜けた。濃い霧が頭にぶつかったようだ。


 去った方向を見れば、薄く光る半透明の人型のもやが素早く飛んでいて、高い壁の穴に入って行った。


「何あれ!」

幽霊ゴーストとはちゃうな。人造精霊か、エーテル質の妖精、浮かれてるといたずらされるで」


 エヴィに言われても、マウタリは笑顔で階段を上がった。どこを見ても珍しく、視線が定まらない。

 最初の踊り場の絵には《流星/メテオ》と書かれたタイトルがあり、魔術師が魔法を発動し、飛来する石と、その石による爆発が広がる場面が繰り返されていた。


「壊れたといっても価値はありそうやね、この街。木製やし」


 エヴィはしげしげと階段周りを見て、壁に触れていた。


 一行が目移りしながら階段を上りきると、広場に出た。土があり、緑の木々が植わっている部屋だ。


 真ん中には大きな噴水があり、周囲には服や消耗品を売る露店が出ている。噴水の水は床に張り巡らされた水路で、部屋の外へ流れている。


 正面奥には先に進む大きな通路、その入り口になる門辺りに人だかりができている。

 両側面の高さ百メートル以上の壁には、折りたためそうな構造の細い階段と、どこかへ通じる穴、部屋の窓、扉が無数にあった。


 賑わいとは違った質の、強い声がかすかに耳に届いた。奥の人だかりの方からだ。


「なんか揉めとる、というか演説か」


 小さな台の上に人が乗って、頭一つ分高くなっている。一人ではなく、十人以上が一定の距離を空けて並んで


「魔道局は腐敗している。黒波杖の専横を止めるのだ。若手に予算をよこせ!」


 若い魔術師の言葉だ。何人か呼応して腕を突き上げている。それぞれが話者が様々な方向へ言葉を吐き出してている。

 隣同士で罵り合っている話者もいた。


「あれは?」


 マウタリが言った。


「ただの世間話や、暇なんよ。まあ、ここでゆっくりしていこ」

「宿は?」

「まずは情報や、ここは大きな街やから」


 マウタリとシュケリーが大きな保護者を連れて露店を賑やかし、エヴィはお目当ての看板を探していた。

 エヴィがマウタリの肩を叩いて「街に来たらまず酒場や、ほら」と言うなり駆け出した。


 そして右の壁の階段を一階分上がり、扉を開けて入った。一行も続く。


 こわもての中年男性がカウンターの奥にいて、その後ろには酒樽と酒瓶が並ぶ。男の腰のベルトには短杖ワンドが二本あった。


 二階部分がある大きな酒場だ。さほど混んでいないが明るい喧騒で満ちていて、百人以上客がいる。若い女の給仕が机の間をすいすいと動く。


「おっちゃん! 酒」


 エヴィがカウンター前の椅子に飛び乗り、マウタリ達も横に座った。戦棍メイスは足元に置かれた。

 店主はドテンに視線を送ってから、エヴィに戻した。


「飲むのかい?」

「もちろん! 飲まないとやってられへん。ええのどんどん出して」


 エヴィがカウンターに銀貨を置いた。

 店主がビールを樽から錫のジョッキに注いで出した。

 エヴィが勢いよく飲み干し、酒の息を吐いた。


 マウタリも口をつけた。森で嗅いだナラの匂いがして、口の中で泡が弾け、喉に突き刺さる感じがする。酸味があって、少しある苦みの中に甘さが包まれていた。


 マウタリは何とも言えない表情で、ビールをちびちび飲んだ。シュケリーも同じようになっている。ドテンは水みたいに、ずっと飲んでいた。


「なんか面白い話ある?」

「無いことも無い」

「へえ! どんな」

「お嬢ちゃん、箱は初めてかい?」

「そや、もっと酒よこして」

「お、いいねえ」


 男が世間話から始め、物価や産物の話を果実酒の滑らかな口ぶりで過ぎ、神殿産の苦いエールを口にする頃には、少々厳かで密やかに当局の話に至った。

 

「それじゃあ、北へは抜けられんの?」

「統治局の連中が大道路を通行止めしてんだ。御用商人に役人ぐらいしか通れねえ」

「それで揉めとるの?」

「ああ、不満のある連中が混ざってな。なんでも、人に化けた魔物が出たとか」


 マウタリはエヴィを見たが、話しは全て彼女に任せた。


「どんな?」

「さあな、統治局が情報を出せねんだよ。いつもの事だ」

「慣れてるなあ」


「まあ騒ぐこたねえ、人に紛れる魔物はここじゃあたまにある。不死者アンデッド精霊エレンメンタル、正体不明。ふんっ、魔法で頭がやられた人間の方が危険だぜ」

「不満は出んの?」

「旅人はともかく、街に住んでる人間なら半々だ。ここの酒はまだまだある」

「誰なら不満があるん?」

「酒屋のが騒いでるぜ。統制されて、北のムギが分配されねえせえだ。酒屋が騒げば、同じ通りのも騒ぐ」


 エヴィはそれからも酒を飲みながら喋り続けた。そして席を立つ時が来ると、部屋の照明が明滅を始めた。


「看板替えの時間だぜ」


 男が言った。マウタリが聞き返す。


「看板替え?」

「初めてなら広間で見てこいよ。終わったら 剣の魔術師像がある方の通路を探せ。それで教えた通路を行けばいい」


 マウタリは意味が気になって足をとめた。


「早く出ないと挟まって潰れるぜ」


 言葉に押され広場に戻ると、慌ただしく移動する人々が通路と広場を行き来して、しばらくすると途絶えた。広場の人々は壁を見ている。


 ガチャ、ガチャンという音が広場中で響きだす。

 階段が紙を折りたたむように圧縮され、壁と一体になった。通路の穴がシャッターで封鎖され壁になった。壁全体に縦横の青く輝く線が入り、四角で区切られ、碁盤のようだ。


 突如、区画が激しく動き出した。一部はこちらに飛び出し、またはへこみ、縦横にスライドし、不規則に長距離から短距離をガチャガチャ動き続ける。


 先ほどの酒場は、最も高い場所まで上がった後、大きく左へ流れると、少し下がり、右へいくらか戻り、一階まで下りると、一気に右のすみまで移動していた。

 三分ほどで、区画の動きが止まる。


 シャッターが空き、新たな通路が出現し、階段が展開される。音がやんだ。

 看板替えの子供達が看板を床に置かれた素早く回収して、新しい看板を置いていく。


「すごい!」「面白いわ」


 マウタリとシュケリーが変化に釘付けになり、人の移動が再開されるまで見ていた。エヴィはその間、周囲を窺っていた。


「目が回る」


 ドテンが頭を左右に揺らした。


「・・・・・・遊びじゃなくて、何かの魔術的意味があってやっとるんやろうな」


 エヴィが新しく出された通路前の看板を見ていく。


「これやな、蒸しミイラ通り」


 通路を進み、中で階段を結構上がり、酒場の主人に紹介された商人向けの割と高い宿に着き、部屋を取った。四人部屋で、食事が付いてる。


 干し肉がわずかに入ったカブを中心とした野菜のスープに、硬いパンだった。

 食堂で食事を終え、部屋に入った。


 部屋の窓からは、先の広場を見下ろせる。


 夜の時間だ。箱の中の照明は暗めになっている。露店の種類が入れ替わり、食品を売る屋台が展開されていた。

 先と比べると、浮かれ、羽目が外れた賑わいで、馬鹿笑いが聞こえる。


 エヴィが分厚い双眼鏡を荷物から出して、それで広場を眺めた。


「やっぱりあれ? あれが何かやってるの?」


 マウタリが横に並んで言った。


「全てが主体にして客体、つまり一体」

「どういう意味?」

「んん・・・・・・ここでは間柄を区別できない、集団に溶け込んで見分けがつかん、という意味かなあ」


 エヴィが双眼鏡を細かく動かす。盛り上がりのある集団の中央を見ている。何を言っているかは聞こえないが、激しい勢いで意気投合している。


「あれが酒屋のデステルか」


「僕にも見せて」


 エヴィから双眼鏡を受け取って覗くと、集団に重なって様々な極彩色が表示され、目まぐるしく変化している。


「何これ!」


「それは動きの視覚化、集団で違和感のある動きをすれば目立つけど、大体同じパターンや。奇妙な動きをしてる奴を探してる」

「よくわからない」

「集団にスリや間諜が混じっとると、少ない動きで周囲を見るからわかる」


 エヴィが双眼鏡のボタンを押すと、普通の視界になった。


「中心の赤の丸い帽子に、髪が黄と黒に分かれた長髪の男や」

「その人、感染してると思うわ」


 シュケリーが窓を覗いて言った。


「そうやな・・・・・・中におるのがギリギリ見えるような見えんような。ちょっと遠い。酒飲んでたら感染しにくいはずやけど」


 エヴィが眼鏡をかけ目をしかめている。


「え! そうなの?」

「酒は毒やからな、感染させるまえに体の中で病気を倒す・・・・・・あの程度の酒精じゃ足りんのかな、十分やと思ったけど」

「じゃあ、酔っぱらっていればいいんだ」

「飲みたいなら、今のうちいっとけばええ」

「そうじゃないけど」


 マウタリの頭に悲惨な酔っぱらいの姿が浮かんだ。


「都市なら感染させるのは難しくない」


 エヴィが低い声で呟いた。


「そうなの?」

「すれ違いざまに、眼のとかの粘膜に接触すればええ。逃げてしまえば追えないし、誰かわからん。いちいち治療しようとも思わん。薬は高い。頭痛があるから、知り合いに僧侶クレリックでもおれば別やけど」


「来たら、《顔火/フェイスファイア》の魔法がある。顔から火が出る」


 シュケリーが魔術書を開いて挿絵を示した。


「それ、勝手に練習したらあかんで、顔が燃える」

「戦闘用なの?」


 マウタリが言うと、エヴィが彼を見た。


「嫌らしい男が迫ってきた時に使うんや」

「面白そうなのに」


 シュケリーが退屈そうに言った。


「変化術、力術なら物体を浮かせる訓練が定番、同じ場所に留め続けるんや。浮かせ方で変化と力術に分かれる。実践は防御術からが無難やけど、壁と薬があるから、まあ攻撃系を覚えるべきやな」


「シュケリー、あの集団にはどれぐらいいるの?」


 マウタリが広場を見ながら言った。


「多分二人。この距離だと誰かはっきりしないけど、少ないから見てると何となくわかるの」

「街全体の気配は?」

「多くない。チュサル村より格段に少ない」

「それは興味深い。増えやすいかと思っとったけど」


 エヴィが言った。


「人は多いのにね」

「疑われてるから、大人しくしてるのか、元々の行動傾向か・・・・・・。奴らにとって、感染行動は危険がある」

「顔から触手出す人いない」


 ドテンが言った。


「そんなことせんでも、口づけするだけで感染や。さっきの話も触手を出す必要はないやろ、眼を強くなめればええやから」

「十分目立つと思うけど」


 村なら異常が発生しても何かわからない。ちょっとした争いを大きな問題にもできない。自分なら誰かと触れた程度なら大騒ぎにしない。

 しかし知らない他人にされたら、誰かに必ず言うし、村と誰かの問題になるだろう。

 知らない人同士なら大問題だ。


「娼館行ったら簡単、そこ経由で広がるはずや」

「・・・・・・そうなんだ」


 マウタリは適当に相槌を打った。


「無暗には広げてないってことやな。慎重派で仲間は厳選してるか、臆病なだけか」

「魔術師が見張ってるから難しいんだよ」

「目立つといっても普通の犯罪者の挙動と大して変わらん。捨て身なら造作も無いで、あの人混みで顔から触手だして、捨て身で接触しまくったら一気に広がる」

「でも、そうはしなかった」

「ああ」

「なら、どうやってばれたんだろう?」

「それは明日調べよう。何にせよ、街を通り抜けできん」

「私はゆっくりでもいいよ」


 シュケリーは街を見たいのだ。マウタリも一緒にそうしたい。


「まず街を見よう。街の人達は気にしてないみたいだし、混乱してない」


「魔法的な現象に慣れとる。とにかく、封鎖が終わるかどうかわからんのを何とかせんとな」


 エヴィが言った。


「馬車でなければ、横道から抜けられるっておじさんが言ってたじゃないか、そっちを行けばいいよ」

「酒場の人も知らん複雑な道やと言ってたやろ。ウチらには道がわからん」

「探検だね!」


 喜び勇むマウタリを、エヴィは半笑いで見た。


「道教えてあげるって奴にほいほい付いていったらあかんで。後ろからブスッてなる」


 その日は宿の窓から広場を観察するだけで、後は眠った。

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