表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
2-1 伝説の復活
193/359

キューブ

 村から先は道らしいものが確認できた。

 畑の間にある小高い道を過ぎると、下りになり荒れ地に出た。魚の鱗ぐらいに緩やかな丘陵の底では、轍がえぐれ、きらめく水たまりがあり、砂利が外側へ踏みのけられ、道幅が一歩は広くなった。


 北へ少し歩くと、左側に大きめの石を並べた長方形が多く並んでいた。チュサル村の墓地だ。

 この墓地に埋まるべき者は多い。


 彼らはあの状態でも不死者アンデッドになるのだろうか、だとしたらまた顔を合わせるのだろうか。

 マウタリはもう誰の顔も覚えていない。


 一行は淡々と進み、刻まれた文字が読めない石碑のある分かれ道で、東周りに道を変えた。チュサル村方面を背負った道を行くのは賢くない。

 緩やかな傾斜にそって、丘陵の尾根へ上がった。


 そこを東に歩けば、イレイシャ低山地帯が視界の左端にちらつく。

 差し当っての目標があるイレイシャ低山地帯は、遠目には皿を逆さにして、大雑把に重ね並べたようで、総じて平べったく、薄い赤茶色の山肌に灰色の線がまばらに光れ、麓に緑が混じっている。


 東へ歩き出すと、太陽が上がりきる前に農地が途切れた。近景はよく照らされた薄い黒だけ。


 シュケリーは先端に象牙のサイコロがある魔法練習用の、名手品師の伸縮竿ロッドを定期的に振っている。


 その度に何かしらが出現し、二、三秒で消える。歩く靴、踊る箒、煙、色づいた旋風、そして生き物。


 一番多い生き物はひよこで、最小は一、多ければ数え切れない。

 他はニワトリに、逆立ちイヌ、虹色ガチョウ、三つ目ネコ、絶叫リス、プロペラヘビなどの奇妙な動物がたまに出てくる。


 極まれに、顔がねっとりとして平たい、酷く不格好なドラゴンが出てきて、火を吐き損ねて消える。


 エヴィによるとイメージに無理があるそうだ。実体でも幻覚でも無理のある構造は維持しにくいとか。出た物にあったイメージをすれば十秒ほど持ち、自由に動かせるという。


 ここから廃集落をよく見かけた。チュサル村と同じ、石積みの荒々しい建築だ。どの集落も三十戸に足りず、ほとんどは屋根が落ちている。周囲に農地の痕跡はほとんど無く、雑草が多い程度。


 その中の一つ、屋根が残っている大きめの廃屋に入った。建材の石が転がっているだけで、床石の隙間から苔が生えている。


「何も無いね」


 マウタリが言った。


 まったく生活の痕跡が無い。皿や布切れぐらいはありそうなものだが、砂が溜まっているだけ。


「この地域自体に物資が無いんやろ。品は誰かが持っていった。あの村は大分恵まれとる方やったな」

「周囲はほぼ汚染されてるみたいだ」

「食べる物無い。住めない」


 ドテンが家の外で悲し気に言った。

 シュケリーは家の中をひよこで満たして満足そうにした。


「あれとは関係無いのか。ずっとこうなんだね」

「土地が悪くなって放棄したんか、人が逃げて荒れたのかはわからん」

「食べ物はバッタとたまに見る黒いネズミぐらいか。森の遠くはこれが普通?」

「人に割り振る農地が無いんやろね。僻地の汚染地帯ならこんなもんや」

「そう・・・・・・狩りもできないね」

「ここの野生生物はやめとき、汚いで。さあ行こう」


 エヴィが家の外に出て、彼も追った。


「そうだね」


 黒い乾燥した汚染土壌が三、農地が一ぐらいの割合の景色が三日続き、安定した速度で進み、暗くなれば家を出して野営した。

 四日目、朝の内に、北へと向きを変えた。イレイシャ低山地帯をほぼ正面に捉え進む。


 麦畑の中に潜んでいた約三十人の盗賊に襲撃され、それを簡単に撃破した。

 矢は当たらず、ドテンはおろか小さなエヴィも斬り負けない。シュケリーの放水は石を割る打撃力がある。マウタリは怯えて逃げる盗賊の背をたやすく討った。

 死んだ男は痩せた悪相だった。


 あれはいなかった。シュケリーが近づいてから敵意を捕捉したので、気が付くべきだった。


 村に定住していなければ、感染しにくいのだろう。

 襲撃地点から速足に去る。


 人が人を狩っている。

 人に襲われるというのは村にいる時から聞いている。

 実際に経験して、納得できることは何も無い。理解できることは何も無い。


 マウタリは刺々しい表情になり、口数が減った。


 それでひよこやらの音だけを聴いていた。エヴィがそれを横目に見て言った。


「廃屋があると、ああいう連中が出やすくなる。そもそもの住民かもしれんし」

「・・・・・・盗賊になれば生活できるの? それともお金が手に入るから?」

「最低でも腹はふくれるしい、それに兵士の巡回が無い・・・・・・旅人自体が少ないせいか、それ以外の理由か知らんけど」


「それ以外って?」

「金が足りんか、人が足りんか、そもそも領主の明確な領土ではないんか。部外者のウチにはわからんけど、土地の都合でこうなっとる」

「そういうの、知らないと駄目なの? 外じゃあ」

「普通に生活してたら、いつのまにか知っとるもんや」

「普通って言っても、僕にはこれが普通じゃない」

「こうして歩いとる間にもどんどんや。明日には少し普通になる」

「明日には足が伸び縮みする一つ眼のひよこ出てくる?」


 シュケリーが言った。


「はは、そのうちなあ」

「それはひよこじゃないと思うよ」

「なんにせよ、兵士がおらんのは好都合、面倒の元やし。でも、おらん原因と、今どこにおるかは考えんとな」

「どこにいるの?」

「さあ?」


 エヴィが笑ってはぐらかした。


「先は長い、目標に辿り着くには障害を突破せんとな。それで王都まで行くんやろ」

「行くよ。三塔を見たいから」


「行くまでにはきっと敵が出る。でかいの、敵が来たらどうする?」


 エヴィがドテンをこついた。


「守る」


 ドテンがよどみなく答えた。


「シュケリーはどうする?」

「月への道を阻む者は・・・・・・叩く」


 シュケリーが神妙な顔で杖を素早く振った。


「マウタリはどうするん?」

「僕が・・・・・・」


 マウタリは先を言わなかったし、エヴィはそれ以上聞かなかった。


 山地に近づくにつれ、遠目に商人や旅人が見受けられ、山地の麓の岩肌がよく見えるようになった。


 斜面にはブドウ畑が広がり、果樹らしい低めの常緑広葉樹があった。いずれも実はなっていない。

 草地には、白、黒、灰色、緑の点々が自由に動いている。家畜のヒツジやヤギだ。


 灰色の巨岩が所々に転がっていて、その間に隠れるように四角い灰色の家々がある。

 住人が着古した仕事着で畑や放牧地で仕事をしていて、若草の命が溶けた甘い匂いがした。


「・・・・・・山って近くに来ると大きいね」


 マウタリが感心して息をのんだ。行く道は緩やかに上り、山と山の狭間に吸い込まれている。


「そりゃあ、山やから」

「大きいけど、お空は遠いわ」


 シュケリーが手をひさしにして、空を見つめた。


 マウタリは初めての山の景色を楽しみながら、山脈の谷間のか細い道を進む。

 道は交通量が多く、馬車や徒歩の旅人の一党が増えた。


 山が比較的緩やかな場所で夜になって、道から逸れて野営をした。遠くからオオカミに似た遠吠えを聞いた。心が落ち着く音だ。


 翌日、谷間から上がった峠道で、山々の切れ目から北の方が望めた。

 灰色の筋雲の下、白いでこぼこが乗った地平線が見える。


「あれが ヌンテッカ山地?」


 マウタリが足を止めた。エヴィが答える。


「北方の高山はそれしかない」

「雪、初めて見た」


 シュケリーが呟いた。


「そうだね」

「これを見たといえるんか・・・・・・ちょっとした雪を出す魔道具は無かったな」

「あれって冷たいんだって」


 シュケリーが言った。


「ここも寒いけど」


 風が抜けると、足が突っ張る感じがする。


「世間的には暖かい方やで、足を出しとるから寒いんや。あれを見習え」


 エヴィがドテンを示すと、彼は自慢げに胸を叩いて鳴らした。


「長いのは落ち着かなくて」

「しょうのないんやから」

「あそこにも、いつか行けるかな」


 マウタリが再び歩を進めながら言った。


「あっちは高そうだから行ってみたい」


 シュケリーが言った。


「じゃあ、三塔に登ったら、次は山に登ろう。エヴィも行く?」


 マウタリが言った。


「まあ、二人だけやと心配やからなあ、仕方ない」

「ドテンは?」

「おらは二人を守る」


 マウタリは雪を想像しながら曲がりくねった谷間の山道を歩き、日陰になった谷が冷え始めた時、切り立った山の陰から、魔道の箱ゴファ・シュが唐突に姿を現した。


 三つの山の狭間に、一辺一キロメートル以上の巨大な箱がめりこみ挟まっている。この黒ずんだ木目の大箱こそがゴファ・シュの街。

 その下にはゴファ・シュに匹敵する大きな丸い穴が空いていて、底は暗くて見えない。


 外側にはおんぼろの木製階段がいくつもまとわりつき、それに応じた出入り口がある。出入り口だけで、中から勢いよく飛び出せば、穴の底か、山肌に叩きつけられそうな場所もある。


 上から多くの煙突が突き出て、多彩な煙が出ている。色は様々で、上がる煙に下がる煙があれば、一直線に空を目指し、二手に分かれ、蛇行しながら斜めに上昇しもする。

 山の急斜面を下る雲が煙と合流し、色を撹拌して濃淡模様の布になっていた。


 この箱がスンディの南西地域と中央地域との関だ。


「本当に四角だ!」

「そうね」


 二人は足をとめて、悠久の歴史ある箱に見入った。

 谷間の道から、穴の上を伸びて入口へと向かう、欄干が大理石の彫刻で飾られた橋がある。

 旅人は橋を通り、箱の真ん中にある真四角に斬り抜かれた大穴へ入っていく。


 マウタリの表情が明るくなった。外の話を聞けば、この箱に詰まった不思議を想像し、いつか見たいと願った場所。最も身近な不思議。村からの品はここまで届いているはずだ。


 大戦前はスンディ地域でも有名な魔道研究都市、名だたる魔術師達が研究員として名を連ねた。今は制御不能で朽ちていく途上にある神代の残骸だ。


 そして王都までの道のりの三分の一ほどを来た。


 近づくにつれ巨大な箱を見上げる形になり、チュサル村の領主館で得た印を使ってエヴィが作った偽造身分証で、難無く衛兵の検問を終え、橋を越えた。


「流れ作業で碌に確認もしとらん。あんまり喋る暇もなかった」


 エヴィは退屈そうだ。


「面倒は無かったんだからいいじゃないか」


 マウタリは急ぐ足でゴファ・シュの巨大な入口を進んだ。


「まだまだ子供やな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ