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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
2-1 伝説の復活
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外の村3

 さらにマウタリは戦い続けた。薬のお世話になってない。慣れたのか、他の理由か、敵の動きがわずかに遅くなってきたように感じる。


 狭い廊下で人影が突進してくる。

 槍は狙い通りに人影の腕をえぐった。引かずにさらに一歩、硬い手応えで胸部を突き抜く。人影が膝をつく。その横から飛び出した槍の穂先、マウタリ軽く身を反らし応じる。入れ違う穂先、柄がぶつかる、マウタリの槍が顔面に深く刺さる。


 表情までは見えていない。

 敵の穂先は逸らされて、マウタリの横を抜け、壁に擦っている。敵の槍が廊下に転がり、二人が倒れた。


(距離はつかめた。二人ならやれる)


 ほとんどが二手で、まれに三手で殺せる。少し耳鳴りがしている。

 

 しかしそれも聴き取れなくなった。

 壁と天井からやかましい音が響くようになったからだ。金属が石を打ちつける音を嫌って、シュケリーが壁から少し離れた。

 そして、床に小石が落ちる音を聞いた。


「いい調子やったのに」


 エヴィが見た天井からは、かすかに月光が差し込んでいる。


「どんな様子?」


 マウタリは前方から視線を逸らさない。


「外に出ようか、建物がボロボロになってもうて。こいつら、何が何でもや」


 マウタリはエヴィの意見に賛成したいが、外は外で怖い。この状態は安定している。


「下はどうなってるの?」

「でかいのが余裕でやっとるよ。あの鎧がどうこうできると思う?」


 天井からガリッと棒が突き出た。ただの棒だ。それが廊下を探るように回る。

 マウタリが邪魔だと、棒を蹴り飛ばした。


「下へ」


 マウタリが最後尾で後方を警戒して階段を下る。ドテンの大きな背中が見えた。

 一階階段の周囲は敵で満たされている。

 それをドテンが適当に突き飛ばし、武器、農具をつかんでへし折っている。

 これはエヴィエーネが経験値を減らさないように指示した結果だ。


「ドテン! 大丈夫なの?」

「んー、マウタリ、元気にしてた?」


 ドテンがゆっくり振り向いた。背中を槍で突かれているが無視している。

 エヴィがドテンの肩に飛び乗った。


「外に出るで、突破や、軽めでな」

「おーう」


 ドテンが正面出口へ普通に歩いて向かう。道中の敵は手で無造作に押しのけられた。

 裏口から入ってきた敵が側面から、階段からも追手が来る。マウタリは突き散らし、シュケリーの放水が集団を粉砕して少し壁を崩した。


 敵が無言だった二階と異なり、ここでは敵もうるさく、怒声がとびかう。それは自然な動きに感じられ、マウタリの緊張が軽くなった。


 ドテンが外に出るなり、ドゴンと大勢の敵が左方で宙を舞った。振り抜かれた戦棍メイスが、ゆっくりと戻される。


「あれ、武器持ってたっけ」

「外に落としといたんや」


 マウタリの疑問にエヴィが答えた。


「見渡す限りおるな」


 道には事前の想像どおり、人々がひしめいていた。


「で、出たけどどっちに向かう?」

「エヴィが決めてよ」


 マウタリはシュケリーを背に隠し、宿屋の入口からの敵を槍で牽制する。


「ひとまず、上を取られるのはようない」


 肩に乗ったままのエヴィが、宿屋の屋根から降ってきた敵を蹴り飛ばし、敵が飛ばされ、群衆の上に落ちる。


「後ろの建物をぶっ壊せ」

「ふん」


 戦棍メイスがマウタリの頭上で振り抜かれた。ゴガンと石が砕け散り、道路側の壁がごっそり削られた。宿屋は全身をきしませ、支えが無くなったほうへ傾き、滑るように崩壊する。

 

 マウタリとシュケリーは転がる石材から逃れた。石材と一緒に人も転がってくる。マウタリはそれを突いた。


「お次はどうしたい?」


 エヴィがマウタリを見る。ドテンの一撃でまた人が舞った。


「エヴィが決めて、慣れてるんでしょ」

「あんな、これはマウタリの旅やろ?」


 エヴィが飛んできた矢を握って、近くの敵に投げ返した。


「僕は旅なんて……」

「うちは大恩で付いてきてるだけ。自分で決めな。適当にやっても勝てる相手や、気楽に気楽に! 笑い薬使う? 楽しくなるで」

「街から出られないの?」


 シュケリーが言った。


「街の門からは新手が来てると思うで、まあ突破できんこともないけど追われるな」

「荷物の中に強力なのがある」


 シュケリーの微妙な表情は、マウタリだけやる気があると理解できる。


「いやいや、制御できんのに強いのは危ない。それに敵は雑魚ばっかり。強力な魔法を封じてるのは使いきりの貴重品もある。あんな連中に使うまでもない」

「そうなの」


 シュケリーが残念そうだ。


「あんなもんは全部ネズミとでも思ったらええ」

「無理だって」


 普段は気分がよくなる血の匂いが、嫌なものに感じられる。

 ドテンが巨大な武器で百八十度以上カバーしているから何とかなっているが、とても余裕は無い。


 建物の崩壊による敵の混乱が収まってきた。

 マウタリは槍で敵の攻撃をさばき続ける。汗をかいてきた。


「シュケリー、水が出るのあったやろ」

「もうあんまり出ないと思う」

「飛ばさずに固めるんや」

「固める?」

短杖ワンドを柄にして、先から剣の刃出すみたいに」


 シュケリーが両手で青い短杖ワンドを握ると、先から水が伸び長い棒になった。彼女の目が輝いた。


「おお」

「それは割と扱いやすい。その手の魔法で大事なのはイメージの維持、魔力の供給を忘れるな。維持型は微量の供給を続けないと形が崩れる」


 シュケリーが水を振り回して、敵を打ちつけた。敵は農具で受けたが、農具も体も大きな衝撃で弾き、後ろの敵にぶつかって両方を昏倒させた。

 これならシュケリーに張り付いていなくてもいい。


「やっぱりエヴィがやって」


 マウタリにはそもそも町の構造がわからない。周りを見ても、見慣れぬものばかりだ。


「どうしてもウチか?」


 エヴィが笑った。


「今回はエヴィに一任する」


 マウタリは胸を張った。


「仕方ないなあ。平屋の……路地を抜けるか。屋根の上のが鬱陶しい。走って振り切ろうか。区画を変えれば降りて追ってくるはず」

「そうしよう」

「でかいの、全速で道作って」

「ほーい」


 エヴィが方向を指示すると、ドテンから降りた。


 ドテンがとんでもない速度で敵を蹴散らし大通りを駆け抜ける。マウタリは必死に追った。後ろではシュケリーの背をエヴィが押している。


 そして街のすみの方にある 敵の塊は置き去りにしたが、行く先々どこにでも敵がいる。


「ここからどうするの?」

「よし、ここからはマウタリ無双でいくで」

「え!」


 後ろから何か液がかかった。全身が濡れる量だ。


「何使った!?」


 もうわかっている、薬だ。


「基礎能力上昇一式に、魔法耐性、一定量の物理ダメージを無効にするバリア、つまりしばらくはかすり傷ひとつ負わん」


 さらにエヴィが遠くに何か投げた。大通り――といっても狭いが――で奴らの集団の中でそれが爆発した。出てきたのは火ではない。煙がモクモクと湧き出した。


「今度は何!?」

「幻覚剤」

「……風向きこっちじゃない?」


 風でこちらに流されている。


「全員耐性があるから大丈夫」


 集団はこちらに向かう足を止め、顔から触手を出す個体が現れた。それを見て、もめ事が起きている。大きなわめき声が聞こえる。


「次は灯りや」


 またエヴィが何かを投げた。今度はさらに遠い。

 小さな爆音、赤く輝く水が飛び散った。火だ。燃える液体が、奴らの頭上に降り注ぐ。一部は混乱して道を転がり、火を消そうと暴れている。

 建物の屋根、道、敵が燃え続け、村の一角が明るくなった。


「はい、突撃!」

「シュケリーはどうするの!?」

「でかいの置いていくから大丈夫や、マウタリにはウチが付いていくから安心しい。行って行って!」


 シュケリーは小さな家に入って、その入り口にドテンが立った。

 シュケリーが隙間から顔を出して手を振った。


「マウタリがんばって」

「二人だけで!?」

「はいはい」


 マウタリはエヴィに背を押されて、敵へ突撃した。



 そして、朝日が出る頃には、村は静かになっていた。通りには多くの死体が転がり、一部の建物では煙が上がっている。


 マウタリは意外と元気に通りに立っていた。眠気も疲労も無い。嬉しさや高揚も無い。朝気分よく目が開いた程度のすっきりさがある。


 敵はある時、一斉にいなくなった。

 マウタリは倒した敵の数を覚えていない。確実に百人は超えたと思う。村中を走り回ってひたすら槍を突いた。途中から乱戦なら剣の方が使いやすいと剣に変えた。

 刃が何度か腕を擦ったが、ダメージはまったくない。触れたとわかる程度の圧力だった。


 まともな装備をした兵士かハンターらしい人がいたが、エヴィが目潰しの粉末を投げつけて無力化して、簡単に終わった。

 魔法使いらしい杖とローブの人が何人か死体になっているが、これはやった覚えが無い。


 彼は死体を避けながら、村で使えそうな物を探している。そして興味深く一区画の家を探って大通りに戻ると、エヴィが屈んでいた。


 彼女は金属の筒を死体の頭に突き刺している。そしてそれを引き抜いた。鳥のくちばしのような先端は、挟んで切り取るような形状だ。


「エヴィ、何やってるの?」

「中身を検査しとる。学問に生きる者の役割や」

「そうなんだ」

「まあ色々とわかる。次に戦う時には何か役に立つかも」


 エヴィが頭の中の何かを透明の器にしまった。さらにひとつ死体をまたぎ、次の死体の頭にドリルで穴を空けだした。そしてさっきの金属の筒を穴から入れた。


「なんでその死体をまたいだの?」

「状態が悪かったから」

「エヴィ、なんでまたいだの?」


 エヴィが進んだのと逆側には、既に仕事を終えたらしい頭に穴のある死体が並んでいる。中には顔面に槍を刺した跡がある死体もある。


「だから――」

「それ、あれじゃあないんだね」


 エヴィが黙って作業を終えてから、ふり向いた。


「……全員が感染してたわけやない。用心深くて感染させにくいとか、何か理由があって後回しにしたんやろ。どっちしろ敵は全部やるのが旅の流儀や、気にせんでいき」


 子供に気を遣わせてしまった。しかし違う。


「でもそれは、僕が殺したんじゃない。それに関してはそうだ」


 彼が気付いたのはその死体によく見るべき要素はあったから。


「うん?」

「傷を見てよ」


 痩せているが、筋肉のついた中年男性の死体。靴を履いていない。体中に複数の刺し傷、腕に多数傷がある。

 マウタリと戦ってこうはならない。昨日の騒乱の中で何かのトラブルが起きてこうなった。


「ああ、確かになあ。ちょっと焦ってやってしもうた」


 エヴィが頭をかきながら立ち上がり、歩き出した。


「まあ、付いておいで」


 マウタリが付いていくと、この村では平凡な石の家に入った。そこに地下への穴があり、ふたが横に置かれていた。さらに横には箱がある。

 床のほこりからすると、上には箱が置こらえていたようだ。

 エヴィが穴に入り、彼も続く。さらに階段を降りる。


 暗いのでマウタリは指先を光らせた。

 狭い部屋が物品で埋まっている。武器防具に、お金やアクセサリ、宝石、金銀の置物、食器などが置かれている。箱の中にはエヴィが使うのと似た薬品らしいものもある。


「隠し倉庫?」

「さっき見つけた。この眼鏡でな」


「非常用の道具やない。金目の物もあるし。この村は元々宿泊客を襲ってた。まあ、お金が欲しかったんやろう。それなりに人通りがある場所みたいやし、ほどほどに旅人が来るんやろ」

「そんなことできるんだね。誰かに捕まるんじゃないの?」


 外の人の考えは理解しにくい。同じ人間で争って何の意味があるのか?


「当然領主もグルや、分け前もらってるやろう」

「この村は大きいから、食べてはいけそうなのに」


 来るまでに見た集落に比べれば大きく、広い農地があった。


「世の中そんなもんや。お金はいくらでもいる。使えそうな物はもらっていこう」

「そうなんだ」

「これが終わったらみんなで領主館に行こう。貧相な村でも、少しは金があるやろ」


 二人はシュケリーとドテンに合流した。


「気配がわからない」


 シュケリーがフクロウの杖を握って、精神を集中している。ドテンがその隣であくびをした。


「逃げた奴はわからん。使えるのは戦闘中だけと思っとき。まあ安全確認には使える。攻撃するつもりで追ってきている奴は近くにおらんということや」

「なるほど」


 赤子、幼児はほぼ感染していなかったため、村では薄汚れた子供が散見された。


 それをどうにかするすべはなく、四人は急いで街から離れた。やつらは全滅していない。さらに大きな集団で戻ってくるかもしれない。




「村は子供の泣き声でいっぱいだよ! どうしよう。 高い高い! ああ、泣いちゃったよう、どうすればいいの?」


 村の後始末に派遣されたメルメッチから、ルキウスへの通信だ。

 ルキウスは継続して研究機器を操作している。


(あの村と同じ……やはり子供は感染対象にならないか。足手まとい、もしくは子供の脳から成長しないとか? 朗報か凶報か判断に困る)


「子供は一か所に集めろ、こちらで引き取る。それから標本を回収、逃げた村人は殲滅しろ、目につくだけでいい。細かいのは追撃部隊にやらせる」

「ほっほーい!」


 メルメッチが元気よく返事した。


「衝撃を与えれば散る。放置すればジリジリ増える。危険と認識した場所には近づかん。嫌な蟲だ」


 ルキウスが呟いた。


「平時ならともかく、今はまずいのでは?」


 帰還していたヴァルファーが後ろで言った。

 彼は彼で港の監視で忙しい。誰もが忙しい。


「わかっている。しかし勇者は完璧にやるものだ。助けた人間が多いと何か点になるかもしれない」


 手が空いてる者はいる。ほぼペットだが。

 ルキウスはヴァルファーを見ない。


「食料だけはあるんだ。カサンドラの村で面倒を見てもらう。全員育児に回しても大丈夫だろう」


「乳児には乳が必要です。村の規模からすると乳児だけで十以上いるはず。環境によっては百も無いとは言えません」


「帝国で困窮している産婦とその家族をさらってこい。マリナリにリストアップさせろ。あっちの状況は悪い、留まりたがるとは思えん。乳母ぐらいやってくれる」


「あちらの状況からして、娼婦が多くなるかもしれませんが」

「乳が搾れればどうでもいい。どっちも助かる。私も助かる」

「準備が整うまではどういたしますか?」


「私が面倒をみる。作業中は余裕があるから。壁を変形させて部屋の間取りを変えるか。それにあの子も手伝ってくれるし」


 ルキウスの視線の先では、ビラルウが彼女には大きな哺乳瓶を持って、赤子にヤギの乳を与えている。


 これまで複雑な気分でペットのウシの乳を搾っていたが、ウリコに倉庫を探させたら、ヤギの乳が湧き出す大皿があった。

 不用品の倉庫にあったから、多分イベントで使った料理用の魔道具だ。魔法触媒用の可能性もある。毒の反応は無かったので採用した。


「賢い子供ですね」


 ヴァルファーが感心の声を漏らした。


「そうだろう。きっといいお嬢さんになる」

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