外の村2
外の群れは隠れるのをやめた。建物の陰からたいまつの灯りがいくらか漏れて、影を揺らす。
家の周囲では煙が焚かれているらしく、視界が悪い。室内は月明りが遮られ、より一層暗く、煙の匂いが漂い、マウタリとシュケリーの白い肌と、緊張した眼が強調される。
窓からは数軒の平屋が見えるはずだが、ぼんやりとした影にしか見えない。
宿の周りは開けていない。道は狭く、両隣を家に挟まれている。周囲は人でぎゅうぎゅうになっていそうだ。
話し声ははっきりとは聞こえない。土を踏む音と、ほのかな騒めきが立ち込めてきた。
そこにエヴィが投げているだろう爆弾が、近くで鼓膜を刺すようにバーンと高音で炸裂し、強烈な光が一瞬に散って、群衆を照らし、煙の中をさまよう。照らされた人々の顔は日に焼けて黒く、衣服も地味な色で、すぐに闇に溶けていく。
マウタリは壁に身を寄せて、槍を穴へ向けて構え、次を待つ。
(二人がいる。大丈夫さ。ここさえ守っていれば大丈夫だ)
獣を狩るなら心臓を狙う、頭蓋骨を抜けるなら頭部を。手に握るのは鋭い槍、人ならどっちも簡単に貫通できる。
敵が下から上がってくれば、手か、頭の頂上が最初に見える。
穴の方からかすかな音がして、頭の影が見えた。
マウタリはぐっと穴へと踏み出し、人影の首を突いた。短いうめき声がして、影が消えた。引いた穂先から液が散った。
それが落下した音を聞く前に、すぐに穴の横へ飛び退く。外の壁からガンガラガンと音が聞こえると同時、多くの石が穴から中へ飛びこむ。
中で石が跳ね回り、音を立てた。
「きゃあ!」
シュケリーが後ろで悲鳴をあげた。
「シュケリー!」
マウタリが振り向くと、彼女は肩を押さえていた。
「当たったの!?」
「当たった・・・・・・けど大丈夫、痛くないの」
彼女は肩から手を放して、背中を壁面につけた。
「本当に大丈夫?」
「ええ、なんともない」
マウタリは彼女の変わらない表情を見て安心すると、再び外の警戒を始めた。壁際では取り回しが悪い槍を床に置いて、剣を抜いた。
「もらったお守りか、服か、どれかが効いてる」
「そうね、矢も逸れるわ。正面でも大丈夫かも」
「燃えたものだって飛んでくるよ。僕の後ろに」
部屋の奥に行くと、窓からの射角に入る。
投石が止まった。マウタリはまた人が来ると思って、窓のすぐ横に控えた。その後ろで、シュケリーがどうにか壁との間に収まっている。
いつまで攻めてくるだろうか。攻めるのをやめて囲まれても困る。宿は街の中心の方だから、走って逃げるのは難しい。そう考えるとすごい人数を相手にしないといけない。朝になっても終わらない気がする。
「来てる。複数」
シュケリーが耳元でささやいた。
窓だった穴は普通に通れば、一人しか通れない。しかし多少は余裕がある。強引に二人同時に来るのだろうか。
彼がそう思っていると、二本の槍が穴から突きこまれた。槍が引いて、また突かれる。人は来ない。
はしごの両隣に、さらにはしごを掛けて援護している。
槍が室内を探るように突き出てきて、マウタリは窓の近くの壁に強く張り付いた。
その隙にと、男が上半身を部屋へ突っ込み、マウタリをその背を突き刺した。槍が即座に彼の方を大雑把に狙い、彼は壁に張り付く。
死体が部屋に残る。あまり気分の良いものではない。
死体に目が移っていると、刃渡り一メートル以上の草刈大鎌が部屋内を探るようにえぐり、マウタリは剣で受けた。
「ぐ」
圧力はそれほどではない。彼は鎌をはねのけると、腕を伸ばし穴を突いた。しかしすぐに鎌が荒っぽく斬りつける。それをまた弾いたが、また鎌が戻り彼を押さえつけようとする。
相手はちょうど壁の向こうだ。逆側に行かないと突けない。同時に槍でも突かれ、至近を槍が通った。その圧力で彼は少し引いた。
好機と見たのか、人影が穴から顔を出した。
シュケリーが部屋の奥の方に走って、青い短杖を出すと、太い水流を穴へ放った。
水しぶきが部屋中に散って、すぐに消え去る。侵入を試みた者達も消えている。
水が出てすぐ、がたんと大きな音がしていた。多分、はしごが倒れた。休む時間が稼げる。
また石が飛んできたが、問題にはならない。二人は部屋の隅に固まった。
「ありがとう。困ってた」
「どういたしまして」
「それの水ってどれぐらい出るの」
「魔力が減った気がする。あまり出せないかも」
「そう」
「音の魔法が良さそうなんだけど、大きな声は苦手」
「魔法は練習してからってエヴィが言ってし、次は僕がやる。さっきはちょっとびっくりしたけど、大丈夫」
マウタリが少し部屋の中心により、足元に槍を置き、屈んで穴を窺っていると、天井から音が聞こえた。
「上に?」
「・・・・・・多分、七」
シュケリーはフクロウの杖をつかんでいた。
「天井から来る気かな」
「壊す音はしないけど」
見上げた天井はアーチ状で、黒い何かを塗り固めているようだ。開くような場所は無い。
後ろから足音、二人は注意を扉の方に移した。エヴィが入ってきた。
「あ! エヴィ」
「どうや、気分よくやっとるか」
明るい声のエヴィはあの眼鏡をかけている。
「他の部屋はクモの巣爆弾爆発させてきたから、効果時間中はネッチャネチャで通れへん。下はでかいのが担当しとるから大丈夫」
エヴィが天井までジャンプして角度をつけ、穴の下の方を見た。
「ここに集中してきたな」
着地すると、自然に服の中から黒い筒を取り出し、それに付いている細い金属を抜くと、少しして穴へ投げた。
しばらくして、効き慣れぬ甲高い音がして、強烈な光が空を照らすのが見えた。マウタリは驚き、身を固くした。耳の奥が痺れる感じがする。
「さっきの何?」
「閃光音響手榴弾、要は少しおとなしくなる」
エヴィは荷物を床に置いて、中から何か取り出した。
「ほい、これ」
エヴィがマウタリの手に、四角い物体に何か刺さった物を置いた。手よりは大きく、石みたいな重さだが、それほど硬くはない。
「何?」
「これ、外に投げて。あそこへ思いっきりな」
エヴィが穴の外を指差した。マウタリは指示に従って投げた。
「よしよし、上出来。はい、これ握って」
今度は何か剣の柄のような形状の物を握らせてきた。握る場所に何か突起が当たる。
「なんで?」
「ほらほら、早く押さんと大変なことになるで!」
エヴィが顔を寄せて脅してくる。
釈然としないが握って押した。
ボガーンとよく通る重い轟音がして、外でも悲鳴が聞こえた。
「うわ!」
外で吹き飛んだ小石、砂が穴から入り、部屋中を転がった。屋根の上に落下しただろう石がゴンゴンという音を連続させた。
「ピャァー!」
エヴィが闇でもわかるほど目を見開き、歓喜の声を上げた。
「なんなの!?」
マウタリが叫んだ。シュケリーはローブを深く被った。
「プラスチック爆薬、地道にやるにはちいと多いから、最初はこれでと思って」
エヴィが外を覗き、マウタリもそれにならった。爆風で煙が吹き飛んだのか、さっきよりは見える。正面にあった家が崩れていた。人も放射状に倒れている。
しかし倒れた戦力を補うように、新手が路地から来る。彼らは動かない人々を引っ張っていき、代わりに戦列に加わった。多数の目はこちらを見ている。
「これでも逃げんか。完全に興奮状態、士気は高いな。組織的に動くとちょっと人間っぽくない」
しばらく外を観察したが、投石が始まり、穴から離れた。
「うーん、でも腰が引けとる奴はおるな。恐れが見える。個体差はあるか。指揮個体は元々の村の有力者? それとも別の上下関係か? 常時接続でないにしても、全員が通信できるなら裏切りはばれる。なら、よほどのアホしか逃げんのは当然か。なんかええのがあったかな・・・・・・色々試したいし」
エヴィが荷物を漁りながら呟く。
「エヴィ、上にもいるんだけど」
「上?」
「屋根だよ。壊して入ってくるかも」
「ああ、屋根か。それは面倒やな。上も石造りのはずやけど、もろそうやな」
「よく落ち着いてるね」
「こんなの旅してたら日常茶飯事や。軍隊、盗賊、魔物の襲撃は日常・・・・・・そんなら、これで」
エヴィはベルトから試験管を抜くと飲んだ。そして荷物をすみに寄せた。
「そいじゃあ、ちょっと行ってくる」
「え?」
困惑するマウタリをよそに、エヴィは天井を見上げ、大きくジャンプした。彼女は天井をすり抜けて消えてしまった。戻ってこない。
「エヴィ?」
「上の敵の気配が消えた」
シュケリーが呟くと、エヴィが天井をすり抜けて降ってきた。
「上は終わり、でも街の外から近づいてくる隊列が見えたで」
普通の農民が夜分に行動するとは考えにくい。
「それも敵?」
まだ増えると思うと、気分が悪くなる。しかもどれだけ増えるかわからない。
「多分。これは近隣の村からも来てるっぽい。どんな方式で通信してるのか? 近くの個体か、それとも主に当たる中核個体が存在するんか、とにかく大勢来てる。目撃者を生かして返せないと思っとる」
エヴィが耳を動かし、扉の方を気にする素振りをした。扉の向こう、廊下の方からゴと石が転がるような音がした。
エヴィはすぐに駆けだし、廊下に出て、その行き止まりの方を見つめた。
「なんでもありかいな、酷い宿屋やな」
エヴィがそう言ってすぐに、彼女に向かって二人の男が突っ込んだのが見えた。人が来るはずのない行き止まり側からだ。
「敵!?」
マウタリが叫んだ。
彼女は突撃にそって後ろに跳び、扉から見えなくなったが、何事も無い様子で戻ってきた。手には刃物がある。さらに行き止まりの方へ閃光音響手榴弾を投げ、爆発音が聞こえた。
シュケリーがそっと廊下を覗いた。
「壁に通路ができてる」
エヴィは廊下に留まっている。
マウタリははしごから来た敵を槍で突くと、急いで剣を鞘に収めて廊下を確認した。
「隣の家から壁破って入ってきた。どうも最初から通路があったのを、塞いでた感じやな」
行き止まりだった場所の石壁が崩れて、その向こうには通路があった。
「三か所で戦いになるのは色々とようない。部屋を捨てて廊下で戦うか、それともでかいのを呼び戻して、廊下に配置するか? 部屋の入口は確実に塞げるけど、廊下はちょっと狭すぎるから、あいつがあまり動けん」
マウタリが部屋の穴を見ると、次の敵が上がってきていた。
「廊下で!」
マウタリはシュケリーを押して廊下に出すと、外に出て槍を構えた。エヴィが部屋に手を入れて荷物を確保すると背負い直した。
廊下の幅は大人がそのまますれ違うにはちょっと狭いぐらい。
やがて、廊下にできた通路と、さっきの部屋から敵が顔を出した。
そこで戦闘が始まり、マウタリは懸命に応戦した。
敵の動きは鈍く大した武器が無い。矢が怖くないので楽だ。
投石はエヴィが簡単に受け止めて、投げ返したらこなくなった。
一度、複数人で抱えたはしごが突っ込んできて後ろに押されたが、エヴィが切り刻んでバラバラにした。
廊下には血の匂いが籠ってきた。
「きりがないよ!」
マウタリが嘆いた。三十人ほど倒したが、延々入れ替わって次が来る。
「眠らなくても元気でいられる薬があるから安心や。何日でも戦えるで」
エヴィが明るく言った。その後ろでシュケリーが杖を構えているが、出番は来てない。
「それもなんか危険なのでしょ!」
「眠らないこと自体に多少問題はあるけど、副作用は無いで」
「それって問題じゃないの!?」
マウタリが敵の腹を突いて殺した。敵がその死体を後ろに運んでいく。
「健康ではあるけど、睡眠時の良い効果が期待できないだけや。市販品やから心配いらんで」