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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
2-1 伝説の復活
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「そっちは気楽でいい」

「さっきから何やってんの?」


 バッテリーの上に掛けたサンティーが気楽に言った。彼女は勇者の旅の脚本を書いているが、どこまで採用されるかはわかったものではない。


「……説明しただろ。蟲にだけ有効な毒を探している。人に害が少なく直接殺せる毒。でなければ、特異行動を誘発させ判別可能にするか、繁殖能力を奪う物。繁殖能力は狙い目だが、複雑で確認試験に時間がかかる。脳機能が多い分、低血糖になりやすいかと思ったが、制御能力が高いせいか駄目だ。蟲が対処できるのも駄目だ。色を付けるような指示薬は使えん」


「そういうの操作できるんだな。頭が良さそうに見える」


 サンティーが感心した顔を見せた。


(これでも岐阜工科大学卒業してんだよ。近所だから入っただけだが)


「……人手が足りん。魔術師に、エヴィエーネの所のアンドロイドも総動員だ、あっちは魔道科学だが。電子機器を触れる人間が少ないからこうなった。エヴィエーネに触らせると爆発しかねん」


 ルキウスはモニター画面と手元の資料を再確認した。


「なんで寄生型エイリアン用のプリセットがないんだ。これならゾウリムシとにらめっこしてるほうがマシだ! 確実に誰かの嫌がらせだ! 落とし穴に落としてやりたい」


 ルキウスはひたすら機械と格闘している。


「知らない誰かのせいにしだしたら、人として終わりだよ」

「人生は終わってるからどうでもいい」


 ルキウスは気楽そうなサンティーを相手にする余裕がない。


「ああ、神だったな!」

「……こいつは仮想分子学の汎用的な機器だな、生体解析用が欲しい。アルゴリズム調整が頻繁過ぎる。超分子の計算が遅いのは、仮想と現実のずれを補正しているからか。不特定因子を飲みこめてていない。専門の機器なら、受容体の差を比較できるってのに」


 不特定因子はスキルかなにかだろう。生体の情報がもっと要る。生情報があればそれだけ仮想演算を減らせる。研究なら千体は必要だが、分析する時間はない。

 世の中には特定分野において、勘で戦略AIを上回る人間がいるが、彼には真似できない。


「人の脳と比べると炭素と酸素、ナトリウムが少ない。水素、硫黄、ヒ素がやや多い。特に多いのがセレン、しかし元々が少ないからな。〇・〇一%変わらん。元素単位じゃ何もわからん。そもそも臓器は人間、排出系は同じ。あの蟲だけが蓄積する物質……あっても大量に作れないなら同じか。皮膚毒が除外されるのも痛い」


(精神耐性が無ければなあ。そのくせ、睡眠や麻痺はかかりやがる。人の免疫を使いやがって、ここは人の体質も多様すぎる)


「視聴覚神経と繋がってんだから、光や音に反応する可能性も。そっちは魔法系のほうが望めそうか」


 ルキウスは隣の装置の上に置いてある魔術で印刷された実験計画表を見た。


「もうやってんな。魔力光による実験、予定実験回数、一万八百三十五回。期間、最短五十七年。これで五十年後には解決。馬鹿か、完全に手遅れだ」


 時間制限つきの実験は楽しくない。そこにサンティーの声がかかる。


「ところで毒って何?」

「毒って何? この世の全物質だ、光とかも含めて」

「全部って全部?」

「そうだよ。いつも友は毒食ってるってことだ」

「なんだって!」

「死ぬな、そのうち」


 モニターを見たまま、投げ槍に言った。


「死ぬのか!」

「そのうちな」

「適当に言ってるだろ!」


 サンティーが立って詰め寄ってきた。ルキウスはモニターを見ている。


「魔法毒は別にして、身近で人や他の動物に即効性のある生物由来毒トキシンなら、アミノ酸、有機酸、タンパク質、糖。植物由来だと、アルカロイド、シアン化物、ヒ素、そういう構造の連中。重金属みたいな人体に縁遠い連中も、逆の意味で毒」

「糖って、あの砂糖とか」

「そうだ。普通に毒だし、死ぬな」

「死ぬ死ぬ言うな!」


 サンティーが興奮してきた。元気になってきたようだ。ここ数日警戒されていた。ルキウスがずっとしかめっ面をしていたせいだ。


(人なら起源オリジンに達しても、三百年は生きないはず。そのうち死ぬ)


 ルキウスが少しばかりサンティーを見た。


「そもそも毒をなんだと思ってるんだ?」

「え? ゴキラがゴボッと吐き出す黒い液体、戦車溶かすやつ」

「それは怪獣映画だろ。歩兵が小型の幼体の群れと戦って、航空部隊が多少撃墜されながら爆撃して、戦車部隊が砲撃して、国民の思念で強化された超能力者が倒すんだろ? 見てないが覚えた。軍の宣伝だな」

「面白いよ」

「かもしれんが」


 ビラルウはタドバンの喉を撫でている。ルキウスの監視はやめたらしい。


「毒ってのはな……」

「てのは?」


 毒とは何か。ルキウスは自分の体のこともあって、ここ最近考えていた。

 自分の体に起こる現象はある程度観測できる。一つ実験をした。


 銅十グラムを含む酢酸銅溶液を用意した。銅は人体に必須だが、大量摂取で深刻な異常を起こす。十グラムは確実に異常を起こす量。

 

 彼は銅溶液は持って体重計に乗った。精密な体重計だ。そして銅溶液を全て飲み込んだ。耐性があるから、酸っぱいだけだ。


 予想通りの結果に何も感じず、モニターを見た。重さが減った。ほぼ十グラム減。銅の分、十グラムは消滅してしまった。水の分は減っていない。酢酸は毒と見なされなかった。酸耐性を上げていたからかは不明だ。


 消滅した分の銅が毒。つまり適切な量が定められている。体重から算定しているのか、遺伝子から算定しているのか、過剰分は問答無用で消滅している。

 できすぎた恒常性ホメオスタシス、脳機能ではない。

 吸収された場合、確実に排出される分と、体内で負の影響に転じた分を、高度な演算能力で計算、即座に消滅させていると考えられる。


 気圧を変えればどうなるか、実に興味を引く。

 それを頭に浮かべつつ、彼なりの毒の定義を回答した。


生物由来毒トキシンならば、大体が強く引っつく物質だ」

「何言ってんの?」


 サンティーが空から降って来たトンカツを見る目で見てくる。


「言いかえるなら、特定の生物目線で、別の物質と誤認して作用する物か、排出能力が無い物。微量なら無害な物を大量に注入してくる場合もあるが」


 サンティーがポカンとしている。


「いいか? 人体はおおむねタンパク質、水、イオンで運行されている」

「ほうほう」

「ヘモグロビンわかるか? 赤系のタンパク質だが」

「知らん」

「なぜ知らんのだ。血液中で酸素を運ぶんだよ。二十四時間働いてる、休日はない」

「酷い労働環境に辺境の軍人もびっくり」


 サンティーが肩をすくめた。


「そいつが労使交渉してきたら寿命だよ。体内で酸素を運べるのは、こいつと結合する力が働くからだ。だが一酸化炭素は酸素の百倍以上の力で結合する。この一酸化炭素は、運ぶべき酸素に似た部分があって、体内に吸収されやすく、結合もできるし、酸素さんより魅力的らしく結合したら離れない」


「浮気者だな」

「そうなると酸素は運べない。窒息する。だから一酸化炭素は猛毒だ。私には効かないが、肺からの毒は使いやすい」


「一酸化炭素爆弾なら知ってる。半島には配備されてる」

「そいつはクリーン兵器だな。まあ、ここで知るべきは、毒は体内で正常にやり取りされる物質と似ているということ。動物が体内で毒を合成するなら、当然、臓器で突飛な物は生産できず、タンパク質とかで毒を作る。作りやすくて効果的だ」


(惑星ビレグレンの生物群は、必須元素にヒ素があった。あいつらにはリンが毒なのか? ボイジャー買っとけばよかった。宇宙の毒の特集をやってた号があったはずだ)


「物質はわずかな構造の差で猛毒になるし、分量の差でもなる。それを探している。あの蟲の、わずかな人体との差に期待してな」

「なんか大変だね」


 サンティーが興味を失ってきた。


「まだわからんのか。帝国の教育はどうなってる? 電気使いだろう?」

「私は十歳から能力開発機関だ。電気を中心の勉強だ。人間、魔物の神経図は頭に入っているぞ」

「なら理解しているはずだ。電気そのものの話だぞ」

「……電気も毒なのか」


 どうにも伝わらない。


「例えば、ある神経毒は体内に入ると、脳の命令を伝える物質が通る道を塞ぐ。塞げるのは道と結合する力があるからだ。通るべき物質には、やはりこいつを押しのける力がない。それで道が詰まって、脳と筋肉は断絶、体が動かなくなる。麻痺だ」

「電気でも麻痺させられるぞ」


「だろうな、それは道自体をかく乱、破壊している。次はある細胞毒だ。細胞に結合し、細胞に取り込んでもらい、中で機能を破壊する。取り込んでもらえる程度には正規品と似ている。こいつは特殊な形のタンパク質で吸収されにくいが、直接注入されれば、全身の細胞が死ぬ。多量なら回復魔法すら間に合わない」

「細胞がよくわからん」


「重金属はタンパク質やらと違ってあまり吸収されない。元々人体に不要で、吸収する機能が無い。排出する機能も無く、徐々に蓄積され問題を起こす。ヒ素とかは例外」

「わからんぞ」

「もう、邪魔だからバッテリーに電気入れて、シナリオ書いてて」


 ルキウスは出来の悪い教え子に愛想をつかした。


「書いてるけど」


 サンティーはまたバッテリーに座り、ルキウスが眼光で焼けそうなほどに見ていたスンディーの地図に視線を落とした。


「難易度を考えてくれよ。それと奴らを直接まとにするな。追いこむと決死で面倒な動きをする。それで感染が急激に広がる。対処に人をやらねばならん。国境監視と分析で労働力はマイナスになっている」


 マイナス分は物資消費で補っている。つまり国境封鎖に物資を消費し続けている。完全に封鎖できているか不明な上に、二か月は持たない。現実的には一か月でスンディの全国土で殲滅を開始するしかない。


 しかし、封鎖している人員を殲滅に回すから封鎖が解けてしまう。入れ違いで外に逃げられる可能性がある。さらに殲滅作業で大騒ぎになる。


 いい話はスンディ国外で蟲が確認されていないこと。外で大発生したら手に負えない。事態を公知するほかなく、東の国々は大混乱に陥る。帝国との均衡も崩れる。


「ああ、急がないと、どんどん先に行ってしまうな。次の街の間にでかい花の化け物を置こう。近くに発生したって言ったよな?」


 シナリオライターは気楽だ。ルキウスの鋭い目が彼女を追った。


「……それは私が運ぶのか?」

「別に誰でもいいけど?」

「ああ、話が先にしか進まないなら、蟲も増え続ける運命か。決まった流れは変えられんのか。蟲の創世神話時代に生きたくはない」


 ルキウスが蟲の報告書を確認する。


「人に近いが、同族では決して争わない。離反は期待できない。締めあげても情報を漏らさない。寄生対象に依存した個体差がある」

「全部魔法で解決できないのか? でかいの使ってるじゃん」

「混沌属性だけに効く大魔法は存在する。混沌系の人間や、魔道具もまとめて消し飛ぶと思うが」

「じゃあやれば?」


「できるならすぐにやってる。ここに秩序系の魔術師はいない。外の真面目できっちりした魔法使いは神官になる。秩序系の魔術師ってのは、光・雷・星魔術の専門家ぐらいだ。異星殺しに特化した職業クラスなら、何かありそうだが、そんなのは異星生物エイリアンがいないこの惑星にはいないだろう。皮肉だな」

「魔法は夢が無い」


「そっちも魔法使いだろう?」

「電気の他には念動力ぐらいしか使えん。思念とか苦手」

「十分にびっくり超人だよ!」

「お前に言われたくない」

「こんなもん、ただの体質だ」

「神様、もっとがんばれよ」


「神なんてのはちょっと無理の効く存在でしかない。火の神なら神気を消費して、絶対に燃えない物を強引に燃やすとか、燃焼という手順を飛ばして、直接灰にするとか」

「すごいじゃん」

「燃えない物を何が何でも燃やさないといけない場面はあまりない」

「私みたいな〔動力者/キネティスト〕系には重要だぞ」


(電気しか攻撃手段がないとそう思うか。こっちは地形以外は万能だから、属性で苦労しない)


「この手の性質は戦闘より生産に使われる。さっきの火は特にそうだ」

「何も作ってないだろ?」

「灰ができてる。灰は幅広く生産に使えるからな。本来は火が効かない火の塊みたいな魔物を灰にすれば、火属性の灰が採れる」


 ルキウス灰をゲットしに来た火神に焼き殺されたことがある。効果が無かったのか二度目は来なかった。


「あとは象徴的な物、行動から力を得るとかがあるが、これは神じゃなくてもあるし、順当な強化の一種だ。ほかに地味なのは攻防の強化、一定のペナルティ無視、魔法効果拡張」

「全部強いじゃん。よし! 次の街に邪神を配置しよう」


 サンティーが紙に何やらを書きこんだ。


「どこから呼ぶんだよ。強いことは強いが、〈神殺し〉系で大ダメージ受けるし、何か弱点がつく。猛烈に怒りっぽいとか、すぐに泣くとか、運が悪いとか」

「見た目がそれらしいのでいいよ。妙な欠点じゃなくて良かったな」

「まあな」


 ルキウスは黙って資料をめくる。


「難しい顔してるけど、毒は見つかりそう?」

「いや、まったく」


 不都合な基本情報として、脳憑依虫ブレインディペンデンスワームは人の脳より多くの種類の化学物質で構成されている。触手を除いた部分だけで一割以上多い。


 生物の進化は、体内で使う化合物の種類増やし、複雑化する歴史だ。体内を複雑にして、より効率的にエネルギーを生み出し、複合的な安全性を確保する。

 つまり蟲は人より複雑で高尚な生き物。人より環境変化に強い可能性が高い。


 さらに毒を大量に撒こうとすれば、手段は噴霧。細かい調節はできない。人を害さず蟲だけを殺せる毒があっても、適量の範囲が狭ければ無意味。


「そもそもあるのか?」


 ルキウスがいま一番言われたくないこと。


「探せばある。絶対にある。利点は欠点でもある。人への寄生に特化して、人が滅べば奴らも滅ぶとか、致命的な欠点だ」

「意味ないじゃん」

「欠点は欠点だ。人との差がある。そこが重要だ」


 ルキウスが強弁した。


「そんな大変?」

「人口一千万以上の中に紛れた、人の姿で、遠くからは判別できない生物を、短期間で確実に根絶したと断言できる状態にしようとしている」


「わかりやすくボスでもいれば楽なのにな」

「指揮個体はいるだろう、指揮能力のある人間が感染すればそうなる。しかし、それを駆除しても根絶にはつながらない。もう一度最初から考えるか……」


 ルキウスはサンティーの無茶なシナリオを聞きながら、目の前の蟲の性質と向き合い続ける。自分ではなく、勇者を旅立たせた予知の意味も考えながら。

 ビラルウは仰向けになったタドバンの腹の上で眠っている。

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