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村2

 ルキウスが外から見てボロ家だった家は、中の印象も変わらぬボロ家。

 それでも家主の性格か、書類が整頓され、棚や机は知性を感じさせる。清貧と表現しても支障はない。


 今ルキウスがいる部屋は、一応は客間か。

 中央に四角い机、それを囲むは粗末な椅子四つ。木の床の出来も悪く、ルキウスが天井から椅子に落下して腰かけた際には、酷い音がした。高所からの来客には対応していないらしい。


 彼は入室してすぐに部屋を見渡したが、機械製品は無い。隣の部屋にあったとしても、電線、発電機が見当たらないので動かないはずだ。外の車の動力が気になる。


 筆記用具になんらかの測量道具、紙、書籍が多い部屋で、最も高い技術が注がれているのは銃だ。


 全体が金属光沢を持つ黒いアサルトライフル、おそらくアイアの父親が所持していたのと同型。それがルキウスの対面に座る家主の男の後方の棚、手を伸ばせば届く位置に立てかけてある。

 この技術水準ならば、機械工学、魔道科学の双方において脅威はない。


 アトラスでは安全な家の中と思えば全てが幻術で、術が切れると同時に姿を現した魔物から袋叩きにされるような事態はままある。常に幻術には要注意だ。


 ルキウス自身がたまにやる『そこが安全地帯だと思ったか? 残念でした作戦』では、樹木の振りをした樹木型の魔物トレントから、突如として包囲攻撃を受ける。この樹木はたまにルキウス入りである。


 このようにアトラスではイベントやダンジョンに限らず、プレイヤー同士でも騙しあいが発生し、無数の人間不信プレイヤーを量産した。


 ボロ家が罠でないことに一安心しつつ、渾身のサプライズの成功により自信みなぎるルキウス。友好的な関係を構築し、情報を得る目的は果たされたも同然だと考えている。


「こんにちは、私はルキウス・アーケイン。森の近くに村があると聞き、ご挨拶にと伺いました。気軽にルキウスって呼んじゃっていいよ」


 広くない部屋には場違いな、ルキウスの馬鹿にフレンドリーな声が放たれ、木の板壁の隙間から外へと漏れる。

 感じとれる警戒感を払しょくする、楽しく愉快なルキウス・アーケインだ。


「これはわざわざご丁寧に、私はラリー・ハイペリオン。ここの長のようなものです、さっきのは妻のダフネ」


 ラリーはやや硬い表情で応対した。アゲノはルキウスとラリーの側面に座り、この世の終わりのような顔でうつむいている。


 先ほど二人の男が悲鳴を上げた際に、隣の部屋、おそらく炊事場で台所仕事をしていたであろう、家主と同じ年頃の女性がギョッとして顔を出したが、ラリーが戻るように促すと戻った。家事が忙しいのだろう。


「ようなもの?」

「正式な行政区分で定められているわけではありませんので」

「そうですか」


 何かあるらしいが小難しそうな政治の話に興味は無い。


「あと、この男はアゲノ・クローリンです。ご存じなのですよね?」

「もちろんですとも。これはこれはお久しぶりですね。クローリンさん、お嬢さんはお元気ですか?」


 アゲノに余裕の笑顔を向けるルキウス。


「ひっ、娘はもちろん悪魔の……?」


 アゲノは途中まで言いかけて口をつぐんだ。


「おいおい、なに言ってるんだアゲノ。娘はすこぶる元気なんだよな?」


 わかってるんだろうなお前、と言わんばかりの目つきでラリーがアゲノをにらむ。


 この部屋には魔法をかけてある。神格者による告解の魔法〔真実の部屋/ディバイントゥルールーム〕。


 この魔法のかかった部屋では、術者自身も含め例外なく真実を告げる。強制的に真実を話してしまうので、すぐにばれるのが欠点。


 欠点付きでも、正確な情報入手が可能なこの魔法を採用した。情報ゼロから虚偽情報をかまされるのは避けたい。

 お互いに嘘が無ければいいだけだ。


「どうしました、アゲノさん。これでも食べますか? 元気になりますよ」


 ルキウスは袖口からパイナップルを取り出し机に置く。アゲノにしゃべらせると面倒になりそうなので、口に何か入れとけばいいという安直な案だ。


「それは食べ物ですか?」

「ええ、これは食べ物ですから爆発しませんよ」

「ひいっ、悪魔の頭だ。呪われる! 呪われるぞーアイアみたいにー」


 目をこれでもかと見開いたアゲノが、手をばたつかせながら後ろにのけ反る。


「呪いだって! それは大変だ、早くなんとかしなくては!」


 ルキウスがアゲノ以上にとんでもない調子で騒ぎちらした。今月の給料が無かった時の顔をしている。


「な、なんだとう、お前のおかげで」


 アゲノが言いかけたところで、その口をラリーがふさぐ。


「こらっ、ルキウスさんに失礼だぞ。これが娘関係で騒ぐのは毎度の事なので気にしないでください、ルキウスさん。彼女は大いに元気だと思います」

「そうですか、娘さんはお元気そうで何よりですね。これらを食べると大変元気になりますからね。まだまだあるんですよ。ここの皆さんでどうぞ」


 ルキウスは一応の言い訳をして、さらに袖口から多種多様な果実を出していく。事前に魔法で作成してインベントリに詰めておいた品々だ。


 食料に困っていると言っていたし、ここまで見てきた村人は痩せている。

 どんな文明でも手堅い贈り物攻勢が有効だろうと、ひたすら果実を並べ続けた。


「ず、ずいぶんいっぱい入る袖口ですね……」


 ラリーは表面上は平静に応対した。

 ラリーから見ても完全に異常な光景のはずだが、これはサプライズ感が足りないらしい。ここはどでかい竜の骨付き肉ぐらいださないと駄目か、ルキウスのサプライズ魂がうずくが既に机上は果実で満たされている。


「食べ物はあったほうがよいだろうと思いまして、お困りではないですか?」


 アゲノは最大限に机から離れて仏頂面に移行した。椅子の背を壁に押し付けることに夢中になっている。


「これはこれは、本当に助かります。恥ずかしながら村の運営はあまり上手くいっていないものでして」


 ラリーが黙っているアゲノを見た後、それを放置して話を進めた。


「私は善良な常識人ですから、挨拶品は多めに用意するのです」

「ありがとうございます。ルキウスさんにお会いできて良かった」

「ええ、実に幸運ですよ。常識人というのは、一パーセントしかいませんからね。世界は非常識で満ちている。常識人は実に苦労が多いです」

「そう……ですかね?」


「そうですとも! それで、こんな風に大量に物が出せる……知り合いはいないのですか?」

「こんな風に物を? 大量にですか、名のある戦車乗りの中には車両を丸ごと異空間に隠して運べると聞きますが、実際に会ったことはないですね」


(〈格納〉のスキルだな、インベントリじゃない。プレイヤーならインベントリがあると推測したが……いやNPCでもある奴はあるか。そして銃に戦車は日常か)


「これはもしかして魔法ですか?」

「ええ、まあ一種の、そのような性質のものです」


 言葉を選んでルキウスが返答する。魔法と言い切れたかは疑われる。インベントリはシステムだとの認識がある。


「おお、これが妖精人エルフの魔法ですか」


 ラリーがおもちゃを見つけた子供のように目を輝かせた。


「ここでは魔法は珍しいので?」

「そうですね、村人に魔法使いはいません。ルドトク帝国自体にも魔術師は少ないですからね」


 固かったラリーの表情も大分緩んできた。そしてルドトク帝国、非常に気になる。

 そちらの方向へ話を持っていくべきだ。それにルキウスが聞く、ラリーが答えるの流れが望ましい。聞かれると色々不都合だ。


「街とはどこにあるのでしょうか? 私は森の外には疎い。森が私の世界ですからね。ハイペリオンさんは、その街におられたのでしょうか」

「コモンテレイ、都市の名ですが、ここからは警戒しながら車で二,三日ぐらいでしょうか」


「そうですか、私には外の車両の性能が分からない、森に無いものでして」

「あれは全速なら、一般的な馬よりは早いはずです。ただあの汚染された大地には悪魔に取りつかれた古代機械や不死者アンデットおぞましき生物が暴れ回っております。それらを警戒しながら進む必要があります」

「それは随分と悲惨な場所だ。普段どうやって町と行き来しているんですか?」


 あの黒の荒野はルキウスの推定より危険な場所らしい。森に囲まれている村の汚染はまだ少なかったのかもしれない。


「それは……この村ができてから交流はないのです」


 ラリーがしばし言いよどんで、話を続ける。嘘をつこうとしたわけではないらしい。


「どうしてですか? そいつは愉快じゃない」

「我々は、この村の人間は、コモンテレイに愛想をつかして逃げてきたのです」

「それはまたなぜ? 都市のほうが住み良いのでは?」

「そんな! とんでもない! ここ十年間ぐらいであそこの生活は急速に酷くなった。貧民が街角にあふれ返って治安が悪く、食料だって足りない!」


「なんてことだ! なにがあったのですか?」


 ルキウスは、勢いをラリーの怒りに合わせた。


「本国からやたらと人を送ってくる、ていのいいゴミ捨て場です。あるいは本気で数さえいれば、汚染された大地が開拓できると考えているのか。私は極東部の生まれ育ちで、西の本国の考えようはまったく」

「おお、それは大変だ。上というのは、どこだってわかっていない」


 穏やかなラリーの顔に相当な不満が浮き出る、かなり腹を立てているらしい。


「ええ、ええ。祖父は本国では名家だったので、国家事業だった東部開拓に名乗りを上げました。コモンテレイでも私の家は一定の政治力を有していました。しかし、最近の軍部は本国の意向の一点張りで話というものができない! 都市の環境は悪化する一途、五年ぐらい前に食いつめた者と協力者とで都市を出まして、どうにか住めそうなここを見つけたのです。せめてもの抗議として国営の金融から借金して踏み倒して逃げてやりましたよ」


「その開拓とはあの黒い荒野でやるのですか? 森のほうがいくらか住みやすいのでは。武器があるなら魔物も倒せるでしょう」

「森は……恐れられています。魔物の住処ですし、私も危険は感じます」

「その軍部とやらも?」


 あの程度の魔物を相手にする戦力も無いのかとルキウスはいぶかしむ。


「帝国では森を全て開拓して農地にするだとか、呪われているので近づいてはならないとか、忌むべき森を焼き払うべきだとか言われております。軍もそんな感じです」

「ほう、忌むべき森とな。私の住居なのですが」


 ルキウスは大仰に目を見開いて言う。


「い、いえ、私共は違いまして。大変、森にはお世話になっておりまして、魔物は恐ろしくとも、森に頼って生活しております」

「それにしても、森の認識に幅があるように思えますが? 開拓するのと呪われているのとでは全く別の話だ」


「その辺りは私にはわかりません。帝国政府と機神教会の意見も割れていますし、都市の者も実際の森は知りませんから、正確なことはわからないのだと思います」

「色々と複雑ですね」


 意見が割れているなら、外に情報を求めても確たる見解には出会えないか。自分の現状からして奇妙だが、森の情報自体が期待できない。ただし、森に人が寄ってこないのは朗報だ、焼かれるのは困るが。


 この段階での情報はルキウスには良いとも悪いともいえない。クエストの導入ではたまにある展開だ。選択がある。


 ラリーがアゲノに視線をやった。


「こいつは元軍人で、森に関わるものが苦手で、妖精人エルフを恐れているのです。軍は森を敵としていて、森を恐怖するように教育していますから」


 アゲノはビクッとしたがそれ以外の反応は無かった。

 村の違和感の原因が分かった。都市生活者による急造村。


「森の生活に慣れていないのですね。それでは木を切るのも大変でしょうに」


 本物の森の生活など一切知らないルキウスが言う。


「遺跡から発掘された高振動ブレードがあるので、それを使っています。大金を払いました。良く切れますから、倒すだけならなんとか」


 遺跡から発掘、明らかに工業製品だがなぜ遺跡から発掘されるのか。


『ルキウス様、カサンドラが電波の発生源を確認しました。荒野より車列が接近中、このままですと、そちらに行きます』


 混乱しているルキウスに、村の周囲の森に潜んでいるソワラからの念話が来た。


『どれぐらいの時間で来る?』

『半時はかかるかと思います』

『監視して情報を収集せよ、気取られるなよ』

『はっ』


「先ほど戦車乗りの話がありましたね、戦車乗りの知り合いがいるので?」

「コモンテレイではおりました。この村には戦車乗りはいません。個人で戦車を所持するのは〔財宝発掘者/トレジャーハンター〕に〔冒険者/アドベンチュラー〕の連中ですね」


「つまりここには戦車が無い?」

「我々の中に燃料を入れられる人間はいませんから。それに戦車は高価で所持に免状が必要です。ここには物資を運べる車両を優先しました」

「なるほど」


 ルキウスの瞳孔がわずかに開く。厄介事の匂いだ。楽しくなってきた。


『ソワラ、車両団の追加情報はあるか?』

『現状での推定、兵員輸送用と見られるトラック、二、戦車、一、対空機関砲を牽引するトラック、二』

『どの程度の戦力に見える?』

『ゴンザエモンが全車両、一太刀で斬れると言っています』

『あいつはずっとそんな具合だろう』

『いえ、一太刀で確実に真っ二つにできると言っています』


 ルキウスは同じだろと思ったが、ソワラがわざわざ言い直した意味を考えて理解する。


 〈一刀両断〉のスキルは敵の防御力を無視して、通常攻撃の二倍から三倍のダメージを与える。強力なスキルだが使えるのはとどめを刺す時だけだ。

 とどめに至らない場合、スキルそのものが発動しない。刀を構えて振ろうとするが振らずに終わる。


 確実に斬れる、つまり危険回避を優先させて防御重視の装備のゴンザエモンの攻撃力の二倍以下の強度しかない車両。

 アトラスの感覚を適用するなら必勝の相手。


『続けて情報を収集せよ、気付かれないことが最優先だ』

『はい』

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