外の村
翌日は朝から風が強く、黒土が逆巻いて、横から吹きつけてきた。
北上したせいか風は冷たい。マウタリは荷物にあったフード付きローブを着た。
視界が悪い中、彼は顔を傾けて、朝から夕まで耐えることになる。
黒い嵐の中に、何かは知らないキラキラした輝きを見つけるのが、唯一の目の楽しみ。道は道と示されず、どことなく削れている地形に沿って歩いた。
彼は外の戦士であるドテンに、巨躯と長い旅路に相応の武勇伝を求めた。胸躍る冒険と未知を期待して。目の前の未知は、暗くて苦い味がする。光が必要だ。光があれば、話だけでも自分が強くなったように感じられる。
ドテンの表現は大雑把で参考にならない。すっごく強いとか、こーんなに大きいとか、ぐでっとして気持ち悪いとかだ。それをのんびりと太い声で話した。
わかったのは、外には竜、巨人、巨大な鳥・獣・魚などの巨大な魔物がわんさかいて、三日に一度ぐらいは戦うことだ。それは彼からしても、とてつもなく大きいが、守って守って守れば勝てるらしい。
語調には緊張感も切迫感もない。
しかし内容からすると、巨体の突撃、鉄を溶かす火、神の雷、太古の兵器、全て彼が受け止めている。誇張しないところに真実味がある。
おとぎ話の化け物は、思いのほかゴロゴロしているらしい。今日で村を出て三日目だ。
「戦うには準備いる。スキルには数日に一度のものがある。強いのほど時間がかかる。小さいのはお金にならない。だから大きいのに使うのがいい」
「僕には参考にならないや。割と頻繁に光れるし、これは弱いってことかな」
「マウタリはおらが守る。大丈夫」
「僕よりシュケリーを守ってよ」
「マウタリが言うならそうする」
シュケリーはエヴィに魔法のことを尋ねた。エヴィは喜々として魔法で起こせる効果を説いた。魔法で人体に起こせる現象は、薬剤に起こせる現象と近いのが原因だ。
シュケリーは握った杖を、手首でブンブン振って歩いている。
マウタリはそれが何を食べてもゲロ味になる魔法や、無限に鼻が伸びる魔法、髪が勝手に動き出し、片っ端から食べさせようと試みる魔法の練習でないことを祈った。
そして夕暮れ、マウタリは気が進まなかったが、名を知るチュサル村に着いた。
エヴィがあの家は高価なものだから、外で見せびらかすもんじゃないと言ったからだ。
小高い村の周囲には細い道が張り巡らされ、広く農地が広がり、農家が点々としているので、どこに家を出しても目立ちそうだった。
王都との中継地点にあるゴファ・シュに向かうには、ここを通過するのが最短。彼の気分で大きく迂回はできない。
村は表面がざらざらした灰色の石を積んで造った壁に囲まれている。高さは約二メートル。建築物も同じ材料で作られている。
アリールの村に比べれば、家が密集して、日が照っていても、暗そうな印象だ。
彼らは門番の男が一人配置された門をあっさり抜けた。マウタリが知るハンターより貧相な装備の門番だった。
門番の顔に恐れがあったのは、ドテンのせいだ。エヴィがドテンに全力で素振りをさせて、それを背景にエヴィが手早く村に入ろうと、哀願、脅迫、威嚇を並べ立てた。 押し通ったようなものだ。
「さっきのはそうよ」
村の門番を越えると、シュケリーが素っ気なく言った。
「普通の人に見えた」
明らかに怯えていたが、人間的な反応で、驚きと戸惑いが混じっていた。
「普通かどうかなんて、この村を知らない人間にはわからん」
「村中から気配を感じる。ほとんどやられてると思う」
シュケリーの目線がグルグルと数周した。
「本当に大丈夫なの?」
マウタリは不安になった。旅の覚悟はできている。戦う覚悟はある。傷つくことを恐れない。それでも不安になった。
「かかってきたら、その時はその時やて」
「全部、倒す」
エヴィは楽し気で、ドテンは少し力が入った。
村を進むと相当に視線を集めた。誰も追っては来ないし、外にいる人々は、農作物の皮をむいたり、加工したり、それらの片づけ作業をしている。
しかし意識されている。日常に混じった異物を探る視線。
「誰も寄ってこないね」
マウタリにとって初めての外社会は心地よいものではない。
「こんなでかい奴に絡んでくるのは底抜けのあほだけや」
エヴィが先頭で先へ先へと進み、後ろで巨大なドテンが、心を落ち着ける金属音を鳴らしている。
家の中の景色も道筋から多少観察できる。市らしいものもあるが、価値が無さそうな小さくしおれた農作物が放置されている。
この村の人は生野菜を食べているようだ。痩せて普通の根にしか見えない根菜で、エヴィはパースニップに近いものだと言った。
畑には麦も見えたが、調理している感じがしない。そもそも煙が上がっていない。
「それは税か、でなきゃ保存用か、販売用かな。そもそも薪が無いんやろ。草じゃあ調理しにくい」
マウタリは道から見える村人を神経質に観察した。全体的に痩せているのは確かだ。畑は広かったが、人口に対して少ないのか、実りが悪いのかもしれない。
エヴィが標本にと、そこらの村人に交渉して、村の産物を一通り安く手に入れた。その交渉相手もあれだ。
「やっぱりわからない」
「うちはわかってる」
そう言ったエヴィは、いつのまにか枠の太い四角眼鏡をかけていた。
「これで見とるから。まあ見い」
エヴィが自分の眼鏡をマウタリにかけた。エヴィの顔が変な頭蓋骨になった。
「なに!? この眼鏡?」
理解しがたい映像に、驚愕の声が漏れた。
「X線透視眼鏡、物の中身を透かして見る道具。中身が見える」
頭蓋骨が喋っている。マウタリはシュケリーを見た。
「そんなにシュケリーを透かして見たいんか? これはいやらしいで」
「ち、違う!」
マウタリは眼鏡を急いで外すと、手からシュケリーが奪っていった。そして眼鏡で周りを見た。
「骨、遠くは見えないのね」
「魔法の品は、有効範囲が限られるもんや」
シュケリーはさらに周囲を見てから、マウタリの股間で視線を止めた。
「・・・・・・無い」
「あるよ!」
マウタリは声が裏返った。
「骨は無いからな」
「そうなの。ドテンは変わらない。黒くなっただけ」
シュケリーはドテンを隅々まで見た。
「金属は透けへんから、金属を隠し持っとる奴はすぐにわかる」
「骨を見ても面白くない」
シュケリーが眼鏡をマウタリに渡したので、またかけてみた。
「これで見てもわからないんだけど」
マウタリは井戸端会議に勤しむ主婦らしい女達を見た。化け物の本性が透けて見えるということはない。骨が動いて不気味だが、人の骨に見える。
「見慣れてない人間には無理やろうな。臓器は薄くしか見えん。微妙に触手らしいものが確認できる」
言われてみても、彼にはわからなかった。そもそも正しい状態がわからない。
「さあさあ、宿に行こうや。確実に空いとる」
エヴィが眼鏡を回収すると、すたすた道を進んだ。
宿は空いていた。マウタリの家よりはるかに貧相な宿だ。
マウタリとシュケリーは二階で二人部屋になった。エヴィがニシシと笑いながら、お二人で仲良くしたらええ、と押し込まれた。
二人は両横の部屋にいる。エヴィの方の隣に空き部屋が一つある。
一階には大部屋があったが、誰でも自由に入れるので避けた。他の宿泊客はいないようだ。
建物の中でも石の壁はごつごつして荒っぽい。
寝具は床に敷いてあるむしろ。砂っぽく汚れているし、擦り切れている。
もらった物に寝袋があるから、それを使った方が望ましい。
マウタリが悩むのをよそに、シュケリーは三つの伸縮竿を手に持って、真面目に振る練習をしている。両手に持って、何かを滅多打ちにするように、全力で腕を交互に振り下ろす。そして、たまに持ち替える。
今は片手に三本持っている状態だ。三本とも先端に飾りがついている。
顔は真剣だが、意味は無いように思える。
「これで私も魔法使い」
シュケリーがかすかに表情を動かし、三本をマウタリに向けた。
「こっちに向けないでよ、何か出るんでしょ」
「フフフ、カエルにしてやろうか!」
「止めてよ、ほんとに」
シュケリーが杖を見つめる。放置するとずっと見つめていそうだ。
「良い物もらったね」
「これが魔法の発動を安定させて、威力を強化できる」
彼女が先端に魔法円が掘り込まれた青い球体が付いた杖を見せる。石に見えるが、木の樹液でできている。
「よかったね、僕は普通の魔法は無理なんだって、体質に合うのは使えるらしいけど」
「その剣だって壊れなかったじゃない」
マウタリの腰にある剣は傷がついていない。ドテンと戦った際に欠けた部分があったが、勝手に直っていた。勇者が使っていればそうなるらしい。
「そうだね、いい剣をもらったみたいだ。精霊に合う物を」
シュケリーが先端に黒いフクロウの彫刻が付いた杖を床に立てた。
「これは悪意を検出する。一日に一度、広範囲に使える。日をまたぐ前に使ってみる」
フクロウの目が強烈な赤に輝き点滅する。
「これ反応してるんじゃないの?」
シュケリーが杖を立てたままでつかむと、首をかしげた。
「うーん、すごくいっぱい」
隣の部屋で、エヴィは壁に身を貼り付けて、窓の外を窺う。
宿は遠巻きに包囲されている。既に暗いが、動く骨と農具、包丁などが見えている。
「ようし来た来た! 来たで。自然環境で観察して、勇者様のレベルも上げてえ、ついでに薬の確認もなあ、奴らは人間と変わらんから、データが取れる。ついで弱点も探さんと」
ボロボロの扉を勢いよく開け放ち、暗い通路に飛び出すと、宿屋の主人がいた。
「これはお客様、不都――」
「御託はいらん」
エヴィは即座に主人へ飛び掛かり、脊椎に注射器を刺した。主人は倒れ、少しの間にけいれんすると、完全に硬直した。
「生け捕り一匹」
エヴィは主人の体を観察した。
「お前この宿の人間やないやろう。宿は貧相やのに、明らかにガタイがええし、体に切り傷の跡がある。骨も削れとるな。前の主人は旅人相手にヘマ打って死んだか? まあどうでもええ」
エヴィは自室に主人を放り込んだ。そしてマウタリの部屋の扉を開けた。
「敵襲や。来たで」
「やっぱりだ!」
マウタリが叫んだ。
エヴィはドアを開けたまま、さらに隣のドアを開けた。ドテンが立っていた。動かない。
「起きろ!」
叫んでも起きなかったのでエヴィは、兜を金槌でガンガン叩いた。
「なんだー?」
「敵襲や、一階に行って階段の前を守れ。建物を壊すな。無理に倒さんでええ、立ってるだけで道は塞がるやろ」
階段は一つしかない。残りの進入路は二階の窓だけだ。ただし人が潜れる大きさではない。
「ようし、守る」
ドテンは出入り口に頭をぶつけて破壊すると、気だるげに階段を降りて行った。武器はインベントリに入ったままだが、まあいい。室内では大き過ぎる。
「はあ?」
エヴィは向きを変え廊下を歩きだすなり疑問の声を上げた。空き部屋から剣を持った男が飛び出してきたからだ。
男が剣を振りかぶって突撃してくる。
「素人にしてはやる気があるなあ、蟲のせいか、元の性格か。まあ、うちでは脅威には見えんか」
エヴィは胸元から医療用刃を抜くと、テーブルナイフみたいに握った。そして男へ突っ込む。
振り下ろされる剣、それを造作も無く斬り捨てると、その勢いで跳躍、頭部を側面から刺し貫いた。
「空き部屋も小さな窓しかなかったはず」
エヴィは倒れていく男の肩を踏み台にして前へ跳ぶと、扉が半開きになった空き部屋を覗いた。
室内には二人の男がいた。奥に見える窓は窓枠ごと取れている。狭い部屋の一面は穴の方が大きい。ぽっかり空いた暗闇から、さらに一人が入って来た。
上がってきた村人の態勢からして、はしごを掛けて上っているのだろう。
「これは最初からこの予定か? 蟲と無関係じゃないやろなあ」
エヴィは三人を一瞬で蹴り出した。
「どうしたの!?」
マウタリが廊下に顔を出した。エヴィも部屋から顔を出す。
「入られた。まずこっちや」
エヴィが手招きする。二人が死体を警戒しながらすみの部屋に来た。
そこに窓から燃え盛る松明と、酷く煙を出す草の塊が放り込まれた。エヴィがそれを素早く蹴り出す。
そこに矢が飛んできて、彼女はかわした。
矢が直撃しかけたマウタリが「わ」と声を上げたが、矢は触れる前に軌道を変えて曲がって壁に当たって落ちた。
「殺す気か? というか死ぬ気か・・・・・・強引にでも感染させられば勝ちという集団的判断か? でかいのがおるから、それで採算を合わせる気かなあ?」
エヴィが呟く。
「これ、どうするの!?」
マウタリが窓枠を見た。
「長物を出す」
エヴィが荷物から長めの槍を出した。それを受け渡す間に、次の村人が窓から顔を出した。
「これ人なの?」
「どっちでも敵や、ほら来た、突け!」
マウタリが戸惑っている間に、シュケリーが杖から青い冷凍光線を放って、顔面に直撃した。侵入者は悲鳴を上げて落ちた。落ちた先でも誰かにぶつかったらしく、さらに罵声がした。
「実践派魔法使い」
シュケリーが無表情で満足してる間に、窓から大きな石が飛び込んできた。マウタリが槍で弾いた。
「ん、うちは他の窓を塞いでくるから、地道に始末していくや。地の利はこちらにあるし、敵は素人、楽勝楽勝」
エヴィは部屋の外に出ると扉を閉めた。彼女の耳元では声がしていた。
「応答しろ」
「はいはい。みんなのエヴィやで」
ルキウスからエヴィエーネへの通信だった。




