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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
2-1 伝説の復活
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橋の巨人

 マウタリの前のめりな態勢に反応して、ゆっくり城が動く。

 戦棍メイス塔盾タワーシールドも棘付き。自然体で持たれた戦棍メイスは無造作に下がり、橋からはみ出している。


 マウタリより大きな盾をゆっくり突き出されただけで、壁が迫ってくるようだ。しかも足場は狭い。

 頑丈な兜の奥には、静かな目の輝きがある。


(さっき明らかに見えていなかった。視界は狭い)


 マウタリが狙うのは、盾が無い側の足首。金属の隙間が見える。

 全身を軽く後ろに引き、大きな踏み込みで、剣を前へ送り出す。網に掛かった獲物の心臓を一撃で仕留め得る突きだ。

 低く、より低く、四足獣の足を狙うよりは易い。


 ドテンに動きなし。当たる。

 硬い感触、腕に大きな衝撃、剣が止まった。音はしない。腕はまだ伸びきっていない。


(触れてないのに!?)


 空中で不可視の何かにぶつかっている。足まで二十センチ以上。

 驚愕で止まったマウタリの顔に影が差した。太陽を遮るのは、高く上がった戦棍メイス


「うわ!」


 彼は横に跳びながら身をひねり、橋を転がってかわす。振り下ろされた戦棍メイスが彼の体を擦り、石橋を打ち据えた。石の破片が飛ぶ。

 マウタリは橋の側面をつかんで止まった。


「やっぱり速度はいるやろう」


 エヴィがふたを取った試験管を機敏に振り、中身をマウタリに飛ばした。

 力が湧き上がるのを感じる。全身が中で波打ち、鼓動が速まる。


「止まるな! 全力で押せ。盾の周囲にも見えない防御範囲があるで」


 盾の打撃を避け後ろに跳ぶ。大きく振るわれた戦棍メイス避けさらに後ろへ。そこから一気に前に出る。

 盾の打撃をやり過ごしつつ、何度も盾を斬りつけた。横から回り込もうと左右に動くが、下手に突っ込むと盾で打ち倒されそうで躊躇する。


(この盾、棘の先も絶対に斬れない。全力でも無理だ)


 地を這う動きから、一気に上がる。盾の棘を足場にして、跳び上がった。

 待っていたと横薙ぎに来る戦棍メイス、それを剣で斬りつけ、反動でさらに上がり、下を通り過ぎる戦棍メイスに沿って全身を回転させる。

 その力で戦棍メイスを持つ肘を斬りつけた。鎧には達している。

 マウタリは落下しながら、斬った箇所を見た。かすかに傷があるだけだ。


(この鎧、隙間は無いのか?)


「効かねえ」


 ドテンがゆっくり言った。マウタリが再度距離を取る。


「効けよ、関節部やぞ」


 エヴィが叫んだ。ドテンの防御が一瞬揺らいだ。


「運よく、効かなかった」

「もう全力で行きます」


 マウタリの剣と全身がうっすら輝く。一直線、盾目掛けて突っ込む。

 ドテンの直前で輝きは強烈になった。


「まぶしい」


 ドテンの顔が盾の陰に隠れた。

 中央に寄った盾の側面を抜け、無防備な巨体を見つける。極限まで輝く剣が肩部分を斬りつけた。


(入った!)


 削った感覚はあった。次の瞬間には、横っ腹に強烈な衝撃、鈍い音が瞬時に連続した。


「があ!」


 口から吐き出されるものに血が混じった。

 マウタリは戦棍メイスの棒部分に薙ぎ払われたのだ。橋から完全に飛び出し、浮遊感が襲う。星の手招きを直接体感できる時間だ。


「あ」


 ドテンが呟いた。


「マウタリ」


 シュケリーが橋から跳んだ。マウタリを追って落ちていく。


「もう! なんでやねん!」


 エヴィは爆薬を投げて、爆風で橋まで戻そうとしていたが、それをやめ、生命力回復薬をマウタリにぶつけた。彼はそのまま落ちて、流れに消えた。


飛行フライ


 シュケリーの落下が緩やかになった。しかし、空中でふらついてボチャンと流れに呑まれた。


「失敗や・・・・・・」

「落ちただ」


 ドテンが橋の下を眺めて呟いた。


「何をゆっくり見とる! さっさと飛び込め!」

「おらは泳げない」

「水中で乗騎を呼べ! ボケが!」


 エヴィがドテンを後ろから押したが、踏ん張られて全く進まない。


「なんで抵抗するんや!」

「やっぱり怖い」


 エヴィが顔を引きつらせ、摩擦除去薬をドテンの足元にぶちまけた。


「さっさと行け!」


 エヴィに後ろから蹴られたドテンが落ちていく。


「あーーー」

「相討ちになったドテンが落ちるでええ!」


 エヴィが大きな声で叫んだが、荒れる水流にまかれたマウタリの姿は見えない。シュケリーの姿もやがて見えなくなった。

 ドテンが落ちて大きなしぶきが上がった。


「・・・・・・うちも行くか、とんだ肉体労働や」


 エヴィは水上歩行薬を飲んで飛び降りた。



 マウタリはどうにか泳ごうと試みたが、荒れ狂う水流の中、水面に顔を出すことすらできず、前後不覚の事態に陥っていた。


 少しばかり姿勢を安定させ、上流の方を見れば、水底の暗闇から白い点が近づいてくる。

 カメだ。カメの頭。足が平べったい変なカメが遠くから向かってくる。見たこともないほど大きい。

 それが彼がまともに考えられた最後で、あとは水の冷たさだけを感じた。



 次に彼が目を開けた時、狭い空があった。その空を塞いだのはエヴィの顔だった。


「ようし、起きたな」


 エヴィはびしょ濡れだ。自分は硬い物の上で仰向けになっている。


「いやあすごいなあ。ドテンと相討ちになって二人とも川に落ちたというのに、水中でドテンまで救助して、岩の上まで泳ぎ着くなんて。まさに英雄の所業や」

「ええ・・・・・・そんな」


 全く記憶にない。

 近くではエヴィの燃焼薬が燃えていて、暖かった。


「これ、お薬や」


 エヴィがマウタリに口に試験管を突っ込んだ。それから、彼女が何度もいかにドテンを倒した上に、激流の中で必死で泳いだかを説明すると、なんとなくそうだったような気がしてきた。


 マウタリは後ろを見てビクッとした。ドテンの巨体が横たわっていたからだ。


「おらは泳げない。ありがとうおらの負けだ」


 エヴィが金属棒でドテンの兜がガンと叩いた。


「おお、奇遇にもちょうど目を覚ましたで。あと少し黙っとってもよかったのになあ」

「お腹空いた」


 ドテンが体を起こし、お腹を鳴らした。


「そんな場合か!」

「どんな場合でも空いた」

「ここは谷底? シュケリー!」


 マウタリが見た先ではシュケリーが眠っている。


「シュケリーも問題無い、すぐに起きる。剣も回収したから」


 四人はレイシェ峡の大きな岩の上にいた。周囲は断崖だ。


「負けたから、食べ物くれるなら付いていくだ」

「話が変わっとるやろうが!」


 シュケリーも目覚め、ドテンが仲間に加わった。

 凄まじい圧力を放つ巨体と鎧とは裏腹に、本人は非常に温厚な性格だった。

 今は急流の中に魚がいないかと、顔を突っ込んで探している。


「シュケリー、魔法が使えるんか?」


 エヴィが言った。シュケリーは火に張り付ている。


「昨日覚えた」

「昨日!? 昨日だけで?」

「そうよ」

「変に魔法を発動させると、」

「さっきは触媒を用意するのを忘れてた」

「触媒が無かったら普通は発動もできんはずやけど、詠唱も無かったな」

「頭の中に魔法円を描けば問題無いって、本に書いてあった」

「それができんから、事前の準備、詠唱、身振り手振りで、発動手順を頭の中で流すはずやけどなあ」

「杖もあるよ」


 シュケリーが短杖ワンドを出した。


「それは魔法制御用じゃないから、あとでちゃんとしたのを見繕ったる。魔法の誤作動は危険や」


「魚採れた、みんな食べる」


 ドテンが戦棍メイスの棘に、多くの魚を串刺しにして、水の中から引き上げた、バシャバシャ水面をかき混ぜてるだけに見えたが、採れていた。

 燃焼薬が燃えている間にそれを焼いて食べた。


 四人は苦労して崖をよじ登った。壁にへばりつける道具があったので、それを使った。

 シュケリーが飛びたがったが、エヴィがそれで月には行けない、と言うと諦めた。


 橋を越えて、北東に歩けば少し黒い乾燥した大地が続く。この辺りは少し高く、川が流れていない。背の低い草がちらほらと生えていて、大きな木は存在しない。

 北にはぎりぎり山脈が見えるはずだが、黒い土が舞って視界が悪く、地平線は雲ってぼんやりしている。

 人が住むには向いていない。森の方がいい。


 それでも飛び飛びに農地があって、人口五十に満たない小さな集落が散在している。

 くたびれた泥の家は、ひどくみすぼらしいものに見えた。


 もれなく農地にするほどに農地は希少なのだろう、とエヴィが言った。


 農地には奴らがいた。エヴィが全部殺すように勧めたが、マウタリには触手が出ていない顔は、敵と確信することは難しかった。

 一行は村を遠目にして進んだ。


「別に人でも全員殺したら誰も知らない事になるんやから、大丈夫大丈夫。やれる時にやらないもんは、外では生きていけないで」

「向こうから襲ってこないなら、放っておいてもいいじゃないか」


 彼には農作業をしている農民にしか見えない。シュケリーは近づけばよくわかると言ったが、近づきたくない。もし、何かの拍子に農民が一斉に襲い掛かってきたら、村を思い出す。


「甘ちゃんやな、シュケリーがその蟲やと言うとるのに」

「十人の内、一人は違うかもしれないだろう?」

「だから気にしたら負けやて、誤差やそんなもん」

「ドテンはどう思う?」


 マウタリは巨体を見上げた。


「襲ってくるの倒す」

「ほら、まだ襲ってきてないよ。とにかく今日は疲れてるから」


 今日は少し暗くなってからも歩いた。村の方角に沈む太陽は、黒いもやの中をぼんやりと広がって、気味が悪い。集落から離れた場所にあの家を出した。


 食事の時間になると、エヴィは食料の管理をしっかりするように言った。

 食べ過ぎだそうだ。袋の中身は魔法の果物で、少しで空腹が満たされ、長く腐らない。だからポンポン食べる必要はないらしい。

 エヴィは幼いのに何でも知っている。


「まあ、街に行けばある程度補充はできる、お金はあるし、でもまずいからなあ。まあ、それも勉強かな」


 マウタリとシュケリーは街というものを想像しながら、眠りに就いた。

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