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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
2-1 伝説の復活
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旅立ち

「勇者って?」


 マウタリが問い返した。


「この危機を解決するのは君だ。勇者よ」

「でも村はもう、どうにもならない」

「村とかいう段階の話ではない。国の話だ」

「国?」


 森の外に興味はあった。外には世界があるはずだから。

 父の期待に応えようとした彼は、狩人を継ぐべく努力してきた。槍、弓、剣の訓練は三歳から欠かさず続け、外の話には外面上興味を示さない。見ない聞かない。良い狩人になることだけが、彼の望みだと誰もが思っていた。

 狩りよりも、詐術こそが熟練した。誰より自分を騙す詐術だ。


「蟲は外から来ただろう? 今や、この国の王族までも乗っ取られている。地方部はまだのようだが、首都近郊では相当に感染が進み、人々の頭の中身は入れ替わっている」


 呆けた顔をするマウタリに、ルッキーが続けた。


「まだわからんか? これを解決できるのは君だけだ」

「言っている意味が」

「君は選ばれた勇者であり、この事態を解決できる唯一の存在なのだ。君が失敗すれば人類は滅ぶであろう」

「なぜ! どうやって解決しろと!」


 マウタリが声を荒げた。


「知らん」

「知らん・・・・・・て」


「君が勇者であることだけはわかっている。様々な魔術的な儀式を行った結果な。まずは・・・・・・王都に向かうがいいだろう。国が蟲に支配されている状況は看過できない」

「王が敵なら兵隊も敵では?」

「だろうな。王都だけで常備軍が数千はいる」

「そんなの、どうにもできるわけないじゃないか!」


 数千というのは、彼がどうにか想像できる数で、村に詰め込めばきっとぎゅうぎゅうになるだろうと思った。


「君が正しい行動を取るなら、君にも仲間ができるだろう、そういう運命にある。勇者であるとはそういことだ。どれだけ大変でも最後には解決する、信じろ」


 自分が漠然と憧れていたものが、春の嵐みたいにやってきた。


「もしもお前がしくじったなら、永遠に世界は閉ざされるのだ。人類は死より恐ろしい虜囚となるだろう。それは無限に続く。だがお前にはそれを止める力がある」


 マウタリの目の前には、奇妙な目覚めの使者。


「ルッキーさん、森の神の使いなんですよね?」

「いかにも」

「森の神が人を助けるんですか?」


 森の神といえば、マウタリにとって恐怖すべき対象であった。他の村人にとってもそうだ。


「当然だろう、何かおかしいか?」

「森の神が現れる時、世界が乱れる。その時、村から旅立つ者が出る。それを邪魔してはならない。そう言われています」


「・・・・・・誰が言った?」

「言い伝えです」

「最初には誰かが言ったのだろう?」

「それは知りません。重要な話は一族の長だけが口伝で継ぐから。でもこれは成人なら知ってる。僕は父から継ぎました。この言い伝えの時が来るまで、村人は森を離れてはならないとされています」


「そうか」

「てっきりこれも森の神の仕業かと思ってました。何か戦争で暴れたとかで、街ではいろんな噂が飛び交ってるって聞いたし、不吉な事は森の神のせいだから、森を怒らせないようしないといけないって、子供の頃からよく言われました」


 沈黙があってルッキーが答えた。


「・・・・・・そんなわけは無いだろう、我が神は常に人類の幸福を考えている。一見すると災厄にしか見えないものも、ダサいのも、臭いものも、怪しいものも、制御不能なものも、頑固な滑り気も、全ては人類のためだ」


「でも、あなたが直接やらないのですか? あんなに強いのに」

「やつらは非常に狡猾だ。我々の存在を知れば隠れ潜み、あるいは逃げ出すだろう。だからできるだけ秘密裏に動いている。それに別の問題もある」

「別の問題?」

「勇者を探すのに膨大な資金が費やされたのだ。我が神は金欠だ」

「神にお金があるんですか?」

「無論だ、危うく破産するところであった」

「破産するとどうなるのですか?」


 破産という概念が彼にはわからない。


「そんなこともわからんのか! 愚か者めが」


 巨大な仮面が、緊張感のある表情になった。


「すみません」

「よいか、神が破産するとな・・・・・・」

「・・・・・・すると」

「世界が滅ぶ」

「え」

「世界が滅ぶのだ」

「嘘・・・・・・ですよね」

「神の使いが嘘をつくか! 確実に全人類が滅ぶ」


 ルッキーの仮面が目を細めて、神妙な顔になった。


「だから勇者よ、お前しかいないのだ。世界を救え」


 ルッキーがマウタリの方に手を置いた。手は何かの力に満ちていた。体が内側から沸き上がる。


「僕、やります!」

「その意気だ。この子達は我が育てよう。少なくとも衣食住は保証できる。大きくなったら再開できるだろう」

「そうですね、僕にはどうにもできない。ビラルウ、お別れだ」


 マウタリはビラルウを高く抱きあげた。妹は笑顔で笑っている。きっと行ってこいってことなんだ。


「マーウ」

「お嬢さんはどうする?」


 ルッキーの大きな目がシュケリーの方へ寄った。


「私は昔から村を出て月に行くつもりだったから、付いていく」


 彼にとっては一番大事な返事だった。彼女が絶対残ると言えば、残ったに違いない。


「そうなんだ」

「そうよ、どうやって出て行くか、一日おきに考えていたのよ」

「そっちはまあがんばれ。勇者のための準備がある」


 ルッキーが仮面の裏から、皮の背負い袋を取り出した。


「これは見た目より多くの物が入る袋だ。お金に食料、生活に必要な品が入っている。説明書もな。お嬢さんは・・・・・・道中でなんとかなるだろう、神の恵みがあるからな」


 マウタリは背負い袋を受け取った。


「中身の説明はおいおいするとして、まず必要な処理をする」


 ルッキーがまた仮面の裏から出したのは、小さく細い透明な筒で、中には銀色に輝くものが入っている。


「それなんですか?」

「これはナノマシン・・・・・・ナノマシンの木に実る、森の恵みだ」

「知らない木です」「綺麗」

「森の奥にはある」


 ルッキーは二人に腕にナノマシンを押し付けた。カチッと音がすると、銀色の中身が無くなっていき、全部なくなると離した。


「これ、何か起きているんですか」


 ナノマシンとやらは、腕に押し付けられただけで彼は何も感じなかった。シュケリーは押し付けられた部分をいじっている。


「これは一番いいやつで、一か月ほど色々と良くなる。蟲程度なら感染しないはずだし、他にも効果がある。さあ準備だ。村に必要な物があるなら詰めていけ」


 準備を終えたマウタリは白いレザーベストを着て、腰には白い長剣がある。使い慣れた槍も背負い袋に入っている。

 シュケリーは白いローブを着た。普段とあまり印象が変わらない。


「良し、少しは様になってるな。パパッと蟲を駆除して、王にでもなればいい」


 ルッキーが気軽に言った。


「僕が王に!?」

「既にスンディの正統は絶えた。このままでは化け物共を滅ぼしても、王座を巡って人による地獄が始まる。神に祝福されたお前が即位するしかないのだ」

「それは流石に無理では」

「それもまあ・・・・・・なんとかなるだろう。中央の有力者は壊滅してる」

「そんなものなのかな?」

「忘れるな、神は常に見守っていてくださる」


 正午を過ぎていたが、二人は旅立っていった。





 「これで正解なのか? 勝ち筋は見えん。頼んだぞ少年、本当にお前で最後なんだからな」


 ルッキーことルキウスが言った。

 若者の背中はもう見えない。残されたのは彼と赤子だけ。まず赤子の生活をできるようにしないといけない。どうも生命の木は、赤子がよく増える。


 彼がここにやってきたのは予知の導きだった。


 最初の予知はカサンドラが捕まえた。

 ぶれた人影の映像だった。今はあの少年の影だったとわかるが、影だけでは性別も年齢も判別不能だった。


 次はハイク、二人の旅立ち、と聞き取った。窓から聞こえる風の音が、なぜかそう聞こえたという。二度聞くことはできなかったが、状況からして今起きた事と符合する。


 ハイクと結びついていると推測される神は契約の神。それが転じて商業、法、家、財、言語、権利などの神として崇められている。どれかが、この状況と関連性があったのだろう。


 しかし、この段階でもなんの話か、どうするべきかはわからなかった。

 他にも占いの定番である、文字盤、カード、振り子に、煙、旗、風見鶏、羅針盤のような方向を示す道具も用いたが、有意な結果は得られないかった。


 知らない人間を旅立たせるのは不可能なので、関わり合いのある誰かだろうと思い、誰でも旅立たせられるように、様々な旅じたくをして、旅立つ人間を探し予知と探査を続けた。


 場所を特定するには、さらに時間と費用がかかった。

 様々な魔法、魔道具を使っても何も見えず、最後にどうにか方角だけが示されたので、

 そして村に来たときはあの状態だ。


 この村は何か秩序の力で満ちていて、森の中にもかかわらず彼には認識できなかった。それが予知に対する妨害になったと考えられる。


「ここまで来て初めて予知が成立だ。村の滅び無くして勇者は誕生しない。そういうことなんだろう」


 この村のアリールと呼ばれる民族は、きっとプレイヤーの血筋だ。それで日本人だ。どこかでドウモイ酸の意味が伝わらずに、音だけが残ったのだ。


 所属を正確に特定できないが、天使エンジェル天部デーヴァを代表とする秩序系の魔族ナイトメアの血筋か。


「秩序の力は、混沌系の脳憑依虫ブレインディペンデンスワームにも有効だが、有利に戦えるだけだ。千レベルになれば話が違ってくるが、彼が育つのに十年、長ければ三十年ぐらいか。この事態を解決できるとは思えない」


 つまりここからが本番で、ルキウスが何かをやらねばならない。


 予知、ルキウスはその意味を考え続ける・・・・・・ことはできなかった。ビラルウにすねを蹴り飛ばされて、悶える羽目になったからだ。


「ウッ!」


 腕を切断されるより痛い。焼けるのに近い感覚がある。

 彼は仮面のせいで前に倒れられないもので、横方向にごろんと転がった。彼女はそこをすかさず、頭に乗っかってまたがった。


「アウッ!」

「どういう教育をしてるんだ、この子は・・・・・・肩車か?」


 ビラルウがバシバシ後頭部を叩いた。


「ルッキー、ブタ」

「こんなブタいないって」

「ブタ」

「・・・・・・ブタにでも乗ってたのか?」


 ルキウスは彼女を片手で支えて、起き上がった。小さな手が仮面の端を握った。

 うっうと機嫌が良さそうな声を上げて、足をバタバタ動かしている。


 きっとこの小さな狂戦士もその血に宿る神秘で、混沌の極致に存在するルキウスにダメージを通せるに違いない。

 

 この村の人間は軒並み五百レベルぐらいの力があった。若い勇者だって、レベルは三百以上は確実だ。

 ルキウスは余裕だと思って突撃したが、村の中では危うく死ぬところだった。


 この成長速度、帝国の概念なら、ジェントリア指数が大きいと表現される。力を持つ血が濃いのだろう、外との交流を避けた結果に違いない。


「お兄ちゃんなら大丈夫だよ。さあ帰ろう。ここからが忙しい」

「マウ」


 ルッキーは赤ちゃん達を詰め込んだ大きな箱を抱え上げた。


「予知には意味がある。が、意味を知るのは難しい」


 彼は森へと消えていった。

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