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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
2-1 伝説の復活
183/359

落ちてきた月3

 まばらに木の生えた森に、百人以上の村人が散らばって距離を詰めてくる。半分ぐらいが武器を持っている。後ろからさらに追ってくる集団が見える。


「マウタリ、さあおうちに帰りましょう」


 よく見知った母の顔に、優しい声だった。日常が帰ってきたようだ。

 マウタリを包もうとする安寧の衣を引き裂さくのは、ギィィーーッという非人間的な音。そして、音と呼べる範囲を超えた、身を揺るがす衝撃が襲い、彼は縮こまった。太鼓を叩いて破裂させ、貯めこんだ音が逃げ出したようだ。母を含めた数十人が、耳を押さえて倒れる。

 ルッキーの大きな口から放たれた音だ。口が大きく開いている。


「惑わせるな、蟲が」


 ルッキーは風を打ち倒す轟音ととも、駆け出す。矢が飛来する。それを盾で受け止めた。村の誰よりも速い突進。それでも後、一射はある。

 村人達の矢が光をまとう。そして一斉に放たれた矢は、あらゆる方向から的を捉える。盾一つで防げるものではない。


 ルッキーの姿がいきなり消滅した。多数の真っすぐな光が交差し、空中に跡を残した。


 鈍い打撃音、村人が高く宙を舞う。一人、二人、次々に打ち上がる。

 何が起こったのか、ルッキーは村人たちのど真ん中に現れたのだ。あの動きにくそうな大顔が、目まぐるしく回転しながら動き回り、殴り蹴り、村人を弾き飛ばしていく。


 取り囲む村人が一人に殺到する。アリールの戦士ともなれば、一人相手に怯むことはありえない。村人の体や武器が輝き、その残像が一点に向かい、多くが反射されたように跳ね返る。


 ルッキーは流れるように動き続ける。槍を低く払えば、二、三人が一斉に空中で回転して地面に叩きつけられ、盾をぶち当て強引に村人の隙間を抜け、つかんだ村人を投げ飛ばし、頻繁に土を蹴り上げる。


 マウタリが知る誰よりも強い。見慣れぬ動きは獣より対人戦を知る者の流儀らしい。囲まれた状態で戦いが続く。誰も二人の方には向かってこない。

 しかしルッキーも何度か血を流したように見えた。三分経たない内に状況が動く。


「いちいち確認させやがって」


 ルッキーが吐き捨て、槍で大地を突き、木々の先端を超える程に飛び上がった。同時、大地が激震、誰もが無様に踊る。大地が大きくひび割れ、マウタリの足元までも到達した。


 底の見えぬ大峡谷、村人に周囲の木々が大地ごと崩れ落ち、飲み込まれていく。

 何人か跳び上がったが、ルッキーが素早くを空を飛び先回りして叩き落とす。そしてガツンという音がして、ひび割れが瞬時に閉じた。森に静寂が戻る。


「やはり、人間はいなかった、確実にな」


 ルッキーが背中に刺さった槍を、抜きながら歩いてくる。

 マウタリはそれをまばたきせずに見ていた。母がどこかに消え去った事より、地形を圧倒的な力の景色が彼の心に被さり、うずくような興奮をもたらしていた。


「傷を?」


 マウタリが尋ねた。


「ああ、そこらの騎士より強かったからな。すぐに治るから問題無い」

「精霊が、ドウモイサンが体内に!」


 マウタリが焦りの声を上げた。


「ドウモイ酸?」

「ドウモイ・・・・・・なんだって?」

「だからドウモイ酸だろう?」

「ドウモイサンですよ」

「アリールじゃない人は頭が悪くなるのよ」


 シュケリーが言った。


「それがなんだって?」

「槍や矢尻に塗ってあったはずです!」

「何を・・・・・・つまりドウモイサンとか言うのが傷に入ったと?」

「ずっとそう言ってるじゃないか! 死んでしまう」

「それって植物から抽出するやつか?」

「手の平から出るんですよ!」


 ルッキーはマウタリの手をとった。手の平の真ん中には、一本線があって精霊が出てくる。力を入れれば針だって出せる。


「愉快な体だな。なるほど理解した。それは神の使いには効かない、心配するな」


 マウタリはすぐにもルッキーが倒れるのでは、と見ていたが、彼は平然な様子だった。


「君達、名前は?」「マウタリ・コイハーナ」「シュケリー・シノエラン」

「怪我は無いな。君達の村へ向かうぞ」


 三人は村に向かって歩きながら話す。


「これはどういう状況か? いつからああなった?」

「どうって・・・・・・言われても、村に帰ったら村じゃなくて」


 マウタリが呟いた。聞きたいのはむしろ自分の方だった。

 彼が木の無くなった森に目をやっているとシュケリーが答えた。


「月に似た気配が都の方からやってきて、増えたのよ」

「・・・・・・きみ、予知能力とかあるか? 何か知らない景色が見えたり、声が聞こえたり、日常的なものから予兆とか」


 ルッキーがシュケリーに言った。


「いいえ、私は緑の月に行きたいの」

「・・・・・・なぜ行きたい?」

「迷子がいるから、かわいそうだなって思って」

「ふうむ。月が何かはわからないが、あいつらの反応がわかっているな」


 ルッキーが仮面に付いた血を手でぬぐった。


「ええ、月に似た気配があるの」

「人の頭だけから気配があれば、そいつは敵だと知っておけ」

「わかったわ」


 シュケリーはずっと淡々と答え、その態度がマウタリを少し安心させた。

 今度はルッキーの顔がマウタリに向いた。


「この子はどういう立場なの?」

「シュケリーは僕と同じ年です」

「祭司とかなのか?」

「いえ、普通ですよ。祭司は長老がやるものだし」

「君は月とやら、わからんよな?」

「ええ」

「つまり君とは違うな?」

「そうですけど?」


「他にわかる人はいたか?」

「いません」

「それで・・・・・・崇めも、恐れも、害しもせんのか?」

「なぜ、そんなことを? 同じアリールですよ」

「自由だな。村には信仰があるか?」

「体の内に宿る精霊を」

「精霊信仰・・・・・・な」


 村が見えてきた。さっきの戦闘で倒れている人以外は誰も見えない。少し距離を空けて停止した。


「君は想定に無いが、まあいい。わかる人間がいるなら、それに越した事はない」


 ルッキーがシュケリーを見て言った。シュケリーはたまにフクロウみたいに顔を動かしてルッキーを探っていた。ああやって首を動かしているところが可愛い。


「こうなる前に何か異常は無かったか? これまで無かったことだ」

「昨日、村はずれのヌエテ婆さんが殺された。街から来た誰かがやった」

「外の人は十三人よ。一昨日来たの、さっき全員が地の底に落ちていった」


「違う格好をしていた奴らか。その集団に魔法使いは?」

「来たのは隊商と護衛の人です。魔法使いはそんな仕事しませんよ」


 マウタリが言った。


「ああ、そういう国だったな。ならなぜこうも一斉に感染したのか、一昨日では拡大が速すぎる」

「その感染っていうのは何ですか?」

「体の中に蟲が入って、脳みそを食ってしまって、人間と入れ替わって操る状態だ。人としては死んでる」


 マウタリには想像しがたいことで、芋虫や甲虫を思い浮かべた。それでも何がどうなっているのか理解できなかった。それなりに慣れた死という言葉も、何か全く違うものに聞こえる。


「君達、なぜ完全に感染していなかったんだ? 口とかから触手が出てくる奴を見たか?」

「今朝、父上だと思ったら違った」

「それに接触されたか?」

「はい」

「そっちも?」

「ええ」


 振られたシュケリーが答えた。


「今朝?」

「ついさっきよ」

「・・・・・・昨日以前に、その隊商と全員が身体的に接触したのか?」

「色々取引はありますけど、家の代表者が行ったはずです」


 マウタリが答えた。


「それにまとめて水をぶっ掛けるわけにはいくまい。感染源はどこだ・・・・・・外部から持ち込まれた物を口にしたか? 加熱されていない、酒以外の特殊な飲み物とか」

「・・・・・・グレイダイさんが持ってきたお菓子」


 マウタリはこの異変の原因を察した。


「菓子? 村人全員が食べた?」

「多分」

「それしか接点が無いのか?」

「ええ、泊めているユネームの一族の人は知らないけど、他は」

「なら、それだな。いつだ?」

「一昨日です」

「君達は口にしていないのか?」


 仮面の大きな目が見てくる。二人は頭を振る。


「僕は一口、すみの方だけ。彼女は食べてません」

「中心に何か入っていたのだろうな・・・・・・そうか、種は無いのだな」

「種?」

「こっちの話だ」


 ルッキーは少し停止していたが、村へ歩き出した。マウタリの家へ歩き出した。


「ほとんどの家に人の気配がある。村から逃亡した個体もいるかもしれんし、ゆっくりしていられない」


 門を越えると、マウタリは自分の部屋を目指そうとしたが、ルッキーは違う方向に曲がって、すたすたと進む。


「そっちは・・・・・・」


 マウタリが戸惑う間に、ルッキーは別の親族の扉を開けた。

 床には血が流れていて、その源流は干物みたいに年老いているビニャリ婆さんだった。布団で寝ているようにも見えるが、多分死んでいる。家から出てこないので、マウタリも久しぶりに見た。


「年寄りはいらないというわけか、この婆さんは食べなかったのか?」

「ビニャリ婆さんは歳で、丸一日寝たりするから」


 ルッキーは部屋の中を興味深く窺っていたが、きびすを返し、今度はマウタリの部屋に向かった。それより先にマウタリが駆けこんだ。


「お兄ちゃん、遅かったのね」


 なんの異常も無く妹が笑顔で出迎えた。エラウはマウタリに走り寄った。そこに鋭い声が飛んだ。


「離れろ、敵だぞ」

「何、この化け物!」


 エラウがマウタリにまとわりついて、後ろに隠れた。


「待ってください、異常はありません。その・・・・・・父とは感じが違う」

「おい、理解しているはずだぞ」

「マウタリ、無理なのよ」


 シュケリーの静かな声が今は恐ろしい。


「でも! 何もおかしくない。他とは違う!」

「個体差があるだけだ。上手い奴もいる」

「さっき治るって言ったじゃないか!」

「もう死んでる」

「死んでない!」

「悪いが、急ぐ」


 ルッキーが強引にマウタリを押しやり、エラウに触れようとした。


「下がってください!」


 マウタリがルッキーを槍で突いた。当たるとは思っていない。しかし、槍は深く右腕に刺さった。流れ出た血が床に垂れる。


「手遅れなんだよ、どうにもできん。いかなる技術を用いても、脳の全てが失われたなら死亡だ」

「お兄ちゃん、なんなの! 怖い」

「よく喋る子供だな」


 ルッキーが足を止めた隙に、マウタリはまたエラウを後ろに隠した。


「頼りにできるお兄ちゃんがいて良かったと思っているのか?」


 ルッキーは追うのを諦めたのか、重心が後ろに寄った。


「そうよ、化け物なんかに負けないんだから!」

「馬鹿は実に使いやすいと思っているな」

「そうよ、使いやすくて助かるわ」


 エラウが驚き、口元を押さえた。ルッキーが恐ろしい笑みを浮かべた。


「自覚があって、実に助かる」


 マウタリは混乱したが、それでも妹を守る姿勢を崩さなかった。


「まだ続けるのか? 隙があれば、感染させてやろうと思っているんだろ?」

「そうよ、みんなで仲間になるのよ」

「エラウ?」


 マウタリは呆然として、後ろを振り向けなかった。


「そいつらには効きにくいが、真実を喋らせる魔法がある。知恵の働く子だったようだな」


 ルッキーがエラウに手を伸ばす。エラウが叫んだ。


「お兄ちゃん助けて、お兄ちゃん!」


 妹が悲痛な叫びをあげたが、兄は動かなかった。


 ルッキーがエラウの腕をつかんで、中庭に放り投げた。森で見たように、中庭がひび割れ、エラウはそこに吸い込まれた。そして閉じた。

 ルッキーは庭を見つめ続けるマウタリの前を通りすぎると、天井を見上げた。


「天井だ」


 天井は丸太を並べただけで密閉性は無い。部屋の中央では大きく隙間が空いている。そのさらに上に屋根があり、間の空間を物置として使っていた。その隙間からビラルウが覗き込んでいた。彼女は置かれた箱の上の隙間に入り込んでいる。


 それを見たマウタリに再び火が灯った。これが無ければ、一日ぐらいは動けなかっただろう。


「ビラルウは食べてない!」

「らしいな、感染していない。どうやって上がったんだ」


 マウタリにもどうやって上がったのかわからない。

 天井まで二メートル以上あり、父だけが手を伸ばせば荷物の出し入れができて、マウタリもジャンプしないと届かない。壁からよじ登ったのだろうか。


 ルッキーが片手でビラルウをつかんで、下ろそうとした。しかし彼女は途中で腕を蹴って跳んだ。


「ちょ、イテッ!」


 ビラルウはルッキーの後頭部にしがみつき、膝蹴りを連打した。


「あー!」

「やめろ、なんとかしてくれ」


 ルッキーは引き剥がそうと試みたが、諦めて防御に徹している。代わりにマウタリが抱きかかえた。暖かかった。


「やはり感染していない、が一応治療はしておく」


 ビラルウが暴れるので、下ろすといつもと同じように座った。そこをルッキーが軽く触れた。


「元気なお子さんだな」


 ビラルウがたどたどしい手の動きで、ルッキーを指差した。


「それはルッキーだよ」

「ルッキー!」


 ビラルウは口角を上げ、まんまるな瞳ででルッキーに近づくと、すねを蹴った。


「がっ!」


 ルッキーは反射的に後ろに下がり、さらに追うビラルウと距離を取り続けた。


「・・・・・・とにかく元気だ。赤子は直接食べていないだろう。なら他も間に合うかもしれん」


 ルッキーは逃げるの止めてビラルウの首ねっこをつかむと、マウタリに渡した。そして外に出て、足を止めた。


「ボッシェ」


 追うマウタリが呟いた。三歳の男の子ボッシュは、通路の隅に座っていた。


「手遅れ」


 ルッキーが大きな顔でじっと見てから告げた。


「ウオー」


 ボッシュが狂った叫び声を上げ、ノウサギ並みの速度で突っ込ん来る。あの触手が顔中から飛び出した。

 ルッキーが前に出て、簡単にボッシュの頭をつかんだ。次の瞬間にはボッシュが動かなくなった。


「終わりだ。私がいる前で感染させても意味は無い。そもそも、人の振りをした方が賢い場面だ。この歳ではわからないか。つまり脳の程度が低いのは足を引っ張るということ。判別に使えるかも」


 ルッキーが呟きながら、別の一室へ入った。そこにはまだ半年にならないクシュナさんの赤ちゃんが眠っていた。


「感染しているが、治療すれば治る」


 ルッキーがクシュナの赤ちゃんの頭に手を触れ、何かの魔法を発動させたようだ。

 同じ要領で全ての家を巡り、九人の赤子を保護した。ルッキーの顔を見ると全員泣くので、彼が眠らせた。ビラルウだけがマウタリに抱えられている。


「菓子の現物があれば、どうやったかわかるんだがな」

「私が家の近くに埋めたのがあるわ」


 シュケリーが言った。


「埋めた?」

「月が生えてくるかと思ったの」

「そういう考え方もあるかな」


 ルッキーは埋めた場所までいくと槍の柄で地を突いた。地中からあの菓子がモグラみたいに顔を出した。

 彼はそれをまじまじと見つめた。


「中心に何かあるが、反応は無いな。多分死んでる。何か感じるか?」

「いいえ、何も」


 シュケリーが答えた。


「これで村は安全だ。外に逃げた奴はいるかもしれんが、少なくとも近くにはいない」


 落ち着いてきたマウタリは、現実と向き合わねばならなかった。村は崩壊して生活できない。ビラルウを含め、幼子の面倒もみないといけない。シュケリーと二人だけでどうすればいいのか。

 網場を使えば狩りはできる。シュケリーはどれぐらい織の技や調薬の技を継いでいるのだろうか? どう考えても村を維持できない。


 ルッキーが向き直り、暗い顔のマウタリをしっかり見た。


「神の使いとして本題に入ろう、勇者よ。我は君に会いに来たのだ」

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