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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
2-1 伝説の復活
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落ちてきた月

 優しい朝日と美味しそうな小鳥の囀りが、窓から抜けて、板張りの居間は春の気配が感じられる。

 スンディー国内でも、アリール族の村は戦争に関わらず日常が続いていた。


 その平和を拒否するように床にドカンと座ったのは、マウタリ・コイハーナだ。

 彼は十三歳の男の子。後ろで束ねた長髪は、一族と同じく青藍色で金属光沢があり、青い瞳は結晶じみた輝きで、肌は白い。

 服も一族の男と同じく、カロウ綿の緑色の生地のゆったりとした袖の無い長上衣チュニックに、ゆったりとした半ズボン。黒い皮ベルトをしている。


「もう! なんなのよ」


 人生最大の勢いで床を打ちつけた彼に、妹のエラウが不満を漏らした。

 彼女はワンピース状の長いウィピルを着ている。二枚の綿織物を縫い合わせたもので、花の刺繍が入っている。


「誰のせいだと思ってるんだ」


 マウタリは短弓ショートボウをボロ布で磨いている。視線は弓だけに集中していた。


「お兄ちゃんがのろまだからでしょ」


 妹がしれっと言った。


「僕は大事な物は取っておくんだ。冬越しの知恵だよ。そんなこともわからないのか?」

「知ってる? リスが埋めたのを忘れるから、木が出てくるのよ」


 エラウが鼻高々な顔をしている。


「僕が忘れるわけないじゃないか!」

「有効活用してあげたのよ」

「無駄にしかなっちゃいない」

「私が食べたのよ。無駄じゃないもん」

「人の物を食べるのは泥棒だぞ」


 妹に対抗するべく、彼も覚えたての言葉を使った。


「私が発見したのよ。私の物よ」


 彼は妹の懲りない顔を見て、ぐうと思い重い息をついた。


 昨日、グレイダイの率いる隊商が、毎度馴染みの継ぎ接ぎの荷馬車で、ガタンガタンと三か月ぶりにやってきた。


 その時、彼はピカピカした白くて丸い拳大のお菓子を村人全員に配った。

 大量に安く手に入ったそうで、長い付き合いだから感謝に、という事だった。


 もれなくそれにありついたマウタリは、隅をひとかじりすると、一日掛けてゆっくりと食べようと彼の箱にしまっておいた。


 甘いというのは花を吸った時にだけある感覚で、それを集めて硬くしたようなものは、ゆっくり食べるのが賢いと思ったのだ。


 そして、愚かでまぬけだが鼻が利く妹が食べてしまったという訳だ。


 こんなことは一生に一度あるかないかだというのに、エラウときたら、馬鹿だからわかっちゃいないんだ。死んでしまえばいい、と彼は何度も思った。


「あー、あ」


 まだ赤子である末の妹のビラルウが、可愛らしく座って手を振った。この子だけが彼の仲間だった。


「ほら見ろ、ビラルウも怒っている」

「喜んでいるに決まってるわ」


 一月は口をきいてやらない。そうすれば、泣きついてくるに違いない。

 彼は兄として、不出来な妹を教育してやろうと決意して、彫り損ねた石像みたいな顔を始めた。


「そう怒るな、マウタリ。俺がしっかりと言い聞かせる」


 父のクラウリは普段見せない困った表情だ。彼は磨いていた長剣を鞘に収めてから、何かやることを探したが見つけられなかった。


「怒っていません」

「エラウはまだ七つだ。物事の理非がわからん。だからほどほどにな」


 大きなクラウリの体が小さく見える。


「普段無い事だから、決まりが無いものねえ」


 母のソラウが優しい微笑みで、食器をしまっていた。


「外では動きがある。今後は個別のやり取りがある可能性も」

「そうねえ。倉庫に入れられない物は困るわ」


 村には私有物が無い。だとしてもマウタリは納得できない。

 父上も父上だ、妹は国一番の大馬鹿者なのだから、もっとどこかに隠しておいてくれれば良かったんだ。


「さあ、エラウは指を光らせる訓練をしましょう」


 ソラウが言った。


「できないからやだ」


 エラウがむくれた。


「指が光らないと大人になれないのよ」


 マウタリが得意げな顔で一指し指の先を光らせた。エラウがドンドンと床を叩いて、キィーと奇声を発した。


「今日は網場を見に行こう」


 クラウリが立ち上がり、腰に剣を差した。


「はい、父上」


 マウタリは明るく返事をした。自分はもう一人前だ。だから森に奥にも行けるし、なんでも一人でできるようにならねばならぬのだ。


 父と子は石槍と短弓を持って、扉を開け、家を出て行く。

 彼らの家を出てもまだ建物の内側だ。洗濯物が干され、井戸のある小さな中庭が見えている。


 この大きな建物はドーナッツ型で、家族ごとに板壁で部屋が区切られ、一族が四十人ほど住んでいた。

 アリール村では同様の建築物が八軒あった。


 二人は中庭周りの石廊下を歩き、今度こそ外へ出た。

 村は素朴な木の柵で囲まれ、外側にはうっそうとした森がある。

 二人は西の門へ向かって歩く。


 アリール村は大戦前から森に抱かれ存在した。元の森に悪魔の森が合体したので、今は悪魔の森に囲まれている。村人の生活は昔と変わらず、貴重な薬草など森林資源の産出地であった。


 しかし今では魔術師は恐れて訪れず、小役人が税を回収すると逃げるように帰る。

 他は森を恐れぬ商人が訪れるのみで、グレイダイ家とは数代に渡る付き合いになっている。

 村からすると訪れる商人は重要だが、それ以上に商人側から重要視されている。商人はよく鉄器を村へ贈った。


「まだ寒いや」


 風に吹かれたマウタリが言った。


「昼頃にはよい具合になろう」

「そうですね」


 パスフィー一族の家からは織機の音が聞こえている。塩掘りの穴の周りに人が集まっている。柵の外側で豚飼いがブタを放している。遠くから木を切る音が聞こえている。杉桶でくんだ水が運ばれている。

 東門の方には、馬車が三台止まっていた。聞き慣れないウマのいななきが聞こえた。


 彼らは西門から出ると、周囲を警戒しながら緑が増えてきた森を歩く。

 クラウリが口を開いた。


「戦争の影響で橋より向こうは混乱しているという。災いがおよぶかもしれぬ」

「戦は引き分けたらしい、というのが街の評であるそうですが」

「勝っても負けても、この村には直接関係無い。それを確かめるすべも無い。だが食料が足りなくなっているようだ」

「不足はいつもの事では?」

「小麦の値段が二倍近いという、普通ではない」


「大変なんですね、街は」

「マイド草の少ない年は寒いという。そうなればさらに悪化するだろう」

「・・・・・・どうなるのですか?」

「それはわからぬ」


 父が歩きながら、それでもしっかりマウタリを見た。


「何かあればお前も戦うのだ、マウタリ」

「覚悟はできております」


「だがもしも、困窮した者が訪れたなら助けてやらねばならぬ。アリールも元は流浪の民であった」

「はい」


 森が深くなるにつれ口数が減った。二時間ほど歩くと、目的地に着いた。彼らの張った罠がある場所だ。

 一帯の木々には紐がくくり付けられ、木と木が結ばれている。草に隠れて見えにくい低さから、人の頭を超す高さまで様々な紐が張りめぐらされ、巨大なクモの巣を思わせる。


 網は非常に粘つき頑丈で、触れたなら、大熊でも逃れるのは難しい。アリール族は精霊の力で粘液を無力化できた。

 これは殺人ツタで編んだ紐と、メルケツ草と若いティカの樹液を混ぜて作る粘液である。

 網場は、東西に百メートルほどで、獣が好む道筋を塞いでいる。


 マウタリが少人数でここに来るのは初めてだ。慣れた森も違う景色に見えた。しかしこの緊張は不慣れとは別種のものだった。


 シカの足が落ちている。断面の血液は乾燥して黒ずんでいる。離れた場所に肉のこびり付いた毛皮の切れ端もあった。

 頑丈な網が三本切れている。


「噛み切るとは。シカも一口か。大層な大型がいるな」


 クラウリが低い声で言うと、マウタリは槍を握る腕に力が入った。

 クラウリは罠の周囲を歩いて回った。網に掛かった動物はいなかった。

 網はさらに七本切られていた。網に触れてもがいたのか、巨大な足跡が一か所に複数あった。


「近くにいるな。網を破られてはかなわん。始末する」


 クラウリが足跡の土をつまんで言った。


「二人でですか?」

「そうだ。網も液も貴重だ。わかっているな?」

「わかりますが」


 網に使う紐は貴重で、粘液を作るには大量の材料が必要だ。だとしてもマウタリは戸惑う。彼は簡単に網を切る生き物を見たことが無い。


「無駄にする余裕は無い」

「魔獣でしょうか?」

「かじり方からして賢いものではない。知恵の無い獣には敗れぬ」


 クラウリが森の奥を見つめた。


「来たか。この餌場がさぞ気に入ったのだろう」


 マウタリも木々の奥に上下動して見え隠れする茶色いものを発見した。大きな二足歩行のトカゲだ。頭の高さは五メートルぐらいにある。

 がっしりとした骨格、発達した顎には大きく鋭い牙、トカゲより数段上の圧力がある顔だ。後ろ足は太いが、前足は酷く小さくて不格好である。

 二人が出会ったのはタルボサウルスであった。


「父上、あれは?」

「恐竜の一種だ。邪悪の森より流れてくると言われている。それ以上はわからぬ。十年に一度ほど見る。お前が生まれた翌年に、あれより小さめの奴が来た」

「あれが恐竜、狂暴そうです」

「でかいが動きは鈍い。心配するな」

「はい」

「網場から離れるぞ。そうしたらお前はティキの木に登っていろ。周囲にも気を付けるのだぞ」

「はい」


 恐竜が足取りを速めると、クラウリは走って網場から離れた。

 マウタリはティキの大木を見つけ、二秒で十メートルまで登った。


 恐竜は頭を下げて走り出した。こちらを認識した! どんどん加速して、クマの数倍はある咆哮を上げる。太い振動が大気を伝って、マウタリは身を固くした。


 クラウリは真っすぐ立って、それを待ち受けた。槍を軽く肩に掛けるように持っている。


 恐竜は頭を前に突き出し全速で迫る。口が大きく開かれ、頭が一気に下がる

 クラウリは横に跳んだ。無駄の無い俊敏な動き。恐竜は口を閉じた。完全に空振りだ。間抜け面でそのまま駆け抜け、尻尾を木にぶち当てて止まると、振り向いた。

 そこからドスンと大地を踏みつけて、旋回する。森が動いているように錯覚する大きな動きだ。


「射ますか?」


 マウタリが弓を構え、大声を出した。

 恐竜はマウタリを見上げたが、すぐに視線を下げた。


「表皮は硬い! 疲れるまで待て」


 恐竜がクラウリを追い回し、頭を幾度となく突き出す。

 クラウリは木を障害物として使いながら、一突き一突きをかわしながら走った。動きに緩急を付けて、攻撃を上手く誘っている。

 恐竜が大きく動くと長い尻尾も遅れて振り回される。


 次第に恐竜の動きが遅くなってきた。走らなくなり、首を出せば届きそうな距離に頭があっても、ためらい一歩前に進むようになった。


 マウタリは一族を体内から守護する液状の精霊、ドウモイサンを手の平から出して、矢尻に塗った。


 恐竜が疲れたのか、首を高めに上げた。側面から喉元が辛うじて見える。マウタリが射る。喉元に刺さったが浅い。高い位置からでは角度が悪い。

 恐竜は刺さった時、軽くビクッとしただけで、ゆっくりクラウリを追う。


「それでいい! 射れる時にやれ」

「はい!」


 マウタリは機を見て矢を射り、クラウリは鈍くなった噛みつきをかわすと、槍で目元を狙って攻撃するのを繰り返した。

 

 恐竜には矢が五本刺さり、顔の片側には多くの切り傷が入り、目を動かしにくそうにし始めた。


 さらに戦闘が続くとふらつき、何度も転倒をこらえるような動きを始めた。もう真っすぐに歩けていない。

 クラウリが槍を捨て剣を抜いた。

 ふらついた頭がよたつきながらも、彼に迫った。剣身が強烈に光る。

 同時、クラウリは低く鋭い軌道で、巨大な頭の下へと潜り込んだ。


「はあ!」


 さらに剣を振りかぶり、狭い首の下を側面へ走り抜ける。剣は砕け散り、光が飛び散って消える。

 喉元が大きく切り裂かれ、血が噴き出し、恐竜はドスンと倒れた。しばらく動こうとしていたが、完全に停止した。

 マウタリが木から飛び降りた。


「お見事です! 父上」

「負けそうな様子など無かっただろう? お前にもこれぐらいはできるようになる」

「がんばります!」

「剣が壊れたが丁度良い。代えを商人に手配してもらおう」


 二人は村まで走り、五十人ほど男衆を連れてきた。


「流石は村一番の狩人だ」

「五十年ぶりの大物じゃ」


 マウタリは父が褒められるのが誇らしかった。将来の自分の姿が、そこにあるようにも思えた。

 しかし昨日の菓子の話が聞こえ始めると、聞くほどに不快な気分になった。


 彼らは獲物を豪快に解体して、木製の手車に乗せていく。出発には一時間掛からなかった。


 大人達は、今夜の酒や、幾ら話しても堂々巡りするような外の情勢の話を始めたので、彼は何か面白いものでも落ちていないかと視線を落として歩いた。

 自分だけが仲間外れになった孤独感と、敗北者のみじめさでいっぱいだ。

 マウタリは心に鬱積する重いものを感じながら、村に着いた。


「僕は先に帰るよ」

「ああ。自由にしなさい」


 彼が父に許可を得て、獲物に集まる人の輪から出ると、集めた枯れ枝を運んでいる女の子が目に入った。

 同い年のシュケリー・シノエランだ。


 マウタリの心が弾んだ。どんなに距離があっても、間に彼女が視界の中で一歩を歩めば、目に入る。

 彼は気付いた時には彼女の前にいた。


「やあ、シュケリー」

「マウタリは月が遠いのね」


 シュケリーが頭を軽く右に回し、左に回し、正面に戻した。


「誰だって月は遠いよ」

「今日は緑の月が飛び散ったみたい。きっと都の方から転がってきたんだわ」


 シュケリーが夜空のように透き通った声で言った。


「ヌエテ婆さんの所へ行こうよ。そうしたい気分なんだ」

「これが終わったらね」


 また仲間外れになるが、相手がシュケリーなら問題にはならなかった。

 彼は耳を閉じていたものだから、菓子の話は耳に入らなかった。でも本当は真ん中の方の味が気になっていたから、それを彼女に聞いてみようと思った。


 シュケリーが枯れ枝を彼女の家に運んで戻ると、二人は村を出て南に向かった。南の森は手入れされていて歩きやすい。

 道中で、彼女は意外なことを言った。


「私も食べてないわ。庭に穴を掘って埋めたのよ。きっと月の子が生えてきて、私を月に連れて行ってくれるの」


「食べなかったの?」

「そうよ。あれは月の種だったもの、食べ物じゃないわ」


 マウタリは気を良くすると同時に、語れる成果を思い出した。


「今日は大物を仕留めたんだ。父上と二人だけでだよ」

「それであの騒ぎなのね」


 シュケリーは月を見る人だから興味を示さなかった。彼には問題ではなかった。


 森を五百メートルも歩けば、魔女のヌエテ婆さんの小さな家がある。とんがり屋根が乗った六角柱みたいな形状の家で、複数の丸太がねじれ絡まってできていた。

 彼女は村の外から来た人で、一人でそこに住んでいた。


 マウタリが盗賊に食べ物を盗られたのだと言えば、何が入ってるのか、とにかく奇妙な味付けの、土かイモか知れない焼き菓子を出してくれるはずだ。

 彼女の家の陳列物からすれば、毒蛇、植物の根っこ、木の芽、妖精、薬草を何かに漬けた物が入っていそうだが、問題にはならなかった。


 マウタリが玄関の横まで来て、声を掛けようとした時、ガチャンと何かが割れる音がした。


「なに?」


 シュケリーは横で細い首を傾げているはずだが、マウタリは目を見開き固まっていた。

 婆さんが倒れているのが丸太の隙間から一瞬見えた。それより問題なのは赤いものと剣の輝きも一瞬見えたことだ。匂いもしている。

 彼はシュケリーを口を押えた。急にやったので、「う」と声が漏れた。


「どうした?」

「声が聞こえたような」


 二人の男の声がした。荒い足音がして男が一人、家から顔を出した。革鎧レザーアーマーをしていた。


「誰もいねえ」

「本当だろうな」

「本当だって」


 マウタリはシュケリーの手を引いて、姿勢を低くして家の裏へ回っていた。

 二人の声に覚えが無い。村にはいない人間、つまり隊商の人間だ。


 何か異常が起きている。村へ走るべきだろうか、一人なら走れるけど。

 マウタリは荒くなる呼吸を抑えようと努力した。


 足音が近づいてくる。家の裏へ来たらどうにもならない。

 家はちょっと高くなっていて、床下がある。


「入って、入って」


 マウタリがささやいた。

 丸太と丸太の細い隙間から、静かに、それでいて必死に潜り込んだ。


「やっぱり誰もいねえよ」

「危険は排除しなければならない」

「厄介な相手はこうするのが一番だって学習したもんな」

「厄介だったか、どうかもわからないがな」

「一人の方が楽だってのか」

「力づくならそうだろう」


 床下から上を見れば、かすかに隙間があって、上の様子が見えた。

 非常に見えにくいが二人の男がいる。

 そして隙間からは血も滴っていた。

 ヌエテ婆さんは殺されたのだ。


 どれほどかわからない。二人は息を殺して床下に潜んだ。二人の男はすぐに去ったが、そこからも長く潜んでいた。


「村に帰らないと」

「そうね、大変だわ。どうしましょう」


 シュケリーの口調は普段と変化が無かった。

 二人は恐る恐る床下から出ると、森の様子を十分に窺ってから、慎重に村へ向かった。何事も無く村に着いた。


「父上に相談する」

「私はどうしようかな」


 マウタリはすごい勢いで家に駆けこみ父を探したが、エラウしかいない。


「どうしたの? そんな急いで」


 エラウが言った。


 きっと母は宴会の準備をしていて、父もそこにいる。村人の大半もそうだろう。

 場所はグレイダイの隊商が泊まっている、ユヌーム一族の家だ。

 隊商と護衛は二十人ぐらいいる。

 あの護衛とグレイダイはグルなのだろうか。

 彼には全く経験の無い事態で、何をどう考えればいいのかもわからなかった。


 マウタリは「なんなの!」と怒るエラウを無視してシュケリーのシノエラン家に走った。

 シュケリーは中庭で一人でいて、すぐにマウタリに気が付いた。


「うちのウリイタル老はここ最近寝込んでるから、相談できないの」

「それちょっと待って。どう相談すればいいと思う」


 マウタリは小さな声で言った。


「そのまま言えばいいじゃないの」


 シュケリーが表情を崩さずに言った。


「でもどうしよう、誰が殺したかなんてわからない。証拠も無いよ」

「言われてみればそうね」

「何か盗っていったかな」

「うーん、わからないわ」


 もしマウタリとシュケリーがヌエテ婆さんの家に行くのを見ていた人がいれば、どう思うだろうか。あの二人の男は何か誤魔化す準備をしていたかもしれない。他の人の口裏を合わせればどうにでもできるだろう。


 大事な商人とトラブルを起こしても大丈夫だろうか。そもそもなぜ婆さんが殺されたのかもわからない。何か価値のある物でも持っていたのか、それとも恨みでも買っていたのか。


 マウタリが悩んでも何が何だかわからない。こんな時に頼れるのは父だけだ。

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