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 ルキウスは森の境に立ち、村を見すえる。一歩踏み出せば、そこは森の神の領域外。


 村は奥まった入り江にあった。断崖に囲まれ、波の寄せる砂浜ではない。森の入り江だ。断崖が森、水があるべき所には黒く乾燥した荒野が広がる。


 荒野にまともな草は一本も生えておらず、まばらに転がる白い小石だけがアクセントとして機能する。


 この森の狭間は遠目にも悪い。

 なんらかの汚染。悪魔の呪詛か、不死者のまき散らす死か、あるいは工業廃水によるものか、とにかく正常ではない。


 自然に形成された印象は皆無。何かが、間違いなく望ましくない出来事によってこうなった、そんな確信がある。


「何が起こったのか……それが根本の問題で、元をたどれば答えがある」


 ルキウスはため息をついてから呟いた。


 全景は退避所の印象。汚らしい黒の荒野から逃れて森にくるまれている。

 一帯は村を造りたくなる場所には見えない。中には井戸らしき物が点在するが、小川すら見当たらない。農業に向かない土地であるのは自明。


 森の植生からすれば、極度に乾いた気候ではない。森を一歩出ると急激に乾く。


 アトラス以上にゲーム的だ。アトラスでは魔法が作用する特殊な地形が存在する。

 空を飛ぶ海に炎の嵐が渦巻く砂漠、毒煙で満たされた洞窟に上方に落ちる森。完全にファンタジーな地域。そこでも土地の区切り方はここまで強引ではない。


 ルキウス以外の五名は人の姿を取っている。村では人間しか見なかった。

 ソワラとカサンドラの耳は人間に、テスドテガッチは元々、横に縦に大きな人間でしかない。


「それでどこから攻めるんで、大将」


 全身を武士らしい黒を基調とした和甲冑で包み、顔も鬼の顔を模した面で完全に隠したゴンザエモンが、いつもの調子で吹いている。面の下の角は引っ込んでいるが、鬼の仮面のせいで印象は似たようなものだ。


「ルキウス様は情報収集と言っていただろう。スマートに魔法で洗脳して聞き出すのさ」


 金髪の髪をきっちりセットした白人系の顔立ちで、幼さの残る小生意気そうな青年が言う。


 これがヴァルファーの元の姿。細剣と魔法盾を装備。魔法盾は棒を三本横向きに並べ、その中央を縦棒が貫き全体を繋げた形状だ。盾と知らなければ、意味不明な物体だろう。


「この辺りは少し電波があるようですね、雷神の導きも期待できるでしょう」


 カサンドラの発言が何を意味するのかはルキウスにも不明だ。彼女は瞑目して、先端に雷光を宿す尖った金色こんじきの杖を突いている。知らない者からは、盲人に見える。


 ルキウスの武装は木刀に弓だ。杖に変更するかで悩んだが、魔術師だと疑われない方が良いだろうと辞めた。


「中には私が一人で向かう。お前たちは村人と諍いを起こすな。村の周囲を警戒しろ、連絡は常に取り合う」

「はっ」


 配下たちは揃って了承するとルキウスを見送った。


 ルキウスは誰か一人を、友達です、とでも言って連れていくつもりだったが、全員何かしらの問題を起こしそうであきらめた。


 大見得を切った手前、一人で行くが心細い。森の外で対ルキウスに特化した襲撃者に攻撃されれば、十秒で死ぬ。この世界ならもっと短い可能性もある。


 アトラスのクエストでは、盗賊に襲撃されている哀れな村を助けてみれば、そこは邪教徒の村で、盗賊を生贄に邪神復活みたいな展開が頻繁にある。


 すんなり悪い奴を倒してクエストが終了すると、えっ、これで終わり? となるプレイヤーも多い。

 ルキウスは数々のクエストを思い浮かべ、気配を絶って村に入っていった。




 アイアはあの後、しばらくしてから普段どおりに戻った。

 お父さんどうしたの? 黄色いのおいしかった、との感想が残された。妻も一個食べたが笑顔で食べていた。


 しかし瞳は涙でうるんでいた。

 泣くほど美味かったのか? そんなわけはない。断じてない。

 森で初めて肉を食べた時だってそんな事はなかった。悪魔の仕業だ。


 家が悪魔に侵略されたと恐怖するアゲノの動揺は境地に達し、聞き取れない悲鳴を上げながら家を飛び出すと、ある家へと駆けこんだ。



「大変だ、大変だぞ、本当に大変なんだ!」

「なんだ、アゲノか。また娘が冷たいのか」


 落ち着いた雰囲気で眼鏡をした細身で中年の男。この村のまとめ役であるラリー・ハイペリオン。

 椅子に座り、村の物資の残量に、周囲の森の情報が書かれた木の板を見ながら、村の将来を憂いていた。

 その横に、アゲノがドカンと腰かけた。


 目の前の喚き散らす普段は頼れる男は、元軍人の優秀な狩人だが、娘のアイアのことになると話が通じなくなるので、相手にするのが面倒だと、ラリーはいつも思っている。


「大変だ! 妖精人エルフだ、森の悪魔が出たんだ」

「妖精人? 森で? 本当に存在したのか、いるなら南だと思ったがな」


 珍しく娘のことではないらしいと、ラリーは向きなおり真面目に聞く。


「村を滅ぼしに来るぞ」

「なんでいきなり村を滅ぼしに来る?」

「村へあいさつに行くと言っていたからだ」


 ラリーは、娘のことでなくともこいつは駄目かもしれんと思った。


「奴は悪魔だ、まさに森の悪魔。大狼が浮いてるんだぞ!!」


 アゲノがたいそうな勢いでまくしたてた。勢いと対照的に、ラリーはポカンとした。


「……なんで大狼が浮く? なんの話だ?」

「荷物が重いって言ったら、浮かせたんだぞ。浮いてるのを引っ張って帰ってきた。今も家で浮いてる。悪魔の技だ」

「……親切じゃないか」


 これなら期待できる。


「アイアは呪いの果実をもらって食べさせられたんだぞ」

「呪いだあ? どう呪われているんだ、それでどうなった?」

「妙な果実を食べてから、お父さん嫌いって言うんだぞっ! 強烈な呪いだ」

「お前がべたべたするから嫌われたんだろうよ」

「そんなわけがあるかっ! アイアは心優しい娘なのに!」

「お前の娘は気が強くて、よく悪ガキどもをしめておるではないか」

「アイアはそんなことしない! なんたる呪いだ、早く何とかしないと」


 アゲノは頭を全力でかきむしる。


「まあ待て。攻撃されたわけではないのだろう?」

「娘が呪われたのに何を言ってるんだ! 妻だってどうなったかわからないぞ」

「落ち着け、落ち着かんか。俺が対策を考えてやるからな」

「そうだ! 対策だ、対策が必要だ、まず地雷を仕掛けないと」


 ラリーとしては村の窮状を打破するきっかけに使えれば、妖精人エルフでも何でもいい。このまま時が流れても事態は好転しない。元より変化を求めてここに来た。変化が閉塞を打開するはずだ。


「落ち着けって、まずは情報だ。それで妖精人はどんなのだったんだ」

「耳がこーんなに長くて」


 アゲノは両手を全力で広げて耳を表現する。


「顔はなー、悪魔だよ、悪魔っぽい顔だ。あんな顔の人間がいるわけがない」

「それじゃあ、何もわからんだろうが」


 ラリーは、こりゃ駄目だな、落ち着かせてからまた尋ねるか、と思い始めた。


「それって、こんな顔ー?」


 不意に窓から見知らぬ声。二人は同時に振り向く。


 小さな四角い窓から覗く者。

 上下逆さになった顔は逆光で影が氾濫し、顔を覆うように垂れ下がった長い髪が乱れてまとわりつく。際立つ長い耳と名状しがたい闇の形相。まさに悪魔だ。


「「ギャーーーー」」


 二人から人生一番の悲鳴が飛び出した。それはまさに人の恐怖を体現していた。


 緑野茂が社会生活で、ルキウス・アーケインがアトラスの森で鍛え上げたサプライズ精神が、ここで炸裂したのだ。


 再構成以前の日本には、このような人間の表情を描く赤と白の漫画家がいたらしい。

 ルキウスは昔、テレビの近代古典文化特集で見た。


 ルキウスはこの後、二人が混乱から立ち直らない内に入室の許可を得て、そのまま窓から入り、天井を歩き、空いた椅子の上に落下して腰かけた。

 その異様を見ていた二人の顔を引きつっていた。




 そもそも、緑野茂はアトラスにのめりこむ平凡な商社マンだった。そんな彼の岐路は仕事に慣れてきた二年目。


 偶然、服部大財閥の社長とアポを取り付けられたのだ。小さな商社には千載一遇の好機。

 これを上司の部長と部屋で出迎えることになった。


 入室してくる服部社長と御供の男性。

 小さな七十過ぎの男性が社長か。

 再構築していく世界において、一代で大財閥を築き上げた怪物。多くの修羅場をくぐり抜けてきた怪物は流石に大分くたびれているようだ。


 社長にお茶を出す緑野。

 社長がお茶を手に取った瞬間。お茶に噴流が巻き起こり、社長の顔目がけて熱いお茶が噴出し、顔をビチャビチャにした。

 茶飲みの底には超小型ロケットエンジンが仕込まれていた。


「こ、これは、サプラァァァァァイズ」


 寸刻の硬直、そして服部社長は絶叫した。


 緑野茂には無類のアトラス好き以外にも一癖あった。無類のサプライズ好きだったのだ。


 緑野茂はやってやったぜという表情。上司はまばたきもせず固まっている。これは緑野が相手を徹底的分析し、最善と判断した行為で、AIの判定は判定不可による非推奨だった。


「くくく、この程度のサプライズでワシに勝てると思ったかあぁぁ」


 服部社長の目の奥に光がともる。


 この男こそ今世最大の偉人にして、最高驚愕士グランドアスタウンダー、モトジロウ・ハットリだった。この男のサプライズ精神は大きくなっていく会社と責任の中で、やむなく封印されていたのだ。


「小僧、貴様に真のサプライズを見せてやるぞぉぉ」


 大財閥化の責任と重圧で封印されてきたサプライズスーツが、今、解放される!


 花吹雪、ハト、サソリ、コカイン、超小型中性子爆弾、こけし、豆腐、火炎、プラズマ、最後には目から怪光線。巻き起こるサプライズの数々。


「あ、あなたはまさか……」


 半世紀前の事。目から怪光線を武器にサプライズ界に殴り込みをかけた少年がいた。サプライズ少年服部、まだ最終戦争の傷跡を残す世界は娯楽に飢えていた。


 サプライズ少年は数年の活動の後、エンタメの世界から姿を消した。

 それを見た世間の人々は噂した、金を稼いだから引退した、テレビ局と揉めた、サプライズに飽きた、仕事に疲れた、学業に専念等々。


 サプライズ協会という秘密組織がある。彼らは少年の動向を追っていた。

 組織は、元々は最終戦争以前のアメリカ有閑階級によるボードゲームクラブを源流にもち、再構築を裏から主導した存在だ。


 中でも中心的な役割を果たしたのが、吸血鬼狩人ヴァンパイアハンターを自称したミラード・ハムリンが設立した吸血鬼奇襲倶楽部ヴァンパイアサプライズクラブ

 そのため、協会は少なからず武闘派の性質を持つ。


 彼らは圧倒的な驚愕をもって、古き地球を塗り替える革新者を求めた。

 革新者が目指すべき指標として、トーマス・エジソン、アルベルト・アインシュタイン、オーギュスト・ピカール、ロベルト・コッホ、オットー・リリエンタール、ロバート・マルサス、チャールズ・ダーウィン、ジョン・ケイ、ジョージ・マロリー等が設定され、他にも名もなき挑戦者が指標としてリストに記述されている。


 ルキウスのお気に入りはウィリアム・ダンピア。彼が正しい海賊と認める唯一の男である。どこにでも現れ、真になんでもやる。最初から最後まで完璧で、史への影響は大きい。


 そしてその指標に達したと協会に判断された人間は驚愕士アスタウンダーに認定され協会の支援を受けた。


 彼らはわかっていた。あの男は生まれついてのサプライズジャンキー、テレビサイズには収まらない。若い歳で世界の窮屈さを知ったなら、広い場所へと旅立ったのだろうと。


 世間が少年を忘れた頃、その姿は未踏惑星開拓調査船団にあった。十五歳で外宇宙行きを志願した少年は、未知との遭遇で自己を鍛えるために宇宙へと飛び出したのだ。


 服部は未知の惑星で待ち受ける未知の病原体、危険な動植物、特異な天候とのサプライズ合戦を制し続けた。


 そして多くの特許と資金を手に地球へと帰還し、服部財閥を作りあげたのだ。

 初期の会社名はエンタサプライズ。

 この功績により、世界初の最高驚愕士グランドアスタウンダーに就任した。


 一方、社長の隣の男、社長の息子である男は走馬燈を見ていた。

 子供の頃から延々と続くサプライズ。バースデーケーキ爆発、サプライズ引っ越し、サプライズ転校、サプライズテロ、サプライズ誘拐、サプライズ飛行機墜落からの無人島放置。


 抑圧されたサプライズ精神はひたすらに家族に向かっていた。

 会社に入社してからはより悪化した。息子のみに対するサプライズの数々、サプライズ解雇、サプライズシステム障害、サプライズ買収、サプライズ社屋解体、サプライズ小国革命、サプライズ宇宙漂流から無人惑星放置。


「弟子にしてやってもよいぞ」

「ははー、是非に是非に」


 かくしてサプライズ子弟が誕生した。


 緑野茂は服部財閥専任となり、仕事は楽になり、給料は上がり、アトラスのプレイ時間も確保された。さらに師匠の影響を受けたサプライズ技術は森の防衛に用いられた。


 この後、師の情熱は緑野茂に向かい、息子は解放された。息子は社長になり、息子からも緑野茂は感謝された。


 会長になった師は、時間に余裕ができアトラスで〔大奇術師/マスターマジシャン〕エンタサプライズとして、道行く人々にサプライズを行っている。


 なお、会社の人事AIが入社試験時の緑野茂に与えた評価の概略は、会社に多くの問題を発生させ、巨大な利益をもたらす場合がある、だった。


 ルキウスには師の声が聞こえた。サプライズで世界を幸福に。

 それは師の口癖であり、自身の絶対的行動指針でもある。

 古今東西、どんな事態でも、サプライズさえあれば最終的に状況は好転する。これは統計的学的に証明された事実だ。


 彼はそれを思い出した。あらゆる生命に繁栄をもたらした絶対的指針を手にした彼は、異変から揺らぎ続けた精神を安定させた。


 ルキウスは、完璧な友好的接触になったと自画自賛しながら、席に着いて気分よく人格が読みにくい笑みを浮かべている。

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とんでもないやつだった
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