友人
「なんとかしないと」
ルキウスがうわごとのようにつぶやいていると、サンティーがふらつきながら立ち上がった。人間不信なネコみたいな表情だ。
ルキウスは出会った頃に見たような目つきだと思った。
「どうすると言った?」
サンティーはほとんど口を開かなかった。
「あれも処分しなければならない。状況の変化でどうなることか」
価値が無いはずのものを必死にかばうのは、彼には奇妙で疑わしいことだった。
それを再確認すると、余計に視界がぐらつき、上も下もないような感覚に陥る。
喉の奥のむかつきを吐き出せば、自分より大きな何かを生み出せそうですらある。
サンティーが頼りない足取りで歩いてきた。
「どうした、体調が悪いのか?」
サンティーが両手でバンッと机を叩き、怒鳴る。
「私をなめるな、私は暇人だぞ!」
「はあ?」
ルキウスが気の抜けた声を漏らした。のたうち絡み合うものが少し緩んだ。
「私は暇人だと――言ってるんだ! 今や、仕事という概念は忘却の彼方であり、日々を食って寝て遊んですごしているのだ」
サンティーが正々堂々と誇って見せた。
「いや、今は真剣な話を」
「知るか!」
混沌に混沌が重なる部屋で、サンティーがルキウスの顔面を殴りつけた。ゴギと音がして、彼女の手首が変に曲がった。ルキウスはなんともない。さらに折れた腕を限界まで振りかぶった。
「おい! 何を」
ルキウスが慌てるが彼女は止まらない。折れた腕が強烈な電気をまとった。渾身の一撃が――電気そのものとなった腕が顔面に稲妻を落とした。
ルキウスが強烈な衝撃で一瞬ふらつく。
「ぐがっ! な?」
目の奥から脳までが焼き付き、視界が一瞬白く染まった。彼は何が起きたかわからない。頭の中が痺れ、鼻先が痛む。人目が無ければ押さえていた。
ルキウスの頭は新たな混沌で一杯になった。
何が起きているんだ? なぜ攻撃が通るのか、そもそも殴られる筋合いはない。
サンティーも含めて人類のために戦う決心をした。生まれて初めて真面目にやってる。自分は感謝されるべきだ。
「私は誰よりもここを見ている。ギャッピーさんが悪い事をするわけ無いだろうが!」
「……何を根拠に?」
サンティーは過去最高の力に満ちていて、光で神々しく見えた。
しかしルキウスもはいそうですか、とはいかない。
「何も見ていないな」
「同じ異星生物だぞ、どう考えたって危険だろう」
ルキウスの苛立ちが少し音に現れた。部下と友人が入り混じる中で、抑えていた自然な感情が戻ってきた。
「どこが同じだ!? あのにょろにょろは最初からおかしかったし、ギャッピーさんはずっといい人だ。全然違うだろうが」
「だとしても演技かもしれないだろう? 頭がいいらしいし、状況が変われば脳みそみたいに変態して、身体自体が変わってしまうだろう」
意思が体を動かすのか、体が意思を定めるかはわからないが、二つは絡み合って無関係ではいられない。
そしてあらゆる意味で緑野茂がもういないことだけは知っている。彼は身体というものを理解し始めていた。人の体はもう無いのだと。
物を食べるのに毒を気にしないし、石が口に入っても出すのが面倒だから噛み潰す。
腕が取れてもショックは受けない、自分でも他人でもだ。
あれ以来、火も苦手になった。体に意志が付いてきたのだろう。
そして市井の人であっても、このシステム下では振る舞いを変える。生物は環境に適応する。
脳憑依虫とて生物の一種、彼らなりの繁殖戦略があり、それは遺伝子要素に染みついている。彼らは遺伝子にささやかれ、環境の導きに従っているのだ。
ならば同じく生物であるギャッピーも、増えようとするだろう。
だがサンティーの前にこの思考は意味を持たない。彼女は見た世界が全てであり、見ていないものは無いとする人であった。
「お前は何も見ていない! ギャッピーさんは率先してドニの娘の相手をしている。岩にガンガン叩きつけられるから背中が割れるし、たまに足がとれるが、黙って脱皮で足が生えるのを待っている。追いかけられても逃げない。あの娘は走ると危ないからな。あの子はギャッピーさんが大好きでいつだって探しているぞ」
(それは止めろよ。モーニの将来が心配だろ。破壊神にでも育てるつもりかよ)
「いや、しかし」
「虫にだって優しいぞ。毎日、アリの巣の前に残飯を置いてる」
「だからだな」
「ギャッピーさんに謝れ」
ルキウスが想定外の情報に追い込まれ困惑していると、抱えられたギャッピーが足の一本を動かした。
「ギャピギャピ」
「そんな事言わないで!」
湿った声に、ソワラが絶叫した。
「……何か言っているのか?」
ルキウスはサンティーの視線から逃れるように尋ねた。
「私は奴らの反乱を知った時、こうなると予測してここに参りました。皆さまが争う事はあってはならないのです。私が死ねば全てが解決するのですから本望。現世の母上様、今までありがとう、と言っています」
ソワラが泣き崩れた。
「ほら見ろ、悪い奴がこんなこと言う訳がない!」
サンティーが怒鳴った。
「友もあれと喋れるのか?」
「さっぱりわからん、だが目を見ればわかる」
サンティーが力強く言い切った。
ルキウスは虚ろなひとつ目を見た。感情がまったく読めない。そもそも表情がない。
ソワラのうるんだ目が見つめてくる。
「……処分は不要とする。だが増やすな」
「ありがとうございます!」
ソワラがギャッピーを強く抱きしめた。足がもげて落ちた。よくとれるようだ。
(人類的には駆除が正しい、正しいんだよ。でも俺、神だし。友がすげえ怒ってるし仕方ないよな)
「ギャッピ」
「なべぶたの隙間より新たな命が舞いこんだ。今より我が命は天のものとなった。 我が天運をもって安寧の世をもたらさん、と言っています」
(長すぎるだろ、聞き取れない音波があるのか?)
ルキウスは視覚を音波視覚に変えた。ギャッピーは口以外に、背部中央寄りの四か所から振動を出している。かなり複雑な音波信号を意思疎通に用いているようだ。
彼はギャッピー同好会がギャッピーは文明的な生き物だから外交関係を樹立するべきだ、と戯言を言っていたのを思い出した。
多くが重なり、ルキウスはシェイカーの中身みたく混乱して押し黙った。
ここからどうすればいいのかわからない。
部下達は言葉を待っているに違いない。
「怒ってるのか?」
サンティーが気まずそうな顔をしている。
「腕だ」
「なに?」
「腕だよ、痛みが無いのか」
「なんだ、これはあ!?」
サンティーが自分の手首を見て驚いた。彼女は騒くだけでらちが開かないので、ルキウスはさっさと腕をつかんで治療した。
(神経制御による痛覚無効、上位職業に至ったか。どこで経験値が? わからん……三日に一回ぐらい罠踏んで、ペットと遊んで体当たりされ骨折、噛まれて出血、毒草とか一杯食って、毒虫をつかんで刺され、バイクやらの機械で交通事故。結構死にかけてるか。負傷からの回復でも経験値入るからな)
「成長したものだな」
「何が?」
「目覚ましに使える電圧にはなった」
「それで、いかがされますか?」
ヴァルファーが緊張した面持ちで言った。成長に感じ入っている場合ではなかった。
「少し一人で考える。お前達はここの安全確認でもしておけ」
「まあまあ、お疲れの様子。あたしがお慰めして差し上げたいわあ」
アブラヘルがすり寄って来た。
「いらん」
「つれない態度も素敵ぃ」
アブラヘルが悪戯っぽく笑い、クルクルと華麗に身を翻し、ケープとスカートをなびかせて離れた。そしてソワラに引っぱられて行った。
全員が部屋を出て、ルキウスは一人になった。
ルキウスが魂の混じっていそうな重いため息をついた。
「なーんも解決してねえ」
言われてみればサポートのことを含め、自分の家を何も知らないし、脳みそは元気に繁殖中だ。
思えば自分は何も成し遂げたことは無く、優位の拠り所は栄えある組織の一員であることだけ。それもいまや夢幻となった。
それでも彼を支えるのは協会の教えだった。
――協会員の誓いを思いだせ。
全ては人類を正しく導くためにある。
徹底して活性を促し、腐敗と怠惰から逃れるため。
そして選択を誤らぬため。
部下は敵ではないかもしれない。それでも部下は信用できない。能力と性格の両面で、当てにするのは危険に思える。
――本当にそうか?
答えを出すには早過ぎる。だって全く見てこなかったのだから。
師からたまに、答えはいつも見えている、との言葉を聞いた。
その真意をはっきり尋ねたことはない。
色々と解釈できる言葉だが、概ね思い込みをたしなめ、手にした情報をしっかり認識しろという意味に受け取っていた。
「アトラスの敵はトラウマ主義だ。逆流者達は、人類が打破すべきものと協会が定めた対象。妄執は我らが怨敵。ゼウス・クセナキスはそれに反逆した」
逆を行けばいいという訳ではない。一人一人を思い浮かべる。
ウリコ、金のことしか考えていない。金集め自体を目的とする宗教の信者だ。
ソワラ、ギャッピーといる時、幸せそうにしている。パートナーとして傍にいたがる。好意的だが、その源泉が何かはわからない。
アブラヘル、奔放でいかにも女性的なところが少し苦手だ。しかしこれまで命令に背いたことは無い。ふざけていても、はっきり言えば従う。
カサンドラ、何を考えているかわからない。仕事はそつがない。何が見えているのか、ひとりで納得している事がある。
ヴァルファー、若いのに真面目に働いている。それ以外は知らない。
ゴンザエモン、戦うことしか考えていない。これは断言できる。命令を聞かない。命令を聞く必要があるという認識自体が無さそうだ。
テスドテガッチ、難しい事は考えていない。守ることがアイデンティティーのようだ。日向で動かない彼の周りにはペットが集まる。
ゴッツ、頑固な職人だ。あまり変な物を作らせようとすると、怒って説教が始まる。あの顔ですごまれると怖い。
ヴァーラ、人助けが彼女の生き甲斐だ。長く一緒にいるせいで一番知っている。
メルメッチ、普段の自分に少し似ている。仕事はするが余裕があると遊んでいる。ハイクの護衛に付けた際に、ハイクに与えた食料をつまみ食いしていた。
ハイクに家に妖精がいると言われ発覚した。一度シメておいた方がいいかと思ったが、俺と同じなら――きっと何も聞きはしないだろう。
ターラレン、行動型の研究者だ。研究畑の友人たちと似ているせいか、付き合いやすい。言っている事は大体聞き流している。
エヴィエーネ、定期的に爆発して、へんな薬をキメている印象しかない。研究室に籠っているので普段会わない。
アルトゥーロ、機械の整備、設定を黙々とやっている。飛行機を磨いている時は少し表情が緩む。
エルディン、妖精人らしく、森がさまになる男だ。一人を好むが、レニに弓を教える姿が見られる。
マリナリ、彼女は狂信者だから、命令すればなんでも従うはずだ。その命令の解釈に相違が生じそうな予感はあるが、彼女が裏切るなどあり得るか? 考えにくい。
主力を含む、千レベルはこれだけ、他は接触回数が少なすぎる上に、性質をあまり知らない。
ショクザイソウコのおかげで、料理にありつけて助かると思うぐらいだ。ドニも同じように思ったのか、料理人を目指している。
彼が思い返せば、大半の部下は好きな事をやっている。
だからこれまで従っていた。
だがもし、意に沿わぬ命令を下したならどうなる?
全員がさっきのソワラのようになるのか?
これまで、善・悪・秩序・混沌の属性、種族、職業から、性格を推定していた。
しかし心までは見えなかった。
「誰がどの程度の無理を聞いてくれるかが重要だ」
(ほかに見落としていた要素……ヴァーダントか?)
ルキウスがヴァーダント系の主神であるせいで、そのサポートは簡単な前提条件でヴァーダント系の職業に就ける。
代表格はマリナリ。彼女はすべての職業がヴァーダント系で、基礎職業は〔森人/マセワルティン〕系の森特化だ。
アトラスのシステム上、信仰は捨てられる。しかし信仰魔法や職業レベルを丸ごと失う。
ヴァーダント系は、マリナリ、ヴァーラ、メルメッチ、エルディン、アブラヘル。
レベルを失う影響は深刻だ。この五人は離反しにくいと考えられる。
それでも、ヴァーラに悪事を成せとでも言えば、従うとは思えなかった。
言いくるめることが可能だが、それには行為の善性を理解させねばならないだろう。
ルキウスは改めて部下達の再確認を終えた。
部下を評価して、信用できるものをより分けられるのか。
「無理だな。人は複雑なのが面白いんだから、無理だ」
だからといって、部下を使わない選択はあり得ない。
部下達は皆が何かの専門家、特殊な技術と知識を有する。ルキウスはそれに頼るしかない。
そして彼がその全てを理解、監督するのは不可能、つまり、この先もトラブルは起きる――起きてから対処するしかない。
「彼らの望みを考えた事が無かったな」
ルキウスは地道に部下と向き合おうと思った。そして蟲の対処だ。
「ルキウス様」
ターラレンからの通信だ。
「状況はどうか?」
「人口千人以下の小さな町がいくらか陥落しております。中央部以外の大都市ではさほど広がっておらぬ様子」
「拡大より人の模倣を優先するか」
(なら封じ込めできるか。いや、一匹でも包囲の外に出れば失敗、全体の傾向は関係ないか)
「落ちた村は血痕や破壊など多少混乱の痕跡ありますが、平時と変わらず見えます。奴らは至って真面目に畑仕事をしており、他の街に攻め入るような動きはありません」
「中央は軍までやられているだろう。そいつらは動かないのか?」
「大規模な軍の動きは確認できておりません」
(あくまで演技をするか。それが奴らの好みか)
「奴らの探知は可能か?」
「隠密性が高く、わしでは精神集中して三十メートルまで。ただし触手が外部に出ていれば、周囲三百メートルはいけます」
「厳しいな」
探知の網が小さすぎてとても封鎖できない。
「ですなあ。奴らは信仰魔法すら使います。神を騙すのは難しいですから、完全な人間偽装モードと、蟲の本能モードを切り替えている気配が少し。自分が蟲であるのを本気で忘却すれば、神とて騙せますからな」
「普段は偽装モードと」
「はい」
「ふむ、ならば意外と国中で大混乱ではないのか……」
「一部の街では蟲の存在が露呈したらしく、疑心暗鬼から人間同士で殺し合っております。その混乱に乗じて増えておるやも」
「ああ、そうきたか」
気付いても気付かなくても問題になる。これは解決しても尾を引くかもしれない。
しかし根絶を確認する術がないから、それぐらいの警戒がある方がいいか。
「魔法に頼らずに見分ける手段はあるか?」
「感染から数日は思考が安定しません、これは従来通り。それと別に、動きが緩慢になる時が。会話しておれば気付くでしょうな」
「なぜ、鈍る?」
「その後、行動が変化する個体が散見されます。通信をしているのかと」
「通信能力は確定的だな」
「はい、細かな条件を知るには時が必要です」
「他は?」
「これは確認中ですが、感染者同士は争わないかもしれませぬ。不自然に喧嘩が収まるのを見ました」
「同族同士は仲が良いか。人より優秀だな」
「そうですな」
「この事態、お前ならどう処する?」
ルキウスはサポート理解の一環として、部下の意見を尋ねた。
「未感染者を可能な限り避難させ、全てを焼き払います」
「お前でも数日掛かりの作業だ。討ち漏らしが出よう」
「何も無い焼け跡なら、それも探しやすいかと」
「あまり助けることを考えていないだろう。焼却した土地に戻しても生きていけぬ」
「大衆を選別して避難させるのは無理です」
ターラレンの声は平静で、アップルティーを飲みながら話す調子であった。
蟲を知らない者は意味がわからず、蟲を知る者は疑ってくる。そして民衆は数が多く、管理が困難。
言っていることは正しい。しかしルキウスはターラレンの目的がわかる。
「お前が助けたいのは魔術師だろう」
大衆の感染状況を正確に知れないのだから、彼の言う未感染者は相当に限られる。
「手が届くのはそれだけでして」
(これがこいつの仲間意識の範囲かな。近しい者に価値を見出すのは誰でも同じか。知り合いがいなければ、すぐに焼却すると答えただろう)
職務の範囲で自分の都合が良くなるように振る舞う。魔術研究の予算請求と同じだ。彼は上司に交渉をやる人なのだと、ルキウスは理解した。
「そうか、だがまずは調査だ。殲滅は最終手段になる」
「人々を助けようというのですな。ルキウス様はお優しい」
「焼いたつもりで逃走された場合を考えただけだ。隔離環境で観察しても、奴らの正しい姿はわからない」
「後にも備えると」
「ああ。ターラレン、迷惑をかけるな。つまらん雑務だろう」
「ありがたいお言葉。しかし迷惑などありません。これこれで興味深い事態ですからな、かか」
ターラレンが笑った。
いくつかの情報を得て通信が終わり、ルキウスはまた一人になった。
初めて部下と話したような気がした。きっと錯覚だ。
彼は組織の長としてやるべきことがはっきりとわかった。
俺が力を示せば済む話。優れた管理者であれということ。それで全てが解決する。これまで放置で任せすぎた。
としてどうする? 今は部下と親睦会をやっている場合ではない。
あれと人種は相いれない。どちらかが滅びる。対処は必須にして緊急。
放置すれば、奴らが宇宙進出する可能性だってある。可能性は非常に低いが、先はわからない。
ルキウスは師の宇宙への憧れを思い出した。
無限に広がる可能性の海まで、蟲の汚染が広がってもおかしくない状況だ。
「俺が師の余栄を汚してたまるものかよ」
そして奴らが進化するなら、完全に人体と一体になることだってありえる。
人の知性と群体の連携能力。彼らが理想の知的生物なのかもしれない。
彼がこの世界を手中に収めたら、一種の理想世界がやってくるのかもしれない。
なんせ全員が繋がっている。確実に平和になり、安定的な発展が訪れる。
それは人間にはできない事だ。
人はただの器として存在する。そんな世界をなんて呼べばいい?
いつか奴らの学者が自分の体を研究してこう言う、我々の肉体はどこからやってきたのでしょう? 起源はどこにあるのでしょう、不思議ですねと。
「糞くらえだ、俺の趣味じゃない。あんなびっくり脳みそ野郎はな。あれが理想なら、人類が宇宙全体に広がった後に生まれるとされた理想郷だというのなら、いらん」
人類に気に入られることで、数を増やし繁栄した植物が多くあるという。
ルキウスはそれを生存戦略だと認めていたし、一種の勝ちだと思っていた。
しかし蟲に利用されて繁栄する人類は認められなかった。
矛盾だった。しかし嫌なものは嫌であった。それは彼の規定する人類ではなかったのだ。
「穴の無い計画が必要だ。しかし駒が足りない」
(俺を合わせて、主力十二名。機械が一杯あるからアルトゥーロも主力に数えられるか。しかし、敵が多く広範囲に散らばりすぎている。戦争と防疫を同時にこの人数で? 無理がある)
「殲滅、索敵、封鎖、どれも決め手に欠ける」
殲滅、感染者で満ちた街は感染源にしかならない、今すぐ消し飛ばすべき。だが通信しているならばれる。敵が一斉に逃げ出す可能性がある。
そして全都市を一斉にはやれない。
索敵、広範囲の索敵に掛かるなら逃がす可能性は低い。国外まで広がっても追って殺せる。しかし隠密能力が高い。
「奴らが独特の脳波パターンや化学物質を出していれば、追跡する道具はある。だがもし無かったら厳しい」
封鎖、完全に国境を封鎖できるなら、時間が掛かってても殲滅できるだろう。
だが魔術師なら瞬間移動で十キロ以上を飛べる。転移系の魔道具もあるかもしれない。
転移事故が恐れられてはいても、転移を試みることはできるのだ。
既に偶然の転移事故で、他の大陸に飛んだ可能性すら否定できない。それに追い込めば、一斉に転移で四方八方に逃げ出す可能性がある。
「高位の魔術師だけは先に殺さないと駄目だ。幸い魔術師は名簿がある」
自分を追いかけてくる敵ではなく、自分から逃げ隠れする敵。しかも大勢で増殖する。
細菌、ウイルスならワクチンが簡単に作れるが、異星の蟲となれば難しい。
アトラスの異星生物は、多くが実在のものをモチーフにしていたが、あの蟲は違う。参考にできる現実の対策が無い。
ルキウスは考えるほど厄介だと感じた。
「地球のやり方は通用せんな。やはりまずは情報だ。これは手っ取り早い手がある。地球にはない手が」