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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
1-7 東の国々 魔道の残骸
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 ターラレンとソワラが杖を突いてたたずんでいた。

 室内でありながら天井は高く、二人が小さく見える場所だ。

 ここはスンディ魔術王国の首都ワシャ・エズナ、シャクウ城内のラバチャ宮殿、最大の回廊である文明の回廊。


 そこでは大勢の人間が床で眠っていた。

 戦場となった湿原の野戦病院と同じような景色が、有名な魔術と文化との関わりを題材とした、荘厳な壁画で埋め尽くされた回廊にある。


「全員やってしまえば簡単に落とせたのですが」


 ソワラがなんとなしに言った。


「また荒っぽいことを。工作は痕跡を残さぬのが基本であるし、干渉する人間は少ないに越したことはない。それに夢の世界を管理しておるのはアブラヘルではないか」


 ターラレンが言った。彼女はなんでも魔法で解決しようとする。それは自身の才能を軸に行動するせいだ。

 彼からすれば、もう少し情報を集めて計画的にやれと思うことが多い。


『そうよう、この広さになるとちょっとしんどいわ』


 アブラヘルが通信で答えた。

 彼女は塔の頂上にいるはずで、城全体に幻術を掛けている。外部からは城の様子を平静に見せ、眠らせた人間は同じ夢に入れて、今日一日分の記憶を与えている。

 色々と魔道具があり、術を阻害する要素が不透明な城。その幻術を維持するのは、彼女にとっても厳しく、エヴィエーネの薬をかなり服用していた。


「これで王族から重臣、城内の要職には仕掛けを終えた。他は無事に寝ておる」


 最低限、王族の仕掛けが確実ならあとは強引になんとかできる。ターラレンは一息をついた。


「あの塔をのぞいて」


 ソワラが意味ありげに彼を見る。彼は強く見返しながら、髭をつまみ、こすった。


「いかにも、あの塔をのぞいて」

『さて、ここまでの仕事は順調です。順調というのはいつまでも繰り返し聞いていたい言葉。しかし、あるじも動かれたようですから、余裕はありません。気を引き締めていただきたい』


 ヴァルファーが通信で二人の間に割り込んだ。

 この作戦には手を空けられる戦力を総動員している。戦力が出払っていても、城をこっそり落とすのは彼らにも手厳しい仕事であった。


「主がやれというのですから、やればよいのです」


 ソワラが言った。


「隠し部屋の類は無かったか?」


 ターラレンが興味をヴァルファーに移した。


『流石に全ては探れない。メルメッチもいませんし。隠れている生命反応は逃していません。ネズミの一匹までね。状況を見て逃げ隠れした人間がいなければ、それで良しとします』


 ヴァルファーが通信で答えた。


「異常を見逃すでないぞ。外を気にしている場合ではない」

『戦場からの通信が途切れているんですよ。気にするなというのは無理でしょう。私は早く帰って状況の確認をしたいのですが』

「片手間でできる仕事ではない」

『わかっています。そっちの虫が要です。推移は予定通りで?』

「混沌の気配が強まっていますから、ちゃんと置き換わっています。遅くても二十四時間は掛かりません」


 ソワラが答えた。


『通信が増えてきました。北方は戦場の異常を察したのかもしれません。私は仕事に戻りますので』


 ヴァルファーはいま通信の管理をしている。城には当然通信が来る。それを返さねばならない。夢に通信を送り、夢での人々の応対を複製して返しているのだ。


 ターラレンが寝ている人間を見やった。

 城の通信士がうなされている。彼らは夢の中で仕事しているのだろう。

 家族など城外とは整合性が取れなくなるが仕方がない。後は個々に解決するしかない。急ぎで穴が多い仕事だ。


「これは確実じゃろうな」

「二か月以上の試験をしています。それで問題が無いのですから使えますよ」

「お前の管轄は見ておらん」

「他に手段はあるので? 継続して支配するには普通の魔法では無理です」

「それはそうだがな」


 魔法にこだわらねば、手段はあったように思える。塔長につてがあるのだから。

 王を病気にでもして、医者として誰かを派遣するとか。

 しかし主命が、すみやかに中枢を支配せよ、であるから難しい。せめて、あとひと月あればやりようもあった。


「まだ、その後、が心配ですか?」


 ソワラが考え込む彼を見て、冷たく言った。


「それもある。わしはこれを知らんのだからな。能力だけ見ても完全な複製ではない」

「模倣である以上、それは仕方ありませんよ。その代わり、脳とは別の能力がある。連携能力を考慮すればオリジナルより上、そこが彼らの美しい部分です」

「それはどうかの。えてしてわずかな閃きの差が、大きな成功と失敗の間を分かつ。数ではできぬことがある」

「あれらにそれほどの価値がありますか?」


「命令通りに友好関係を樹立できたのだ。それを自分で絶ってどうする?」

「全て入れ替えてしまえば早いのに」

「なんでもそれか! 少しは頭を使え」


 少し声を荒げた彼に、ソワラが馬鹿にしたように言う。


「酔い潰すなどという古典的な手を使うのが頭を使う、ですか?」

「エヴィエーネの調合した薬が入っておるのだから、最新技術であろう」


 ターラレンが苦笑いで言った。

 不変の塔の魔術師は酒で全員夢の世界に送った。魔術師は耐性があるので、魔法で眠らせるのは不確実性が高すぎたからだ。


「・・・・・・私は飲みたくなかったんですよ。酔っぱらいの相手は疲れました」


 彼も薬を飲みたくは無かった。しかし効果は強い。時間は掛かるが、多少の耐性なら突破する。


「それはご苦労だが、相手は重鎮、耐性があるのだ。正面から戦えば確実に大事になった」

「初手を取れば無傷で勝てましたよ」

「派手に城を壊してか? 懐に潜り込めたがゆえに、不変の塔は丸ごとなまで手に入ったのだ」


 ターラレンが自らの成果を強調した。


「あれを手に入ったと表現しますか」

「・・・・・・めいを正確に理解しておるのか?」


 ターラレンは心配になった。


「命の一つは、現地の魔術師と交友して友好関係を築き現地の知識を得よ、可能な限り組織の上位に位置する魔術師が望ましいです」


 わかっていたようだ。それはそれで心配になる。わかっていてこれかと。


「それも考慮すれば最善の形であろう。間接的に支配したのだ。なんなら王命で解雇でもすれば、こちらですんなり拾える。だがこの国の魔術師が減りすぎるのも困るのでこうしている」

「あの程度で国の重鎮とは」

「厄介程度の力量はあるぞ」

「厄介ならなおさら始末するべきでは」

「それとこれとは――」

「まあ、私にはどうとでもできる相手ですけど」


 ソワラが胸をはった。最初からどうでもいいのだろう。

 ターラレンは疲れ、彼女は人間に興味が無いのだろうと思った。


「もっと時間があれば・・・・・・」


 彼は考えれば考えるほど、他にやりようがあったように思えた。


「あっても同じでしょう。耐性装備を無視するにはこれが最善」

「なんでもかんでも魔法でなんとかしようとするな。これだから短絡的なのよ、《女妖術師/ソーサレス》は」

「私は力を使うことを望まれてこうしているのです」


 ソワラがムッとして言った。


「こっちはお前の至らぬところを補うように設計されて、この形になっておるのよ」

「減らず口を」


『衛兵六。城に向かう衛兵は増えているな。多分、交代の人員だ。その後方から、立派な馬車、護衛十二、中に人が三、何か小動物が一』


 二人が睨み合っていると、渋い声で通信があった。アルトゥーロだ。


「わかった。すぐに向かう」ターラレンは応答してからソワラに言う。「仕事だ」

「ええ、遅い出勤ですね」

「状況の変化で尋ねて来たのやもしれぬ。人物確認を徹底しろ。特に外国人だと困る」

「わかっていますよ。小動物はペットでしょうか、どうせかわいくないものです」


 彼らには部屋から兵舎に移動した。ここでも兵が部屋で寝ている。

 彼らは死角に潜み、衛兵が通りかかるのを持った。そして衛兵が来る。


 ソワラが睡眠スリープの魔法を発動させると、衛兵達は一瞬で眠り、倒れる。


「耐性装備は無しと」


 ターラレンが素早く倒れた人々に近づき、麻酔の丸薬を浮かせて胃の中まで直接は運んだ。

 ソワラは背中に夢の秘文グリフを書いた。これで夢に接続される。寝た兵を兵舎に突っ込んだ。


 そしてすぐに次の現場へ急ぐ。立派な馬車の方だ。

 そして同じ調子で、役人っぽい男と、部下らしい三名を眠らせた。


「紋章局、局長補佐か。ここでは閑職だな。無能そうな顔だ」


 ターラレンが荷物から役職を確認した。動物は小鳥だった。これも一応寝かせた。


「念のため念のためです」


 ソワラがうきうきと言った。


「役職者は一通りだ」


 ターラレンは、自分が好きで増やしたいだけだろう、と思ったが仕事なので許可を出した


「良い子に育つんですよ」


 ソワラが愛おしそうに、指先から出した液体を鼻の穴に滑り込ませた。

 彼らは人々をそこに放置できないので、文明の回廊へと運んで寝かせた。


「本当にこれは人間と呼んでいいものかの?」

「脳が脳憑依虫ブレインディペンデンスワームに置き換わっていますが、記憶は引き継いでいますし、体は人間なんですから人間ですよ。生殖活動で普通の人間が生まれるはず」


 脳憑依虫ブレインディペンデンスワーム、鼻から入り、脳に辿り着くと、脳を吸収して入れ替わっていく。最後には人の脳そのものになる。

 肉体と混ざり合うことで召喚体でありながら残留する。というか、その人間の一部になる。


「議論の余地がありそうだがの、消化器や肌にいる寄生虫と同列に扱えんと思うが。機能を代替しているが、正確な代替率がわからぬ」

「魔術師の議論に付き合うつもりはありません。それに寄生ではなく一種の共生関係なのは確実です」

「寄生であろう」

「宿主を害しませんよ。仲良くやっています。そして私に従うかわいい子たちです」


「何を考えているかわかったものではないわ」

「考えるのは元の人間と同じことですよ」

「同じではなかろう。人でないのだから」

「もう! 細かいことばかり。きちんと動いているのだからいいじゃありませんか!」

「結果さえ得られれば良しとする妖術師ソーサレスの流儀か、ふん」


 ターラレンが笑う。しかしソワラは付き合わなかった。


「とにかくこれで最上の結果なのです。褒めてもらえます」

「確かに戦争を停止させろとの命令は完全に果たした。王が我らの手中にあるのだからな」


 二人はしばらくの間、忙しく交代の衛兵を夢の世界に送り続けた。同時に交代の衛兵を催眠状態で城から帰さねばならない。

 動員された面々は必死で混乱しながら、こいつか? こいつじゃないと悩みながら、衛兵を帰す作業をしなければならなかった。

 一人で夢の管理をするアブラヘルは目を回していた。


 さらに虫を仕込んだ人間は入れ替わるのに時間が掛かるから、その分の応対をせねばならず大変に苦労をした。



 ルキウスは部下の苦労など知らずにコフテームに帰ると、まず臓物の豆包の店に入った。

 植物と肉が同時に食べたい気分だった。なんとなく自分の体質に合っている気がした。タンパク質とセルロースとリグニンで構成されたあの体に。


「おう、帰ったか」


 店主が出迎えた。


「やっと一仕事終わった。戦争に加わらねばならないだろう。しかしまずは店主の料理だ」

「ギルドには?」

「食ったら行くさ。街で何かあったか?」

「今朝、オオカミの大きな群れが街に接近しているとかで、男衆がはりきって出て行ったよ。俺達も戦えるってな」

「戦意の高いことだ。方角は?」

「北の方だ」

「そうか、あとで様子を見にいってみよう」


 ルキウスの前に豆包が出てきた。


「これは試作でな、今始めたところだ。お代はいいぞ」

「そりゃ楽しみだな」


 ルキウスは豆包にかじりついた。

 これまでと違う食感だ。カリカリした肉がある。そして細い。細切りにしたらしい。


 かじった所から中身が見える。内臓が細く切られ、焦げの付いた硬く水分のとんだ物、ねじったのかいびつな形になった物がある。味は複雑になったようだ。結ばれている肉もあった。


「森の香草を色々試したかったが、春を待つしかねえ」

「だろうな」


「肉も問題がある。この辺は獣が多いせいか、家畜が少ねえ。それで品質も種類も安定せん。それでどうするか悩んでた」

「そりゃ、苦労して面倒を見るより、害獣駆除がてら罠でも仕掛けた方が気軽だからな。魔獣は掛からないが」


 近隣の村にも家畜はいるが、肉としては低品質で数も少ない。

 大規模な牧場は少し距離がある。その数も人口の増加には付き合えていない。


「で、肉の種類、形状、長さ、焼き加減、煮加減、をバラバラにしてみた。まだ加減がわからんので、これから色々試す。春まで長いからな」

「手間が掛かりそうだが」

「ここは薪が安い」

「それはうまくやったもの。不利を有利に変えた」


 店主は場所に合った料理を模索しているようだ。

 知識階級ではないが、柔軟な知性を持っている。

 こういった第一歩を踏み出す人を見ると、疲れで失われていたやる気が戻ってくる。


「おだてても何もねえぞ。まあ、神託っつうか閃きがあったのよ」

「以外に信心深いことで」


 ルキウスはとりあえず自分には関係無いなと思った。


「そっちほどじゃねえ」


 店主が臓物を細切りしながら笑う。

 この調理法はやがて肉料理全般に適応され、コフテーム風と呼ばれ、森林部で広がることになる。


 ルキウスはそれに満足して食事を終えた後、ザメシハ勝利の報をギルドで受けることになった。

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