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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
1-7 東の国々 魔道の残骸
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拝観

 ヴァーラの斬撃が肩、兜、盾、足元をガリッと削り、黒い剣と白い剣が金属らしくない音を響かせ、黒い盾の打撃に彼女が飛び退き、即座にまた斬りかかる。

 そんなことがずっと繰り返されている。


 しかし黒い鎧には新しい傷しかない。鎧についた傷は徐々に修復されていったからだ。

 ベイエントの足元では黒いもやが、かすかに渦巻き、彼に吸い寄せられている。


 無限の回復能力。これは環境に依存したものだ。自前の力ではなく、周囲の死の力を吸っている。召喚もそれでやっているようだ。


 ヴァーラは無理を悟った。これは自分にはやれない。主に似た力だ。

 膨大な死が戦場を満たし、それが形を成し、さらに死を増やそうとしている。戦場から引き離さなければどうにもならない。

 どこか汚染に近いものを感じる。近い技術を用いたのかもしれない。


 純粋な聖騎士パラディンなら斬り倒せた。僧侶クレリックなら距離をとって、高位魔法を連発すればやれた。しかし彼女はどちらでもない。これは獣人化しても届かない。

 彼女にしては珍しい、力任せの荒い斬撃が連続する。


(硬すぎて根が張らない。戦場では本当に無敵。どうしましょうか。とりあえず、足止めだけしておきますか。しかし伯爵が・・・・・・)


 彼女の知らないところで、戦場は大きく動いていた。


 ティカルサはそろそろギルヌーセン伯を潰そうと、椅子から立ち上がったところで本陣壊滅の報を聞いたが、情報が錯綜しており、なぜ壊滅したのかわからず、指揮系統の修復に追われていた。


 増援は状況が理解できないまま、なんとなく前進している。

 中央では混乱でスンディの圧力が弱まり、乱戦から離脱できた部隊が後退している。

 東の戦場では、ギルヌーセン伯がしんがりの一部となって、敵の進撃を押しとどめている。


 ヴァーラはこれをちらりと見て、伯爵は問題無いだろうと考えた。

 あとは、自分がこいつを止められるかどうかだ。こいつが本陣にいけば、あんな防御設備は素通りだ。その後ろの坂の壁もすぐに壊れる。

 それは大敗だ。やるしかない。だがどうしようもない。

 そもそも完全に他が負けている。自分の全力でも押し返せる数ではない。自分には過ぎた役目だったと考えるしかない。


 ヴァーラが諦めた時、それを目撃した。果てなく絡み合う緑の啓示を。

 彼女は己を恥じ、神に感謝し、全身に粘りつく感動に打ち震えた。


「おい、何をやってる!」


 タリッサが叫んだのも当然だ。

 ヴァーラはベイエントに背を向け、両ひざを突き、鞘に収めた剣を地面に置き、組んだ両手を高く掲げていた。


「おお偉大なる神よ。私が間違っていました。生命のことわりを逸脱した者は即座に滅ぼしてご覧にいれましょう」


 ヴァーラの動きはベイエントすら困惑させたが、すぐに意味をなさない雄たけびを上げ、彼女の背に突進した。


「うるせえ、邪魔。《地震/アースクエイク》」


 ドンッという衝撃、超局所的な揺れが発生した。

 ベイエントの足元が瞬時に大きくひび割れ、開いた。吸い込まれるように彼が落下する。瞬時に開いた岩盤が閉じた。

 そこにはただの大地があるだけだ。

 見た者は、仕留めたのでは、潰したのでは、と思った。

 

 しかし、閉じたと思った直後には、勢いよく岩盤が開き、真っすぐに飛びあがってきた。

 ヴァーラが立ち上がり、振り向き、剣を滅ぶべき者に向けた。


「しつこい野郎だな、クソが。《石墓送り/ストーンエントゥーム》」


 ヴァーラの口を突いて出た言葉に、タリッサが驚愕する。だがすぐにこれ以上に驚きの光景を見る。


 ベイエントの両脇に長方形の石が現れた。それがガゴンッと彼を挟み込み閉じ込めた。さらに一回り大きな石が現れ挟む。また同じように次の石が現れ、挟むを繰り返していく。


 ガゴンッガゴンッという音が連続して、石はどんどん巨大化した。二十メートル以上の巨大な石棺ができあがった。

 それは完成と同時に地面へと沈み始めた。


 だがその石棺は内側から四方八方へ砕け散った。石は瞬時に粉末となり、周囲を白い煙が漂い、戦士達は灰を被ったように白にまみれた。


 同じく頭から白い粉末を被ったベイエントが、盾を前に出して構えた。

 

「無敵系の完全耐性、あったか。忌々しい」


 最高位魔法で無傷。ヴァーラが深いため息をついた。


「お前は滅ぼす。一秒でも早く。我が神のために」


 二人が再び斬り結ぶ。しかし戦い様はこれまで違うものとなった。


「おい、何をやってるんだ」


 タリッサが恐る恐る尋ねた。ヴァーラが後ろに歩き始めたからだ。ベイエントと距離が開き勝ちになり、召喚が繰り返され、奈落兵アビスソルジャーがどんどん湧き出している。


「後退する」

「後ろは本陣だぞ、陛下がまだ」


 タリッサが奈落兵アビスソルジャーを斬り倒す。


「黙ってしたがえ、下がれば勝てる。私は忙しい。祈りを邪魔する者は許さない」


 有無を言わせない彼女の圧力に、タリッサは後退の命令を出した。

 戦士団は交戦しながら、ヴァーラに急かされるように後退した。

 そして、すぐ後ろに本陣の堀と木壁がある場所まで着いた。


 本陣は砦付きの巨大な馬出しのような構造になっていて、東西からの退却者が、長い坂の壁に沿って走り、本陣後方へと狭い通路から入り、坂の上へ逃れ、あるいは坂の壁の防衛に回っていた。

 国王は砦の上に立ち自ら軍を鼓舞しているが、敵が迫れば、坂の上の砦まで瞬間移動する手はずになっている。


 目の前まで迫った不死者アンデッド軍団に刺激され、退却者達が風であおられたように揺らぐ。


「これだけいれば、いけるでしょう」


 ヴァーラは本陣からベイエントへ発射される矢を、鬱陶しいと思いながら言った。


「おい、こっちはどうすれば」


 タリッサが険しい顔で黒の軍団を見据えた。


「少し離れていなさい。すぐに終わらせる」


 ヴァーラが剣を大地に突きたてた。

 大地に薄っすらと黒い影が広がる。そしてそれは無数の黒い触手を次々に撃ち出した。人数に対応した触手は膨大な数だ。万を超えている。

 触手は服も地形もすり抜け、細長く伸びると全ての人間にまとわりついた。


「おい、なんだこれは!」


 タリッサが叫ぶ。


「ちくっとするだけです。死にはしません」

「力が抜ける・・・・・・お前、これは!」


 タリッサが座り込んだ。


「後で治しますから大丈夫です」


 緑の根に絡みつかれた者が悲鳴を上げ振りほどこうとしたが、実体の無いそれをどうすることもできない。疲労していた者が意識を失い倒れた。

 見渡す限り、黒い糸が張り巡らされた景色ができあがった。

 本陣近辺が大混乱に陥り、怒号が飛ぶ。


 大魔法《魂を吸い上げる根/ルート・フォア・サクリファイス》。

 十分の待機時間を、飾り帯――〈早き春の訪れ〉の一日に一度の効果によって短縮した。さらにサーコート――〈生命の息吹〉の生命力を増やす魔法の射程距離を伸ばす効果を使用した。

 敵味方構わず、範囲内の全ての生命体から生命力を奪い取り、奪った量に応じて自己の全能力を増加させる。


 伸びた根がすっと影に戻り、魔法が終了する。全ての力は彼女に届けられた。

 準備は整った。剣を大地から抜き、盾を捨てたヴァーラが突貫して叫ぶ。


「くたばれ、死人!」


 防御動作は無い。攻撃だけだ。荒々しい斬撃が塔盾タワーシールドを強引に弾き、空いた場所を斬りつける。一撃一撃が大きなひび割れを作り出す。


 ベイエントの斬撃も、奈落兵アビスソルジャーの槍も放置してその身に受けている。しかしかすり傷ひとつ無い。


 蓄積した奇跡を消費して、短時間の負属性無効を発動している。聖人における戦技だ。


 そしてヴァーラの連撃が盾の上部を切り落とした。防御に隙ができた。


「自慢の盾、存外もろいようですねえええ!」

「オオオォォォ、イチゾクノォカタキコロススベテェエェェ」


 ベイエントの斬撃に力が入った。しかし彼女には効かない。

 技術も何も無い。ただひたすらにガンガン兜を叩く全力の斬り下ろし。それが連続する。

 そして八度目、兜が割れる。黒い頑丈そうな骨格が露出した。目が一層怪しく見える。


「滅びろ!」


 ヴァーラが大きく振りかぶった。

 ベイエントが初めて剣を受け太刀に使う。

 しかし九度目の斬撃が剣など無いように、そのまま黒い頭を押し斬った。

 瞬間、黒の爆発。ヴァーラの目の前が黒の噴出で埋まる。

 黒い霧が周囲を包む。それが晴れた時、後には何も残っていなかった。


 ヴァーラは周囲に回復魔法を撒くと、満足して再び祈りの姿勢に入った。



 ヴァーラを除けば、それに最初に気が付いたのは、ミコクタ・ルカバ同胞団のシュレンザ・グードファーだった。

 彼女は付き合いの長い四つこぶラクダに乗り、崖沿いに走り、崖に魔法の罠を急ぎ仕掛けていた。

 下を完全に占領されれば、崖からも上がってくるのは目に見えていた。いくら仕掛けても、多過ぎることはない。


「うんざりする数じゃな」


 崖の下で敵は一面を埋め尽くし、両軍の間にあったタライス大岩を越えてきている。


 しかし何かがおかしい。

 景色に異常があると訴える感覚がぼんやりとある。だが何かはわからない。


 この感覚は魔術師なら大事なものだ。

 魔法的に隠蔽されたものが近くにある時や、新たな秘術に手が届きそうな時に感じる。

 これは魔術の神よりの警告であり、恵みである。これに耳を澄ましている者だけが上に行ける。


 老婆は乾燥させた毒草の葉を噛み、魂と肉体の領域をあやふやにし、意識的に視界をぼやかす。我を捨てたときこそ、全てが見えるのだ。


 そして戦場の右方で目を止めた。

 何も感じ取れないはずの距離でもそこに目を止めたのは、彼女が熟練の自然祭司ドルイドだったことと無関係ではないだろう。


 タライス大岩が緑色になっていた。異様なまでに生命の躍動を感じさせる緑。この時期に無いはずの色。自然であって自然ではない何か。

 意識せねば、岩そのものすらはっきり感じさせないように溶け込んでいる。


 そして空の異常。完全に雲が流れ去り、太陽と青一色になっていた空に、渦巻く薄緑の雲が現れたのだ。

 雲は回転を加速して、緑色を濃くし膨らんでいく。空を緑の輝きで埋めんばかりだ。そして弾けた。

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