奇襲
ベイエントの猛烈な突進。
その勢いをのせた盾が、タリッサの構えた剣にぶち当たる。衝撃が剣を押し込む。
「グウ」
タリッサは態勢維持に精いっぱいだ。足を踏ん張っても止まらない。
ベイエントは何も無いように進む。
彼女は攻撃が来ないことを祈りながら、靴の裏が大地を捕まえるのを待った。
数瞬の後、ベイエントが足を止め、盾で彼女を突き飛ばした。彼女が浮く。そして、黒い右手が動く。
「退避!」
タリッサが叫んだ。周囲を確認する余裕はない。しかし、部下がいる辺りまで押されたはずだ。
黒い剣が空を斬る。
タリッサは二本の剣で不可視の斬撃を受け止める。前回の経験のおかげで、立ったまま防げた。
しかし、周囲で倒れる音が四つ。
四人やられた。同時に敵に囲まれたことを意味する。
タリッサは周囲に不吉な気配が広がるのを感じる。草を踏みしめる音がした。
手を出したのが間違いか? 勝ち目はない。だが、誰かがやらねばならない。足止めぐらいはやってやる。後方では迎撃の準備をしているはず、魔法を集中させれば討てる可能性はある。
タリッサは設定した言葉で、二剣葉の護符を起動させる。
「犬歯、《流星剣・荒滝》」
タリッサは瞬時に首を回し、まともに敵の姿を見ることなく、小さな円を描く斬撃の旋風となる。黒い影の首が六つ落ちた。
再びベイエントの剣が動く。
(やらせん)
彼女は大地を蹴り、弾丸のように距離を詰める。
敵は体格から振り上げた剣は近い。その付け根を目掛けて、二つの剣で挟むようにぶち当て、そのまま押す。
(こいつの速度はそれほどでもない)
体重をあずけた押し込み、黒い剣が止まる。
タリッサは盾にやられないように左に回り、このまま動きを止めようとした。
敵は焦らず、ただ剣を振り下ろそうとしている。
単調な動き、しかし本物の剣。より重くギリギリと迫る。だが、今は耐えられる。
タリッサの両腕が震えだした。
「耐えるだけが・・・・・・限度か」
手元から、ガギッという聞き慣れない音。嫌なものを感じた。
剣がひび割れている。
(この剣でも無理か)
視線を下に移せば、不気味な赤と黒の眼光が見上げていた。
折られる。そして確信した。剣が右肩から入り胴体を裂く、それで死ぬのだと。
一本目の剣が悲鳴を上げ、死んだ。
瞬間、ガンッと、至近で激烈な音が爆発。視界を白が横切った。風が巻き起こる。
そして黒は消えうせ、彼女は前にバランスを崩し、とっさに踏ん張った。
「な」
彼女が戸惑う間もなく、鈍い金属音が連続した。
タリッサはすぐに左方向を追った。
白い鎧が、黒の鎧を押しやっていた。タリッサに捉えられない白の斬撃が、きしむような金属音を鳴らし続ける。
ベイエントは二十メートルほど横滑りしたが、姿勢はまったく乱れていない。
ヴァーラは全速力の走りからの蹴りを放つと、止まらぬ連撃を見舞った。無警戒な相手への完全な奇襲。全てが横合いから直撃した。
黒い鎧には一本の線が深く縦に入り、他には、数か所のへこみとひび割れができていた。
(全力の《滅ぼしの一撃/スマイトアンデッド》で、ひびだけですか。なんとかして、頭を割るしか)
ベイエントの黒い盾が大きく振り回される。ヴァーラは後退した。
「お前」
タリッサが言った。その姿は人に戻っている。
「あれは私がやります。あなた方は他に行ってください」
ヴァーラがベイエントと睨み合う。
「他と言ってもな、もう退却するしかない。中央はどうにもならん」
中央は敵も味方も陣形がぐちゃぐちゃだ。退却させるのは難しい。
「なら退却すればいいでしょう」
「王国の最高戦力がこの場で退けるか! それに取り巻きがいるだろう。来るぞ! 不可視の力場が上から来る」
ベイエントが動く。その瞬間ヴァーラが踏み込み、両手持ちした剣を、黒い剣にぶちかました。逆反刀の逆の反りと、白いギザギザが噛み合って止まる。
「振らせない」
ヴァーラはあっさり言ったが、手応えは重い。片手ならやや不利か。
ヴァーラは競り合う剣を滑らせ、兜から鎧まで斬り下ろす。
また鎧を削っただけだ。やはり硬い。
彼女はそれを確認するなり、鋭いステップで一気に背面に回った。
首筋に隙間がある。そこを狙う。
ベイエントは首を回さず、一瞬で全身がグルリと回った。足が動いていない。
駒のような動きに、彼女は攻撃を中止した。
天に向かっていた剣が動く。
剣速は遅い。しかし、同時に盾の打撃。
ヴァーラは無理に対抗せず、自分から後ろに下がった。
そして飛来する斬撃を軽く切り払い、壊す。
敵は追ってこない。機械的な動きだが、考えているように見えた。
「何か言っていましたが、これの元を知ってますか?」
ヴァーラはゆっくり後ずさる。
「《不敗/ドレッドノート》のクルガ・ベイエントだと言っていた。確かじゃないが」
(防御型の無敵系、今の感じでは厳しい。スキルは維持されているのか?)
無敵系とは単独戦闘能力に特化した職業。
味方をかばったり、敵を引きつける能力が使えず、味方から受けた支援効果に制限がある。ものによってはアイテムすら使えない。
その代償に単体での能力は最高クラス。
《不敗/ドレッドノート》、《代表者/ザ・チャンピオン》、《一人軍隊/ワンマンアーミー》、《世捨て人/レクルース》、《一騎当千/マイティウォーリア》、《自給自足/セルフ・サフィシェント》、《精神病質者/サイコパス》、《隠者/ハーミット》、《鳥獣/ホモ・サピエンス》、《白眼/ホワイトアイ》、《寒貧/ハンピン》、《末法家/マッポウ》、《登塔者/シメオン》などの職業が存在している。
ヴァーラは装備の変更を考えるが、この場をすぐに打開できるものはない。
装備の強力な効果は、装備してから一日経過しないと使えない場合が多く、物によっては一か月の待機時間がいる。
「スミルナはどうなった?」
タリッサが少し近づき、ボソッと言った。
「元気だと思いますよ」
「そうか。こいつをやれるか?」
ベイエントはヴァーラを見て、足を止めている。
「やれるだけやってみましょう」
「オレハァア、ヒトリジャアナァイ」
ベイエントの音程が壊れた低く抑える叫び。
ベイエントの周りに、黒い渦が多数現れ、奈落兵が引っ張り出される。
「自力で呼べましたか、不要な能力に思えますが」
ヴァーラは、知性があるらしいと思った。
「新手だ! 迎撃隊形」
タリッサが命令を下した。
しかし、奈落兵は一目散にヴァーラに向かって駆け出した。
「《集団・不死者からの隠蔽/マス・ハイド・フロム・アンデッド》を使いました。今のうちに離脱を」
「あれを全部やるつもりか、周りのは我らでやる」
タリッサが奈落兵を斬り倒した。
「そうですか。しかし、回りのはそれほど問題には――」
ベイエントが盾を前に押し立て、ヴァーラに突撃する。タリッサが射程外に飛び退いた。
ヴァーラは負けじと、前に出て、盾を蹴りつけた。そして斬り結ぶ。
奈落兵がヴァーラに殺到する。
「来ているぞ!」
タリッサが叫んだ。誰も援護には入れない。
槍がヴァーラに届く、戦士達がそう思った瞬間、ヴァーラは「ハァッ」と正のオーラを爆発させた。
近い奈落兵が瞬時に分解され、遠いものは半壊してよろめいた。そこに戦士たちが走りより、とどめを刺した。
白と黒の激闘が続く。
ピルトツイはそれを魔法で見ていた。
不敗と斬り結べる存在がいるとは驚きだ。そんな人間を知らない自分に、二度驚く。
仮に不敗が敗れ、あの白が自分を斬り伏せるならそれもよい。歴史に刻まれる場面となろう。
彼は幸福に満ちあふれ、英雄の戦いを夢中でむさぼった。
だが、それは左からの轟音で寸断される。ビリビリと空気が震えた。
彼が反射的に目をむいて、そちらを見ると、兵士達が空高くを舞っていた。そして鈍い音を鳴らし、次々に落下する。
広く放射状に兵士が転がった。本陣を守る精兵だ。
爆心地にいたのは、民兵のぼろい皮鎧を着た老人だった。
見るからに貧相な干からびた顔、姿勢はひどく前かがみで、クワを引きずっている。
細い腕が無造作にクワを振りまわすと、屈強な兵が大砲で撃ち出されたように飛ぶ。
異様な光景、ピルトツイの顔が引きつる。
「戦場を俯瞰して見れば、ぬしらの考えとることは大体わかった」
老人はとくとくと語りながら歩く。
「待っておった。油断、歓喜、恐怖、流れ、停滞、勝利、敗北が沸騰するのを」
老人に斬りかかった兵が、バラバラになって宙を舞う。
「多くの事象の接合点、そこでは予想できない事が起こると予想できる・・・・・・しかし、年波には勝てん。腰に、節々に、すべてが痛いわ」
矢が多数、老人に命中した。いくつか刺さっている。しかし浅い。鎧に引っ掛かっただけだ。
老人は矢を気にせずに歩く。
「敵中枢への奇襲、それが戦の醍醐味よ。おかげで昔を思い出した。それでお前ら、ああ、誰じゃったか、ファールスや西インドの傭兵ではないの。まあ、誰でも・・・・・・侵略者に違いない」
老人が疲れた素振りで足を止めた。
「何をしている! 兵を集めろ、魔術師達、迎撃し――」
声を張り上げたピチャ元帥が、後ろに倒れた。顔が無くなっていた。
「助かった、ありがとう。目が悪くての、どこが中枢か迷っておった」
剣を拾って投げたのだ。かがんで拾う動作が異常に速く、見えなかった。
ピルトツイがそれに気が付いた時、彼の腹部に空洞ができた。少しだけ老人の手首が動いている。何を投げられたのか、わからない。
「・・・・・・何者・・・・・・だ」
ピルトツイは最後の空気を使った。
「髑髏鳥地区、防衛長。七万の将兵を指揮した身の上よ」
ピルトツイが倒れた。
英雄だ、未知の英雄を目にしている。自分だけの英雄に違いない。
彼は顔に最高の笑みを貼り付けて死んだ。
老人は息が続く限り投擲を続け、将官のことごとくが弾け飛んだ。
スンディ軍の指揮能力は完全に崩壊した。
「最後に・・・・・・一花咲かせたわ。農民をなめるな、人類連合め」
老人はクワを大地に突いて、クワに体重を預けた。
多数の火球が老人に直撃。爆炎とともに、老人は宙を舞って転がった。
老人は眠くなったので、そのまま眠った。