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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
1-7 東の国々 魔道の残骸
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奇襲

 ベイエントの猛烈な突進。

 その勢いをのせた盾が、タリッサの構えた剣にぶち当たる。衝撃が剣を押し込む。


「グウ」


 タリッサは態勢維持に精いっぱいだ。足を踏ん張っても止まらない。

 ベイエントは何も無いように進む。

 彼女は攻撃が来ないことを祈りながら、靴の裏が大地を捕まえるのを待った。

 数瞬の後、ベイエントが足を止め、盾で彼女を突き飛ばした。彼女が浮く。そして、黒い右手が動く。


「退避!」


 タリッサが叫んだ。周囲を確認する余裕はない。しかし、部下がいる辺りまで押されたはずだ。


 黒い剣が空を斬る。

 タリッサは二本の剣で不可視の斬撃を受け止める。前回の経験のおかげで、立ったまま防げた。


 しかし、周囲で倒れる音が四つ。

 四人やられた。同時に敵に囲まれたことを意味する。

 タリッサは周囲に不吉な気配が広がるのを感じる。草を踏みしめる音がした。


 手を出したのが間違いか? 勝ち目はない。だが、誰かがやらねばならない。足止めぐらいはやってやる。後方では迎撃の準備をしているはず、魔法を集中させれば討てる可能性はある。


 タリッサは設定した言葉で、二剣葉の護符を起動させる。


「犬歯、《流星剣・荒滝》」


 タリッサは瞬時に首を回し、まともに敵の姿を見ることなく、小さな円を描く斬撃の旋風となる。黒い影の首が六つ落ちた。

 再びベイエントの剣が動く。


(やらせん)


 彼女は大地を蹴り、弾丸のように距離を詰める。

 敵は体格から振り上げた剣は近い。その付け根を目掛けて、二つの剣で挟むようにぶち当て、そのまま押す。


(こいつの速度はそれほどでもない)


 体重をあずけた押し込み、黒い剣が止まる。

 タリッサは盾にやられないように左に回り、このまま動きを止めようとした。

 敵は焦らず、ただ剣を振り下ろそうとしている。


 単調な動き、しかし本物の剣。より重くギリギリと迫る。だが、今は耐えられる。

 タリッサの両腕が震えだした。


「耐えるだけが・・・・・・限度か」


 手元から、ガギッという聞き慣れない音。嫌なものを感じた。

 剣がひび割れている。


(この剣でも無理か)


 視線を下に移せば、不気味な赤と黒の眼光が見上げていた。

 折られる。そして確信した。剣が右肩から入り胴体を裂く、それで死ぬのだと。

 

 一本目の剣が悲鳴を上げ、死んだ。


 瞬間、ガンッと、至近で激烈な音が爆発。視界を白が横切った。風が巻き起こる。

 そして黒は消えうせ、彼女は前にバランスを崩し、とっさに踏ん張った。


「な」


 彼女が戸惑う間もなく、鈍い金属音が連続した。

 タリッサはすぐに左方向を追った。


 白い鎧が、黒の鎧を押しやっていた。タリッサに捉えられない白の斬撃が、きしむような金属音を鳴らし続ける。

 ベイエントは二十メートルほど横滑りしたが、姿勢はまったく乱れていない。




 ヴァーラは全速力の走りからの蹴りを放つと、止まらぬ連撃を見舞った。無警戒な相手への完全な奇襲。全てが横合いから直撃した。

 黒い鎧には一本の線が深く縦に入り、他には、数か所のへこみとひび割れができていた。


(全力の《滅ぼしの一撃/スマイトアンデッド》で、ひびだけですか。なんとかして、頭を割るしか)


 ベイエントの黒い盾が大きく振り回される。ヴァーラは後退した。


「お前」


 タリッサが言った。その姿は人に戻っている。


「あれは私がやります。あなた方は他に行ってください」


 ヴァーラがベイエントと睨み合う。


「他と言ってもな、もう退却するしかない。中央はどうにもならん」


 中央は敵も味方も陣形がぐちゃぐちゃだ。退却させるのは難しい。


「なら退却すればいいでしょう」

「王国の最高戦力がこの場で退けるか! それに取り巻きがいるだろう。来るぞ! 不可視の力場が上から来る」


 ベイエントが動く。その瞬間ヴァーラが踏み込み、両手持ちした剣を、黒い剣にぶちかました。逆反刀ファルクスの逆の反りと、白いギザギザが噛み合って止まる。


「振らせない」


 ヴァーラはあっさり言ったが、手応えは重い。片手ならやや不利か。

 ヴァーラは競り合う剣を滑らせ、兜から鎧まで斬り下ろす。

 また鎧を削っただけだ。やはり硬い。


 彼女はそれを確認するなり、鋭いステップで一気に背面に回った。

 首筋に隙間がある。そこを狙う。


 ベイエントは首を回さず、一瞬で全身がグルリと回った。足が動いていない。

 駒のような動きに、彼女は攻撃を中止した。


 天に向かっていた剣が動く。

 剣速は遅い。しかし、同時に盾の打撃。

 ヴァーラは無理に対抗せず、自分から後ろに下がった。

 そして飛来する斬撃を軽く切り払い、壊す。


 敵は追ってこない。機械的な動きだが、考えているように見えた。


「何か言っていましたが、これの元を知ってますか?」


 ヴァーラはゆっくり後ずさる。


「《不敗/ドレッドノート》のクルガ・ベイエントだと言っていた。確かじゃないが」


(防御型の無敵系、今の感じでは厳しい。スキルは維持されているのか?)


 無敵系とは単独戦闘能力に特化した職業クラス

 味方をかばったり、敵を引きつける能力が使えず、味方から受けた支援効果に制限がある。ものによってはアイテムすら使えない。

 その代償に単体での能力は最高クラス。


《不敗/ドレッドノート》、《代表者/ザ・チャンピオン》、《一人軍隊/ワンマンアーミー》、《世捨て人/レクルース》、《一騎当千/マイティウォーリア》、《自給自足/セルフ・サフィシェント》、《精神病質者/サイコパス》、《隠者/ハーミット》、《鳥獣/ホモ・サピエンス》、《白眼/ホワイトアイ》、《寒貧/ハンピン》、《末法家/マッポウ》、《登塔者/シメオン》などの職業クラスが存在している。


 ヴァーラは装備の変更を考えるが、この場をすぐに打開できるものはない。

 装備の強力な効果は、装備してから一日経過しないと使えない場合が多く、物によっては一か月の待機時間がいる。


「スミルナはどうなった?」


 タリッサが少し近づき、ボソッと言った。


「元気だと思いますよ」

「そうか。こいつをやれるか?」


 ベイエントはヴァーラを見て、足を止めている。


「やれるだけやってみましょう」

「オレハァア、ヒトリジャアナァイ」


 ベイエントの音程が壊れた低く抑える叫び。

 ベイエントの周りに、黒い渦が多数現れ、奈落兵アビスソルジャーが引っ張り出される。


「自力で呼べましたか、不要な能力に思えますが」


 ヴァーラは、知性があるらしいと思った。


「新手だ! 迎撃隊形」


 タリッサが命令を下した。

 しかし、奈落兵アビスソルジャーは一目散にヴァーラに向かって駆け出した。


「《集団・不死者からの隠蔽/マス・ハイド・フロム・アンデッド》を使いました。今のうちに離脱を」

「あれを全部やるつもりか、周りのは我らでやる」


 タリッサが奈落兵アビスソルジャーを斬り倒した。


「そうですか。しかし、回りのはそれほど問題には――」


 ベイエントが盾を前に押し立て、ヴァーラに突撃する。タリッサが射程外に飛び退いた。


 ヴァーラは負けじと、前に出て、盾を蹴りつけた。そして斬り結ぶ。

 奈落兵アビスソルジャーがヴァーラに殺到する。


「来ているぞ!」


 タリッサが叫んだ。誰も援護には入れない。

 槍がヴァーラに届く、戦士達がそう思った瞬間、ヴァーラは「ハァッ」と正のオーラを爆発させた。


 近い奈落兵アビスソルジャーが瞬時に分解され、遠いものは半壊してよろめいた。そこに戦士たちが走りより、とどめを刺した。


 白と黒の激闘が続く。



 ピルトツイはそれを魔法で見ていた。

 不敗ドレッドノートと斬り結べる存在がいるとは驚きだ。そんな人間を知らない自分に、二度驚く。


 仮に不敗ドレッドノートが敗れ、あの白が自分を斬り伏せるならそれもよい。歴史に刻まれる場面となろう。

 彼は幸福に満ちあふれ、英雄の戦いを夢中でむさぼった。


 だが、それは左からの轟音で寸断される。ビリビリと空気が震えた。

 彼が反射的に目をむいて、そちらを見ると、兵士達が空高くを舞っていた。そして鈍い音を鳴らし、次々に落下する。

 広く放射状に兵士が転がった。本陣を守る精兵だ。

 

 爆心地にいたのは、民兵のぼろい皮鎧を着た老人だった。

 見るからに貧相な干からびた顔、姿勢はひどく前かがみで、クワを引きずっている。

 細い腕が無造作にクワを振りまわすと、屈強な兵が大砲で撃ち出されたように飛ぶ。


 異様な光景、ピルトツイの顔が引きつる。


「戦場を俯瞰して見れば、ぬしらの考えとることは大体わかった」


 老人はとくとくと語りながら歩く。


「待っておった。油断、歓喜、恐怖、流れ、停滞、勝利、敗北が沸騰するのを」


 老人に斬りかかった兵が、バラバラになって宙を舞う。


「多くの事象の接合点、そこでは予想できない事が起こると予想できる・・・・・・しかし、年波には勝てん。腰に、節々に、すべてが痛いわ」


 矢が多数、老人に命中した。いくつか刺さっている。しかし浅い。鎧に引っ掛かっただけだ。

 老人は矢を気にせずに歩く。


「敵中枢への奇襲、それが戦の醍醐味よ。おかげで昔を思い出した。それでお前ら、ああ、誰じゃったか、ファールスや西インドの傭兵ではないの。まあ、誰でも・・・・・・侵略者に違いない」


 老人が疲れた素振りで足を止めた。


「何をしている! 兵を集めろ、魔術師達、迎撃し――」


 声を張り上げたピチャ元帥が、後ろに倒れた。顔が無くなっていた。


「助かった、ありがとう。目が悪くての、どこが中枢か迷っておった」


 剣を拾って投げたのだ。かがんで拾う動作が異常に速く、見えなかった。

 ピルトツイがそれに気が付いた時、彼の腹部に空洞ができた。少しだけ老人の手首が動いている。何を投げられたのか、わからない。


「・・・・・・何者・・・・・・だ」


 ピルトツイは最後の空気を使った。


「髑髏鳥地区、防衛長。七万の将兵を指揮した身の上よ」


 ピルトツイが倒れた。

 英雄だ、未知の英雄を目にしている。自分だけの英雄に違いない。

 彼は顔に最高の笑みを貼り付けて死んだ。


 老人は息が続く限り投擲を続け、将官のことごとくが弾け飛んだ。

 スンディ軍の指揮能力は完全に崩壊した。


「最後に・・・・・・一花咲かせたわ。農民をなめるな、人類連合め」


 老人はクワを大地に突いて、クワに体重を預けた。

 多数の火球ファイアーボールが老人に直撃。爆炎とともに、老人は宙を舞って転がった。

 老人は眠くなったので、そのまま眠った。

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― 新着の感想 ―
[一言] クワのじいちゃん、ルキウスと同じ地球出身だったのか。店主が深闇の手下だったの知った時より驚いた。しかし、髑髏鳥地区とはいったいどこなのか。
[一言] 最後の最後にめっちゃ伏線みたいなおじいちゃん出てきた、気になり過ぎる……!
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