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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
1-7 東の国々 魔道の残骸
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死霊術

「こうなると、ここが使い時でしょう。完璧なタイミングだ」


 円環の塔の塔長、テカルリ・ピルトツイ。その心は充足感で満ちていた。

 前を向いていても、見えているのは未来だけだ。


「おい! 本当に大丈夫なんだろうな。後ろから増援が来ている。あっちに合流するべきでは」


 ピチャ元帥が焦燥にかられ言った。そして半歩下がった。


「やれやれ、この渦巻く死の気配が感じられないとは」

「死人が山ほど出ているのは見えておるわ。失敗したら終わりだぞ」


 彼らの正面では、ザメシハの義勇兵が不死者アンデッドの群れを、ただ力と士気で強引に犠牲とともに突破し、さらに正規兵の壁を押し崩しつつあった。

 守備陣形がねじ曲がり、折れた。

 こじ開けられた隙間から、人がゆっくりとあふれる。


 その目つきは人とは思えぬほどに鋭く、起伏の激しい闘志に満ちている。ボロボロになった装備、返り血と泥で、不死者アンデッドのような有様だ。

 獣じみた叫びで義勇兵を鼓舞する男が、前戦士長だろう。

 狂った士気の爆発と疲れ切り死を迎える狭間にある塊を、どうにか軍の形に押しとどめ、集合をかけている。


 彼ら本陣との間に何もない。集合が終われば、あの正気を欠いた勢いで、すぐにここまで来るに違いない。

 それを見てもピルトツイの気分は変わらなかった。


 死霊術は魔法の大分類の一つであり、負の力を操ったり、不死者アンデッドを作り干渉したり、呪いで敵を弱らせたり、生命力を吸収したりする。


 この分野で、世間から忌み嫌われる不死者アンデッドの製作に手を出す者は、何か特殊な動機を持っている。

 生まれつきどうしようもなく才能があったのかもしれないし、臨死体験、邪教を信仰する者、あるいは必要に駆られたのか、誇大妄想家的な大志があるのかもしれない。


 彼は古の英雄と出会いたいという願望があった。そう特殊ではない。しかし、強かった、叶いえぬ願い。

 それは英雄の復活を、製作を、に変わる。

 自らが英雄に成れればと思いもしたが、大戦前の英雄には到底及ばぬと考え至った。


 彼の結論は、英雄を不死者アンデッドとして復活させる。生前より強化した英雄が自分に仕えるのだ。

 それは英雄を上回ることに違いない。


「運命の瞬間を目撃せよ。英雄は血溜りより生まれる。今こそ英雄の誕生にふさわしい」


 ピルトツイが懐から何重にも紐が巻き付けれた包みを取り出した。それをほどき、小さな黒い金属の人形を取り出し、それを指先で弾くと、軽く飛び、地面にしっかり着地して立った。


 この中央軍では莫大な人間が死んだ。

 五年前から湿原に張り巡らせた術式にて、その死と怨嗟は湿原に満たされている。

 ここまで作り出した不死者アンデッドは呼び水に過ぎない。この地の深く、限りなく深くに眠る英雄を呼び覚ますための。


 人形が徐々に黒いもやをまとい、その密度を増していく。それはある段階で一気に加速した。

 周囲から黒いもやを吸い込んでいるのが、はっきりとわかった。


 黒い濃密な流れが、栓を抜いたバスタブの排水溝に水が殺到するように渦巻き、黒が形を成していく。



 それは普通の人間にも見えた。それほどに濃い死、万人が回避し得ぬ概念。

 広い範囲に黒の濁流が起こり、両軍が混乱する。


「フハハハハ、フハハハハハッハッハハハッハ、ゴフッ」


 ピルトツイは高笑いが止まらずに、最後に咳き込んだ。

 魔道総長は実績の無い儀式魔術を当てにしなかった。確かに不安要因はあった。ここは研究室とは比べようもないほど雑音が多い。

 だが、成功だ。

 黒の嵐が瞬時に消失する。それは快晴の空のような不安を与える。


「もはや戦術などに用はない。これは一人の蘇りし英雄が一国を粉砕する物語なのです」


 彼の前にずんぐりと分厚い真っ黒な人影が立っていた。身長は百五十センチぐらいだ。


 悪魔的な罪と闘争を感じさせる装飾の黒い鎧に身を包み、右手に逆反刀ファルクス、左手に塔盾タワーシールド、悪魔の顔を模した兜には曲がりくねった長い角が四本生えている。角を含めれば二メートルぐらいある。


 うつむいていた兜が上向き、ピルトツイを見た。兜の奥には、不気味に光る赤と黒の渦巻く目がある。


 不死者アンデッドがピルトツイに向かって進んできた。

 ピルトツイは笑みを浮かべたままだが、顔の筋肉は皮膚の下で乾いていた。


「テキィハ・・・・・・ヨウサイハドコダ」


 低い声に高いノイズが混じった声だ。


「敵はあっち。君が砕くべき要塞はあちらだよ。ほら大きな壁があるだろう」


 ピルトツイが思念を送り、坂にできた長く高い壁を、手で鋭く示した。

 不死者アンデッドがのっそりと向きを変え、坂へ歩き出した。

 ピルトツイは忘れていた息をした。そして命令を出す。


「道を空けろ!」


 本陣の兵が左右に分かれる。

 そこを不死者アンデッドはゆっくりと歩き出した。


「大丈夫なのか?」

「干渉はできている。心配ご無用」


 稀代の英雄ともなれば、自分ごときに従わないのも道理。それでこそだと、ピルトツイは興奮を抑えきれず震えた。



 ザメシハの義勇兵達は、そこまでの様子を息をのんで見ていた。

 黒い異形はゆっくりと向かってくる。絶対にまともではない存在が向かってくる。


 カークは迎撃の陣形を整える。

 さっきの騒ぎで敵兵の動きも鈍くなった。後ろからの圧力はない。


 そこに、陽気でねじくれかすれた声が大きく響いた。魔法で拡声されたものだ。


「紹介しよう! 彼こそクルガ・ベイエント、大戦最強の戦士、かの《不敗/ドレッドノート》だ。君達をきっちり滅ぼしてくれる。地の底より蘇りし英雄を体験できるとは、実にうらやましい。フアハハハハッハハハハ」


 古き時代の事なれば、知らぬ者も多い。しかし、戦士ならば知る名前。

 現在の帝国北西部にあった、鉱人ドワーフを主体とするキルザ連合、その評議員であり、最強の戦士として必ず名前があがる男。


 多くの国が国力を失い、大規模な攻撃兵器が尽きた大戦後期、彼は一人で万の軍勢を破り、スンディ地方の防御の要、ボジトン山岳要塞群に一人で攻め寄せた。


 彼は落ち着いた歩みで、手練れの魔術師がこもる堅強な要塞ですら、道の石ころをのけるように、一つ一つ落としていった。

 これを止められぬと悟った大魔道士が、山岳地帯を丸ごと沼と化し、全てを巻き添えに地の底に沈め、そこにあったものは永久に失われることになる。

 この湿原と断崖はその時の名残でできた。


 その本人かどうかなど、カークに確認するすべはない。ただ敵とみなした。

 まずは多数の遠距離攻撃が放たれた。


 しかしベイエントは防御姿勢をとらない。散歩のように歩いている。

 そして命中、火球ファイアーボールが爆発、何度も爆発が連続した。

 火はすぐに消える。ダメージは確認できない。

 ベイエントはぼんやりと攻撃が来た方向を見た。


 カークが第二撃の命令を出そうとした時、ベイエントはそれまでの動きが嘘のように急加速、直進してきた。

 姿勢が変わらず、足の動きだけが加速した奇妙な動きだ。


 前衛がただ弾き飛ばされる。誰もこれを止められない。大勢が一瞬で激しく押しのけられた。黒い塊が陣形に突き刺さった。

 そして剣が振り下ろされる。魔術師が真っ二つになった。

 同時、そこから半径五メートルの全員が一斉に真っ二つになった。


――何が起きたか理解できない。

 異常な事態に周りの全てが硬直する。

 しかし、カークだけは援護に入ろうと勢いをそのままに、大きく振りかぶり背面から斬りつける。

 全力の大剣が兜を直撃、金属音を響かせた。しかし首が揺らぐことすらない。 


 ベイエントは前を見たままで、作業的に剣を振り上げ、下ろした。

 カークが真っ二つになった。

 一部の兵が即座に追撃したが、それらは三振りほどで真っ二つになった。


 静寂が訪れた。そして、地面に多数の黒い渦が現れ、全ての死体が飲み込まれる。


 数秒後、黒い不死者アンデッドが渦から、釣り上げられたように出てくると渦は消滅する。

 出たものは、《奈落兵/アビスソルジャー》。黒い枯れ枝のような体に、鎧兜を身に着け、錆びて折れそうな槍を装備している。人型だが、全身が光を吸う黒で、表情を見ることは難しい。


 そして不死者アンデッドは、二国を区別しなかった。奈落兵アビスソルジャーが義勇兵に襲い掛かり、義勇兵を殺した個体は、そのままスンディ軍と交戦を始めた。


 これで義勇兵の先端部は壊滅した。

 ベイエントは北に向かう。そこには彼が壊すべき要塞があるから。



「制御できないようだね」


 穴の中でエルが言った。


「そのようで」

不死者アンデッドの耐性を無視するのが死霊術師。でも生前から別の精神耐性があったら効かないかも。あれは単に力不足な気がするけど、力を外部から用意しても、操作するのは個人だし」

「どうするんで?」

「・・・・・・災厄とは呼べないな。むやみに人を襲っていない。案外どこかに留まる可能性もある」

「あれで?」

「指向性があるよ。それに僕の友人だって顔は酷かったけど、いい奴だったさ。中身を見ないとね」

「盟主の基準じゃねえ。で、結論は?」

「両軍が全滅したら考えよう、世俗の事には干渉しない。人の行いには人が対処するべきだ。僕は便利屋じゃないし、ここにいるのは軍隊だ」


 エルが考えてから答えた。


「既に手を出しているんじゃあ?」

「あれは写真撮らせてよ、て言ったら、襲い掛かってきたから、やむなく」


 エルが肩をすくめた。


「酷い言い訳だ」

「・・・・・・とにかく戦争はもうごめんだよ。始まったら武力ではどうにもならない。人の争いには関わらない」


 珍しいエルの静かな口調には、鉄錆びの苦みが感じられた。


 ベイエントだったものは、ひたすら軍勢を増やし、進んだ。

 気圧されたザメシハ軍は後退、あるいは立ち向かい奈落兵アビスソルジャーとなった。

 奈落兵アビスソルジャーは主と異なり、一定範囲内の生命体を無差別に襲い、空白の円が大きくなっている。


 これの影響か、東から来たスンディの速度が遅くなった。ただし、中央、と西には歩兵の援軍が押し寄せており、遠景は見渡す限り人で埋め尽くされている。


「ただの宣伝かと思ってたが、実力は本物か。正気には見えんが」


 ポルートがつぶやいた。


「元々、妄執的なところはあったかもね。一人で戦争を続けた男だし。でも今は不死の将軍だ。食事も睡眠も呼吸も不要。強い治癒能力は無さそうだけど、負のエネルギーで回復できるんだから、生み出した不死者アンデッドが回復させてくれるかも」

「勝ち目はないと」

「神殿勢力がもっといれば違ったかもね」

「どうかねえ」


 ポルートが顎をなで、意味深に言った。


「無理だよ」


 エルがポルートに視線を送った。

 ポルートが笑みを浮かべ、遠方を指差した。戦場を縦断するきらめきがある。


「ほら、おいでなすった」

「誰だい?」

「うちのお客、匂いのない客だ。死なれては困る。頑張ってもらわねえと、売り上げのために」



 ベイエントと軍勢は進み続け、完全に中央軍の戦場を抜けた。

 そこに戦場から離脱してきた戦士団三百が立ち塞がる。

 中央軍は異常の元が去り、再び乱戦に突入したが、ザメシハは勢いを失い押され始めた。


「回りの奴から刈り取るぞ」


 タリッサが指示を飛ばした。

 戦士たちが動き出す。二者の武器が交わる。

 しかし、一体一体が戦士より強い。明らかに押されている。


 タリッサは〈流星剣〉で、流れるように奈落兵アビスソルジャーの首を落としていく。

 戦技のおかげで、速度では圧倒している。総合的には自分より少し弱いぐらいだろうか? それが・・・・・・百近く。これ以上増えたら手に負えない。


「二人一組で当たれ。同時に二体は絶対にさけろ」


 戦士たちが戦っている。二体一でどうにかつり合いがとれるぐらいだ。


(あれを止められなければ意味がない。魔術師対策は効かないだろう。通常の武器が通るのか確認する必要がある。スミルナはもう後退しただろうか? こいつを足止めできるかどうかで退却までの許容時間が動くな)


「指揮はゲオルミンが行え、私は大元と少しやる」

「それはそれは、あんなのがお気に入りですか。趣味が変わったのでは?」


 戦士団では古株のゲオルミンが言った。近くの部下も続けた。


「危険では?」「無反応なら放置しては」

「ずっと放置はできんだろうが。黙って見ていろ、アホ共。本気を見せてやろう」


 タリッサが全身に力を込めた。血流が早まり、鼓動の音がはっきり聴こえる。体が猛烈に熱い。

 体が膨らむ。服がきつい。

 獣人化に成功した。それを見た団員は口をあんぐり空けているが、戦闘中なので余裕はない。

 説明している場合ではないので好都合だと、タリッサは考える。


「団長、やっぱり化け物だったんですね! そうじゃないとおかしいと思ってたんすよ」


 団員が嬉しそうに言った。

 余裕のある馬鹿がいたらしい。


「俺も、俺も思ってましたよ」「頭なでてあげましょうか?」「え、何がどうなったって」

「お前達、あとで殺す。特にグラスチェン」


 タリッサが喋りにくそうに言った。


「なんで、俺だけ!」


 嘆きがよく聞こえた。昨日と違う。意識ははっきりしている。


「やるぞ! 近づくなよ」


 タリッサが奈落兵アビスソルジャーを滅ぼし、道を作り、あっという間に、ベイエントの直前まで迫った。そして最速の連撃が放たれた。


 ベイエントは大きな塔盾タワーシールドに身を隠して斬撃を受けた。そして剣を彼女に当たりそうにない所で振る。剣速は遅い。


(それは聞いている。理屈は知らんが、斬撃が発生しているとな)


 タリッサは二つの剣を交差させ、振り下ろしを受け止める姿勢をとった。

 軽い衝撃。押し切るような斬撃だ。その手ごたえが両手にくる。


 これなら受けられる、とタリッサは思った。

 だが、力は持続した。ゆっくり、だが強く抑えられている。

 猛烈な重さ、腕が震える。立っていられない。

 彼女は片膝を突き、どうにか耐えた。

 圧力が消えた。


「グゥゥ」


 ベイエントは少し前に剣を振り終わっている。すぐに立ち上がる。

 直接、剣と力場が繋がっているのではないらしい。


 しかし、斬り合える筋力差ではない。自分の筋力は確実に強くなっているというのに。

 これと戦える戦士はいない。

 下がるべきだ。


 だが横から奈落兵アビスソルジャー。戦闘中の部下を無視して、急に動きを変え、彼女へ突っ込んでくる。

 同時にベイエントが、離れた場所で剣を振りかぶった。

 両方は受けられない。


 彼女はとっさに大きく後方へ飛んだ。しかし途中、空中で上方から押さえつけられる。重さで動きは止められた。

 両手は斬撃を受けるのに使うしかない。脇目掛けて槍が来る。


「団長!」


 部下が走り込み、奈落兵アビスソルジャーを斬り伏せた。


「馬鹿が!」


 引き替えに、部下が分断された。

 

「クソ」


 だが、戦えない以上後退するしかない。彼女は後ろへ走る。射程外へと。

 しかし、ベイエントは前進をやめて、彼女の方を向いた。

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[一言] ナリタには見せ場あったのに、カーク前戦士長には見せ場ないのか・・・ちょっと残念。
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