右の突撃
先陣に立つヴァーラのまとった神々しいオーラが、仲間に勇気を与え、強く武器を握らせた。
次々に倒れ、景色となり、過ぎ去る民兵。
ボリブエ・ルテクが《熱血闘士/パッショネートウォリアー》の能力を最大限に発揮し、その剣が淀むことなく振るわれた。
「とにかく前だ。状況が見えねえが、本陣をやるのは変わんねえ」
ザンロが敵をゴガンと派手に打ちつけ、叫んだ。いっそう熱の増した戦場では、彼の大声すら聞きとりにくい。
低いうなりが耳の奥にこびり付いている。
「もう充分に急いでるぜ」「順調だろうよ」
ハンター達が威勢よく応じ、己を鼓舞する。
「帰るのも、急がないとならなくなったってんだよ!」
「いつまでだ?」
「知らん。死にたくなきゃあ、殺しまくれ」
ハンターの主力が陣形の先頭部に集結している。損害覚悟でスンディ右軍の本陣までぶち抜くためだ。
今日は軍も消耗覚悟で攻撃をしているせいか、敵の迎撃は分散した。
相変わらず民兵の出迎えに会ったが、半分までは一息に粉砕した。
彼らの猛烈な勢いに、槍を構えることもでできず倒れる民兵も多い。
「一時間よ! 一時間で本陣を潰すのよ」
チェリテーラが後ろから叫んだ。
所々から、それは無茶だという声が返ってくる。
深く入れば入るほど攻撃は苛烈になる。勢いが弱まっているのは誰もが感じていた。
だが、盤面の見えている者は、それぐらい急がなければ危険かもしれないと考えていた。
敵本陣から坂まで十キロ以上ある。退くにも時間が掛かるのだから。
だが、ひたすら血を流し、浴びる者には考え込む余裕はない。ただ前へ進む。
「私がちょっと行って、本陣を滅ぼしてきます」
ヴァーラが後ろを振り返り、さらっと言った。伯爵が彼女の後ろから動いてしまい、任務を果たしにくい事態に陥っている。
(伯爵を攻撃されるのは困る。あの方角、中央の方へ行くのでしょうか? ここも放置できないし、無理してでもさっさと終わらせて追わなくては、主命に失敗する)
「いや、流石に無茶だ」
ザンロが言った。他も流石にどうか、と思ったが、それを言葉にする余裕は無く、槍を弾き、必死の形相で武器を振り回している。
「皆さんお元気で、それでは」
ヴァーラは我関せず、瞬時に白いキツネに変化して、美しい躍動する足取りで、民兵の足元へと突っ込んだ。
視界を埋め尽くす、暗い足の森を、小刻みなターンを繰り返し、すり抜けていく。
それを見た者はあぜんとし、大半は何が起きたのかもわからなかった。
「伯爵の兵から攻撃は魔道系と推定されます」
「次は機械人形に対魔法型を半分混ぜて、十機で。それで効果があるなら、同一編成で全機出して。あれをよそにやる訳にはいかないの。必ず足止めしなさい」
テカセーヤが部下の報告を受け、指示を出した。部下が機械人形の調整を急ぐ。
(ありゃあ、威力からすると発掘品か。そりゃ対策してるよねえ、でもあの数では命取りよ。運が良ければここで殺せる。発掘品もいっぱい手に入るかも、絶対貯めこんでるし)
「例の聖騎士、見失いました」
「どこで?」
「先頭にいたのですが、急に消えました」
「周辺部隊に索敵をうながしなさい。狙われた部隊は後退させて」
(もう、次から次へと。やっかいなのが一人と二人じゃ、二倍違うっての。これで失敗しても私のせいじゃないから)
テカセーヤは苛立ちを感じるが、それをなんとか抑えようと努力した。
敵は追い込まれている。迎撃準備は完璧。勝ちは見えている。
「正面から陣形を突き抜けてきた部隊が突撃を始めたら、焼物人形を突っ込ませて。迂回してくるなら半分まで行ったらよ。機械人形が終わったらそっちを」
「わかってます」
彼女の見る映像では、これまでで最も早く陣形が食い破れている。
用意したものを使う時は近い。
本陣の正面はこれまでと同じく民兵を置かず、罠を設置している。罠の左右には民兵がいるから、避けるなら民兵と交戦するしかない。敵がそちらを選ぶなら、民兵ごと吹き飛ばす。
しかし正面に誰もいないのは心細い。
(側面に待機した部隊も一部を前に出すべきか? あの勢い、軍とハンター同時になるかも。なら罠と焼物人形だけでは受けきれないかも。最初の自爆で足が止まれば、でかいのを撃ち込む時間は作れるけど)
テカセーヤは、爆薬の詰まった焼物人形の背中を見つめた。
彼女は落ち着かず、なんとなく左を見た。すると、出入り口から白いものが本陣に入ってきた。距離があって、何かはすぐにはわからなかった。
「・・・・・・キツネ?」
ふかふかの毛並みを見た彼女は、毛皮にするのがよさそうだと、ぼんやりと思った。
キツネは入口で左右を確認すると、正面に視線を戻した。
自分を見ているというのか。
彼女の視力では表情はわからない。
多分、あれを見ているのは自分だけだ。陣内では部下が装置を準備するのに行き交っている。左の軍は正面を見ている。
その向こう側に異様な白。猛烈に目を引く。目が逸らせない。
時が止まったようだ。そう感じた。だがそんな訳はない。
キツネが迷いなく走り出した。速い。ぞっとする寒気が体を貫いた。
「まさか!」
キツネの姿がぶれた。彼女は反射的に手をかざし、「燃えろ!」と火炎を噴射した。
陣地内に強烈な熱が起こり、部下が驚き止まる。
キツネはそのまま火に突っ込んだ。瞬時、火が揺らめいた。何かに塞がれた炎の激流が四散する。
火炎流の横に飛び出したのは白銀の聖騎士。
それが大地を蹴った。
「く!」
手の向きを変えるが追いきれない。巻き添えで彼女の火炎を受けた部下が、ローブを燃え上がらせ悲鳴を上げた。
それを気にしてはいられない。聖騎士が来る。
テカセーヤの目に入ったのは、奇妙な剣が不気味に反射する光。
ヴァーラの鋭い振り下ろし。二つになった椅子が倒れた。そこに人はいない。
彼女は空を見上げた。とっさに事故を起こさず飛べる場所、上だけ。
しかし、いない。
(事前に記録していた位置に跳んだか。とすれば、安全圏まで離脱されたか)
ヴァーラの周囲の魔術師は動揺しているが、炎で異常を察した左右の軍がこちらを見て騒ぎ出した。
さらに陣地内に配置された人形が向き直り、ヴァーラの方を見た。
(こっちは自動制御か、いや)
ヴァーラは何かを操作している魔術師を見つけた。
操作盤らしいものが付いた装置からは、人形と接続された魔力が見えた。
その魔術師を斬り伏せる。陣内に悲鳴が響いた。
テカセーヤは、本陣の左方――大きな魔道具の後ろに転移していた。盾になっているのは、人より大きな箱状の占術妨害装置だ。これと壁との間の空間に隠れている。
本陣の左寄りには、このような占術系の装置が並んでいた。
ああ、死ぬかと思った。一瞬遅れていれば綺麗に両断されていた。怖い怖い。
彼女は身をこわばらせ、屈んで小さくなった。
飛んだのは視線の先。魔法の照準は、視線の先が普通だ。
戦闘は不得手だが、緊急事態用の魔法は事前に準備してある。発動は一瞬だ。
敵は側面から来たが、すり抜けてきただけ。これなら前へ逃げた方がいい。
テカセーヤのすぐ近くを兵士がガチャガチャ音を鳴らし走り抜ける。彼女はその音の逆へ、姿勢を低くして移動する。
戦闘が始まった。耳をつんざく金属の破壊音が鳴り響いた。
彼女は動悸を感じる体で、顔に刺すような寒気を感じながら、這いずって前の出入口に近づく。
激しい金属音と爆発音が、異様にハイペースで連続している。
装置の隙間から覗く気にもならない。金属片が近くに落ちてきた。
あの敵を目の前にすれば、自分にできることはない。前から中央軍の方へ逃げよう。
彼女が装置を裏を必死に移動してきたのは、正面出入り口近く。
手を伸ばせば届く距離。あそこから飛び出せばひとまず安全だ。
そこから何かの鼻先が覗いた。
テカセーヤは顔を引きつらせ、動きを止める。
鼻先が一歩を踏み出し、顔が見えた。オオカミだ。
オオカミにあるまじき赤い瞳がこちらを見た。
少し身を引いた。驚いている。
(オオカミ・・・・・・クソ!)
テカセーヤが右手を向けようと動く。
オオカミが瞬時に膨れ上がった。
彼女に見えたのは影、そこから突き出た剣が、右手を通り抜けた。血の雫が飛び散る。痛みを感じる間も無い。二つ目の剣が首に迫った。
「びっくりした。へんな所にいるんだから」
スミルナは胸をなでおろした。足元には首が転がっている。
彼女はヴァーラの白い尻尾をひたすら追ってきたのだ。途中で離されてしまったが、それでも追った。
誰かを追いかけるのはできる気がした。そして置いていかれたくないと、強く思ったのだ。
率いずに追随する、それが彼女の本質だった。
本陣内ではヴァーラとそれに群がる兵士が激戦を続けていた。
兵士が、斬り倒され、殴り飛ばされ、蹴り飛ばされている。
しかし本陣守りとなれば敵も精兵。仲間の死体を踏み越えてでも斬りかかる。
「あれには近づけないな」
スミルナが装置の裏に隠れ、つぶやいた。そして立ち上がる。
スミルナはヴァーラと距離のある魔術師を斬り伏せていく。
ヴァーラは包囲の中、すぐにスミルナに気付いた。
(このタイミングでやれてしまいましたか! しかし少々状況が悪い。斬り抜けられるか?)
ヴァーラを追って、東西の兵士が突入してきた。兵士と魔術師と人形が入り乱れ、魔法が使いにくくなっている。しかし、心術などはピンポイントで照準できる。
(これはすぐには終わらない。三千ぐらいはいるはず。どうする? 傷を引き受けるか、それにしても一度触れなくてはいけない。一か所にいては的になる)
ヴァーラが逡巡していると、ガンッと音がした。陣形のすみの方だ。
そこには青いきらめきを閉じ込めた、黒い金属製の虫かごのようなものが転がっていた。
虫かごには札が貼ってあった。それが爆発した。かごに小さな穴が空く。
瞬時、虫かごが中から破裂、金属棒が飛び散った。
同時に兵団が現れた。ギルヌーセン伯の騎士団の最精鋭五十。
飛んできたのは発掘品、【悪魔の宝石箱】。
幽体化した生物を捕らえ、詰め込む檻だ。こんな使い方をするものではないが、ギルヌーセン伯は人間をこそこそ運ぶ必要がなかったので、投石機を使い、使い捨てにした。
決死の兵が魂の咆哮を上げ、戦闘に割り込んだ。
「応戦しろ、ツーレイ隊が軍に当たれ」
すみに隠れていたここの軍指揮官がどうにか声を張り上げたが、壁沿いを走り抜けてきたスミルナに討たれた。
そして図らずも同時に、ネズミ、イタチ、ネコ、イヌなどの動物が三十ほど、前から壁の中に飛び込んできた。
その姿は速やかに魔術師に変わり、一斉に火球を発射した。方々で爆発が連続した。人も機材も焼け焦げ吹っ飛ぶ。
「やめろ! ここには貴重な品が」
「うるせえ。ぶっ飛べ、学者共!」
「なにおお! 価値のわからんアホウどもがあ」
「お高くとまりやがって。ぼこぼこにしてやらあ」
両軍の魔術師が戦闘に突入した。
壁の中では、火球が飛び交い、剣が交差する。
簡単な話だ。奇襲しようと思えば、いつでもできた。
民兵で作られた密集した人の壁、誰も足元など見ていない。見えたところで走り抜ける獣をどうにもできない。
しかし、弱体化した体で踏まれれば死にかねない。さらに少数では突入しても確実に死ぬ。
だが強力な前衛がいれば別。彼らはヴァーラがいるなら勝機ありと追ってきた。
やがて、ヴァーラに割られた焼物人形が、火球を受け爆発した。
光が起こる。
聴覚を奪う轟音と、身を焼く熱風が場を支配した。
中にいた人間は身が浮き上がり、散々な態勢で壁に叩きつけられた。
ヴァーラはスミルナを捕まえ、自分を盾にした。
高くまで上がった火は、西側の全員から見えた。
スンディ左軍の本陣機能は損壊、ザメシハ軍は湧き立ち、徹底的な攻勢に出た。




