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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
1-7 東の国々 魔道の残骸
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右の突撃

 先陣に立つヴァーラのまとった神々しいオーラが、仲間に勇気を与え、強く武器を握らせた。

 次々に倒れ、景色となり、過ぎ去る民兵。

 ボリブエ・ルテクが《熱血闘士/パッショネートウォリアー》の能力を最大限に発揮し、その剣が淀むことなく振るわれた。


「とにかく前だ。状況が見えねえが、本陣をやるのは変わんねえ」


 ザンロが敵をゴガンと派手に打ちつけ、叫んだ。いっそう熱の増した戦場では、彼の大声すら聞きとりにくい。

 低いうなりが耳の奥にこびり付いている。


「もう充分に急いでるぜ」「順調だろうよ」


 ハンター達が威勢よく応じ、己を鼓舞する。


「帰るのも、急がないとならなくなったってんだよ!」

「いつまでだ?」

「知らん。死にたくなきゃあ、殺しまくれ」


 ハンターの主力が陣形の先頭部に集結している。損害覚悟でスンディ右軍の本陣までぶち抜くためだ。

 今日は軍も消耗覚悟で攻撃をしているせいか、敵の迎撃は分散した。

 相変わらず民兵の出迎えに会ったが、半分までは一息に粉砕した。

 彼らの猛烈な勢いに、槍を構えることもでできず倒れる民兵も多い。


「一時間よ! 一時間で本陣を潰すのよ」


 チェリテーラが後ろから叫んだ。


 所々から、それは無茶だという声が返ってくる。

 深く入れば入るほど攻撃は苛烈になる。勢いが弱まっているのは誰もが感じていた。


 だが、盤面の見えている者は、それぐらい急がなければ危険かもしれないと考えていた。

 敵本陣から坂まで十キロ以上ある。退くにも時間が掛かるのだから。

 だが、ひたすら血を流し、浴びる者には考え込む余裕はない。ただ前へ進む。


「私がちょっと行って、本陣を滅ぼしてきます」


 ヴァーラが後ろを振り返り、さらっと言った。伯爵が彼女の後ろから動いてしまい、任務を果たしにくい事態に陥っている。


(伯爵を攻撃されるのは困る。あの方角、中央の方へ行くのでしょうか? ここも放置できないし、無理してでもさっさと終わらせて追わなくては、主命に失敗する)


「いや、流石に無茶だ」


 ザンロが言った。他も流石にどうか、と思ったが、それを言葉にする余裕は無く、槍を弾き、必死の形相で武器を振り回している。


「皆さんお元気で、それでは」


 ヴァーラは我関せず、瞬時に白いキツネに変化へんげして、美しい躍動する足取りで、民兵の足元へと突っ込んだ。

 視界を埋め尽くす、暗い足の森を、小刻みなターンを繰り返し、すり抜けていく。

 それを見た者はあぜんとし、大半は何が起きたのかもわからなかった。



「伯爵の兵から攻撃は魔道系と推定されます」

「次は機械人形マシンパペットに対魔法型を半分混ぜて、十機で。それで効果があるなら、同一編成で全機出して。あれをよそにやる訳にはいかないの。必ず足止めしなさい」


 テカセーヤが部下の報告を受け、指示を出した。部下が機械人形マシンパペットの調整を急ぐ。


(ありゃあ、威力からすると発掘品か。そりゃ対策してるよねえ、でもあの数では命取りよ。運が良ければここで殺せる。発掘品もいっぱい手に入るかも、絶対貯めこんでるし)


「例の聖騎士パラディン、見失いました」

「どこで?」

「先頭にいたのですが、急に消えました」

「周辺部隊に索敵をうながしなさい。狙われた部隊は後退させて」


(もう、次から次へと。やっかいなのが一人と二人じゃ、二倍違うっての。これで失敗しても私のせいじゃないから)


 テカセーヤは苛立ちを感じるが、それをなんとか抑えようと努力した。

 敵は追い込まれている。迎撃準備は完璧。勝ちは見えている。


「正面から陣形を突き抜けてきた部隊が突撃を始めたら、焼物人形パタリィゴーレムを突っ込ませて。迂回してくるなら半分まで行ったらよ。機械人形マシンパペットが終わったらそっちを」

「わかってます」


 彼女の見る映像では、これまでで最も早く陣形が食い破れている。

 用意したものを使う時は近い。

 本陣の正面はこれまでと同じく民兵を置かず、罠を設置している。罠の左右には民兵がいるから、避けるなら民兵と交戦するしかない。敵がそちらを選ぶなら、民兵ごと吹き飛ばす。

 しかし正面に誰もいないのは心細い。


(側面に待機した部隊も一部を前に出すべきか? あの勢い、軍とハンター同時になるかも。なら罠と焼物人形パタリィゴーレムだけでは受けきれないかも。最初の自爆で足が止まれば、でかいのを撃ち込む時間は作れるけど)


 テカセーヤは、爆薬の詰まった焼物人形パタリィゴーレムの背中を見つめた。

 彼女は落ち着かず、なんとなく左を見た。すると、出入り口から白いものが本陣に入ってきた。距離があって、何かはすぐにはわからなかった。


「・・・・・・キツネ?」 


 ふかふかの毛並みを見た彼女は、毛皮にするのがよさそうだと、ぼんやりと思った。


 キツネは入口で左右を確認すると、正面に視線を戻した。

 自分を見ているというのか。

 彼女の視力では表情はわからない。


 多分、あれを見ているのは自分だけだ。陣内では部下が装置を準備するのに行き交っている。左の軍は正面を見ている。

 その向こう側に異様な白。猛烈に目を引く。目が逸らせない。


 時が止まったようだ。そう感じた。だがそんな訳はない。

 キツネが迷いなく走り出した。速い。ぞっとする寒気が体を貫いた。


「まさか!」


 キツネの姿がぶれた。彼女は反射的に手をかざし、「燃えろ!」と火炎を噴射した。

 陣地内に強烈な熱が起こり、部下が驚き止まる。

 キツネはそのまま火に突っ込んだ。瞬時、火が揺らめいた。何かに塞がれた炎の激流が四散する。

 火炎流の横に飛び出したのは白銀の聖騎士。

 それが大地を蹴った。


「く!」


 手の向きを変えるが追いきれない。巻き添えで彼女の火炎を受けた部下が、ローブを燃え上がらせ悲鳴を上げた。

 それを気にしてはいられない。聖騎士が来る。

 テカセーヤの目に入ったのは、奇妙な剣が不気味に反射する光。



 ヴァーラの鋭い振り下ろし。二つになった椅子が倒れた。そこに人はいない。

 彼女は空を見上げた。とっさに事故を起こさず飛べる場所、上だけ。

 しかし、いない。


(事前に記録していた位置に跳んだか。とすれば、安全圏まで離脱されたか)


 ヴァーラの周囲の魔術師は動揺しているが、炎で異常を察した左右の軍がこちらを見て騒ぎ出した。


 さらに陣地内に配置された人形が向き直り、ヴァーラの方を見た。


(こっちは自動制御か、いや)


 ヴァーラは何かを操作している魔術師を見つけた。

 操作盤らしいものが付いた装置からは、人形と接続された魔力が見えた。

 その魔術師を斬り伏せる。陣内に悲鳴が響いた。



 テカセーヤは、本陣の左方――大きな魔道具の後ろに転移していた。盾になっているのは、人より大きな箱状の占術妨害装置だ。これと壁との間の空間に隠れている。

 本陣の左寄りには、このような占術系の装置が並んでいた。


 ああ、死ぬかと思った。一瞬遅れていれば綺麗に両断されていた。怖い怖い。

 彼女は身をこわばらせ、屈んで小さくなった。

 飛んだのは視線の先。魔法の照準は、視線の先が普通だ。


 戦闘は不得手だが、緊急事態用の魔法は事前に準備してある。発動は一瞬だ。


 敵は側面から来たが、すり抜けてきただけ。これなら前へ逃げた方がいい。

 テカセーヤのすぐ近くを兵士がガチャガチャ音を鳴らし走り抜ける。彼女はその音の逆へ、姿勢を低くして移動する。


 戦闘が始まった。耳をつんざく金属の破壊音が鳴り響いた。


 彼女は動悸を感じる体で、顔に刺すような寒気を感じながら、這いずって前の出入口に近づく。


 激しい金属音と爆発音が、異様にハイペースで連続している。

 装置の隙間から覗く気にもならない。金属片が近くに落ちてきた。

 あの敵を目の前にすれば、自分にできることはない。前から中央軍の方へ逃げよう。


 彼女が装置を裏を必死に移動してきたのは、正面出入り口近く。

 手を伸ばせば届く距離。あそこから飛び出せばひとまず安全だ。

 そこから何かの鼻先が覗いた。


 テカセーヤは顔を引きつらせ、動きを止める。


 鼻先が一歩を踏み出し、顔が見えた。オオカミだ。

 オオカミにあるまじき赤い瞳がこちらを見た。

 少し身を引いた。驚いている。


(オオカミ・・・・・・クソ!)


 テカセーヤが右手を向けようと動く。

 オオカミが瞬時に膨れ上がった。

 彼女に見えたのは影、そこから突き出た剣が、右手を通り抜けた。血の雫が飛び散る。痛みを感じる間も無い。二つ目の剣が首に迫った。



「びっくりした。へんな所にいるんだから」


 スミルナは胸をなでおろした。足元には首が転がっている。


 彼女はヴァーラの白い尻尾をひたすら追ってきたのだ。途中で離されてしまったが、それでも追った。

 誰かを追いかけるのはできる気がした。そして置いていかれたくないと、強く思ったのだ。

 率いずに追随する、それが彼女の本質だった。


 本陣内ではヴァーラとそれに群がる兵士が激戦を続けていた。

 兵士が、斬り倒され、殴り飛ばされ、蹴り飛ばされている。

 しかし本陣守りとなれば敵も精兵。仲間の死体を踏み越えてでも斬りかかる。


「あれには近づけないな」


 スミルナが装置の裏に隠れ、つぶやいた。そして立ち上がる。

 スミルナはヴァーラと距離のある魔術師を斬り伏せていく。



 ヴァーラは包囲の中、すぐにスミルナに気付いた。


(このタイミングでやれてしまいましたか! しかし少々状況が悪い。斬り抜けられるか?)


 ヴァーラを追って、東西の兵士が突入してきた。兵士と魔術師と人形が入り乱れ、魔法が使いにくくなっている。しかし、心術などはピンポイントで照準できる。


(これはすぐには終わらない。三千ぐらいはいるはず。どうする? 傷を引き受けるか、それにしても一度触れなくてはいけない。一か所にいては的になる)


 ヴァーラが逡巡していると、ガンッと音がした。陣形のすみの方だ。

 そこには青いきらめきを閉じ込めた、黒い金属製の虫かごのようなものが転がっていた。


 虫かごには札が貼ってあった。それが爆発した。かごに小さな穴が空く。

 瞬時、虫かごが中から破裂、金属棒が飛び散った。

 同時に兵団が現れた。ギルヌーセン伯の騎士団の最精鋭五十。


 飛んできたのは発掘品、【悪魔の宝石箱】。

 幽体化した生物を捕らえ、詰め込む檻だ。こんな使い方をするものではないが、ギルヌーセン伯は人間をこそこそ運ぶ必要がなかったので、投石機を使い、使い捨てにした。


 決死の兵が魂の咆哮を上げ、戦闘に割り込んだ。


「応戦しろ、ツーレイ隊が軍に当たれ」


 すみに隠れていたここの軍指揮官がどうにか声を張り上げたが、壁沿いを走り抜けてきたスミルナに討たれた。


 そして図らずも同時に、ネズミ、イタチ、ネコ、イヌなどの動物が三十ほど、前から壁の中に飛び込んできた。

 その姿は速やかに魔術師に変わり、一斉に火球を発射した。方々で爆発が連続した。人も機材も焼け焦げ吹っ飛ぶ。

 

「やめろ! ここには貴重な品が」

「うるせえ。ぶっ飛べ、学者共!」

「なにおお! 価値のわからんアホウどもがあ」

「お高くとまりやがって。ぼこぼこにしてやらあ」


 両軍の魔術師が戦闘に突入した。

 壁の中では、火球が飛び交い、剣が交差する。


 簡単な話だ。奇襲しようと思えば、いつでもできた。

 民兵で作られた密集した人の壁、誰も足元など見ていない。見えたところで走り抜ける獣をどうにもできない。


 しかし、弱体化した体で踏まれれば死にかねない。さらに少数では突入しても確実に死ぬ。

 だが強力な前衛がいれば別。彼らはヴァーラがいるなら勝機ありと追ってきた。


 やがて、ヴァーラに割られた焼物人形パタリィゴーレムが、火球を受け爆発した。

 光が起こる。

 聴覚を奪う轟音と、身を焼く熱風が場を支配した。

 中にいた人間は身が浮き上がり、散々な態勢で壁に叩きつけられた。


 ヴァーラはスミルナを捕まえ、自分を盾にした。

 高くまで上がった火は、西側の全員から見えた。

 スンディ左軍の本陣機能は損壊、ザメシハ軍は湧き立ち、徹底的な攻勢に出た。

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