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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
1-7 東の国々 魔道の残骸
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右の動き

「ヌオオォォ」


 ヴィンスが絶望を込めて叫んだ。下を見る彼の視線の先には、小さくなっていく物体。そして地面に落ちた。音は聞こえない。


 ヴィンスはヴァーラのウマを借りていた。

 馬好きの彼は、空いた時間は四六時中ウマを、上から下から斜めから眺めていた。彼が特に気にしていたのがヴァーラのウマだ。

 いかした腹部のラインが見える下から観察するために、地面を這いまわって尾行していたら、気味悪がったカラファンにヴァーラを召喚された。


 そして言われた。丁度いい、明日乗って戦ってはどうか、と。

 その時は表情には出さず、内心ではウヒョヒョーイ、と喜んだが、すぐに戦では使わないので断るしかないと気付いた。そもそも、自分のウマがいる。

 しかし続いた言葉は、飛行できるから弓使いが乗った方がよい、だった。


「おい! 落ちちまったぞ」

「何がです?」


 隣を飛行しているレターリオが不思議そうな顔をした。

 前方の地面では右軍が総攻撃に出ている。両軍がぶつかり、境界が激しく揺れ、怒声と金属音が湧き上がり、火球と雷撃が頻度を増して、瞬きが広がった。

 奥に見える敵陣形では、人々の頭が波打ち始めた。すぐに主力が投入されるだろう。

 ヴィンスはまずこの状況を通信に乗せ、横を見た。


「蹄鉄だよ」

「飛んでいるんだからいいでしょ」

「魔法の蹄鉄で飛行するって話なのに、無くなったら駄目だろうがよ」


 ヴィンスは平静ではない。敵陣の様子を確認できる最低高度の十メートルに抑えているが、落ちれば怪我しそうだ。

 高くを飛ばないのは、矢が風の影響を受けるのと、魔法で狙われるからだ。彼の射程は銃以上、こっちは気にしていない。


「ええ? 全身から魔力出てるんで、何か魔法を発動させてるのは確実ですけど」


 ヴィンスは黙って少し考えた。


「お前、自力で飛んでんのか?」


 ウマがブフ、ブフッと鼻息を荒くした。そして後ろ脚で蹴りを放つ。ウマの体が大きく動き、ヴィンスが鞍をつかんだ。

 後ろ足の蹄鉄が同時に飛んで行った。邪魔だったようだ。


「いらんのか……」

「普通のウマは、肉食べないでしょ。鉄馬アイアンホースとかと同じ魔獣じゃないですか」

「素人だな、よい軍馬を育てるには肉も混ぜるんだ。こいつは肉食べるから立派になったと思うだろうが」


 嘘を付いたのは、ウマの素性を隠すためか。しかし、本人は隠す気が無いようだ。

 平静を取り戻したヴィンスは弓での攻撃を再開した。空から、油断している魔術師、目の前の敵と交戦している魔術師を狙う。


「知りませんよ、そんなの」


 レターリオが消えそうな声で言った。


「まあいい。ドンドンやるぞ、ドンドンだ」


 ヴィンスはウマに取りつけておいた予備の矢筒と交換した。


「とにかく目立ちたくないので、静かにやってください」

「無茶言うな。今日が勝負だぞ」

「ああ、小さな洞窟で一生を終えたい」


 レターリオはぼんやりと嘆いた。


「全員で英雄になるんだ、この戦争でな。お前もだぞ。ほら下の連中も見上げてやがる」

「目立ちたくないって言ってるじゃないですか。できれば今すぐにおりたい」


 レターリオが小声で言った。


「赤星になっといて何言ってるんだ? よし命中」

「飛行戦ができるのが僕だけだから、色々とやらされただけですよ。強制的に」

「自由に飛べるなんて羨ましい。よし連続だぜ」


 敵の陣形が大きく崩れ、空に注意が回らなくなった。ヴィンスは見えた魔術師に片っ端からひたすら矢を放つ。


「僕は赤子の頃から浮いていたらしいですから、目を放すと空へ飛んで行ったって」

「そいつは迷惑だな」

「僕の意志じゃないっ!」


 レターリオはすごい形相で怒鳴った。ヴィンスはあまりの急変に手を止めて振り向いた。


「お、おう。わかってるって」

「すぐに飛んでいくから授乳できなかったって母ちゃんが言ってた。きっと、それで体が小さいんだ」


 レターリオはまた小さな声になった。


(普通の魔術師とは違う質の気難しさがあるな、こいつ)


「空を飛ぶには軽い方がいいじゃねえか」

「何回も言うな!」

「いや、一回目だけどよ」


 ヴィンスは背中の矢筒に手をやったが、空振った。ペースが速すぎるか。と思いながら、また予備に変える。

 隣では顔を真っ赤にしている男がいる。


「お前が一回目でも、これまでに百人言ってたら百回だろうが! 少しは考えろボケナス! そもそも――」


 二百メートル先、下から飛び上がった巨大な火球がこちらへ動き出した。ヴィンスが前を指して叫ぶ。


「おい! 迎撃!」


 火球が加速した。点に見えた火球は、あっという間に人より大きくなった。


「邪魔」


 レターリオが鋭く腕を振った。鋭い風が飛ぶ。火球は真っ二つ、瞬時に霧散した。


「頼むぞ。護衛がいなけりゃ、ドカンで終わりなんだから」

「あなたにはわからない。村のみんなから、あなたが空から小便かけてきたのよって、ずっと言われる気持ちはね。最悪だ」


 レターリオが沈み込んだ。


「気にすんなよ。赤子は景気良くやるもんだ」

「じゃあ、空から人に小便かけたことあります?」

「いや、無いがよ」

「ほら、みんな口ばかりだ」

「わかった。なんなら今からやってやろうか――ギャ!」


 彼が言い終わる前に、ウマが首をグルンと回して振り向き、腕に噛みついた。


「冗談だ! 冗談だって!」


 ヴィンスが懸命に弁明すると、ウマはひと睨みして元に戻った。


「魔獣だ、確実に」


 ヴィンスが確信をもって言った。


「上位の魔獣は優れた知性を持つって言うけど、中々ですね」


 レターリオはウマの鼻先を撫でた。


「賢いじゃあ済まない、これは」


 ヴィンスは腕に痛みを感じなら、落ち着こうと右軍全体を見た。ハンターと軍、両方とも敵陣の半分ぐらいまで食い込んでいる。


「このペースなら本陣には届くだろう。敵さんも迎撃の用意がありそうだが――ん?」


 ヴィンスは通信を受け取った。状況説明もあり量が多い。そして内容に引っかかる。


「なんだあ、急に命令が変わったぞ」

「変更?」

「やること変わらん。急げだと。増援が来るからその前にさっさと潰して離脱しろってな」

「ああ、後ろから来てるってのですか」


 上位の魔術師を減らせ――敵本陣を直撃せよ、と言い換えて問題ない。

 この危険な仕事を遂行するために下準備をして、今から総攻撃。そのはず。それが途中でいきなり変わる。これは多分、軍の予想外。よくねえな。


「増援は……見えないな」


 ヴィンスが少し高度を上げて、目を凝らした。少なくとも周囲五キロにはいない。左軍のいる南東の方はやや霧が濃いが、南西は非常に薄い霧、十キロ以上見えている。


「大規模な占術なら、見えなくても何かあるのはわかるんで。多くの中から特定の反応を探すのは難しいけど、何も無いはず場所に反応があれば、何かやってるとは思うでしょう」

「はあ、前に出ないと仕方ねえな」



 ティカルサは自分の宿営地に降り立った。


「追ってこんか。というよりあれは――何か察したか。勘がいい。まだ距離はあるが」


 大砂漠鎧蜥蜴デザートウロボロスは引き返した。赤恐鳥グワカラセニスは、距離を空けてこちらの動きを見ている。

 彼はそれらを無視して陣の奥に入り、椅子に掛けた。護衛の兵はいる。安全だ。


 彼が後方に下がったのは、単に魔力を温存するため。

 陣形の中で突撃を受ければ、対処せざるを得ない。高弟には危険なら離脱するように言ってある。


 彼の魔法は追撃の方が活きる。完全に防備を固められた拠点を攻めるより、後退する場面を襲って数を減らす方がよい。その機会は確実に来る。


「ゆっくり待たせてもらおうか、さてどうでる?」


 ティカルサはいっそう深く椅子に掛けた。

 ザメシハが明日以降と見積もった増援は、先頭が十五キロの距離まで来ている。

 魔法で歩みを速めれば、二時間以内で民兵の一部を戦闘に投入できる。そして、それより前に騎兵一万が東の戦場に入る。


「ウマぐらいこっちにもおるでな。まあ駄馬だし、練度は低いが。しかし随分とてこずらされた。こうなるとエファンを止めたのは大きい。野戦は騎兵で勝負が決まる。これが定石よ」


 彼は単純なやり方で、この状況を作った。

 徹底的に通信を妨害して、可能な限りの間諜を潰し、行軍を速度を増す安価なポーションを大量に服用させ、魔法も使い、夜から進軍させた。


 数年間、ポーションの生産のほとんどをこれに費やした。これは普段生産されない。安価といってもポーションは高い。行商の速度を増しても割に合わないし、道を急ぐと危険が大きいからだ。


 敵が坂で防御に徹すれば、多少戦闘力を増しても意味がない。だから行軍速度を――時間を操るためにコストを使ったのだ。


 湿原には南東から迂回して入らせた。通常経路では最短の南西からだ。

 一応、偽装工作で十万の兵は通常路だ。アクシ低地の道は曲がりくねった狭路。長く広がった隊列は、十万も五十万も変わらない。

 そしてアクシ低地はあまり人が住んでおらず、ここを通るのは商人ぐらいで、今は通る理由が無い。間諜がウロウロしていると目立つ。


「動きはなし。戦闘続行の構えか。まあ、まだ動きがあるには早いかの」


 ザメシハ左軍は苛烈な戦闘を続けている。方陣の三方から敵が突撃し、中央を食い破らんとしていた。


 今すぐに戦陣を解いて逃げるなら、全力で追撃する。民兵でも背を向けた敵なら討てよう。

 攻勢に出たなら退却の準備はなかろう。必ず足並みが乱れる。


 攻勢を強め勝負に出るなら、正面から受け止める。こちらの不利に進んでも、増援の前に全滅するのはありえない。戦闘中に横から増援が突撃することになる。

 どちらにしても、必ず退却するそこが攻め時。



「敵はどっちからだ」


 ギルヌーセン伯は悩んでいた。通信兵が険しい顔で盛んに口を動かしている。


 状況は一気に悪くなった。増援が明るい内に戦場に突入してくるなら耐えられない。

 激戦の今日、同時に坂への撤退もやらなければならない。右軍では取り急ぎ物資の撤収を始めた。攻勢にも悪影響が出る。


 さらに敵が勢いに乗って夜も戦闘を続けるなら、そのまま継続的に坂の防衛戦に移行する。加えて、魔法使いは少数の部隊なら崖を越えさせることもできる。坂と同時に、崖の上にも守備兵を配置せねばならない。


 坂の下には、崖と高さを揃えた石壁が一枚完成している。壁の後ろは土を盛ってあるだけだが、兵を置けば頑丈な防壁になるだろう。

 しかし魔術師に接近を許せば、石壁は簡単に崩れる。兵の配置が必要だ。防衛の準備は終わっているのか?


 本陣も判断しかねているのか、命令は来ない。

 だが、まずは目の前の軍を撃破できるかどうかだ。


「南東に騎兵が見えたと報告」


 部下が伯爵の思考を切った。


「数は?」

「三千以上」

「いかんな。左軍に当たれば壊滅する」


 危険なのは左軍。こちらの敵は防衛寄り、追撃があっても遅い。中央も下がれる。

 しかし、左軍が崩壊して敵が後方になだれこめば、全軍の退路が無くなる。


「どうなさいますか?」

「放置はできん。ここはまだ余力がある。出撃準備急げ」


 右軍の陣が慌ただしく動きだす。


「私が五十連れていく。残りは作戦通りここの攻撃に回せ」


 選りすぐりの最精鋭は百。その半分と残りの精兵三百を残す決断。

 ギルヌーセン伯は右に戦場を望み、ウマを駆けさせた。

 東の戦場まで七キロ以上ある。急がねばならない。


 敵左軍本陣から、何か飛びあがるのが見えた。接近してくる影は三つ。綺麗に三角を作り飛行している。


「敵襲! 空より。魔法ではありません」


 部下の索敵魔術師が叫んだ。


「明らかに妨害だな。それとも陣を離れるのを待っていたか。何かわかるか?」

「人形です。人、魔術師にあらず」


 人形は鳥より速い。

 やがて伯爵の目にもはっきりと姿が見えた。飛行しているのは、全身鎧フルアーマーに金属の翼をつけた存在だ。

 あれは硬そうだ。伯爵は嫌なものを感じた。


「中身は入っていないのか?」

「生体反応ありません」

「いい年をして人形遊びが好きらしいな。落とせるか?」


 伯爵は剣の柄に手を掛けた。

 しかし、即座に後ろにいたトンムスが光の矢を放った。

 一射にして、同時に放たれた三本の矢。光が空を貫いた。すべてが的を射抜く。


 人形は姿勢を崩したが、まだふらついて向かってくる。一機は煙を出している。

 次にトンムスは一機一機を確実に照準し、落ちるまで射続けた。人形は三十メートルぐらいの距離に墜落した。


「いい腕だ」

「弓の性能のなせる技です」

「その矢、曲げられんのだろう?」

「遮蔽物もないのに、曲げる必要はありません。あれは装甲で耐えるつもりだったのでしょう」

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