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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
1-7 東の国々 魔道の残骸
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十二日目

 ヴァーラが高位魔法《聖者の晩餐/セインツサパー》を発動した。

 天幕の中心に円卓が現れた。机には豪華なフルコースが三人分載っている。食器はどれも上等に輝き、酒瓶が並び、後ろには白い服の使用人が三人控えている。

 二十四時間ボーナスを与える食事だ。


「・・・・・・なんだこれは? そして誰だ?」


 タリッサが使用人を見たが、使用人は直立不動である。


「見ての通りの食卓ですが」

「わあ、すごく美味しそう」


 スミルナがいち早く席に着いた。


「だから誰なんだ、これは?」

「魔法で出てくる人なので気にしなくていいです。実在しません。給仕が必要なら――」

「いらん」


 ヴァーラが席に着いたので、仕方なくタリッサも座った。


「さあ食べましょう」


 ヴァーラが言うと、何事もなかったようにスミルナはスープに手を付けた。

 タリッサはそれを恨みがましく見ている。


「お前、なんなんだ?」


 タリッサは地雷原に針を突っ込み探るように言った。


「緑神に使える者です。食べないと冷めますよ」

「そういうことではなくて・・・・・・では、私はなんだ?」

「さあ、私に聞かれても?」

「わざと言っているのか?」

「他人の血の由来など知りません」

「自分の体は見えなかったが――獣人ライカンスロープなのか?」


 タリッサは混乱している様子だ。


獣人ライカンスロープは魔物で銀が弱点。自由に変身できる、そう認識しています。勝手に変身する場合もあるといいますが、詳しくは知りません」

「なら違うと」タリッサがバクバク肉を食べる娘を見た。「お前はなんで普通に食べてるんだ」

「美味しいけど?」

「少しは考えないか!」


 タリッサが声を張った。間があって、スミルナが言う。


「考えたけど、美味しいよ」


 タリッサは頭を抱えた。


「飲んでないとやってられるか」


 諦めの心境に至ったらしい彼女は、酒瓶の上部を剣で切断して、それをわしづかみにすると酒を口に流し込んだ。


「いい酒だよ!」

「それはよかった」


 待機時間省略まで使って、高位魔法を使った甲斐があるというものだ。

 しかし獣人化して本当によかった。どっちも失敗したら大事件だった。

 いやあ、危ない危ない。


 三人が独特の距離感で会話しながら食事が進む。

 タリッサは終始警戒心をあらわにしていた。隙があれば斬りかからんばかりだ。

 スミルナは久しぶりのまともな肉をむさぼっている。


「先天的な能力の一種です。特殊な体質の一つ。本気で国が探せばそれなりにいるはず。目覚め方によっては問題があるので、把握しておくべきでは」

「確かに、いきなりあれになったら困るな」


 タリッサが言った。


「能力は鍛えないと育ちません。だから簡単には変身しない」

「そうか――そうだな。娘も育たん」

「育ってるでしょ! なんで認めてくれないの!」


 スミルナが怒った勢いで、ブタの尾を口に突っ込んだ。


「・・・・・・私より弱いからだな」

「戦ってる時間が違うのよ。当たり前じゃないの!」

「弱いは弱いだ、経歴など関係あるものか」

「不公平! 卑怯!」


 スミルナが口からカエルの足を出して言った。


「卑怯、大いに結構。それが戦いだ」

「獣への変化へんげぐらいはできないといけませんよ」


 ヴァーラが口を挟んだ。スミルナが泥を塗りたくられたような表情をする。


「そうだな、あの程度もできないとは、てんで駄目だ」


 タリッサがわざとらしくため息をつく。


「なんで普通にできる前提で言うのよ!」

「簡単だろう、あれぐらいは」

「獣になったって強くならない」

「使いどころはあるものです」


 ヴァーラが言った。緊急回避、逃走、奇襲、いくらでも使える。


「例えば?」

「少しは自分で考えないか!」


 母親の説教、娘は面倒くさそうにするだけだ。


「それもいずれ手本を見せてあげます」



 十二日目、早朝。ザメシハは総攻撃を決断した。

 間諜からの情報で、明日か明後日に、スンディの増援が到着するとされたからだ。


 両軍の兵数は、ザメシハ二万九千、スンディ九万九千、となっている。



「四日目で全力突撃をやるべきだった。方陣は小さくなったが、突破力を削られた」


 ナリタがつぶやいた。

 部下は三十を切った。騎兵は半分以下だ。そして主力の魔術師は減らせていない。

 突入のタイミングと場所を誤れば、容易に止められる。


「それは俺が言ってた」


 カクラクが不敵な笑みで言う。


「お前と一緒にするな。できないから、言わなかったのだ。各部隊長がその気にならねば、自然と馬脚が緩むというものよ」

「それには、俺もわかったことがあるぞ。理由はまではわからんが、どうやらこの国の人間は、いつでも死にたくないらしいな。不思議、不思議。平均して一人当たり十人も殺せば死んでも問題無いと思うのだがな。森の同朋の考えは変わっている」

「仕掛けた戦ではない。帰らせれば勝ち、と思っているからな」


 人が戦争慣れしていないせいだろうと、ナリタは思いながら答えた。

 戦死前提の社会制度になっていないのも原因に違いない。


 ナリタの下には副官が二人いて、さらに下には予備副官が二人ずついる。死んだ副官の穴は、予備副官が繰り上がって埋めている。

 さらに部下は全員死んだ時に、家督を継ぐ予備が家庭に二人はいるし、王にも副王が二人付いている。


 エファンでは、半島に援軍で派遣され、そのまま帰らぬことは日常茶飯事。草原でも小部隊がよく全滅する。だから、必ず予備を作っている。

 妻が若ければ、予備の夫も用意しておくものだ。


 さらに、エファンでは、少なくとも一族で七十人以上が固まって生活しているが、ザメシハでは十人ぐらいが一家庭になるようだ。


「しかしまあ、ようやく覚悟は決まったか」


 ナリタが騎兵部隊を眺めた。

 馬上の男達はのりで固めたような固い表情。勇猛、というよりは緊張の気配。


「今日こそは晩餐にあずかるとしよう」


 カクラクが鼻先をかいた。


「それもよかろう」


 話は通じんが、剣の間の晩餐に相応しい男達だ。

 あれから、行方不明の兵は一人も合流しなかったが。

 ナリタは鋭い目つきの赤恐鳥グワカラセニスを見ながら、部隊を前列へ移動させた。


 両軍が静かに動き始める。

 決戦といってもザメシハの動きは変わらなかった。最初はこれまでと同じように動く。しかし徹底して主力を温存していた。


 平和的に血が流れる時間が続き、太陽は大分高くなった。


「ここに銃は無いか」


 ナリタが分割した部隊の一つを率い、方陣の右側面に狙いを付けた。

 機が来た。


 ポーションを飲む。そして目には幻術を見抜く魔法が付加され、永続化されている。解呪を受ければ解けるが、無いよりはいい。


 突入の意を察したカクラクと数騎が支援しようと集まってきた。


 その時、二人は信じ難いものを見た。

 その姿を瞳に収めた瞬間、カクラクの矢は放たれている。

 矢は滞空する円盾ラウンドシールドに阻まれた。


 方陣の外に、一人でポツンと立っている。その赤い姿、魔道総長キリエンザ・ティカルサ。

 距離七百、方陣の南西を歩いている。帽子のつばを傾け、こちらを見た。


「本物」


 カクラクの声には隠せない弾み。


「明らかに誘いだぞ」

「としても、押さえておくべきだろう」


 正面では騎兵が突撃の始めたのか、大きな声が響いた。

 カクラク達が駆け出した。

 ナリタは指揮を副官に任せ、二騎を連れ、これを追う。


「あんたも来るのか」

「俺が一番、耐火薬を持っている。それに仕留めるなら接近する役がいるだろう」


 ティカルサはナリタ達が向かってくるのを確認すると、地を這う低空飛行で南に飛び始めた。

 攻撃はしてこない。矢は逸らされている。


 意図がわからん。確実に主力を引き剥がすことを選んだのか。それとも事前に罠を用意したか。

 ナリタは部下を散らせ、距離を空けて追う。後方の敵陣地へ近づいている。もう一キロほどの距離。

 横で矢を放っていたカクラクが、射るのをやめた。ナリタが声を掛けた。


「陣地まで追うのか? 発掘品があれば射程に入るぞ」

「鳥だ。多い」

「鳥?」


 また空からの敵か、ナリタはそう思い、上を見た。しかし、くすんだ鉛のような一筋の雲が流れるのみ。

 彼はカクラクを見る。

 弓槍が示すのはもっと先。天幕が並ぶ敵陣地の後方。うっすらと霧が出ている。


 二羽、三羽と黒い影が見えた。目を皿にして探せば、十羽以上見えた。

 慌ただしい動き。鳥は増えている。五、六羽が一気に増えた。下から上がっている。一斉に飛び立っているということ。


「謀られたか」


 ナリタが唇を噛んだ。

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