表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
1-7 東の国々 魔道の残骸
161/359

指導

 十一日目、夜。


 戦場とは思い得ぬ、明るい空気。

 酒があるなら、何より酒。それがハンター達の流儀であり、グラシアですら酔っていた。今日のは一段よい酒だ。

 吟遊詩人の口もよく滑るようで、いくらでも歌が湧き出している。


 それでも一つの勝負が忍び寄るのを感じているのか、効果の疑わしいまじないが流行り、普段は耳に止めぬ、神官、魔術師による難解な異界の話を聞く姿もある。


 その外側、二人が灯りから離れていく。


「その剣、どこから?」


 スミルナが不思議そうに言った。


「落ちていたので拾いました。よいものです」


 ヴァーラは神銀ミスリルに不足を感じ、ギザギザのある白い長剣ロングソード聖樹ヴィエンヴォールの旗魚剣エスパドンを出していた。


「結局、戦場では力が必要です」

「そう言っても、急に力は増えないし、速度でなんとかするしか。おかげさまで、速い状態を続けることには慣れたけど」

「魔法を照準させないことは大事ですが、あるものを使っては?」

「あんな風に、十デコッツも人を投げられないよ」


 スミルナが苦笑いで言った。


「隊列を崩さず攻撃するにはあれが一番です。中位魔法の飛来物避けでも、人は無視して抜ける。生き物ですから」

「参考にはならないや。ザンロさんは真似して、人を打って飛ばしてたし、民兵を壁に使う人は多くなったけど。私は人を片手で持って走れないし」

「まあ、私より筋力の才能はありますよ」

「才能? 筋力・・・・・・ザンロさんみたいにはなりたくないかな」


 スミルナが困った顔をした。


「行きましょうか」


 ヴァーラは足を止めたスミルナを置いて、さらに進む。


「どこへ? もう結構来たけど」


 周囲には十分な空間がある。足を使って戦うにも余裕がある。


「人目の無い所です。すぐに強くなりたいのでしょう」

「そりゃ、もう! でも、そんな便利なことある?」

「秘奥ですから」

「秘奥! 人に見せられない技」


 スミルナが目を見開いた。


「興味はあるでしょう? あなたならやれますよ」


 ヴァーラは迷っていたが、とうとう獣化を教える決心をしたのだ。彼女はスンディの援軍の位置を連絡で把握している。激戦は近い。


「教えてくれるの?」

「できる人なら誰でも教えます。できない人はできないので。できる人には簡単です。気楽にやりましょう」

「そうなんだ」


 ヴァーラは東を見た。陣から離れた林、遮蔽物にはなる。隙間があるが夜なら見えにくい。


「暗いと見えにくい?」


 スミルナがそちらを凝視しているのを見たヴァーラが言った。


「え、多分・・・・・・普通の人よりは見えてるけど、チェリより見えないぐらい」

「見えやすくするぐらいなら、二、三日でできるかもしれませんね」


 ヴァーラは、人にできないことができる発想が無いのだろうと思った。〈夜目〉は自然に発動してもいいはずだ。


「お前達、どこへ行く?」


 後ろから張った声が飛んできた。

 二人が振り返る。声を掛けたのはタリッサだった。


「母さん」

「母さん?」

「やはりお前か」


 タリッサが歩いてくる。一人だが、離れた後方には何人か控えている。


「戦士団長だよ。知ってるよね?」

「知ってはいます」

「なんでこんな所にいるの?」


 スミルナが少し勘ぐる感じで言った。


「全軍の様子を、と思ってな」


 タリッサが近くまで来て、ヴァーラを見た。


「そっちは?」

「ヴァーラ・セイント」

「そうか。名前は聞いてる」


 タリッサがそっけなく対応して、すぐにスミルナに言う。


「で、お前は帰るのか」

「三人を置いて、一人で帰る訳ないじゃない。何言ってるのよ」


 スミルナがむくれた。


「戦場だぞ。一人減ったところで変わらん。帰ればいい」

「二十六人、魔術師を斬ったわ。知らないの?」

「知らん。ちょっと上手くいっているぐらいで調子に乗るな」

「母さんこそ調子に乗らないでよ。私、ヴァーラさんと訓練するの。母さんより強いんだから、母さんなんて要らない」


 スミルナがヴァーラにくっついた。


「・・・・・・強いのか?」

「さあ、どうでしょうか」

「否定はしないのだな?」


 タリッサが顔を寄せ、上から圧力を掛けてくる。

 ヴァーラがそれでどうにかなるはずもない。しかし気になることがあった。

 人とは少し違う油脂の匂いだ。スミルナと同じもの。


 これは母親の血筋だ。

 そして戦士団長、戦局に関わる人間。


「なんなら、お母さんも一緒に鍛えてあげましょう」


 ヴァーラが自然な調子で言った。


「これは大口を叩いたな」


 タリッサが目を鋭くした。


「それに死ぬかもしれませんので、親族はいた方がいいでしょう」

「え! 死ぬの?」


 スミルナが目の色を変えた。


「なんせ秘奥なので」

「簡単って言ったのに」

「簡単です。ただちょっと急ぐので」

「危険なことは許可せんぞ」

「母さんは関係ないでしょ! 帰ってよ」


 スミルナが苛立った。


「私は家長だぞ、関係無い訳があるものか!」

「私が治療するので問題ありません」

「何を言うか、聖騎士の魔法など知れている」

「とにかく、人目の無い場所に行きましょう。あれは邪魔ですね」


 ヴァーラが、タリッサの部下を見て言う。


「帰れとは言えん。陣の外だ。危険はある。そもそも認めないと言ってるだろうが」

「勝手にやるってのよ」

「・・・・・・私の天幕なら許可しよう。安全だぞ」


 タリッサが少し考えてから言った。


「天幕など、流石に狭いのでは?」


 ヴァーラが言った。


「私は戦士団長だ。剣を振り回すぐらいできる。私専用で、ドーム状のでかいやつだ」


 人目がないという意味では確実か。本陣なら、監視者の目は潰してあるだろう。それにこのまま行けば邪魔が付いてきそうだ。


「まあ、いいでしょう」

「もう、母さん。余計なことしないでよ」


 三人は視線を集めながら、タリッサの天幕に入った。

 途中で見た本陣は、簡易的だが、壁と堀と張り巡らされ、半ば砦となっていた。天幕は高さが五メートルぐらいあって、直径八メートルはある。


「これで筋力が上がります」


 ヴァーラはガントレットを外し、右手だけを獣人化させた。

 二人は驚いたが、すぐに落ち着いた。


「はい、どうぞ」

「何がどうぞだ」


 当然のような流れで言ったヴァーラに、タリッサが待ったをかける。


「やりなさいという意味です」

「魔法じゃないの?」


 スミルナも不思議そうな顔をした。


「魔法ではありません。気合です」

「気合でできんだろ。戦技でも体は変形できんぞ、伸びるぐらいはあるが」


 タリッサが言った。それにヴァーラが適当に返す。


「じゃあ、根性でいいです」

「ふざけているのか」

「ふざけていませんよ、ほら」


 ヴァーラが、鋭い爪が伸び、白い毛の生えた手をニギニギする。


「何が、ほらだ」

「はい、お母さんからどうぞ」

「なんで私がやる? スミルナの訓練ではないのか?」

「あなたの方が覚えが早いと思うので、お手本を見せてください。バァッとやってボウッて感じでやればいいです」

「はあ!? どういう意味だ」

「それじゃあ、母さんより強くなれないじゃない」


 スミルナも文句を言った。


「そこは個人の努力でなんとか」

「お前が私より強くなるものか。現実を見ろ」

「今すぐなるってのよ!」

「どっちも似たようなものですから、どうでもいいです」


 ヴァーラの興味が無さそうな態度は、タリッサの怒りを買った。


「そもそもお前を認めていないからな」

「では握手しましょう」


 ヴァーラが右手をタリッサに伸ばした。

 タリッサが不審に感じながらも、その手をとった。


「思いっきり握ってください」


 タリッサがチャンスとばかりに全力で握ったが、すぐに握り返され「グッ」とうめいた。

 タリッサが手を振り払った。スミルナは少し得気な顔をして、タリッサに睨まれた。


「じゃあ、先に変化へんげできた方を個人的に強者認定します」


 二人が手に力を入れ、うめいたりしてみたが一向に変化は無い。

 そんな時間が続いた。


「なぜできないんですか? 真面目にやりなさい」


 ヴァーラが首を傾げたが、二人から猛抗議を受けた。


 ヴァーラが熱心になるあまり、失念していることがある。

 キツネ系魔族は他の動物系魔族より変身能力が高い。

 サポートキャラクターは最低レベルが二百一、未熟な時代が無い。できなかった経験が無い。


 やはり手荒にやるしかない、とヴァーラが決心した。


「では実戦形式です。剣を抜きなさい。本気になればできます」


 ヴァーラが言った。そして準備を終える。


「吠え面かきやがれ」


 タリッサが得意げに〈流星剣・荒滝〉を発動、瞬時に一歩踏み込んだ。

 しかし、その首元に刃が迫っていた。彼女は表情を歪め、反射的に全身を回転して避けた。


「おや、これは舐めすぎましたか」


 かわされない前提で斬りつけたので、浅くなりすぎた。動脈まで達していない。

 タリッサが傷を押さえた。かわさなければどうなったか、わかったのだろう。


「次は殺すつもりでやりますので」

「お前! 何を考えている」


 タリッサがヴァーラを睨み付ける。


「鍛えてあげているのです。スミルナも同時に来なさい」


 平然と答える騎士、異様な空気が天幕に漂い始めた。

 しかし、スミルナはまだ戸惑っている。


「アレイトッ!」


 タリッサが叫んだ。


「助けは来ませんよ。音を消しています。これができないようでは、どうせ死ぬ。ならいま死ねばいい。さあ、死にたくないなら頑張りましょう」


 淡々と話すヴァーラに、タリッサが斬りかかった。

 本気、と判断すれば動きは速い。だが、言葉ほどではない。


「狂いなさい」


 瞬間的な混乱を与える〈狂気の入口〉、狂気の波動が二人をむしばむ。

 ヴァーラはタリッサの剣を受け止めた。表情は強烈に歪み、攻撃性を感じさせた。

 スミルナは目の焦点があっておらず、少し体がふらついている。

 この隙にヴァーラは鎧の中で獣人化する。


(この子は攻撃性が低いのか? 後回しに)


 自由に獣人化できるのは最終職業だけ、他は変化点を稼ぐ必要がある。

 精神異常、自分・仲間の危機、敵が強く多い、などで点は増加する。危険な状況を演出すればいい。


 ヴァーラは二人の間に割り込んだ。二人同士が斬り合わないようにするために。

 同時に、盾のすみでスミルナを殴りつけ、弾いた。


 状況がわかっているのか、タリッサが瞬時に反応、肩を狙った振り下ろし。

 ヴァーラがかわして下がりながら、両足を深く斬りつけた。

 タリッサが悲鳴を上げ、立っていられず倒れる。


「やあっ」


 後ろから限界まで加速したスミルナ。

 それを振り向きざまに貫いた。正面から入った剣が完全に下腹部を捉えている。剣は盾で受けた。

 直線的に加速すると止まれないのを、ここ数日の訓練で見ているので簡単だった。

 剣が抜かれ、スミルナは腹部を押さえ、倒れた。


「残念です。若いのにここまでとは」


 うめき声がする。獰猛な獣のうめき声が。

 タリッサが顔を上げた。その顔は灰色のオオカミ。全身が膨れ上がり、灰色の毛が生えていた。


 それが瞬時に跳ね起き、ヴァーラに斬りかかった。

 ヴァーラはそれを正面から剣で受け止めた。


「そう、その調子ですよ」


(やはり早い。適正に差がある)


 窮地からの獣人化、傷はほとんど回復している。

 スミルナは倒れ、どうにか起き上がろうとしていた。状況は見えているはず。ポーションを使おうとしているのかもしれない。


(しかし、有利、とでも思われては困る)


「変化してもこれでは足りない。無駄だったようですね。さようなら」


 ヴァーラがタリッサを膝蹴りで飛ばした。同時に一閃、今度は頸動脈を捉えている。首から血が流れ出る。

 タリッサはそのまま戦おうとしたが、よろよろとして膝を突き、倒れた。そして人の姿に戻った。


「母さん? 母さん!」

「良い所までいったのですが、ここまでです。制御できていない」

「治してよ!」


 スミルナが悲痛な声で叫んだ。


「断ります。それより、あなたも死にますよ」


 ヴァーラがタリッサのへの進路を塞いだ。

 スミルナの呼吸が荒くなっていく。肩が激しく動く。それがいきなり止まった。


 一気に肩幅が膨らみ、露出部が毛皮で覆われた。拳が強く握られている。


「できるじゃないですか」

「ウウウウゥゥ」


 スミルナがうなり、ゆっくり立ち上がる。剣を持っていない。そのまま爪でヴァーラに襲い掛かる。


「聞こえてはいないか。《変化解除/トランスフォーメーション・キャンセル》」


 スミルナが人に戻り、意識を失い倒れる。ヴァーラはそれを受け止めた。


 ヴァーラはすぐに二人を治療した。

 二人が目を覚まし、何かを言おうとしたが、ヴァーラは時間を与えなかった。


「甘めですが合格です。今のは特殊なので、次は変化へんげしましょう。こっちは簡単です」


 ヴァーラが瞬時に小さくなりねじれる。そして白いキツネが現れた。白い毛は大変にフワッとして高貴さがあり、暖かそうだ。

 キツネがバンバンと、前足で床を叩いた。やれ、という意味だ。


「どう簡単なのよ」


 スミルナが座ったままで言った。まだ、何がなんだかわかっていない。


 タリッサが難しい顔をして、無言で立ち上がる。

 そしてヴァーラと同じように小さくなりねじれる。灰色の獣が姿を現した。

 威厳を感じさせる大きめのオオカミ。荒々しい毛の流れ、力のうねりを表現しているようだ。


「母さん! そっち側なの!?」


 オオカミが誇らしそうだ。ゆっくり尻尾を振っている。

 オオカミがスミルナの顔をしっかりと見た。


「いや、無理だから」


 オオカミがスミルナの太ももに噛みついた。


「ギャー」


 スミルナが悲鳴を上げ、オオカミを振り払った。

 オオカミがうなっている。キツネがより強く床を叩く。

 スミルナは泣きそうになった。


 しばらくやっても変化へんげできず、二人が人間に戻った。


「なぜ、変化へんげしないのですか? 早くしなさい」

「早くやれ」

「いや、できる方がおかしいでしょ」


 スミルナは少数派になったことに絶望した。


「獣人化の方が難しい。獣になる魔法使いは多いでしょう。変化の感覚を思いだして」

「それ、記憶が無いんだけど」


 ヴァーラはタリッサに視線を送った。


「私はある。ぼんやりとだが」

「私、疲れてるの。ほら血を流したから」

「甘ったれが」


 タリッサが吐き捨てた。


「仕方ありません。食事にしましょう。中央からのいてください」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ