四日目5
同じ頃、中央では義勇兵がハンター達と似た形で、敵本陣まで迫っていた。
ただし数が違う。疲弊しても、死兵と化した精兵二千。本陣を突ける戦力。
正面に兵数約千の本陣、距離四百メートル。木が数本あるだけで、遮るものは何も無い。
しかし、左右に万単位の軍が控えている。
直進すれば、横から挟撃される。
それでも、この距離なら届くだろう。
敵本陣の壊滅と引き替えなら死んでも構わない。
彼らはそう考えるが、足を止めていた。
「流石に不自然だろうよ」
「鼻息荒い連中が足を止める程度にはなあ」
カークにバンテが合わせた。
前日と違い、陣形の前に罠がなかった。その代わりが前にあるはず。
「動きはない。予定通りか。迂回ぐらいはするべきだな。今日は左右のどちらかを叩くか」
本陣左右の軍は動かない。
「後続の軍は左の方が優勢だ。左を潰しながら進んでいる」
「なら左だ、後方を軍と挟み込む。せっかく分断したんだ数を減らす」
カークが命令を下すのに、声を張り上げようとした時、前方の景色が一変。千を超す軍勢がいきなり出現した。
義勇兵がどよめく。
「幻術か、これだから魔法は」
「どうする?」
「正面にいるなら相手をしてやらねばな。迎撃だ。左右の動きに注意しろ」
正面の敵が動き出した。腕を前に出し、足を引きずるような歩き。よろめいている。それに武器が無い者もいる。
異様、すぐにおかしいと気付く。
だが、何がおかしいのかはわからないまま、ゆっくりと接近してくる。
そして表情がはっきり見えた。どこも見てはいない。目が死んでいる。
「ありゃあ、不死者だ」
バンテがぼやき、カークが命令を飛ばす。
「《動死体/ゾンビ》か、頭を潰せ! 腕をはねたぐらいじゃ止まらんぞ。動きは鈍い。落ち着いてやれ」
ゆっくり接近してきた動死体が、義勇兵に首を落とされる。
動死体は見慣れぬ者に恐怖を与えたが、大した敵ではない。
大丈夫、勝てる相手だ、と義勇兵は確実に動かなくなるまで攻撃する。
「ガァ、ナ?」
義勇兵が倒れた。首を刺し貫かれて。
動死体の首から飛び出した剣で貫かれたのだ。やったのは動死体の後ろにいた人影。
動死体に兵が紛れている? しかし、やったのも死人の顔だ。目が光っている。
「《呪死体/ワイト》が混じっているぞ! 《呪死体/ワイト》だ」
一人の義勇兵が叫んだ。
「差し詰め、死の兵団ってところか。円環、テカルリ・ピルトツイ、噂通りか」
カークが言った。
「だろうな。この趣味、準備があったにせよ、《呪死体/ワイト》をこの数を作り出す力量」
「腐った奴に噛まれるなよ。体が悪くなるぞ」
呪死体は鍛えた兵と同格の不死者、危険だが、今は数で勝っている。
義勇兵は、生命の理に背く者を、何度も斬りつけ確実に滅ぼしていく。
「右が前進! 向かってきます」
部下が報告した。見れば、右の敵部隊がゆっくり前進している。
「まず目の前だ。陣形は少し右に向けろ。このまま受け止める」
カークは激戦を予感した。右の部隊は正規兵が多い。
しかし、右の部隊は二百メートル前で停止。
重なる弦の音。部隊の中から、長い影が無数に空へ飛び上がった。それはこっちに向かって落ちてくる。
矢の雨だ。
「防御だ! バンテ」
「わかってる」
バンテが風の壁を張った。近くに来る矢は弾かれた。
矢は不死者にも当たる。だが多くは矢が刺さっても気にせずに、目の前の生物に喰らいつくのに夢中だ。
多くの義勇兵が矢で負傷していく。さらにそこに不死者が組み付く。
「クソが! これが目的か」
カークが悪態を突きながら呪死体を両断した。
ここで戦うのは不利。不死者を急いで叩き、あの部隊に肉薄するべきか? だが誘われている感もある。
カークは判断を保留した。もう少し動きを見たい。
「盾を前に出せ。矢の防御を優先させろ」
次の矢の雨が来る。それは明るかった、火矢だ。
なぜ火矢? カークは疑問を感じながらも、呪死体を斬り、防御姿勢をとった。
矢がきてから数秒、ゴガーンと爆音が響き、二か所で爆発が起こった。不死者と義勇兵が仲良く吹っ飛ぶ。
カークもわずかに熱風を感じた。
「爆発物を背負ってるのがいやがるぞ!」
バンテが叫ぶ。
火矢で服が激しく燃えている不死者もいる。あれは点火の役割か。動いていれば、爆弾持ちに接触しそうだ。
これは堪らない。前に出る選択肢は消えた。もろに爆発をくらってしまう。
「右だ! 右後方へ敵陣ぶち抜いて下がるぞ。敵を壁に使え、動死体はあっちに喰いつくかもしれん。後方の部隊にも支援させろ」
カークは本陣を諦め、民兵を減らすことに徹する。
しかし、敵陣に紛れるまでに、何度も爆発で大きな損害を受け、さらに右の部隊の突撃により追撃を受けることになった。
騎兵を欠いたザメシハ左軍は、正面から敵軍と当たるのは無理と考えた。
この状況で貴族達は有効な作戦を決定できず、結局、各貴族が独自に戦闘することに落ち着いた。
ザメシハ左軍の隊列、どことなく足並みのが揃わないのは、対面からでもわかった。
スンディはこれを好機と、大方陣で前進。そして接触。
ザメシハは小部隊では敵陣に深入りできず 自然と突いては退くような闘いになる。
たまにティカルサの攻撃が放たれたが、分散しているので被害は小さかった。
この戦い方は、陣の奥で待つ魔術師を遊び駒にし、遅滞戦術としては有効だった。
ナリタの重峰騎士団は部隊を四つに分け、大方陣の周りを走り回り、突撃の振りを繰り返し、余計な魔力を消費させ陣を乱すことに成功した。
これによりスンディは大きな戦果を上げられず、空は茜色に染まった。
身を凍らせる冷たい風が吹いている。動死体だって凍って動きが悪くなりそうな冷気。この湿原に来てからの、最低温度かもしれない。
夜、ザメシハ右軍はすぐに眠った。疲れていたし、戦果が充分か確認する術はない。
ハンターは酒が坂の上まで来ているのを耳聡く知っていたが、工事で道が狭まり、左軍のウマなどが出入りする加減で渋滞気味で、酒は後回しになった。
だから寝るしかない。
ただし、そこにヴァーラの姿は無い。
彼女は両軍の中間に立っていた。
彼女は不可視化している。魔法ではなく種族技能の〈狐隠れ〉によるもの。
ルキウスが特異な職業構成であるために、サポートも特異な構成になっているが、本来、《魔族・狐/ナイトメア・フォックス》は、速度型の《戦士/ファイター》、《盗賊/ローグ》、《吟遊詩人/バード》になる。
種族的に敏捷力と詐術に長けていた。
《猟豹の足/チーターフット》《追い風/テイルウィンド》を発動する。
「私も夜戦は得意なので」
ヴァーラが静かに走り出す。
「いましたね」
ヴァーラが瞳孔を開いた。こうも死にあふれた夜にいては、血が見たくなる。
敵を減らすことは目的に叶う。だからいいだろう、狩りをやっても。
スンディ左軍の前方、川を越えた場所では陸蛸の召喚を準備していた。護衛を含め、約三十。
「何か・・・・・・」
ザメシハの方を警戒していた魔術師は、不意に気になって目を細めた。
その動きを召喚術師が気にして顔を上げた。
「どうし――」
男は言葉を言い切る前に、凄まじい勢いで走り込んできたヴァーラの蹴りが顎を直撃、バギャッと音が鳴って、体が宙を舞った。
「な!」
いきなり出現した白銀の騎士、それをはっきり見る間もなく、警戒役も蹴りで心臓を砕かれ倒れる。
ヴァーラの勢いは止まらない。立て続けに三十人いた護衛と魔術師が始末された。
ほとんどは打撃、誰もまともな声をあげられなかった。
斥候は夜でも遠くを見通すが、透明になっていれば見えない。
警戒役の魔法使いが魔力を視認できる距離は、集中して精々百メートル。
ヴァーラが一秒で詰める距離。
ヴァーラは足を止めず、川を飛び越える。
彼女に罠を察知する力は無いが、彼女を一撃で殺せるような罠を民兵がうろつく場所に仕掛ける訳が無い。
川を越えた場所――戦闘時に民兵が陣形を組んでいる場所では、魔術師が壁の設営でもしているのか、うろうろしている。
それを片っ端から斬っていく。
二十ほど減らしたら、陣地が騒がしくなった。彼女はすぐに離脱した。
民兵もいたが、殺していない。手足をへし折り恐怖を植え付けただけだ。夜に攻撃されると認識させた方がいいと思った。
「いかがしましょう。後方から発射しますか」
テカセーヤは部下から失敗の報を受けた。
「やめておきなさい。以降もやらない。残りは他軍に使わせる」
陣地内の地中で引っかかって、そのまま攻撃形態になれば、味方を攻撃してしまう。
発射は前方で行う、それが正しい用法。味方がいる場所では使えない、そう設計したもの。
それに夜襲は敵だってできる。夜目が効くのはむしろ敵の方が多い。
このままやり合えば、二十四時間戦になってしまう。
眠らなければ、魔法の使用に支障をきたす。
お互いに魔法を失えば、敵の方が有利になる。
そんな激戦をやってられない。
援軍が到着してから攻めるべき。それまでは敵に圧力を掛けて、数を削って坂の要塞化が遅延すればそれでよかったのだ。
「にしてもまたあれか」
彼女の視線の先にはバラバラになった魔道具の残骸と血痕。思い起こされるのは白銀の聖騎士と槍。
〈怪熱の雄〉を単独で全滅させたらしい聖騎士。
あの爺さんたちは大陸南部の出身で、迷い旅魔術師の弟子との触れこみのハンターだった。
塔が箔付けに実績のある人間を入れることはある。
いくらかの俸給を貰い、籍を置いているだけで出仕せず、適当に余生を過ごしていた。
しかし腕はある。一対一で戦えば自分より上の相手、それを六人まとめて。
あれを近づけたのは失敗。歴史に名が残るクラスだ。なぜ、情報が無かったのか。
占術で監視したいが、これも弾かれている。弾かれないタイプで遠距離から監視するしかない。
テカセーヤのストレスが増えた。肌荒れが酷くなりそうだ。
「でも間引きには成功した。おかげで酷い目にあったけど」
今日の戦いは、彼女の望んだ激戦ではない。
スンディ側は追い込まれていた。食料不足である。
ティカルサは魔道総長としての権限で、食料を実験用物資との名目として充分に準備していた。
その食料はここにはない。
食料は順次後方から輸送する予定だった。その補給線が寸断されている。
原因は十三騎の赤恐鳥騎士。
これがアクシ低地で輸送部隊を襲撃している。
おそらく、ヌンテッカ山地を抜けてきたのだ。完全に想定外。
冬季のアクシ低地は、多くの川が枯れ、水に削られた地形が露出する。小さな河岸段丘が無数に連続する、乾燥して岩がちで、でこぼこの地形だ。
人もウマも踏破困難な地形、そこを赤恐鳥は高速で駆ける。
討伐に出た兵七百は触れることもできずに全滅した。
補給は遅れる。だから今日、数を減らすしかなかった。このまま減れば援軍まで耐えられる。
だが、昨晩はやりすぎたのだろう。おかげで敵の強烈な攻めを受け、魔術師に大損害が出た。
初日のような削り合いが理想だったのに。
「本軍が到着するまでは、死ぬのは民兵だけでいいってのに。もう! 憂鬱だわ」
五日目以降、ザメシハは全戦線で攻撃しては退くを繰り返した。
前日の左軍に着想を得たもの。
民兵の練度が低いことを利用しての戦術。彼らは動きが鈍く、高度に機動できない。だから後退する敵を追撃できない。
さらに追えたとしても、槍の密集隊形は致命的に横撃に弱い。槍同士がぶつかり方向転換に時間が掛かるからだ。
訓練していない兵は、陣の方向を変える、という単純なことができない。そして槍の密集陣で戦えるのは前方向だけだ。
逃げるザメシハ兵を見て、勝てると調子に乗った民兵が勝手に追ったが、ことごとく壊滅した。
スンディはこれを正規兵や魔術師を出して追わなかった。
増援が来れば、減った兵数は意味を持たず、少しとはいえ、ザメシハの兵は確実に数は減っているからだ。
双方の利害は一致していた。
ザメシハはこの時点で博打的な大勝負をせずに坂の要塞化に集中したい。
スンディは魔術師を減らしたくない。
変化として、スンディ中央軍では、少しずつ不死者の兵力が増加していた。
ただし、ザメシハは国中でポーションを緊急増産している。事実の上の戦力増加。
両軍は互いに戦力をすり減らし、勝負の時を待った。
それは増援が来る直前。
ザメシハには、薄くした壁を突破して魔術師を大きく減らす機会。あわよくば完全に粉砕して侵攻をくじく。
スンディには、攻勢に出たザメシハを刈り取り、防御に徹すれば面倒な敵兵を減らす機会。
可能なら一気に中央を突破して、籠る機会すら与えない。
このタイミングで坂を落とせば、ザメシハ南部は手中に収めたようなもの。戦は終わりだ。




