主力
揃った盤面
大きな黒い円卓を囲むように、床に光が連続して出現する。
立て続けに六つの光が現れ明滅するさまは、さながら六連星。
ルキウスはあれから、痕跡をできるだけ消してそそくさと帰還した。
魔法による追跡から完全に逃れる術は存在しない。だとしても、奇襲は受けるよりはかけるもの。意図的に残る情報を計算して狩り場を用意しておいた。
村人が来る場所でなければ罠を設置するが、アイアの父親が発狂しそうなので断念した。
アトラスでの十年以上の森生活。森の流儀が魂に隅々まで根を張っている。
「各々、席に着け」
ルキウスはやや低く部屋に響く声で場を制する。
窓から差しこむ光を背にして深く座るルキウスは、君臨者に相応しい余裕の表情。
ソワラはルキウスの左隣に、ウリコは離れた位置の椅子に、タドバンはルキウスの背後で寝そべり、舐めた前足でしきりに顔をこすっている。
この部屋は生命の木にある様々なコンセプトに基づいて調整された部屋の一つ。
ルキウスが暇をもて余し、趣味でコーディネートした部屋では真っ当な部類。中央に大きな漆塗りの黒い円卓が置かれ、その周囲を三十ほどのゆったりと大きな椅子が囲む会議室。天井からヘビが降らず、タンスに殴られず、円卓が暴れたりしない。
ルキウスの隣の席に掛ける者がある。
「なぜあなたが隣に座るのですか、アブラヘル」
ソワラがすばやく言った。
「あらぁ、あなたも隣に座っているじゃないの?」
「私はルキウス様のパートナーですから当然隣なのです」
「あっらぁー、ならあ、今からぁん、私もパートナーがいいですぅ、ルキウス様ー」
この一々甘ったるい声で話す女はアブラヘル。優柔不断なルキウスのせいで、あれもこれもと複合的な職業構成になりがちなサポートで、完全に〔女呪術師/ウィッチ〕に特化している。最終基礎職業は〔女淫魔/サキュバス〕。
つばが広いウィッチハット、ショートケープの下には肩から胸元まで開けたコート、ロングプリーツスカートの裾は大きく広がっている。靴はハイヒール。それらの色は赤紫基調で統一されている。
大きなつばの下には、カールのかかった短めの赤い髪、赤い目、そして妖麗で一癖ありそうな表情。
予想された行動傾向。いかにも淫魔的な行動である。
しかし、対処には困る。
「いい加減にしないとランドマークデストロイビームを撃ちこんであげますよ」
ソワラは冷静に話しているが、機嫌が急速に悪化していく。
「怖いわぁ、ルキウス様」
アブラヘルがルキウスにしなだれかかる。ソワラの目の虹彩から金がジワジワとこぼれ始めた。
戦争だ、戦争が始まってしまう。一国が亡ぶレベルの騒乱がルキウスを挟んで始まろうとしている。
(さっそく修羅場だよ。勘弁願いたい。どちらを選べばいいのか。悪魔の推理クエストで磨かれた判断力を発揮するのだ。いや待てよ。これはどっちも選ばないパターンのやつでは! フェイントに引っかからないようにしないとブラックホールだ)
「今はまず話を進めるぞ」
ルキウスが毅然とした態度で、威厳を発揮して強引に進むべき道を示す。
「そんな事より己と斬り合いでもしようぜ、大将」
ルキウスの正面遠く、円卓の対岸に掛けた男から不作法で大きな声が飛んだ。
着流しで刀を腰に一本差した好戦的な男。身長はルキウスと同じぐらいで、全身は筋肉質。パーティで物理攻撃役の侍、ゴンザエモン。
まず目に入るのは額中央の一本角。散切り頭に無精ひげの生えた野獣的な顔つきに、角が攻撃性を主張する姿はまさに鬼。最終基礎職業は〔鬼人/オニヒューマン〕。角はあっても魔族ではなく人間の範疇だ。
こいつは侍といっても主君に使える方向ではない。〔修羅道/ロードオブシュラ〕などの職業で剣の道を極める者だ。
その性質からして、この手の性格であることは読んでいた。
「君はいつも余計な言で刀を振り回してばかりだね。少しは頭を使ってみなよ」
横合いから若い男の声が割り込む。
その声は雄牛の頭部から出ている。ヴァルファーだ。
白のシャツの上には仕立ての良さそうな青っぽいロングシャツジャケットにズボンと革靴。
首の上に取り付けられたキザな雄牛の顔は、異様な風情と存在感。
見た目は完全に喋る牡牛だが牛の魔族ではない。
アブラヘルと同じ〔魔族・悪魔/ナイトメア・デビル〕系統で最終基礎職業は〔羽牛悪魔/ハーゲンティ〕。
パーティーでの役割は前衛万能型。
「己は別にお前が相手でもかまわんぜ、ヴァルファー」
ゴンザエモンは顔の筋肉を総動員して、戦を始めんばかりの獰猛な笑みを浮かべた。
「ああ、君は誰でもいいんだろうね、あまりやかましくしていると酒を分けてあげないよ」
「おい、それとこれとは話が別だぜ。卑怯ってもんだ、卑怯」
「この馬鹿者に一言をやってくれよ、カサンドラ」
ヴァルファーは隣に声をかけた。
「ただ主様の言葉を傾聴せよ。それがよい運命を招く。清き波動がそう告げておる」
常に目を閉じて、神秘をたたえる長髪の女。遠慮深い天雷から導かれる啓示を宿し、深き瞑目と共にあるのがカサンドラ。
髪色は白よりの金髪で独特の輝きを含む。全身を包む白を基調としたローブには、簡素な中にも荘厳さが見られる。
耳は尖っているがルキウスやソワラほどではない。彼女は人間と妖精人のハーフである〔半妖精人/ハーフエルフ〕だ。
やりとりを見ていたルキウスは、話が進まないと、前へ前へと押していく。
「まずは説明だ、ソワラ、これまでの情報を報告せよ」
ソワラから現状について一式の説明がなされた。
「つまぁり、状況が変わったからあー、ルキウス様は私のものなのねー」
アブラヘルがくねくねしながらのたまう。
「何を聞いていたの、あなた」
ソワラがマグマすら凍りつかせる目つきでアブラヘルを見る。
「もっと情報が必要ですね、この状況に対処するための体制もね」
至って真っ当なことを言う常識的な牛。
「すべては電磁波の導きのままに」
自分の世界を崩さないカサンドラ。
「大変そうだから、己と斬り合いでもやろう、大将」
こいつだけは一切変化なし、考える頭はないようだ。周りも呆れた表情。
仲間の信頼度を気にして回復魔法実験をやめたルキウスは、なんの因果か配下から斬り合いを迫られている。
こいつなら腕ぐらい、落としても良いのではないだろうか。回復魔法が有効なら腕の一本ぐらいは生える。実験向きの人材だが、今は早く村に行きたい。
円卓に並んだ者達を見たルキウスは組織の長としての自覚が芽生え、今日中に情報を確保するのだ、という使命に燃えていた。基本ソロの男は、リーダーズハイに突入している。
「調子に乗るなよ、ゴンザエモン。お前ごときに私の相手が務まるものか」
ルキウスがゴンザエモンに神気を叩きつける。
「そ、それは森の中ならともかく。外ならどうにかなりますぜ、大将。己はたまにゃー、外にも行きたいもんですぜ」
気押されるも踏みとどまり、戦いをおねだりする鬼、全くかわいくない。
「森が無ければ森を造るまで。荒涼と無情が支配する月であっても緑で埋め尽くしてやるわ」
さらなる神気が部屋を満たし支配する。
「大将にそこまで言われちゃあ敵わねえなあ」
頭を掻き、角をいじる鬼。
「これはなんたる豪気、ここがどこであっても、偉大なルキウス様の前には敵などございません」
すかさずそやす牛。
「当然のことです」
胸を張って誇らしげなソワラ。
「格好いいわぁ、私のルキウス様ぁー」
また、ソワラににらまれるアブラヘル。
「お、おらぁ、どうすれば……」
初めて口を開いた巨大なシルエット。ここまで不安そうに視線がさまよっていた。
二・三メートルの身長を持つ巨漢。その威圧的な体格とは裏腹に茶色の短髪で温厚そうな顔。〔魔族・巨人/ナイトメア・ティタン〕系統のテスドテガッチ。
全身を分厚い金属の鎧に覆われ、敵を威嚇する派手な兜は机に置かれている。ただでさえ大きな身長に、体型はふくよかで、鎧も腹の辺りは丸くなっている。武骨で分厚い鎧は占有する面積が大きくなり、周囲に重圧を感じさせる。
「テスドテガッチはいつもどおりに盾を務めよ」
「そんなこたあ、簡単だあ」
テスドテガッチは不安が払しょくされ、元気を取り戻した。元気でふくよかな顔は、見る者を幸せにする。
「ここにいない者は?」
ヴァルファーが疑問を呈する。
「必要最低限の人員を呼んだ。まずは情報を求める」
実際は全員呼び出して反乱を起こされると困るのと、問題の有りそうな者を放置したくなかったからだ。
「わしが呼ばれたのはなぜでしょうかの?」
低い声で最後に口を開いたのが、〔頑固鉱人/アダマンドワーフ〕のゴッツ。
それなりに年を取り、しわのある迷いなき顔。皮の帽子を被り、職人的な頑固さが感じられ、白い口髭をたくわえている。職人の頑丈なエプロンを着た体は小柄だが腕は非常に太い。
「お前を呼んだのは秘文に印、ルーンを用いて結界を制作させるためだ。できるな?」
「生命の木を防御せよとの命ですな。もちろんできます。お任せください」
ゴッツとルキウスが話している両横では戦争が再開している。ソワラに説明させて停戦させる調停者ルキウスの策は成功したが、説明が終わり状況は激変した。




