四日目4
本陣の壁が民兵の隙間からチラチラと見えている。
ザンロが民兵を叩きのめすと、完全に視界が開けた。他のハンターも敵を叩き潰し前に出た。
三又槍が陣形を突きぬけた。本陣が遠く、やや右に見える。
ザンロが眉をひそめた。横に並ぶハンター達の顔も険しい。
本陣までの六百メートル、その間に民兵はいない。
本陣を囲む壁の前には、誘うように少し折れ曲がったすり鉢状の横陣。大勢の正規兵と魔術師が並んでいる。本陣の両横にも部隊が配置されていた。
敵から見えているはずだが、攻撃魔法はこない。
「・・・・・・壁に使える奴がいなくなったか」
何より問題は左。三又槍の左は折れてしまった。
左は激戦の末、大きな被害を出して下がる途中。敵にも相当な損害を与えたが、主力の三分の一が潰れた影響は大きい。
「こっちの本陣はなんか言ってるか?」
「軍は順調と。魔術師だけ狙え」
魔術師のハンターが答えた。
「狙い放題だが、あれだけいてはな。数は?」
「全部で二百から二百五十。あの壁の向こうにもいるはず。兵士は千二百」
遊撃兵のハンターが答えた。
あれから魔術師の攻撃を受けていない。敵の魔術師はこっちの突破力が高いと判断した時点で、受け止めるのをやめて本陣まで下がったのかもしれない。
「こっちは何人付いてきている?」
「いま三十、全員で七十ぐらいになるかと」
「無理くせえぞ」
(戦果は充分か? 左右を含めて二百ぐらいは魔術師を減らした。こっちもやられてる。物資も無い。左から後方が寸断されるかもしれねえ。だが足りなかったら犠牲が無駄になっちまう)
本陣を攻めるなら後方に待機した全戦力を投入するべきだ。しかし、それで失敗すれば全滅、復活もできない。
いま退却すれば、背を追われる。しかし退路は確保しているから速やかに下がれる。
「なるほどな」
ザンロが本陣周りをじっくり見て、深く納得した。
「何が?」
盾戦士のハンターが尋ねた。
「あれを攻めるのは難しいと思ってな」
「そりゃ、そうだぜ」
盾戦士が笑う。他のハンターも笑った。
「そんなの当たり前でしょ! 本陣なのよ」
後ろの方からチェリテーラの声がした。
ザンロは軍規模の戦術などわからない。しかし実際に見て、感覚的に理解した。
この距離、民兵がいない開けた空間。
射撃戦には絶好の距離。特に発掘品の出番だ。
風の壁が使えるといっても、様々な角度から撃たれれば防御は間に合わない。魔力もすぐに尽きるだろう。
だが、ここに一線級の射手はいない。乱戦の中、射撃特化者を大勢連れてこれない。
騎兵が数いれば、損害覚悟で強引に突撃して蹂躙できる。一、二発の魔法を撃つ時間しかないからだ。
だが、騎兵は高いから狙撃されしまう。深入りできない。
だから敵陣に突破口を空けたら後退する。
右軍は騎兵自体も少ない。川が地味に邪魔なのもあるだろう。
今のように、少数精鋭で抜けば負担が大きく、そもそも数が足りない。
大勢で固まってゆっくり進んだなら、そこを魔法で狙われる。
ザンロが蹴散らしてきた貧弱な民兵は、壁としての役割をきっちりと果たしていた。
先に壁を薄くしないと本陣を攻撃する余力は残らない。
戦争では数の差が大きい。やられてもいい。敵を止められなくてもいい。
自分とは違う壁だ。
これを破るには捨て駒が要る。
今とは逆、低位のハンターを前に出し、死に役にする戦術。
彼らが数を減らしながら敵陣をこじ開け、魔力を消費させる。
その後、彼らの屍を越えて、主力を一気に本陣に突入させる。犠牲は必須だ。
だが個人主義のハンターでは、死に役を用意できない。
つまり相手の準備は充分で、こっちは何もない。これがザンロの理解。
(これが戦争ってもんか。ちょっとわかったぜ。今日は無理だ)
ザンロが撤退を決断しようとした時、本陣で動きがあった。
敵の本陣、壁に囲まれているといっても出入り口はある。
だが、人影は内から壁を飛び越えて出てきた。
次々に軽快な動きで壁を飛びこえ、少しふらつきながら、こっちへ無警戒に進んで来る人影。
刃物を持った道化師のぬいぐるみ。
一見、服を着ているようだが全身が布きれだ。
下手くそが縫ったのか、目は飛び出ていたり、くぼんでいたりする。体も左右は非対称で、不気味な足取りだ。
派手な配色と不気味な顔、幼児の手作り感にあふれている。
数は二百ほどになった。ガクガクした倒れそうな足取りだが、確実に近づいてくる。
接近してくるならまず射撃、弓を持つ者が弓を取り出す。
「なんだ、あれ」
「魔道人形だ」
「来るのは人形だけ? 術者はいないのか」
「自動制御だろう」
ハンター達が見慣れぬものを警戒した。
敵兵は動いていない。向こうから来るのは道化師だけ。ならば減らしておいた方がいい。あれだけ潰して撤退。それで丁度よいとザンロは思った。
「射撃準備だ。弓無しは壁、その後ろに射手が付け」
ザンロが言った。直後、雷撃の弾丸が、輝きながら飛んだ。それが人形の脳天を撃ち抜いた。
「え?」
チェリの魔銃に違いない。なぜ撃った? 弾は矢より貴重なのに。
命中した人形が倒れる。耐久力は低い。ザンロがそう思った時。
「グァ」
チェリテーラの締め上げられたような声がした。
「チェリ!? どうなった」
ザンロは振り返らずに言った。返事がない。後ろが騒がしい。よくないことが起きた。
ついに振り返ろうとした時、チェリテーラの返事があった。
「・・・・・・呪詛の類よ、ダメージと能力低下、気分が悪いわ」
「無事か!?」
人形がふらついた奇妙な歩きを見せている。
「死にはしないと思う」
呪いの多くは時間で自然に治癒しない。
「射撃は待て。治療を!」
「これは俺には解呪できない。黒いものががっちりとこびりついている」
すでにやっていたのか、戦司祭が言った。
「・・・・・・この呪いは、二歳以上のサシガメ三匹を食べれば治るそうよ」
チェリテーラが言った。
「なんだ、それは?」
「条件付きかよ」
ハンターには知る者もいる。
「自己解除可能にするのと引き換えに、除去難度を押し上げているのよ。他のもきっとそうなってる」
チェリテーラが言った。
「森に行って、洞の中でも探せば三匹ぐらいは」
戦司祭が言った。
「聞いてないってのよ!」
チェリテーラが怒鳴った。動ける体力はありそうだ。
「いや少しでも役に立とうと。ちなみに人家にもいるぞ、家具と壁の隙間とか、木戸の裏にも」
「だから、聞いてねえんだよ!」
苛々しているようだ。きっと知能も低下している。
「誰が知能低下よ。馬鹿髭が!」
「な、何も言ってねえだろ!?」
ザンロがうろたえた。
「考えてることはわかってるのよ」
「判断は!?」
迫る魔道人形に、ハンターが浮足立つ。
「とりあえず防御だ。誰か殺さない程度に攻撃してみろ」
「誰かって誰だよ」
ハンターなら未知の特殊能力の敵との戦闘は避ける。戦争でそうもいかないという状況が、戸惑わせ、混乱を招いている。
魔道人形が急に足の動きを速め、加速した。
上体と下半身の動きが噛み合わない奇妙な走り。次々に来る。
それをハンター達が受け止める。
「攻撃しては駄目なタイプかよ」
「軽く、力は無いが、速いぞ」
人に近く、それでいて人にあらざる動き。関節が奇妙に曲がり、無茶苦茶な軌道で剣を振る。
見ているのかどうかもわからない目がギョロギョロ動き、軽快に跳ね回り、戦闘中だった人形が急に後退して踊り出したかと思うと、入れ違いに別の奴が突っ込んでくる。
混乱、慣れない動き、ハンターの足並みが乱れてきた。
「どうするんだ! 誰かがまとめて呪いを引き受けるか?」
「駄目だ。ダメージもある」
(チェリ、何かあると思って撃ったな。損害引き受けをやらせちまった。しくじった)
「撤退だ、撤退するぞ!」
ザンロが強い語調で言った。
「ここまで来たのにか!?」
ザンロの判断に不満を言うものもいる。しかし彼の意志は固い。呪いよけのポーションを準備して叩くべき相手だ。
「準備が無い。呪われたところを追撃されるぞ。それにこいつの呪いが敵に効くなら壁になる。防御隊形を――」
いきなり人形が立て続けに弾ける。光の反射によるきらめきが目に入った。
白銀の騎士が猛烈な速度で視界に滑り込んだ。ヴァーラだ。
「そいつを破壊すると呪詛があるぞ!」
あるハンターが叫んだ。
「呪いを受けるような鍛え方はしていない。これの相手は私がします」
西部のハンターが敵陣を破って出てきている。彼らは右から回り込み敵に射撃を始めた。
右の敵がそれに対応し、左の敵はこちらを追うべく動く。
ヴァーラが落ちていた民兵の槍を、足先で引っ掛けると、同時に剣を真上に投げた。剣がくるくると回転しながら宙を舞う。
すぐに足で槍を上に蹴り上げ、右手で握ると、槍は緑の輝きをまとった。これは戦士たちにも見えた。
そして凄まじい投擲、振り抜かれた彼女の手から槍が消えた。人々が槍を見失う。
ゴガァーーンという爆発的な音が敵本陣から響いた。
槍は兵の胴体を貫通し、さらに後ろの魔術師を二人貫通、本陣の壁をぶち破り、本陣後方の壁に刺さって止まっていた。貫かれた者がゆっくり倒れる。
《神の投擲/ディバインスローイング》。彼女の魔法ではない。ルキウスが神気の消費と、自らの当該魔法使用停止を代償に、彼女に預けている魔法だ。
「死にたい方から進まれよ」
凛とした声が響いた。彼女は落ちてきた剣を綺麗に受け取るなり、魔道人形を一閃、三体を斬り捨てた。
敵の足が完全に止まる。次の一歩を踏み出そうとする者はいない。
「私はあの穢らわしいものを根絶やしにしてから帰りますので」
ヴァーラがザンロに言うと、すぐにる魔道人形の群れに突っ込んで斬っていく。
「そっちは後退できるのか?」
「帰れと言われたら帰るのよ」
ザンロの問いに返事は無く、チェリテーラが離脱を急かす。
ヴァーラは中央部隊が後退したのを、背で感じながら人形をバラバラにしていく。修理されないようにみじん切りだ。
中からバラバラになった綿が飛び出し、風に舞って綿毛のように飛んでいく。
敵本陣まで彼女の足なら一瞬。正面から斬り込めばおそらく勝てる。しかし、待ち構えた相手に突撃するのは愚策。主も絶対に避ける。強力な発掘品があれば、どうなるかわからない。
ましてや、今は魔力の消費が馬鹿にならない。
西部のハンターは健闘しているが、すぐに下がらねば包囲される。
(無理に危険を冒す場面ではない。もっと兵を連れて迫る機会は必ずある。それに今日は残りを治療に)
思いを胸に、ヴァーラは人形を全て破壊し終わった。
「帰りますよー」
ヴァーラが西部のハンター達に気さくに声を掛けた。彼らが後退を開始する。
ヴァーラは最後に敵本陣を一瞥すると、鋭くきびすを返し、殿となって退却した。