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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
1-7 東の国々 魔道の残骸
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四日目4

 本陣の壁が民兵の隙間からチラチラと見えている。

 ザンロが民兵を叩きのめすと、完全に視界が開けた。他のハンターも敵を叩き潰し前に出た。


 三又槍トライデントが陣形を突きぬけた。本陣が遠く、やや右に見える。


 ザンロが眉をひそめた。横に並ぶハンター達の顔も険しい。

 本陣までの六百メートル、その間に民兵はいない。

 本陣を囲む壁の前には、誘うように少し折れ曲がったすり鉢状の横陣。大勢の正規兵と魔術師が並んでいる。本陣の両横にも部隊が配置されていた。


 敵から見えているはずだが、攻撃魔法はこない。


「・・・・・・壁に使える奴がいなくなったか」


 何より問題は左。三又槍トライデントの左は折れてしまった。

 左は激戦の末、大きな被害を出して下がる途中。敵にも相当な損害を与えたが、主力の三分の一が潰れた影響は大きい。


「こっちの本陣はなんか言ってるか?」

「軍は順調と。魔術師だけ狙え」


 魔術師のハンターが答えた。


「狙い放題だが、あれだけいてはな。数は?」

「全部で二百から二百五十。あの壁の向こうにもいるはず。兵士は千二百」


 遊撃兵のハンターが答えた。

 あれから魔術師の攻撃を受けていない。敵の魔術師はこっちの突破力が高いと判断した時点で、受け止めるのをやめて本陣まで下がったのかもしれない。


「こっちは何人付いてきている?」

「いま三十、全員で七十ぐらいになるかと」

「無理くせえぞ」


(戦果は充分か? 左右を含めて二百ぐらいは魔術師を減らした。こっちもやられてる。物資も無い。左から後方が寸断されるかもしれねえ。だが足りなかったら犠牲が無駄になっちまう)


 本陣を攻めるなら後方に待機した全戦力を投入するべきだ。しかし、それで失敗すれば全滅、復活もできない。

 いま退却すれば、背を追われる。しかし退路は確保しているから速やかに下がれる。


「なるほどな」


 ザンロが本陣周りをじっくり見て、深く納得した。


「何が?」


 盾戦士シールドファイターのハンターが尋ねた。


「あれを攻めるのは難しいと思ってな」

「そりゃ、そうだぜ」


 盾戦士が笑う。他のハンターも笑った。


「そんなの当たり前でしょ! 本陣なのよ」


 後ろの方からチェリテーラの声がした。

 ザンロは軍規模の戦術などわからない。しかし実際に見て、感覚的に理解した。


 この距離、民兵がいない開けた空間。

 射撃戦には絶好の距離。特に発掘品の出番だ。

 風の壁が使えるといっても、様々な角度から撃たれれば防御は間に合わない。魔力もすぐに尽きるだろう。

 だが、ここに一線級の射手はいない。乱戦の中、射撃特化者を大勢連れてこれない。


 騎兵が数いれば、損害覚悟で強引に突撃して蹂躙できる。一、二発の魔法を撃つ時間しかないからだ。

 だが、騎兵は高いから狙撃されしまう。深入りできない。

 だから敵陣に突破口を空けたら後退する。

 右軍は騎兵自体も少ない。川が地味に邪魔なのもあるだろう。


 今のように、少数精鋭で抜けば負担が大きく、そもそも数が足りない。

 大勢で固まってゆっくり進んだなら、そこを魔法で狙われる。


 ザンロが蹴散らしてきた貧弱な民兵は、壁としての役割をきっちりと果たしていた。


 先に壁を薄くしないと本陣を攻撃する余力は残らない。

 戦争では数の差が大きい。やられてもいい。敵を止められなくてもいい。

 自分とは違う壁だ。


 これを破るには捨て駒が要る。

 今とは逆、低位のハンターを前に出し、死に役にする戦術。

 彼らが数を減らしながら敵陣をこじ開け、魔力を消費させる。

 その後、彼らの屍を越えて、主力を一気に本陣に突入させる。犠牲は必須だ。


 だが個人主義のハンターでは、死に役を用意できない。

 つまり相手の準備は充分で、こっちは何もない。これがザンロの理解。


(これが戦争ってもんか。ちょっとわかったぜ。今日は無理だ)


 ザンロが撤退を決断しようとした時、本陣で動きがあった。


 敵の本陣、壁に囲まれているといっても出入り口はある。

 だが、人影は内から壁を飛び越えて出てきた。

 次々に軽快な動きで壁を飛びこえ、少しふらつきながら、こっちへ無警戒に進んで来る人影。


 刃物を持った道化師のぬいぐるみ。

 一見、服を着ているようだが全身が布きれだ。

 下手くそが縫ったのか、目は飛び出ていたり、くぼんでいたりする。体も左右は非対称で、不気味な足取りだ。

 派手な配色と不気味な顔、幼児の手作り感にあふれている。

 数は二百ほどになった。ガクガクした倒れそうな足取りだが、確実に近づいてくる。


 接近してくるならまず射撃、弓を持つ者が弓を取り出す。


「なんだ、あれ」

魔道人形マジックパペットだ」

「来るのは人形だけ? 術者はいないのか」

「自動制御だろう」


 ハンター達が見慣れぬものを警戒した。

 敵兵は動いていない。向こうから来るのは道化師だけ。ならば減らしておいた方がいい。あれだけ潰して撤退。それで丁度よいとザンロは思った。


「射撃準備だ。弓無しは壁、その後ろに射手が付け」


 ザンロが言った。直後、雷撃の弾丸が、輝きながら飛んだ。それが人形の脳天を撃ち抜いた。


「え?」


 チェリの魔銃に違いない。なぜ撃った? 弾は矢より貴重なのに。

 命中した人形が倒れる。耐久力は低い。ザンロがそう思った時。


「グァ」


 チェリテーラの締め上げられたような声がした。


「チェリ!? どうなった」


 ザンロは振り返らずに言った。返事がない。後ろが騒がしい。よくないことが起きた。

 ついに振り返ろうとした時、チェリテーラの返事があった。


「・・・・・・呪詛の類よ、ダメージと能力低下、気分が悪いわ」

「無事か!?」


 人形がふらついた奇妙な歩きを見せている。


「死にはしないと思う」


 呪いの多くは時間で自然に治癒しない。


「射撃は待て。治療を!」

「これは俺には解呪できない。黒いものががっちりとこびりついている」


 すでにやっていたのか、戦司祭ウォープリーストが言った。


「・・・・・・この呪いは、二歳以上のサシガメ三匹を食べれば治るそうよ」


 チェリテーラが言った。


「なんだ、それは?」

「条件付きかよ」


 ハンターには知る者もいる。


「自己解除可能にするのと引き換えに、除去難度を押し上げているのよ。他のもきっとそうなってる」


 チェリテーラが言った。


「森に行って、洞の中でも探せば三匹ぐらいは」


 戦司祭ウォープリーストが言った。


「聞いてないってのよ!」


 チェリテーラが怒鳴った。動ける体力はありそうだ。


「いや少しでも役に立とうと。ちなみに人家にもいるぞ、家具と壁の隙間とか、木戸の裏にも」

「だから、聞いてねえんだよ!」


 苛々しているようだ。きっと知能も低下している。


「誰が知能低下よ。馬鹿髭が!」

「な、何も言ってねえだろ!?」


 ザンロがうろたえた。


「考えてることはわかってるのよ」

「判断は!?」


 迫る魔道人形マジックパペットに、ハンターが浮足立つ。


「とりあえず防御だ。誰か殺さない程度に攻撃してみろ」

「誰かって誰だよ」


 ハンターなら未知の特殊能力の敵との戦闘は避ける。戦争でそうもいかないという状況が、戸惑わせ、混乱を招いている。


 魔道人形マジックパペットが急に足の動きを速め、加速した。

 上体と下半身の動きが噛み合わない奇妙な走り。次々に来る。

 それをハンター達が受け止める。


「攻撃しては駄目なタイプかよ」

「軽く、力は無いが、速いぞ」


 人に近く、それでいて人にあらざる動き。関節が奇妙に曲がり、無茶苦茶な軌道で剣を振る。

 見ているのかどうかもわからない目がギョロギョロ動き、軽快に跳ね回り、戦闘中だった人形が急に後退して踊り出したかと思うと、入れ違いに別の奴が突っ込んでくる。


 混乱、慣れない動き、ハンターの足並みが乱れてきた。


「どうするんだ! 誰かがまとめて呪いを引き受けるか?」

「駄目だ。ダメージもある」


(チェリ、何かあると思って撃ったな。損害引き受けをやらせちまった。しくじった)


「撤退だ、撤退するぞ!」


 ザンロが強い語調で言った。


「ここまで来たのにか!?」


 ザンロの判断に不満を言うものもいる。しかし彼の意志は固い。呪いよけのポーションを準備して叩くべき相手だ。


「準備が無い。呪われたところを追撃されるぞ。それにこいつの呪いが敵に効くなら壁になる。防御隊形を――」


 いきなり人形が立て続けに弾ける。光の反射によるきらめきが目に入った。

 白銀の騎士が猛烈な速度で視界に滑り込んだ。ヴァーラだ。


「そいつを破壊すると呪詛があるぞ!」


 あるハンターが叫んだ。


「呪いを受けるような鍛え方はしていない。これの相手は私がします」


 西部のハンターが敵陣を破って出てきている。彼らは右から回り込み敵に射撃を始めた。

 右の敵がそれに対応し、左の敵はこちらを追うべく動く。


 ヴァーラが落ちていた民兵の槍を、足先で引っ掛けると、同時に剣を真上に投げた。剣がくるくると回転しながら宙を舞う。

 すぐに足で槍を上に蹴り上げ、右手で握ると、槍は緑の輝きをまとった。これは戦士たちにも見えた。

 そして凄まじい投擲、振り抜かれた彼女の手から槍が消えた。人々が槍を見失う。


 ゴガァーーンという爆発的な音が敵本陣から響いた。

 槍は兵の胴体を貫通し、さらに後ろの魔術師を二人貫通、本陣の壁をぶち破り、本陣後方の壁に刺さって止まっていた。貫かれた者がゆっくり倒れる。


 《神の投擲/ディバインスローイング》。彼女の魔法ではない。ルキウスが神気の消費と、自らの当該魔法使用停止を代償に、彼女に預けている魔法だ。


「死にたい方から進まれよ」


 凛とした声が響いた。彼女は落ちてきた剣を綺麗に受け取るなり、魔道人形マジックパペットを一閃、三体を斬り捨てた。

 敵の足が完全に止まる。次の一歩を踏み出そうとする者はいない。


「私はあの穢らわしいものを根絶やしにしてから帰りますので」


 ヴァーラがザンロに言うと、すぐにる魔道人形マジックパペットの群れに突っ込んで斬っていく。


「そっちは後退できるのか?」

「帰れと言われたら帰るのよ」


 ザンロの問いに返事は無く、チェリテーラが離脱を急かす。



 ヴァーラは中央部隊が後退したのを、背で感じながら人形をバラバラにしていく。修理されないようにみじん切りだ。

 中からバラバラになった綿が飛び出し、風に舞って綿毛のように飛んでいく。


 敵本陣まで彼女の足なら一瞬。正面から斬り込めばおそらく勝てる。しかし、待ち構えた相手に突撃するのは愚策。主も絶対に避ける。強力な発掘品があれば、どうなるかわからない。


 ましてや、今は魔力の消費が馬鹿にならない。

 西部のハンターは健闘しているが、すぐに下がらねば包囲される。


(無理に危険を冒す場面ではない。もっと兵を連れて迫る機会は必ずある。それに今日は残りを治療に)


 思いを胸に、ヴァーラは人形を全て破壊し終わった。


「帰りますよー」


 ヴァーラが西部のハンター達に気さくに声を掛けた。彼らが後退を開始する。

 ヴァーラは最後に敵本陣を一瞥すると、鋭くきびすを返し、殿となって退却した。

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