四日目2
ヴァーラは姿勢を低くして、強引に民兵をなぎ倒し、切り払い、盾で押しやり、一直線に敵陣を貫く。
彼女の視界では、民兵が目まぐるしく現れては去っていく。
やがて、立派な鎧の正規兵、そして後ろの魔術師が視界に入った。次の瞬間、すでに正規兵は至近距離。
左の兵を盾でガギャンッと打ち飛ばし、後方の魔術師に叩きつけ、右の兵をゴンッと殴りつけて首をへし折った。
剣の届く二人の魔術師の首を一閃で落とし、これも置き去りにして加速する。
目標はそのさらに先、奥に見える六人。距離は八十メートル。
身にまとうオーラが大きく、年齢も高く、全員が五十以上に見える。
彼らはヴァーラの姿を認めても揺るがず、魔法の準備に入った。
肉体を越えて霊体をかすめる感覚――精神に干渉しようとしたと感じるが、特に対処はしない。
ただ一直線。
三人の指先に小さな球体が発生した。空色に白の混じる球体、雷の球体、焦げ茶色の球体。
これを受ければ無傷とはいかない。
《上位・土属性遮断/グレーター・アースブロック》《上位・魔法抵抗/グレーター・レジストマジック》《付与・安定/ビストゥ・スタビリティー》《緑の祝福/ブレスオブヴァーダント》。
防御魔法を素早く使う。
それぞれ球体が三方向に分かれて、ヒュッと跳び上がった。鋭い放物線を描き、来る。
予想落下地点は、ヴァーラの正面、三十メートル先に一個。彼女を挟む形で左右に一個ずつ。落下点で大きな正三角形ができる位置。
(躊躇無い攻撃、正確な状況判断ですね)
ヴァーラは左へ曲がった。焦げ茶色の球体が来る所へ向かう。そして一斉に着弾。
焦げ茶が、彼女の目の前で炸裂した。その一点から、四方八方に土砂崩れが起きたように、岩石と土が爆発的に湧き出し、民兵をグチャグチャにしながら広がる。
当然、ヴァーラを土石流が直撃するが、石も土も彼女に触れる直前に消滅していく。
土の流れで押されてきた民兵だけを屈んでかわす。そして土石流の下を低く走る。
他の球体も爆発している。正面では冷気が爆発的に広がり、範囲内にいた民兵は凍りつき死んでいる。地面も凍結していた。右では雷撃が炸裂し、巻き込まれた民兵は全て倒れていた。
巻き添えを食った周囲の民兵が、慌てて逃げだした。
ヴァーラは凍結面を避けての最短経路で、敵へと走る。
正面で爆発的に黒い煙が噴出した。一気にむせかえる黒で視界が埋まる。
《黒の塵/ブラックダスト》だろう。
何も見えず、黒色が鎧にまとわりつき、一部が黒くなった。
そして至近で甲高い音の爆発が起こり、兜を叩いたような轟音が、前進を揺らした。
彼女は珍しく顔をしかめた。
「目・耳潰し」
ヴァーラがつぶやく。待ち受けるは罠か、それとも撤退か。彼女は盾を前に構え、速度を増した。
これまでに無い形で民兵と衝突するが、全てを力づくで跳ね飛ばす。
黒が途切れ、粉塵の質が変わる。
白に近い灰色の煙がもくもくと立ち込めていた。下から吹きあがっている。相変わらず視界は無い。
ゴツンと衝突した民兵に、これまでより重い抵抗を感じた。
衝突したそれをすぐにつかんで確かめる。全身が石化した民兵。白い石像に見える。
(《石化煙/ペトロスモーク》、無駄です)
彼女は石になった民兵を手放し、前進する。
灰色の煙が薄らいできた。
石像になった民兵を避けながら、視界が確保できる場所に達した。
あと十メートル。魔術師達が待ち受けている。
ヴァーラは一気に加速した。剣はすぐに届く。
魔法使いが避けるべき接近戦に持ち込んだ。それでも彼女は油断しない。
魔法の効果で瞬間的に身体能力を上げられるし、強力な攻撃魔法には、杖や素手を介した接触状態から発動するものもある。
魔術師は、ここまで接近を許してなお戦意がある。
ヴァーラは距離が一番近い、軽装の魔術師に照準を定めた。
しかし、ひときわ年老いた魔術師が、前に割り込もうとする。
地面にまで達する雄大な髭の持ち主だ。
その髭が、タコが獲物を捕らえるようにぶわっと開き、瞬時に伸び、ヴァーラに襲い掛かった。
(そのお髭、やりそうだと思っていました)
進路は、覆いかぶさる髭に遮られた。
ヴァーラが髭ごと全身を断ち切るべく放ったのは、全力の袈裟斬り。
しかし、髪で完全に斬撃が受け止められた。老人は髭と一緒に押されたに留まる。衝撃も通っていない。
(斬撃無効!? 未知の魔法?)
一瞬のためらい、しかしすぐに体が動く。左手で伸びてきた髭をつかみ取り、老人ごと別の魔術師に叩きつけようと、髭を振り回した。
しかし、すぐに手応えが唐突に軽くなった。つかんでいるはずの老人の体が遠くなっていくのが、髭の隙間から見える。
ヴァーラは、髭を切って逃れたのか、さもなくば急激に髭を伸ばしたのか、と思った。
しかし距離が遠のき、髭の隙間から視界に入った、飛んでいく老人の顔には一切の髭は生えていなかった。しわはあるが、つるんとした口元だ。
「は?」
流石のヴァーラも違和感を感じ、一瞬硬直した。
髭は完全に分離している。
老人は最初にヴァーラが振り回した勢いで、地面に肘を突いて転がった。
髭は切り離されても独りでに動き、彼女にまとわりついていく。
再び斬りつける。やはり切れない。
老人は起き上がろうとしており、こちらを見ていない。自分に生えた髭を操る魔法ではない。
「召喚体?」
髭を触媒に捧げたのか、それとも最初から髭の姿をした魔物なのかは不明だが、とにかく切れない髪束の塊だ。
それが彼女の動きを止めようと絞めあげる。
だが、動きを止められるほどの力は無い。
近くの軽装の魔術師を斬りつけようと、前へ大きく一歩を踏み出した。
「させるか!」
魔術師の一人が手をかざした。
ヴァーラの鎧にこびり付いた黒が、重力を発揮して大地へと引っ張られ、少しよろけ、とっさに踏ん張った。
(重い、何かの色魔術)
ヴァーラは盾を構えた。
「《聖騎士の盾/シールドオブパラディン》」
そこに火球と雷撃が直撃する。盾で受けたが、魔法のダメージは少し通っている。
そして彼女の足が止まった。
そこに不吉を宿した黒い剣を持った魔術師が、凄まじい速度で斬り込んできた。
スミルナの速度に匹敵する。
しかしヴァーラはこれを無視、誰もいない後方を、振り向きざまに一閃した。
何も無かった空間から魔術師が現れ、胴体から真っ二つになって倒れる。
前から来ていた魔術師だ。
同時に前から接近してきていた魔術師が消えた。
《幻の誘い/ファントムテンプテーション》。
自分が不可視化すると同時に、自分の幻影を生み出す魔法。
見えないように直進したが、透明になった魔術師は見えていた。
まず一人。
魔術師達はヴァーラを中心に半円形に広がろうと後退する。
ヴァーラは、それの真ん中を堂々と割ってやろうと、踏み込む右足に力を入れた。
その右足が、いきなり土の中から突き出した手に捕まれた。同時に、足先から頭まで強烈な電撃が突き抜ける。
「がっ!」
ヴァーラが一瞬硬直して姿勢を崩した。
(土の中! もう一人消えていたか)
魔術師の一人が土人形に変化していく。それが崩れ去って土塊が残った。
足先をつかんだ手から、片足を丸ごと固めるように石が一瞬で発生した。これはヴァーラが無効化した。石が崩れ去る。
失敗を悟ってか、手が地中に引っ込む。
ヴァーラがこれを追って地面を斬りつける。ガリッと荒い音が返る。弾かれた。
石化している。
「硬い」
そう感じると同時に、《泥への変質/トランスミューテーション・イントゥ・マッド》を発動。石化が解除され、柔らかな土へ変化する。
彼女はすかさず屈み、かき混ぜるように地中をえぐった。仕留めた。
だが、そこを再び雷撃、そして火球が直撃した。
彼女は身を焦がす高熱と痺れに、かすかにうめき、横に大きく左に跳び、敵の陣形から逃れる。
(犠牲を覚悟で仕掛けてきている。戦い慣れている)
この戦争で初めてのまともな攻撃を受けた。
しかし魔術師達の表情は一層険しくなった。
仲間が減ったからか、聖騎士を逸脱した魔法を見たからか。
髭の無くなった老人の全身を魔力のオーラが大きくふくらむ。
ヴァーラはそれに反応、剣の切っ先を向け、何重にもなる魔力波を叩きつけた。
老人のまとったオーラが歪み、風船に穴が空いたように形を失いしぼむ。
《上位・魔法破壊波/グレーター・マジッククラッシュウェイブ》
魔力をかき乱し、強引に魔法の発動を阻害する。これも聖騎士の範疇ではない。
老人が唖然としてから、渋い表情をする。
瞬間移動は召喚術の一種だ。もしも、この髭が召喚体なら、召喚術師。今日の目的からして逃がせない。後方に回られても、他の魔術師を転移させられても危険だ。
ヴァーラは同時に、敵の並びの左端、軽装の魔術師から刈り取ろうと動く。
軽装の魔術師が、小型の水撒棍を振り抜いた。
水撒棍の先端の小さな穴々から、青く輝く液体が広く噴霧された。
液体は、空気に触れるなり青と緑の入り混じった炎となり、ヴァーラに降りかかった。
彼女は盾を前にして、身を焦がしながら炎を突き破り、水撒棍を押しのけ、精密な斬撃で軽装の首を落とした。
三人目。彼女が数えた瞬間、身にまとわりついた髭が、凄まじい勢いで燃え上がった。
(明らかに計画された攻撃!)
炎で視界が無くなる。さっきとは別次元の高熱。だが止まらない。
勘を頼りに前へ、そして荒く剣を十字に振り抜く。手応えはあった。
まとわりついた髭が、もやとなり消滅していく。
炎の無くなった視界では、老人が赤く染まり地に伏していた。
(やはり召喚体)
残りの二人は左右に大きく開いた。




