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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
1-7 東の国々 魔道の残骸
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四日目2

 ヴァーラは姿勢を低くして、強引に民兵をなぎ倒し、切り払い、盾で押しやり、一直線に敵陣を貫く。


 彼女の視界では、民兵が目まぐるしく現れては去っていく。

 やがて、立派な鎧の正規兵、そして後ろの魔術師が視界に入った。次の瞬間、すでに正規兵は至近距離。

 左の兵を盾でガギャンッと打ち飛ばし、後方の魔術師に叩きつけ、右の兵をゴンッと殴りつけて首をへし折った。

 剣の届く二人の魔術師の首を一閃で落とし、これも置き去りにして加速する。


 目標はそのさらに先、奥に見える六人。距離は八十メートル。

 身にまとうオーラが大きく、年齢も高く、全員が五十以上に見える。

 彼らはヴァーラの姿を認めても揺るがず、魔法の準備に入った。


 肉体を越えて霊体をかすめる感覚――精神に干渉しようとしたと感じるが、特に対処はしない。

 ただ一直線。

 三人の指先に小さな球体が発生した。空色に白の混じる球体、雷の球体、焦げ茶色の球体。


 これを受ければ無傷とはいかない。

《上位・土属性遮断/グレーター・アースブロック》《上位・魔法抵抗/グレーター・レジストマジック》《付与・安定/ビストゥ・スタビリティー》《緑の祝福/ブレスオブヴァーダント》。 

 防御魔法を素早く使う。


 それぞれ球体が三方向に分かれて、ヒュッと跳び上がった。鋭い放物線を描き、来る。

 予想落下地点は、ヴァーラの正面、三十メートル先に一個。彼女を挟む形で左右に一個ずつ。落下点で大きな正三角形ができる位置。


(躊躇無い攻撃、正確な状況判断ですね)


 ヴァーラは左へ曲がった。焦げ茶色の球体が来る所へ向かう。そして一斉に着弾。

 焦げ茶が、彼女の目の前で炸裂した。その一点から、四方八方に土砂崩れが起きたように、岩石と土が爆発的に湧き出し、民兵をグチャグチャにしながら広がる。


 当然、ヴァーラを土石流が直撃するが、石も土も彼女に触れる直前に消滅していく。

 土の流れで押されてきた民兵だけを屈んでかわす。そして土石流の下を低く走る。


 他の球体も爆発している。正面では冷気が爆発的に広がり、範囲内にいた民兵は凍りつき死んでいる。地面も凍結していた。右では雷撃が炸裂し、巻き込まれた民兵は全て倒れていた。


 巻き添えを食った周囲の民兵が、慌てて逃げだした。

 ヴァーラは凍結面を避けての最短経路で、敵へと走る。


 正面で爆発的に黒い煙が噴出した。一気にむせかえる黒で視界が埋まる。

《黒の塵/ブラックダスト》だろう。

 何も見えず、黒色が鎧にまとわりつき、一部が黒くなった。


 そして至近で甲高い音の爆発が起こり、兜を叩いたような轟音が、前進を揺らした。

 彼女は珍しく顔をしかめた。


「目・耳潰し」


 ヴァーラがつぶやく。待ち受けるは罠か、それとも撤退か。彼女は盾を前に構え、速度を増した。

 これまでに無い形で民兵と衝突するが、全てを力づくで跳ね飛ばす。


 黒が途切れ、粉塵の質が変わる。

 白に近い灰色の煙がもくもくと立ち込めていた。下から吹きあがっている。相変わらず視界は無い。


 ゴツンと衝突した民兵に、これまでより重い抵抗を感じた。

 衝突したそれをすぐにつかんで確かめる。全身が石化した民兵。白い石像に見える。


(《石化煙/ペトロスモーク》、無駄です)


 彼女は石になった民兵を手放し、前進する。

 灰色の煙が薄らいできた。

 石像になった民兵を避けながら、視界が確保できる場所に達した。


 あと十メートル。魔術師達が待ち受けている。


 ヴァーラは一気に加速した。剣はすぐに届く。

 魔法使いが避けるべき接近戦に持ち込んだ。それでも彼女は油断しない。

 魔法の効果で瞬間的に身体能力を上げられるし、強力な攻撃魔法には、杖や素手を介した接触状態から発動するものもある。


 魔術師は、ここまで接近を許してなお戦意がある。


 ヴァーラは距離が一番近い、軽装の魔術師に照準を定めた。


 しかし、ひときわ年老いた魔術師が、前に割り込もうとする。

 地面にまで達する雄大な髭の持ち主だ。

 その髭が、タコが獲物を捕らえるようにぶわっと開き、瞬時に伸び、ヴァーラに襲い掛かった。


(そのお髭、やりそうだと思っていました)


 進路は、覆いかぶさる髭に遮られた。

 ヴァーラが髭ごと全身を断ち切るべく放ったのは、全力の袈裟斬り。

 しかし、髪で完全に斬撃が受け止められた。老人は髭と一緒に押されたに留まる。衝撃も通っていない。


(斬撃無効!? 未知の魔法?)


 一瞬のためらい、しかしすぐに体が動く。左手で伸びてきた髭をつかみ取り、老人ごと別の魔術師に叩きつけようと、髭を振り回した。

 しかし、すぐに手応えが唐突に軽くなった。つかんでいるはずの老人の体が遠くなっていくのが、髭の隙間から見える。

 ヴァーラは、髭を切って逃れたのか、さもなくば急激に髭を伸ばしたのか、と思った。

 しかし距離が遠のき、髭の隙間から視界に入った、飛んでいく老人の顔には一切の髭は生えていなかった。しわはあるが、つるんとした口元だ。


「は?」


 流石のヴァーラも違和感を感じ、一瞬硬直した。

 髭は完全に分離している。

 老人は最初にヴァーラが振り回した勢いで、地面に肘を突いて転がった。


 髭は切り離されても独りでに動き、彼女にまとわりついていく。

 再び斬りつける。やはり切れない。

 老人は起き上がろうとしており、こちらを見ていない。自分に生えた髭を操る魔法ではない。


「召喚体?」


 髭を触媒に捧げたのか、それとも最初から髭の姿をした魔物なのかは不明だが、とにかく切れない髪束の塊だ。

 それが彼女の動きを止めようと絞めあげる。

 だが、動きを止められるほどの力は無い。

 近くの軽装の魔術師を斬りつけようと、前へ大きく一歩を踏み出した。


「させるか!」


 魔術師の一人が手をかざした。

 ヴァーラの鎧にこびり付いた黒が、重力を発揮して大地へと引っ張られ、少しよろけ、とっさに踏ん張った。


(重い、何かの色魔術)


 ヴァーラは盾を構えた。


「《聖騎士の盾/シールドオブパラディン》」


 そこに火球と雷撃が直撃する。盾で受けたが、魔法のダメージは少し通っている。

 そして彼女の足が止まった。

 そこに不吉を宿した黒い剣を持った魔術師が、凄まじい速度で斬り込んできた。

 スミルナの速度に匹敵する。


 しかしヴァーラはこれを無視、誰もいない後方を、振り向きざまに一閃した。

 何も無かった空間から魔術師が現れ、胴体から真っ二つになって倒れる。

 前から来ていた魔術師だ。

 同時に前から接近してきていた魔術師が消えた。


《幻の誘い/ファントムテンプテーション》。

 自分が不可視化すると同時に、自分の幻影を生み出す魔法。

 見えないように直進したが、透明になった魔術師は見えていた。

 まず一人。


 魔術師達はヴァーラを中心に半円形に広がろうと後退する。

 ヴァーラは、それの真ん中を堂々と割ってやろうと、踏み込む右足に力を入れた。

 その右足が、いきなり土の中から突き出した手に捕まれた。同時に、足先から頭まで強烈な電撃が突き抜ける。


「がっ!」


 ヴァーラが一瞬硬直して姿勢を崩した。


(土の中! もう一人消えていたか)


 魔術師の一人が土人形に変化していく。それが崩れ去って土塊が残った。

 足先をつかんだ手から、片足を丸ごと固めるように石が一瞬で発生した。これはヴァーラが無効化した。石が崩れ去る。


 失敗を悟ってか、手が地中に引っ込む。

 ヴァーラがこれを追って地面を斬りつける。ガリッと荒い音が返る。弾かれた。

 石化している。


「硬い」


 そう感じると同時に、《泥への変質/トランスミューテーション・イントゥ・マッド》を発動。石化が解除され、柔らかな土へ変化する。

 彼女はすかさず屈み、かき混ぜるように地中をえぐった。仕留めた。


 だが、そこを再び雷撃、そして火球が直撃した。

 彼女は身を焦がす高熱と痺れに、かすかにうめき、横に大きく左に跳び、敵の陣形から逃れる。


(犠牲を覚悟で仕掛けてきている。戦い慣れている)


 この戦争で初めてのまともな攻撃を受けた。

 しかし魔術師達の表情は一層険しくなった。

 仲間が減ったからか、聖騎士を逸脱した魔法を見たからか。


 髭の無くなった老人の全身を魔力のオーラが大きくふくらむ。

 ヴァーラはそれに反応、剣の切っ先を向け、何重にもなる魔力波を叩きつけた。

 老人のまとったオーラが歪み、風船に穴が空いたように形を失いしぼむ。


《上位・魔法破壊波/グレーター・マジッククラッシュウェイブ》


 魔力をかき乱し、強引に魔法の発動を阻害する。これも聖騎士の範疇ではない。

 老人が唖然としてから、渋い表情をする。


 瞬間移動テレポートは召喚術の一種だ。もしも、この髭が召喚体なら、召喚術師。今日の目的からして逃がせない。後方に回られても、他の魔術師を転移させられても危険だ。


 ヴァーラは同時に、敵の並びの左端、軽装の魔術師から刈り取ろうと動く。


 軽装の魔術師が、小型の水撒棍アスペルジラムを振り抜いた。

 水撒棍アスペルジラムの先端の小さな穴々から、青く輝く液体が広く噴霧された。

 液体は、空気に触れるなり青と緑の入り混じった炎となり、ヴァーラに降りかかった。

 彼女は盾を前にして、身を焦がしながら炎を突き破り、水撒棍アスペルジラムを押しのけ、精密な斬撃で軽装の首を落とした。


 三人目。彼女が数えた瞬間、身にまとわりついた髭が、凄まじい勢いで燃え上がった。


(明らかに計画された攻撃!)


 炎で視界が無くなる。さっきとは別次元の高熱。だが止まらない。

 勘を頼りに前へ、そして荒く剣を十字に振り抜く。手応えはあった。


 まとわりついた髭が、もやとなり消滅していく。

 炎の無くなった視界では、老人が赤く染まり地に伏していた。


(やはり召喚体)


 残りの二人は左右に大きく開いた。

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