四日目
ハンター達は陣形の中央部分が敵陣に突き刺さり、三又槍のような陣形になっている。
これまでと違い、浸透速度を重視しての攻撃。
主力は三点に分かれた。中央はザンロなど中央部のハンター、右はヴァーラなど西部のハンター、左は他の地方のハンターだ。
敵の魔術師の配置はわからない。しかし本陣をおびやかせば出てくるしかない。そこを刈り取る。
三点の後方には、上位の僧侶と魔術師が固まって拠点を作り、負傷したハンターを治療をしている。
巨石が投石機から拠点目掛けて放たれた。巨石がまるで軽いように感じさせるゆっくりとした回転で飛んでくる。
風使いのレターリオが烈風を起こして、巨石を空中で押し返し、民兵の中に落とした。
ドスンという音とともに、振動が拠点にまで伝わる。
しかし、いつまでも耐えられない。先頭が孤立しないよう拠点が維持できる間が浸透限界。
右のヴァーラ達は重装備者を前面に押し立てて進む。
相も変わらずごちゃごちゃと槍の茂った密林、ヴァーラは態勢がぶれず、そこを一定のペースで歩いている。民兵が煩雑に突き出す槍は、全てが彼女の剣で弾かれ、かすりもしない。
右手の剣だけが一人でに踊っているように敵を切り刻んだ。見る者には敵がいないような錯覚すら与える。
彼女の歩みは速く、それを追うハンターは必死だ。
二百メートルほどで民兵の隊列が終わり、正規兵の姿が見えた。
ヴァーラが隊列から颯爽と飛び出す。
「む」
ヴァーラが異常を察して足を突っ張り、地面に足をめり込ませ、後ろに体重をかけて急停止した。
同時に正規兵の前で、鉄の格子壁がすばやく地面から発生する。高さは二メートルぐらいで、横方向に伸びているようだが、全ては見えないほど長い。事前に仕込んであったものだろう。
そして格子の隙間から槍と銃が突き出された。
即席とはいえ、やっかいな防御設備。迂回も考えられる場面。
ハンター達は盾を構え、あるいは民兵を盾にし射線から逃れようとする。
(ただの鉄? 例え強化しても・・・・・・)
ヴァーラは瞬時に再加速。一瞬で鉄格子に達する。
正規兵が何が起きたか認識する間もなく、彼女は真四角に鉄の格子を切りとった。
そして減速せずに、獣が輪を潜るような鮮やかな跳躍。外れた格子をかすかな音で押しながら、穴から飛び込む。
そして着地を待たずに、正面の兵をガンッと蹴り飛ばした。
兵が派手に後ろ飛び、後方の兵を巻き添えにして次々に倒れる。隊列にぽっかりと道ができる。
そこから見えるのは魔術師。ヴァーラが倒れた兵を飛び越えた。
魔術師達が驚愕と恐怖の顔で出迎える。
左右を一閃、さらに左へ走る。後方に潜んでいた魔術師達を一気に斬り捨てた。
(ハズレか。魔力が少ない。ここに千の魔術師がいるとすれば、狙うのは上位五十ぐらいまでの魔術師)
正規兵の隊列は、彼女に後方に抜けられ右往左往する。
「続け、続け!」
ハンター達が慌て、混乱に陥った正規兵へ突撃する。
散発的に銃声が響き、後には金属音が連続したが、それもやがてやむ。
壁の裏に回られた時点で防衛線は崩壊している。格子壁は無意味に終わった。
「射線を通せるように工夫をしているようですが。隙間を空ければもろくなります」
ヴァーラが言った。それにハンター達が応じる。
「だとしても、こう綺麗には斬れないもんだが」
「もろいとはいえ、鉄の壁を蹴り倒しているのだから今更だ」
「後ろを待つか? 横から来ると民兵も面倒だ」
後に続くハンターは三列ぐらいで、左右から来る槍に圧迫され、歩みが遅い。
正規兵を瞬時に壊滅させた彼らに、周囲の民兵は寄ってこない。肩で息をしながら一息ついた。
銃弾を受けた者がうめきながら、体の中の弾をほじくり出している。
「完全に途切れない限りは進みます。途切れそうなら、私一人でも行ける所まで行ってみます。早くしなくては魔術師に退去する時間を与える」
少しすると、ヴァーラがそう言って、彼らはまた前に進む。
「足払い、来るぞ! 前からだ」
ザンロが叫ぶ。
彼らの足元を、一直線に局地的な揺れが走った。
ハンター達は歩くのを止め、踏ん張って耐える。
反応が遅れよろめいた者は、前後の者が支えた。
ただ態勢を崩すだけの魔法。
しかし多くの槍が狙っている状況では命取りになる。
普通に戦えば不利とわかっていても、機会があれば功を得ようと企む民兵が欲を出してくる。
「引っ込んでろ雑魚が!」
ハンターが側面からまとわりつく槍に苛立ち、隊列から離れ、民兵を斬りつける。しかし二・三人を斬り伏せても、後ろから新しい民兵が出てくるだけだ。
「雷雲だ。対処しろ!」
ザンロが叫ぶ。
彼らの頭上に、一個当たり直径約一メートルの、真っ黒な雲の群れが出現した。
ザンロが闘打の盾の棘でひたすら前の民兵を打ちつけ、槍を即剛火道で爆破して吹きとばす。
そして雷雲より前に逃れた。数人がこれに続く。
「接触するな。距離を取れ」
雷雲はゆっくりと下がり、それに触れた者はバチッと電気が流れ悲鳴を上げた。
雷雲を避けるために、隊列が左右に割れ、民兵を押しやり、ごちゃごちゃになりながら退避する。
後方では大盾を持った戦士が、盾で風を起こし雷雲を流している。
雷雲はしばらくすると消滅した。
「魔術師はあの塊か、次が来る前に潰すぞ」
ザンロは、前方二十メートルの位置にローブを着た塊を見つけた。
「狭いぞ! 立て直せ」
雷雲の対処に隊列が乱れたところを、多数の槍が襲った。
「ぐあ」
一人のハンターが首を刺し貫かれた。血が噴き出す。
「ポーション!」
隣のハンターが、首にポーションをかければすぐに出血は収まる。しかし、意識が無い。
「息はある」
「叩き起こせ! ここで搬送に人を割くと進めん。前を潰すんだ」
ザンロが強引に、前の民兵を爆発とともになぎ倒し、息を切らして前進する。
同じような戦士たちが並び、武器を振るった。
「グチャグチャになりてえ奴だけ掛かって来いよ!」
鬼気迫る狂暴な男を目にすれば、民兵は腰が引け道が開いていく。
それを目にした魔術師達が背を見せた瞬間、ザンロの背からスミルナが発射された。
民兵を軽く切り裂いた旋風は、二秒かからずに魔術師の背に追いつき殲滅した。
「よし、隊列組み直せ! 補助魔法掛け直しだ」
ザンロを中心にハンター達が集まる。
無傷の者は少ない。戦士たちの鎧は、敵味方の血で染まっている。
既に十人以上の脱落者が後退した。
これでも彼らの侵攻は順調だ。
ひたすら前に進んでいるために、常に側面から攻撃を受けている。勢いがつくほど後方が追い付かず、左右からの圧力が強まる。
そして停止して勢いが弱まれば、先頭は前と左右からの攻撃を受ける。
それでも三点に分散しているおかげで、魔法攻撃も分散している。多分、左右の方が危険。左右に守られている彼らが進まねばならない。
(本陣まで千もない。陣の厚さからして、五百も進めば中核戦力が出てくるはずだ。もう一息だ)
「よし進むぞ。気合入れろ! 止まるんじゃねえ。急所だけは守れよ!」
この集団には、鎧を着こんだ戦司祭が付いているが、低位の魔法しか使えない。深手は完全に治せない場合もある。
装甲の薄い魔法使いは、陣形の中で囲える少数しか連れてきていない。魔法を節約する必要がある。
彼らが進み始めると、ゴゴッゴゴゴと大地が揺れるのを感じた。
「警戒!」
彼らは密集し、各自が外側を向いた。
彼らの両横の地面がせり上がっていく。民兵が上がる地面に巻き込まれて転がっていく。
「これだけか?」
高さは五メートルの土壁、壁と壁との幅は十メートルぐらい。それが左右に長く続いている。非常に分厚いものだ。個人の魔法の規模ではない。何かを事前に用意していたに違いない。
中には民兵も閉じ込められている。
「分断してきたか。地中の奴に注意しろよ」
「下がるか? それとも壊して脇道?」
後ろの戦士が尋ねた。
後退すれば、それだけ消耗する。標的が逃げる時間も生まれる。罠を張っているなら、そこには魔術師が配置されている。
「まず前だ。食い破る。何か飛んできたら射手が落とせ。民兵は無視。壁が実体か確認しろよ」
ザンロが言った。閉じ込められた民兵は及び腰になっている。
(よくねえ流れだ。主力級でも死人が出るな)
彼らが壁の間を順調に百メートルほど進むと、両横の土壁は無くなった。
肩透かし、そう感じながら彼らが土壁の小道から抜け出ようとすると、進行方向に何かが発生した。空間にきらめきがある。
しかし、すぐには見えなかった。それは透明だったからだ。
ザンロが破れなかった強化ガラスの壁。それがきっちりと土壁と密着して存在している。正面は完全にこれで塞がれていた。
そして魔術師の隊列が正面から姿を現した。
「防御魔法!」
魔法使いが、魔法抵抗や属性抵抗を上昇させる。
それと同時に、魔術師から撃ち出された炎が次々に弧を描いて飛来、連続して爆発すうる。
さらに鋭利な氷の雨が空から降り、肩に突き刺さる。
盾を構えた重戦士ですらも吹き飛び、必死で盾を上向きにして屈んで耐えようとする。
「ぐうう。チェリ!」
ザンロの声に、チェリテーラが、《染色・黒/ステイング・ブラック》の魔法が籠った球体を投げつけた。
それは強化ガラスに接触するとべちゃっと潰れ、そこから黒が同心円状に広がっていく。
同様の球体を連続して投げつけると、全てのガラス壁が、完全に漆黒で覆われた。
真っ黒になった強化ガラスの向こう側では、魔術師の指揮官が唖然としていた。
単純に色を塗られるとは、こんな馬鹿馬鹿しい手段で視界を遮るとは、糞を投げるゴブリンと同レベルだ。
それに解呪が効かない。専門の解呪手段が必要だ。
「中の様子はどうなっている?」
指揮官が確認する。敵が後退しているなら無駄撃ちは避けたい。
「占術、妨害されています。しかし魔力反応はかすかに」
何をやるつもりだ。飛び越えられない高さではないが、当然高い位置に出れば魔法で集中砲火を受ける。さらに通過者に対する罠を張ってある。
指揮官が考えていると、ガンという大きな音が前から――黒くなった強化ガラスから聞こえた。
彼は怪訝な顔で音の方を見た。さらにガンッガンッと音が連続する。
彼は恐る恐る壁に近づき、壁に手を触れた。確実に振動している。幻術ではない。
彼は笑う。
「ふっ、視界を塞いでも大雑把な攻撃ぐらいはできる。叩いて破れるものか、これはかつて動物園で大型の魔獣を展示するのに使われたものだ。獣を閉じ込めるには丁度いい」
音が増えた。壁の様々な場所で叩いている。破壊して突破するつもりだ。間違いない。
「攻撃続行、音が無くなるまでだ。ここで野蛮人共を根絶やしにするぞ」
一分ほど魔法攻撃が続いた。毒の霧や雷雲、轟音の炸裂、一定の範囲に損害を生じる魔法だ。正確に狙わなくとも当たっているはず。しかし、まだ叩いている。
壁の上を照準している魔術師を攻撃に回すべきだろうか?
「どれだけポーションを持ち込んでいるんだ? ん?」
彼が野蛮人の頑丈さに呆れていると、何かキラッと輝く小さな物体が飛んだ。ガラスの破片。
ガラスの壁を凝視する。ひびだ。黒くて見にくいが、亀裂が入ってきている。
「馬鹿な、力づくだと。そんな馬鹿なことが!」
ガリィン、音が変わる。そして、一部が割れて落ち、向こう側が見えるようになった。
「な、これが貴重品だとわかっているのか? 今では生産不可能な素材なのだぞ!」
それを見た指揮官が怒鳴った。
「なら、こんな所に持ってくるんじゃねえよ!」
ザンロが吠えた。そして最後の一撃が、一気に人ひとり分の穴を空けた。
大男が鎧でガリガリとこすり、穴を抜けた。
指揮官は目の前に現れた大男に気圧され、後ろ歩きで急いで下がる。
しかし、壁の上を狙っていた魔術師が控えている。彼らは雷撃などの速い魔法が得意だ。
一部が破壊されても問題無い。その穴に火力を集中すればいいだけだ。
「攻撃だ! 上の警戒はいい。こいつを殺せ」
彼の威勢のよい言葉が響いた。しかし反応は無い。代わりにざわめきが聞こえた。
「何をやっている! 早く――」
たまらずに後ろを振り返れば、視界に入ったのは人の残像、そして振り抜かれる剣。
「ゴフ!」
彼は首を貫かれ、口から血を漏らしながら倒れる。
何が起こったのか? それを考える思考力は残っていない。
暗くなる視界に最後に映ったのは、倒れた部下達だった。
「大丈夫?」
スミルナが、壁を越えてきたザンロに言った。
周囲の魔術師、約七十は既に壊滅している。
「ああ、腕が折れたが直した。そっちが早かったか。大分やられたな。死人はいないが、魔力もポーションも使っちまった」
ザンロが見た後方では、膝を突いているハンターも多い。
彼らは壁を叩く頑丈な兵と、防御魔法の使い手を少数を残し、残りの兵を後方へ下がらせた。そして魔法とポーションでなんとか耐えた。
「城塞じゃねえんだ。横穴ぐらいは簡単に空く。こっちだって魔法はあるんだ。素人が、攻撃ばっかり考えやがって、そうそう罠が上手くいくなら、ハンターはみんな大金持ちだぜ」
土壁は土魔法で簡単に崩せる。一部に穴を空けて、そこから側面に抜け、不可視化した戦士たちが駆け抜け、攻撃に夢中になっている敵を横から直撃した。
拠点防衛向きの土魔術師が前線にいたのは、地中から攻撃に対処するためだった。
穴からチェリテーラが抜けてきて言う。
「ちょっと、私が射撃する前に突っ込まないでよ」
彼女は後方に下がったが、土壁の内に残り、壁の側面外部を警戒していた。
「いや、寝ぼけたことをのたまいやがったんで、ぶっ殺してやろうと思ってな。先を越されちまったが」
ザンロが後ろを見て言った。
「死ぬよ」
「これぐらい無茶しねえと届かねえよ、それに雷耐性は上がってた。あの位置取りで火球は無い」
「相手が戦い慣れてないなら、かえって何をやるかわからないってもんよ」
「わかってる・・・・・・土壁は残ったか。周囲の魔法使いを排除すれば、壁の中は攻撃できん。遮蔽物として使える。退路にもな。後ろの連中にここを進ませろ。前の人員も入れ替えだ。攻撃はあと一回が限度だろう」
(この状態で敵主力と当たれば、ただでは済まない。だが、やるしかないな)
「左右の状態は?」
「左は多分遅れてる。右はセイントが一人で突出した。追っているが見失ったと。それでも順調に進んでいる。もっと前進可能だ、ただし目ぼしい戦果は無いと」
魔術師のハンターが答える。
「一人で? 流石に危険だと思うが」
さっきもかなり危険だった。退路があったので最悪の場合は下がるつもりだったが。
「聖騎士なら精神鍛えてるでしょ。心配いらないって」
チェリテーラが言った。