人は眠いと
「進ませるな!」
守備隊長の声が飛んだ。兵の槍がそろって突き出される。
炎の獣たちはこれに応じて、ゴウと燃え上がり、俊敏な動きで兵に飛びかかる。
槍をすり抜けた炎が、牙で食らいつき、兵達は悲鳴を上げた。炎がまとわりつき、肌を焦がし、同時にとがった牙で肉に割かれる。
さらに勢いづいた炎の群れの体当たりで、兵達が弾かれよろめく。
「ここは剣兵が受ける。槍はでかいのを進ませるな!」
槍兵の後ろから、抜剣した剣兵隊が前に躍り出て、斬りつけた。
しかし、炎の精霊は手応えが薄く、剣が突き抜け、引きはがすに至らない。
それでも何度も斬りつければ、燃え上がり霧散する。少しばかり押し返した。うめく負傷者が引きづられ、慌ただしく後退していく。
しかし大型には手も付けられない。的としては大きいがゆえに、矢は当たり、正面から入った矢が、燃えながら反対から出ている。
しかし精霊はエネルギーの塊。急所は無く、徹底的に削り取るしかない。しかもフワフワとして見えて、場所によってはかなり硬い。
大型が柵をつかみ、大きな木材をもぎとると、火の点いたそれを投げつける。それは剣兵の塊を直撃して弾き倒し、空間を作った。大型はさらに柵を壊す。
小型がどんどん柵の穴から侵入してくる。陣地内はすっかり明るくなった。
魔法使いが必要だ。冷気系の攻撃が切望される局面。しかし魔法使いは、後方で天狗に翻弄されている。
肉の焼ける匂いが漂う中、守備隊が犠牲を出すも踏みとどまり、ザメシハの意地を示した。
損害出しても、攻撃を続ければ倒せる相手、粘るしかない。
しかし、彼らの決死の戦いは無駄だった。
バギガゴンッという木材の破砕音が、彼らの耳に飛び込む。ここから離れた場所で、柵が派手に宙を舞うのが見えた。
木片が、内側から外側へ高く飛んでいる。兵達はゆっくりと落ちるそれを見ていた。
柵を突き破って飛び出したのは、ナリタの駆る大砂漠鎧蜥蜴。後ろに七騎が続く。
「ゼスオイの体を温めるに足りる火であろうな?」
ナリタが左から照らす光を感じて言う。
乗騎が鋭利な爪でがっちりと大地を捕まえ、尻尾を大きく傾け、左旋回して急停止した。
一直線に並ぶ柵の前には、煌々と輝き揺らめく炎の行列ができている。
――絶好の並び。
「柵に沿って直進だ。全速突撃!」
ナリタは手綱を操作しない。言えばわかるから。
意を解した乗騎が、目の中に炎を灯し、大地を蹴った。
重く速い足音、そして巨体が起こす豪風。
炎が次々に跳ね飛ばされ、あらゆる方向に飛び上がり、燃え尽きていく。
「止められまい。それとも下から貫くか? 腹にも鱗はあるぞ」
ナリタは溜まった鬱憤を晴らしながら駆け抜ける。
先には大型が、炎の巨人が身構え立ち塞がる。そして腕を大きく振りかぶった。
「倒せ!」
ナリタの声に乗騎が体を少し起こし、飛び掛かる。硬い大質量が炎の巨人の足の付け根辺りにぶつかって、押し倒した。
乗騎が炎の巨人に乗っかった形で湿原を滑る。
炎の巨人は逃れようとしたが、その上に乗騎が爪を深く食い込ませた。
炎の巨人がナリタ目掛けて、瞬時に伸びた腕で薙いだ。炎の鞭だ。
これを長い鉈で受ける。全身をきしませる重さ。受けた鉈がぐにゃりと曲がる。噛みしめた歯が、ガギリと横滑りする。
「うぬぅ」
しかし熱くはない。
彼は優先的に配給された耐火ポーションを、自分と乗騎に使用している。
「本人ならまだしも、しもべで相手が務まるか!」
ナリタが叫び、鉈で強引に斬り返した。
大型はさらに火をたぎらせ、体を大きくしていく。十メートルを超えた。湿原が燃え、白い煙が湧き出した。
「古老級? だとしてもな。力負けはせん! ゼスオイがな」
ナリタが薄く笑う。
召喚体はそれほど強くない。召喚に特化した術者ですら、総合的に見れば、召喚した個体より本人が強いのが普通だ。
大型が倒れた状態でナリタをつかもうと、先ほどと逆の腕を伸ばした。
「噛み砕け」
乗騎が伸びてきた腕に噛みつき、左右に顔を振って引き千切った。
そこを後続の部下達が、連続して食らいつきながら駆け抜ける。腕に、足に、体に噛みつく。
それらの乗騎は自分の勢いを殺すのに、噛みついた大型をブレーキに使い、噛みちぎりながらその場に止まった。
そして、さらに食らいつく。
炎の巨人は四方に引っぱられながら食い荒らされ、最後には燃え尽き霧散した。
「ふんっ。残りも掃討するぞ」
大砂漠鎧蜥蜴が尻尾を振り回し、炎が空に打ち上がった。
そして迎えた四日目、朝。
左軍の隊列に大砂漠鎧蜥蜴が、何を考えているかわからない顔で並んでいる。
しかし、騎兵と鳥騎兵の姿は無かった。
ウマと赤恐鳥の被害はそれほど多くない。
あの天狗の飛行能力は高いが、正面から戦うなら兵卒と変わらない身体能力。兵が周りを固めて防御すれば、まともに攻撃はできなかったからだ。
しかし、大きな問題が出ていた。
敵襲があっても、人は無理して休めないことはないが、動物はそうもいかない。
周りで騒ぎがあれば、彼らは極限の緊張状態になる。
疲労を魔法で回復させるにしてもウマは数が多く、精神的疲労は簡単に回復しない。
そして、高速で走り獰猛な赤恐鳥は、元々扱いが難しい。
昨晩も、興奮した赤恐鳥が自分を守りに来た兵を攻撃し、かなりの死人を出した。
だから、彼らを安全な坂の上に上げて休ませている。移動させるにも苦労した。落ち着くには数日必要だろう。
そして右軍では――
「ゆっくりと寝てえから、スンディの魔術師どもをぶっ殺すぞー!」
一人のハンターが叫ぶ。それに他のハンターも呼応する。
「おー」
「ゆっくり寝るぞー」
「おー」
ハンター達は、各所、同じ調子で闘志を沸き立たせ整列する。
結局、まともな攻撃は最初の一度。後は定期的に一・二匹が姿を現しただけだ。
しかし、地下の敵は想像するしかなく、多いと判断するしかない。さらに索敵が成功しているかは不明なので、実績の無いそれを信じて犠牲者になりたくないと、皆が考えていた。
結果、ハンター達は一睡もしていない。
「デビムスの者共には我慢できない。昼は休めず、夜は眠れない。眠りのために彼らを滅ぼすしかない。杣人は雷火で焼こう。田夫は穴に隠そう」
チェリテーラがつぶやく。
「なんのやつ?」
スミルナが聞いた。
「クロンの森創造紀の六章五節よ」
「それ、どんな状況で言ったの?」
「クロンの森のリス神が、永遠の怠惰を切望して言ったのよ」
「全然違うね」
「似たようなもんよ。誰でも眠いと機嫌が悪くなる」
「あれは眠りに関わる話が多いですね。眠らせて誘拐、眠った敵を奇襲、眠りの世界」
グラシアが言った。
「話のネタにできるものが少ない時代から、生き物は寝てたってことよ」
チェリテーラが言った。
「研究室籠りと言われる人たちにしては、嫌なことやるよね。研究とかも徹夜でやってるのかな?」
「魔法使いは精神の扉がある眠りの世界を重視しますから、効果があるとは思っているでしょう。眠らずにいれば、精神をやられると知っているはず。今日は精神系の魔法に気をつけてください」
グラシアが言った。
「流れによっては別れることになる。あんたは無理に付いてくるんじゃないよ」
チェリテーラが言う。
「防衛隊が付くにしても不安です。後方も大きいのは飛んできていますからね」
「今日はそんな余裕は無いでしょ、あちらさんには。でかいの、ぶっ刺してやるんだから。くさびじゃなくて、特大の戦棍 を」
「おう。奴らのどたまは割る。片っ端からなあ」
ザンロが戦棍を軽く振った。
前進が始まる。初日と同じように素早く、それでいて安定的に進む。
そして敵左軍の待ち構える川に迫った。
衝突直前、待ってましたとばかりに、五メートルはある節のある針が、ドゴンと地面から一本突き出した。
昨晩の奴を連結した物だろう。あの大きさになれば、力だけでも脅威。
さらに他にもあれが埋まっている可能性がある。
だが、それを見ても、前列のハンターは減速しない。勢いが命。このまま突っ込むのが最善。
しかし、誰かは犠牲になる。
最前列から一名飛び出した。ヴァーラだ。
前列を固める他の者とは一線を画した動きで、矢をかわしながら突進する。
鋭く反応した巨大な凶器が、彼女を斬りつけようと振るわれる。
一撃。
瞬時に根元まで飛び込んだヴァーラの剣が、根元から巨大な針を切断した。
必死で走るハンター達は小さな反応しかしないが、その士気は高まる。
だが、ヴァーラを光弾の連射が襲った。様々な角度から集中的に撃ち込まれている。
これまでも手練れを葬った、ここでは珍しい光子属性攻撃の厄介な発掘品。
さっきのでかいのと戦う相手を狙うために配置されたものか。
あれを受ければ、重装備でもただでは済まない。
目まぐるしい輝きがハンター達の顔を歪めさせた。
しかし――反射。
レーザーは彼女の前に張られた水鏡により、正確に反射され射手を襲った。
彼女はそこからさらに加速して、鉄の壁を蹴破り突入した。
なんの気負いも無い、淡々とした動きだった。
「・・・・・・既視感」
チェリテーラがつぶやいた。
ハンター達が勢いをさらに増し、壁の増えた川を飛び越えていく。
罠が特に効くのは最初だけだ。多少の工夫があっても、最初の衝撃は無い。
もちろん、勢いにまかせて進んだせいで、川に落っこちる者や、槍に突っ込んでしまい致命傷を負う者も多い。
それでもハンターは止まらなかった。眠かったからだ。
完全にブチ切れていたし、ややおかしな、高揚した精神状態になっていた。
だが感情だけではない。この状況が続けば、本当に深刻な問題が発生すると理解していた。戦士たちは寝不足、疲労を身近なものとして、普段から経験しているからだ。
これまでは安定を重視して、負傷すれば後退して治療を受けたが、腹に槍が刺さった者でも、動ける限りは武器を振るった。消費を控えてきたポーションも使っている。
全員が負傷を覚悟での荒い斬り込み、手練れが決死の突撃をすれば、戦い慣れぬ者に止められる道理は無い。
これまでと打って変わった勢いに、スンディの陣形は一瞬で潰れている。
ハンター達と並ぶ西部の軍も落とらぬ勢いで、重装騎兵が川を飛びこえる。
当然、独断ではない。ギルヌーセン伯、そして本営の意向だ。
二度となめたマネをできないようにしてやろう。命を懸けない敵に、一方的な攻撃などできないと教えてやる。
そんな戦士の意地が、右軍を一体にした。




