三日目3
「偶然は発明の父とは言ったものよね」
テカセーヤが椅子に深く座ってつぶやく。
少し離れた場所に置かれた大鏡には、高所から斜めに見たザメシハ右軍の陣が映し出されていた。
距離が遠いが、騒ぎが起こっているのはわかる。
「落ち着いた頃に第二波を。次は横から深めにまわりこませて、以降は散発的に、朝まで。私は休むわ」
テカセーヤは立ち上がって、寝台のある滞在用魔道車に向かう。
命令を受け部下達は、粉末と幾何学的な術式が印刷された板が一つに包装された包みを持って、陣の前方に向かった。
魔法で長距離を攻撃する手段の一つ、召喚体による攻撃。
召喚者と距離が開くと直接制御できなくなるし、召喚と維持に魔力が必要だが、やられるまで召喚体の性質に応じた行動をとる。
攻撃的な性質のものに、攻撃を命令しておけば、自己の判断で攻撃を実行する。
テカセーヤは女妖術師として生まれたが、その力を入塔切符としてしか使わなかった。
自己の血に眠る神秘には興味を示さず、魔法触媒の合成研究に集中、来る日も来る日も薬品を混ぜ合わせ、刺激を与え変化を誘発させる秘術師系の道を歩む。
徐々に成果を積み重ね、どうにか大きな研究予算を確保して、開発チームが組まれた。
そして、できた素材が、カラックリアル。
これは地中にあれば、非常に長い時間、魔力を維持する性質があった。さらに変形しやすくて比較的硬く、魔道活性が低いので他の魔法に干渉しにくい。
飛躍的に魔道具の活動時間を伸ばす革新的な素材、そう思われた。
それを元に制作されたのが、今回、戦線に投入した陸蛸。どうしようもない失敗作。
土と水の属性を秀でた術者しか使えず、地中を進むが、速度も力も弱く、普通の土ではナメクジ並みの速度でしか進めない。
機械的で確実に命令を実行するので、位置を固定して警備や罠に使えるかと思ったが、生命体探知しか感覚器官がなく、攻撃対象を識別できない。
素材の性質で、他の感覚器官は乗せられない。
この欠点を克服できなかった。
結局、途中で開発は中止になってしまった。革新的に思われた素材は、実用化に達しなかったのだ。
彼女の苦い記憶。
それが、乾期の湿原という限定的な環境で実戦投入され、戦果を上げている。
「また改良してみようか。でも、流石に場所を選びすぎるのよね。地表に出ると、利点が無くなってしまうし」
彼女が魔道車に着くと、これの開発に携わった部下達が待っていた。
彼女が若い時に、チームを組んだ研究スタッフ。年は同じぐらいだ。
好奇心に目を輝かせている。明日の朝の報告を待ちきれなかったのだろう。
その気持ちは大いにわかる。
「戦果はどうです?」
「正確にはわからないけど。成功よ。少なくとも目標地点に到達して起動したわ」
「おお! あれが真っすぐ進むなんて!」
部下が感慨無量の表情で喜びをかみしめた。
「途中で引っかかったのは自壊させたけどねえ」
「何にぶつかってるのかも、わからないから」
「障害物を迂回するぐらいはしてほしいわ」
テカセーヤの発言を受け、部下達が続ける。
「見えてないですからね。やはり疑似的な触覚を」
「あれは消費が重すぎて、陸蛸の意味が無くなるから駄目だろう。周囲の生き物から相対的な位置認識を・・・・・・」
「周りに生命がいる時限定じゃないですか」
「索敵から攻撃、の様子が観察できないのは残念。攻撃パターンはいじれるのに」
「設定時間以外の攻撃信号を開発せねば。それなら回収にもつながる」
「知の神の加護があったに違いない。神は見ている! これで追加予算が確保できれば、今度こそは世界が変わるのだ」
「私は寝るからね。戦争しないといけないの、面倒だわ」
テカセーヤは盛り上がる部下に見送られ、馬車に入った。彼らはきっと、あれの話を一晩続けるに違いない。それに乗れないのを、寂しく感じた。
「やってくれたな」
ギルヌーセン伯が険しい顔で、南を見てつぶやく。
「くれぐれも行かれませんように。ここは安全です」
傍に控える先代からの家臣が言った。
「わかっている。硬くて、地中だろ? 賢しいな」
「対処はいかに?」
「余った結界の魔道具を提供して、安全に休めるスペースに密集させて寝かせろ。夜番を増やす必要があるが・・・・・・地中ではな。索敵に有効な魔道具の判別を急げ」
応急措置としてはこれが正しいはずだ。しかし、敵がまた手を変えてくれば、また後手に回る。
「兵はいきりたっております」
「だろうな。ハンターは?」
「落ちついています。密集して警戒しているようですが、士気に影響は無いかと」
「異常事態には慣れているか。調べて損害を確定させたら、私は本陣に行く。彼らのことは彼らに」
部下は了承すると、兵の陣地へ行った。
「これじゃあ、材料探しに行けないな、生け垣を造ろうと思ってたのに」
《野営者/キャンパー》の女ハンターが言った。
彼女は湿原の西の森まで行って木材を切り出し、小さな一軒家を立てていた。
中には作りの荒い家具が揃い終わり、家の前にはこれまでひたすら彫っていた木製のトーテムが並んでいる。
先の襲撃の際、この屋根の上に大勢が避難したので、彼女は屋根が壊れ修理していた。
ハンター達は戦闘開始まで時間があり、暇を持て余していたので、こういった製作に時間を費やした者もいた。
小物を彫る者は多く、湿原の珍しいキノコの栽培を試みる者すらいる。
今は、地面を固めたり、木材を敷いたり、少しでも安全な寝床を確保しようとする動きが盛んに行われていた。
製作好きな者達の指示で、ハンター達は土木工事をしながら、この夜を過ごすことになる。
中央軍はこの夜襲を受けていない。
しかし左軍は小規模な攻撃を受けていた。右軍と同じ地中からの攻撃だ。
「まずは撃退に成功。カクラク将軍も注意されたし、とのこと」
さっさと眠りについていたカクラクは起こされ、伝令のザメシハ兵の言葉を聞いていた。
「気を付けろと言われてもな。地中は見えぬし、砂蟲のような痕跡も無し、これではな」
「足元を固めるか、召喚体避けの装備を、と」
「止まるのは好かん」
伝令は困っているが、カクラクの視線は空だ。真上、高度は七・八十メートル。十鳥が四匹飛んでいる。離れた所にも、そんな鳥の群れが多数存在している。
月明りが強い時期で、遠くを飛ぶ影も充分に見える。全て合わせれば五十ぐらいはいる。
「あの鳥はなんという名だ?」
「鳥? 存じかねます。詳しい者に尋ねてまいりますか?」
伝令が空を見て答えた。
「いや、まず落として確かめる」
見慣れない鳥、この湿原に入ってから一度も見ていない。嫌な動きだ。草原で死肉を漁る鳥が群れるさまに似ているが、狩りを企む気配も混じる。
カクラクは、陣の後方にある乗騎が繋いである場所へ歩く。伝令はそれを不思議そうに見た。
「どこへ?」
「狩りは騎乗でやるものだ」
彼らは乗騎に乗らないと能力が発揮できない。乗ることで互いに能力を高め合うのだ。
上位の乗り手ともなれば、乗った方が乗騎は軽く感じるようになり、乗騎も乗られている方を好むようになる。
カクラクは愛鳥クレプトの背に跨ると、すぐに空へと矢を射った。
矢は造作もなく的を捉える。しかし、命中して鳥が落下を開始したかと思うと、鳥は消えてしまった。
矢だけが落ちてくる。
「消える・・・・・・変わった鳥もいるものだ」
「あれは・・・・・・召喚体では?」
伝令が自信無く言った。
「ああ、あれも。偵察か、ならば全て落とすか。腹の足しにはならぬようだが」
カクラクが次の矢をつがえた。
すると、空を飛んでいる全ての鳥の姿が変化していく。全てが大きく変貌した。
それは羽の生えた人型生物。
上体は黒い羽毛に覆われ、ゆったりしたズボンだけを履いている。
顔には大きなくちばし。鋭く見開かれた眼は猛禽類を思わせる。
手足は鋭利な鉤爪があり、扇子を持っている個体が存在している。
「なんだ? あれは鳥か?」
「詳しくはわかりませんが、《天狗/テング》の一種かと、高山地帯に生息するとか」
「名前は聞いたことがあるな」
天狗達が、降下を開始した。
「狙いは――くそ、俺の部下を起こしてこい。急げ!」
「はっ、はい」
カクラクが叫び、伝令が走っていく。
カクラクはすぐに小さな笛を懐から取り出し、思いっきり空気を吹き込む。
ビィーと、甲高い音が夜をつんざく。
そして自分がいる方に向かってくる天狗に、矢を射る。
だが天狗の一匹が扇子を振ると、大風が巻き起こり、
そして、そのまま天狗が突っ込んでくる。
カクラクが乗騎の腹を両側から蹴った。カクラクが姿勢を低くすると、瞬時に加速、天狗の足が頭の上を通り抜けた。
反り返って後ろを見る態勢で、すかさず後方へ連射、地表近くまで降りていた三体は背から矢を受け、もやのように分解され消滅する。
カクラクが手綱を引いて、乗騎の足を緩めさせる。陣内では、走らせにくい。
「風か、厄介だな」
自力で飛行し、風で防御する。ならば、普通の矢は通じない。魔法攻撃が最適解だ。陣の後方には魔法使いもいるはず。
バシーンという音が響いた。
空を貫く雷撃が、散発的に天狗達へ放たれ始めた。
しかし、巧妙な飛行は、簡単に当てさせない。
原則として、魔法は止まった的を狙うもの。あれは速過ぎる。
天狗達は、次々に陣の後方へ降下してくる。
カクラクが矢を浴びせるが、多くが風で防がれる。
そして天狗達は、陣の後方に囲われたウマに群がった。
首に蹴りを受けたウマが倒れた。
「やっぱりか」
乗騎を直接狙ってきたのだ。ウマや赤恐鳥を減らすつもりだ。
攻撃は一撃離脱。高速で降下、鋭利な足の爪で切り裂き、力強く羽ばたいて、落下の勢いを可能なだけ使って空へと再び上がる。
天狗は赤恐鳥にも向かってくる。カクラクと周囲の兵だけではとても防げず。赤恐鳥が血を流す。
「クソが!」
カクラクは鍛え抜いた赤恐鳥が、戦わずに倒れることに苛立つ。
カクラクの部下達も駆けつけ、騎乗を開始するが、まだ数が少ない。赤恐鳥が興奮して暴れ、乗るのも難しい状況になっている。
カクラクは攻撃の瞬間や、他の兵の矢に対応して扇子を振り抜いた直後を狙い、数を減らしていく。
陣の後方が、興奮したウマのいななきや、赤恐鳥のしゃがれた声でやかましくなった。
だが、左軍の前部は後方の襲撃に気を割く余裕が無い。
様々な動物の姿をとった火の塊。
全長二メートルの火の精霊の群れが、全速でスンディの陣地から駆けてきていたからだ。数は三百を超える。
群れを率いるは六、七メートルの巨大な炎の塊。こちらはどことなく人型で、ぼんやりとした足と、腕らしい形状のものがある。
炎の軍勢が、陣地の先端に到達する。
兵達は木の柵の後ろに整列。槍を構えた。そして、その後方から放たれた矢が、火の精霊たちを捉える。命中した一部の精霊が、大きく燃え上がり消滅した。
しかし、大半はそのまま突っ込んでくる。
炎が次々に柵に衝突、柵がギリギリと軋んだが耐えた。精霊の見た目は大きいが、質量はそれほどない。
動物的な火の精霊が、自在な体を変形させ、柵の隙間から体を伸ばし、炎の腕が暴れる。
兵は熱を感じながら、槍を柵から突き出し応戦する。小さな精霊はこれでいくらか数を減らした。
だが大型は、柵の上から巨大な炎の腕をぶん回し、柵の裏の兵をなぎ倒した。
五人の兵が宙を舞うと同時に、火が点き燃え上がる。地に落ちた時には、表面が炭化していた。
柵があっても関係無いと、巨大な火の精霊が木の柵を殴る。一撃で一部が欠けた。火の粉が舞い上がり、守備隊に降りかかる。
そして柵に火が点いた。火は派手に燃え上がり、あっという間に木は炭へと変わっていく。
そして、その柵をさらに殴りつければ、柵はバキンと弾けとんだ。
大型が威嚇的に揺らめき、柵にできた穴から覗いた。
この大型を目にし、兵達が後ずさりした。さらに大型の足元から小型も入ってくる。