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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
1-7 東の国々 魔道の残骸
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二日目

 そして、起き上がろうとした顔に、硬い紙きれを押し付けられた。


「なんだ! なんだ、これは」


 紙で何も見えない。


「とっとと見なさいってのよ」


 まくしたてるのはチェリテーラの声だ。顔を押されて起きられない。


「見えるか!」


 紙を振り払った。暗く見えにくいが、目の前にはやはりチェリテーラがいた。


「敵は?」

「敵? 敵みたいなもんよ」

「完全に暗いじゃねえか、もう」


 ザンロが文句を言って、半身を起こした。天幕の外は静寂に包まれている。

 様子からして、緊急事態ではなさそうなので、絞り出した気力が体から抜け落ちて脱力した。

 チェリテーラが天幕の中ほどにある、魔道具のランタンを点灯させた。


「ちょっと、これを見なさいよ」


 チェリテーラが手にした袋の中から、絵が印刷された紙を大量にばらまいた。

 紙には精巧な絵が描かれていた。凹凸がなく印刷のようだ。

 ザンロが手に取った紙には、非常に精緻な調子で、暗い空間に、ほんのり光って浮かび上がる、幽霊ゴースト系の魔物が描かれている。


「なんだ、これは? 魔道印刷、精神からの直接焼きつけか」

「多分だけど、撮影機に内蔵の術式で、記録情報を外部に出力した写真よ」


 この騒ぎで、奥の二人も起きだした。

 チェリテーラが起きたことを説明した。

 彼女の枕元、つまりは砕魔の盾の全員が眠る天幕の中に、知らない袋が置かれていたと言うのだ。


「写真な。発掘品の傷なし学術本よりは劣るぐれえか」


 ザンロが言った。


「これが、のっぴきならない証拠ってもんよ」


 チェリテーラが自信を持って突き出した写真には、彼女自身、口を膨らませたカエルの顔、黒い仮面の三人が映っていた。


「お前が幻術で出したのは、もっとぶっ飛んでただろう。あれじゃあ、誰だって怪しむって」


 チェリが幻術で作った同行者の顔は、仰々しくねじ曲がっていて、まともな生物には見えなかった。


「私のせいだって言うの?」

「まだ根に持ってたのか? 信じるって言ったんだから、納得しろよ」

「嫌々、仕方なくって具合だったじゃないの! それに、あそこからすぐに逃げ帰ったおかげで、あいつらが派手に壊した部分は見てないから、信じてるは迷宮の方だけでしょ。わかってるのよ!」

「いや、すげえ奴がいたらしいのは認識してるぜ。なんとなく」

「そのなんとなくが問題なのよ。とにかく、全部見るのよ。二人もよ」


 チェリテーラが袋の中身を全部出す。

 スミルナとグラシアも、興味深げに写真を手に取った。


 袋にはメモ書きと、数百枚の写真が入っていた。

 メモ書きにはこう書かれていた。

 

 本当はもっと高画質で印刷したかったんだけど、触媒が揃わないので、これで妥協しちゃった。規格が合わないって面倒だよね。

 なんで急いだのかといえば、この国の壊滅は確定した感じだし、下手したら全滅だからでーす。まあ、相手も勝てるかは知らないけど。

 だから死ぬ前に渡さなきゃと思って、急いで印刷したのさ。

 死んでも愉快に頑張ってね。

 あ、そうそう、チキンのポットパイ食べたいんだけど、いい店知らない?

 死ぬ前に、地面にでも書いておいてね。


「誰が・・・・・・全滅じゃい!」


 チェリテーラが叫び、メモ書きを引き千切った。


「その紙から追跡できたかも」


 スミルナが写真を見ながら言った。


「それは絶対に無理だからどうでもいいのよ。今だってきっと、どこかから見てやがる。ポットパイは【尾羽のあと】のがいい」


 チェリテーラが天幕の入口から顔を出して、きょろきょろと周囲をうかがった。


「それ、答えるんだ。私は【生死の境】で」


 スミルナが言った。


「私は【熱い流れ】です。神殿の近くの。一応、ここも警戒態勢ですから、占術妨害装置の範囲内ですよ。発掘品のですから、簡単に抜けないと思いますが」


 グラシアが言った。


「それでどうにかなるレベルじゃない。今、この中にいたって気付きやしないのよ」

「ブレのねえ、高品質じゃねえか。ギルドの調査部門が使う記録装置より上かも。今でもこれぐらいはできるんだな」


 ザンロの手にある写真には、大量の触手をくねらせる巨大な物体が映ってた。写真を見ただけでも、精神がたわみそうな圧と畏怖を感じさせる。


「これが、あれの親玉か」

「そうよ。それより、これを見なさいよ」


 チェリテーラが出した写真には、ザンロが正面から撮られている。

 坂で戦闘した時のものだ。即剛火道を振り下ろし、爆発が起こり始めた瞬間の火が映り込み、兜の奥には、次の敵を警戒する鋭い目が見える。


「俺って格好いいじゃねえか。家宝にしよう」

「そこじゃねえだろうがっ!」


 チェリテーラが叫んだ。


「お、落ち着けよ。チェリ、あのゴタゴタから激しいぞ」

「誰のせいだと思ってるのよ! これは正面から撮ってるのよ」

「そうだな」

「つまり、正面にいたか、相当な遠距離から撮ったか、過去視したかよ。普通の技術じゃないの」

「言いてえことはわかるって」


 ザンロが戦っている時、前にはほぼ民兵しかいなかった。紛れ込む隙間は無い。


「わかったの!?」

「わかったから、俺は寝る。朝になってから見ればいいだろう」


 ザンロは再び横になった。


「今すぐ見なさいよ!」


 チェリテーラが体を揺すったが、ザンロは鋼の精神で対抗し、寝てしまった。



「寝やがった」


 チェリテーラが呆然した。そして、興奮がさめると、メモの文面を考察した。


「・・・・・・全滅ってどういうことよ。昨日の戦果はまずまずだと思ったけど」

「そうですね。湿原で止めきれなくても、坂での防衛に移行する予定ですから。坂の方はとりあえず下に壁が二枚ほど完成してます。矢避けぐらいにはなるでしょうから、二・三日は持つのでは。簡易的な壁でも、魔法を掛けておけば、砲撃にも耐えるらしいですし」


 グラシアが写真を見ながら言った。スミルナも加わる。


「母さんも、前が完全に崩れたら、すぐに坂まで逃げろって言ってた」

「確かに逃げる時ぐらいはありそうだけど・・・・・・あれはふざけた奴だけど馬鹿じゃない。それに手練れの魔術師、根拠はあるはず」

「実はスンディの人間だとか? 魔術師でしょ」


 スミルナが言った。


「そうだったら、今頃壊滅してるわ。それに杖も持たずに殴り合いしてたし。あれも、もう一人も、スンディの所属じゃあないわ。少なくとも公的な機関にはいない」

「転送でなければ、ここまで入ったということになりますしね」


 グラシアが言った。


「でしょうね。あんたの寝顔もあるよ」


 チェリテーラが投げた写真には、グラシアの引きつって半笑いになった寝顔が撮られていた。


「チェリ・・・・・・私はこのような顔はいたしませんが」

「疲れた時はしてる」


 スミルナが言った。それにグラシアはありえない、といった感じの顔をした。


「創作物なのでは?」

「往生際が悪いよ」

「こんな物はただの絵です!」


 グラシアは憤慨したが、二人に認められることはなかった。



 太陽が昇り、二日目が始まった。


 前日の勢いが残る中央軍の義勇兵が、動きのない敵軍に迫る。

 彼らは残り五百メートルまで迫ると、カークの命令を待たずして足を緩めた。

 森と対峙してきた者が持つ、野生の呼吸である。


「全軍停止」


 カークが遠目にスンディ陣を見た。前日よりは戦意が感じられる顔が並んでいる。

 だが動かない。

 前日の結果を踏まえれば、なんらかの対策は予想された。


「前進する気配が感じられねえ。迎撃も無いし、何かあるな、バンテ!」


 カークの呼びかけにバンテが前に出た。


「ああ、多分ある。魔力が干渉しあって、オーラのぶれが出ている。目を飛ばして、直接視るか?」

「いや、どうせ正確にはわからんのだろ。罠がある、それで充分だ。それなら――」

「矢が来ます!」


 部下が叫び、敵陣から無数の黒い影が、空へと上がった。


「全軍防御! 盾兵を前に出せ、次に射手を、盾が無い奴は後退するか、他人の陰へ」


 矢が降り注ぐ中、カークが矢を避けながら言う。

 周囲が動き、隊列を変えていく。


「どうする?」


 後ろに下がったバンデが言った。


「射撃戦か、そうしようと思ったところだ」

「数が違うぞ、魔法の矢も混じるだろう」

「奴らは盾が無い。それに弓もだ」

「お前もねえがな」

「うるせえ」


 重装の部下達が、カークをかばうように前に出た。手には金ぴかの盾がある。昨日、入手した神金オリハルコンの盾だ。

 義勇兵の中には、この装備をしている者が混じっている。

 全身鎧フルプレートをそのまま着るのは難しかったので、頭・腕・胴体だけになって、装備は分散していた。

 破損部位は再加工され、かなりごつごつして不格好な大盾に姿を変えている。


「それに風の壁があるぞ」


 個人で弓を持っていた者が撃ち返したが、例によって矢が舞い上がった。


「あんなもの、二時間持たんし、あれに魔力を消費するならそれで構わん。後方を狙え、敵の正規兵を狙うんだ。前の民兵はどうでもいい。こっちの魔力消費は抑えろ、盾で受けるんだ」


 ザメシハの農民なら弓を使える。ただ飛ばすだけなら誰でも。弓の撃ち合いなら有利なはずだ。


「ミコクタ・ルカバ同胞団の自然祭司ドルイドを呼んでこい。何回か強風で押し返してもらう」

「あれは消費が大きいと思うが」

「最初の圧力が大事だ、向こうから前進させてやる。罠を解除できるなら、解除するだろう。こっちから飛び込むことはねえや。発掘品の銃火器だけは集中して潰せ。矢に魔法を付加して抜かせろ」


 ザメシハには発掘品が多くあるが、魔術師が前に出てこないために投入しにくかった。前線では、支配対策をした人間にしか持たせられないという問題もある。


「わかった」


 準備の整った義勇兵側が撃ち返し、射撃戦が展開された。



 左軍では、カクラクとナリタが陣形の左隅にいた。

 前日と違い、様子を見ながらの慎重な前進。そして彼ら以上に、向かいのスンディは鈍重な歩みをしていた。


 スンディは、真四角の大方陣を一つで陣形を組んだのだ。昨日の薄さを克服する意図なのは明白だ。

 しかし、動きにくいらしく、とにかく遅い。それでも一応、前進はしている。


「あれ、突っ込むのか?」


 カクラクが奇妙なものを見る目で笑い、ナリタに言った。


「無理だろう。貫通できん」


 ナリタは冷静に、中の様子を思い浮かべて計算していた。

 ああも密集されると五十メートルぐらいで詰まるだろう。


「さしもの大砂漠鎧蜥蜴デザートウロボロスでも無理か」

「魔術師は十中八九、内側だろう。全力で行って壁にぶつかるときつい。昨日も、障害物でかなり止められた。それでも突破できたのは、薄かったからだ。それに昨日はポーションを使いすぎたな、あの調子でずっとはやれん」


 壁が分厚くなれば、魔術師が魔法を準備する時間も増える。


「我らなら横を突けるが、的が見えなくてはな」

「やめておけ。横に罠があるやも」

「地道に射るとするか、的は多い」

「向こうが動くまで、こちらも大きな動きはできん。普通にぶつかるまでだ」


 特に罠が無ければ、方陣の弱点である四隅を内に入らず、削っていくのが妥当だと、ナリタは考えていた。

 左軍はゆっくりと敵右軍と接触、戦闘を開始した。昨日と比べれば、穏やかな春の日を思わせる戦闘となった。



 右軍のハンターと軍は、川の向こうに出現した、高さ約二メートルの鉄の壁と石の壁を警戒しながら、前進。川まで到達した。

 壁は川に沿うように配置されている。ただし、いくつかの場所に分かれ、量は少なく、全部で五十メートル分ぐらいしかなかった。


 相変わらず前は民兵なので、壁を避ければ、突入はできる。しかし、こうなると、空けてある部分には誘いの印象があり、心理的に圧迫した。


「侵入禁止か、右へ急ごう」


 楔の一つである赤一つ星【青の連盟】は、前を塞がれ、川沿いを歩いていた。

 彼らの前の対岸は、二十メートル壁が続いていたのだ。人混みの中を、矢を警戒しながら進む。


「早く切れ目に行かないと遅れちまう――がっ!」


 青の連盟のリーダーが倒れた。頭を撃ち抜かれている。それをやったのは光の塊。

 突然、横からきたレーザー射撃。なおも、レーザーは連射される。


「うわっ」「避けろ!」「のけ!」


 いきなり、壁から噴き出した光の流星群に、ハンター達が酷い混乱に陥る。

 壁の中から連射が続き、次々にハンターが倒れる。


「光線防御魔法を!」

「その壁、幻術だ! 壁へ撃ち返せ!」


 ハンターが火球を、レーザーが飛び出す壁に打ち込んだ。火球は壁をすり抜け、少ししてから爆発した。

 爆風の一部が壁をすり抜けて、飛び散った物と一緒に姿を現した。


 《幻の壁/イルーサリィウォール》、平面の幻の映像を映しだす魔法。鉄の壁の一部は幻であった。そして壁の向こう側からは普通に見えている。


 他方では、同じように幻の壁の中から放たれた矢や魔法を受け、損害を受けていた。

 そしてその逆もあった。壁に幻の壁で映像を張りつけ、壁が無いように見せている状態。


「ぐあ! なんだ」


 川を渡ろうと気合を入れて飛び込んだハンターが、その壁にぶち当たって、川に落下した。何が起こったのかわからないという顔で、必死に戻ってくる。


「よく見ろ、景色が動いてない。幻術だ。壁があるぞ」

解呪ディスペルしろ。これは勝手には消えない」


 魔術師が解呪すると、石の壁が現れた。しかしすぐにまた幻の壁が重なって現れた。


「駄目だ、すぐ後ろに魔術師が付いてる」

「爆薬は無いぞ」

「くそっ、裏を制圧しないと駄目だな」


 さらに幻術は川にも掛かっていた。わずかに川際の位置がずれて映し出されており、足を踏み外して、落っこちる者が続出した。


 これらの情報が巡ると、後続は川で前で停滞し始めた。


 ここまで稼働していなかった投石機カタパルトで射出された錬金爆薬が、川沿いに放り込まれ、被害が出た。さらに侵攻は遅れる。


 しかし、壁が少なかったことで、何も気づかず昨日と同様に進んだ者も多く、自己の純然たる力量で正しい判断を下した者もいる。


 ザンロはグラシアから《水上移動/ウォータームーブ》を受け、正面から鉄の壁を破壊して普通に侵攻した。

 近くには鉄の壁に偽装した幻の壁もあったが、チェリテーラが容赦なく、魔銃をそこに連射して、伏兵は全滅した。


 他にも、突破能力のある者は、壁を兵力の薄い弱点と見なし突破。ヴァーラも蹴り倒した。

 魔法的な才覚のある者は、地道に幻術を解除するなり、壁の向こうの様子を探るなり、敵に喋らせ情報を得るなりして、着実に進んだ。


 この対処には、遺跡や犯罪組織、つまりは人間を相手にした経験の有無が、判断を分けた。人の相手をする者は、相手の意図をまず考える。

 停滞を意図された場からは、速やかに離れるのが鉄則。完全に無人なら、待つ手もあるが、敵が大勢いることを考慮すれば、すぐに前に抜けるべきだ。


 しかし、森で活動するハンターは、何か異常を察知すると、その場に止まって痕跡などを探す習慣がある。

 慌てて進むと、妖精などに幻術で惑わされ危険地帯へ導かれる危険があるからだ。

 軍も、前線で上官の指示待ちになり停滞した。


 その中、順調に前線を破った者は、昨日と同様に進もうとした。

 しかし、侵攻路が減り、攻め手が限られたために、集中的に足止めを受けた。


 炎の壁、氷の壁に、振動でダメージを与える音の壁などで進路を阻まれ、そこに矢で攻撃を受けた。


 中には強化ガラスの壁――魔法ではなく錬金技術で製作された発掘品――もあり、これは魔法で支援されていたせいもあり、ザンロでも破れなかった。

 壁があれば、向こうも射線は通らないが、見えていれば多くの魔法で狙える。直接、術者から離れた空間で炸裂する部類の魔法による集中攻撃を受け、後退するしかなかった。


 右軍が安定した渡河拠点を確保する頃には正午を過ぎていた。

 そして無理に前に進まずに、壁の破壊を重視する戦略を取ることとなった。



 二日目は、全軍で最後まで消極的な戦闘を行い、幕を閉じた。

 負傷者が後退する余裕があったので、両軍の損害は非常に少ない。

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