右の戦い
ザメシハ右軍は、左がハンター、右が軍、に分かれて隊列を組んだ。
先頭のハンターは、気楽な調子で中央の戦場を見ている。
「爺さんどもは元気だな」
「やはりあっちの兵は弱いな。水に浸したパンみたいにもろいぜ」
「年寄りに負けてたら、帰ってからが面倒くせえや」
「攻めてこねえな。ビビってんのか」
「こっちはいつ始まるんだ? 体が冷えちまう」
正面のスンディ左軍は、細い川の向こうから動かない。
これを見るギルヌーセン伯は、後方に控え、他の戦場の戦況報告を受けていた。
こちらの攻め手は左軍、無理をする必要はない。しかし、総魔道長がいないなら好機ではある。
前を無視して、中央に援軍を送る手もある、と彼は考える。
しかし、流石にそうなれば座視してはいないだろう。それを受けきれるか? 敵の装備、練度はおろか、指揮官すら不明だ。
となれば、初戦は無難にいくとするか。
やがて、進め、の号令が掛かった。やっと来たか、とハンターは進軍する。兵士達も同じだ。
下った命令は軽くひねってこい、だった。
ザンロやヴァーラのような、重装備のハンターが最前列を固めている。全員が徒歩で揃えた。
中頃まで進むと、砲撃が始まる。彼らは足を速めたが、他のように全速力ではない。
彼らは隊列を崩さないことを重視して走る。
「《引き寄せの盾/アトラクティングシールド》、《聖騎士の盾/シールドオブパラディン》」
ヴァーラの盾が厳かに輝いた。他にも多くの者が、〈戦列〉などの戦技を使い、後方から強化魔法を受ける。
「おらぁ!」
ザンロは闘打の盾目掛けて曲がってきた魔道弾を、盾で打ちつけた。弾が炸裂し、青い光が散るように弾けた。ザンロは、気持ち体を小さくし、盾に隠れている。
「軽いな」
わずかな重みを感じただけだ。爆発の衝撃も、〈衝撃盾〉の戦技で打ち消しており周囲に影響は無い。
「問題無い?」
後ろのスミルナが尋ねた。
「余裕だ、任せろ」
ザンロの右、二十メートルで、やたらと爆発音が連続した。
そちらを見ると、ヴァーラが盾で砲弾を受けていた。
周囲十メートル以上から砲弾を集めているように見える。はるか上を通り過ぎるかと思われた砲弾が、道に落ちている大金貨を発見した調子で、直角に曲がって盾に当たった。
魔法弾も通常弾も見境なく弧を描いて引き寄せ、砲弾の軌道と、赤と青の爆発が、見たことの無い幻想的な景色を生み出しているが、金属音と爆発音が相当やかましい。
足元に通常の砲弾が転がって、邪魔そうにまたいでいる。
両横のハンターは余波の衝撃を受け、たまったものではない、という顔をしている。
引き寄せる力が強すぎでは、とザンロは心配になるが、受ける盾を持つ手は、前に出したままで動いていない。
能力か装備に特別な性質があるのかもしれない。純粋な聖騎士なら戦技は使えないはずだ。
これを後ろで見ていたチェリテーラは、強張った半笑いだったが、ザンロにはわからない。
ザンロは左右の様子をうかがい、死人が出る心配は無さそうだ、これならいける、と思った。
砲弾の多くは前列に引きつけられ、受けたハンターは走り続けられる程度のダメージだ。
すぐ後ろではスミルナが斬り込みの時を待ち、その後ろにチェリテーラ、グラシアと続く。
この砲弾、通常は上位の彼らでも、連続では受けてはいられない威力。しかし、支援があり、正面から来る分に問題無い。
彼らは初めて実地するやり方が通用したことに安堵した。
「その調子だ! 装備をやられた奴は交代。ペースを上げろ」
ザンロを始め、まとめ役のハンターが鼓舞する。前列は速度を上げた。
後方から替えの大盾を受け取るハンターの姿もある。普段盾を使わないハンターは〈盾強化〉などのスキルが無い。本人は頑丈でも盾が持たない。
後列への砲弾が被害を生んでいるものの、前列は順調に前進、川まで迫った。
砲弾に代わり、矢が増えたが、これも盾に引き寄せられ無効化されている。
そろそろ衝突が始まろうかという時、【告げる野分】のヴィンスが隊列の後方から抜け出し、枯れた高木にすいすいと上った。そして長弓を構える。
距離は敵陣まで三百メートル。
「うじゃうじゃいるな。こりゃあ、戦争が終わったら、不死者まみれになっちまうぞ」
ヴィンスの目に、後方に控えた魔術師が飛び込む。五・六人が一塊になり、満遍なく散って配置されている。その前には正規兵がいるようだ。
川で止めるか、川へと押し返すつもりか。
ヴィンスには、禁制の〈人殺しの矢〉を配給されている。この矢は、装備品も含め人間相手に威力を増す。
ヴィンスはこの矢をつがえた。狙いは魔術師そのものではない。
風の壁は、正規兵の後ろにある。鎧を着こんだ兵は、装備で対処できると考えているのだろう。その手前の兵を減らす。
矢が放たれた。放物線を描いた矢が、吸い込まれるように、兵士の兜を撃ち抜いた。
さらにどんどん射ると、後ろに、風の壁の後ろに下がった。風の壁を抜こうと、一射したが、駄目だった。
「こっちを試すか」
ヴィンスは別の矢を取り出し、矢を巻いている紙を取って捨てた。
そしてこの矢を放つ。大きく弧を描く軌道。これの狙いは魔術師だ。矢は風の壁で上に舞い上がった。
「真上からは難しい。案の定だが・・・・・・どうなる」
舞い上がった矢が、地面に落ちる。そして、炸裂、矢尻から強烈な閃光が発生し、付近の目を突き刺した。
魔術師が目を押さえてもがいている。
これは〈閃光の矢〉。少しの間、目を暗ませ、盲目にする。そして、昼では見にくいが、目標の位置を示すのに使える。
ヴィンスは二つの矢を、様々な場所へ射かけ、魔術師の前線への介入を阻害する。
敵は浮足立ち、右往左往しているのが見て取れる。倒れた兵士をどうすればいいのかわからない、といった様子だ。
「目の前で死人が出ただけでこれか。戦い慣れはしていないな」
これなら、普段使っている無音の矢の出番は無さそうだ。
敵陣の中頃から、大きな火球が真上に打ち上がった。
火球は少しその場で滞空したかと思うと、動き出し、一気に加速して、こちらに向かってくる。
「・・・・・・俺かよっ、集団魔法か!」
ヴィンスは高木から、素早く飛び降りて走った。全力の走りだ。
後ろで轟音が響く。背中に熱と風を感じ、木の破片が体にぶち当たった。
「ぎああ」
ヴィンスは風圧で、半ば飛ぶように倒れ、振り返れば、三、四本あった木が完全にバラバラになっていた。
「あっぶねえ。あれは完全に終わりになる。しかし、あれを使ってくるぐらいには嫌だってことだ」
魔法は、術者から遠のくほどに効果が弱まる。
これを緩和するには単純に魔力を多く込めるか、複数人で担当を分担――威力、撃ち出し、魔法の保護、照準、追尾、索敵などの構成要素を分担する必要がある。
これらの調整は難しく、即席で連携はできない。
ヴィンスは、流石に魔術の国らしいところを見せてきた、と思った。
「そろそろ衝突か、別の位置取りを考えるか」
飛び越えられるほど小さいとはいえ、落ちれば厄介な川。さらにその対岸では、民兵が槍を突き出して、槍衾を作り出している。
正面から見れば圧力を感じる光景だ。
そこに走りよったハンターは、川の手前で一斉に止まった。含み笑いのハンターを見た民兵達は戸惑った。
そしてハンター達が一斉に動く。
衝突寸前、ハンター達が取った行動は投石。次々に石が飛ぶ。
攻撃と様子見を兼ねて、彼らがよくやる行動だ。石は事前に準備していた。
至近距離での強烈な投石を受けた民兵達が、悲鳴を上げ倒れ、槍衾が乱れていく。
「槍より石の方が、射程は長いんだ。アホどもめ」
民兵の顔面に直撃させたハンターが、興奮して言った。
「一部に障壁、確認してから進め」
このハンターの投げた石は、透明な何かに当たって川に落ちた。
「水中に魔力反応、落ちるな。危険があります」
民兵が大きく崩れた部位を狙って、ハンター達が川を飛び越え、陣地を広げていく。
兵士達は槍兵が前に出て交戦しており、同時に後列は射撃戦を展開している。
ザンロも川を飛び越え、赤い戦棍――即剛火道を振るった。それは突き出された槍に当たった。戦棍の打点が爆発、それに驚いた民兵が、槍を放し、槍は高くに飛んでいった。
「ぶっ飛べ、クソドモガァアァ」
ザンロが叫び、踏み込んで放った一撃が民兵の胴体をとらえた。ボゴン、火を噴く爆発、戦棍を振り抜けば、民兵は大きく飛んで、別の民兵にぶち当たり倒した。
転がった民兵の胴体は弾け飛び、煙を出し、服には火が点いていた。
「掛かってこい。糞野郎」
ザンロが戦棍を構え、鼻息荒く前進する。
それを見た民兵が恐怖し、後退する。できた空間に、スミルナが円盾と剣で飛び込んだ。盾で槍を弾き、俊敏な動きで舞うように斬りつける。
民兵は傷一つにうろたえ、戦意が大きく低下、戦闘に支障をきたした。
そこに他のハンターも斬り込んでいく。
「ぶっ殺せーー!」「脳天砕いてやらー」「雑魚があ! 死ねい」
方々から怒声が聞こえる。
「勢いに乗り過ぎて捕虜の確保を忘れるなよ」
「そっちは兵士が真面目にやるっしょ」
「安全第一だぞ。次に魔術師を減らせ。なんか持ってるかもしれんが、下手にいじくるな」
ザンロが大声を出した。前には敵兵しかいない。ハンター達はそれぞれの渡河地点で分断され、横の隊列は消えた。これは予定通りだ。
「恐怖せよ!」
チェリテーラが、後方からザンロを巻き込む形で、正面方向に《恐怖/フィアー》の波動を放った。
これを浴びた民兵は恐れおののくを通り過ぎ、十名ほどが悲鳴を上げ全力で潰走した。それにつられるように、魔法の影響がない民兵も潰走を始める。
「ずいぶん戦意が低いのね。それとも、おひげが怖いのかしら」
チェリテーラが言った。ザンロが敵を追いかけて走る。
「これなら簡単に崩せる、でも・・・・・・しくじったか」
空から来る無数の黒い影、矢の雨だ。味方ごと撃ってきた。
「上から! 防御を」
スミルナがザンロの後ろに隠れた。グラシアもチェリテーラの後ろに潜んだ。
ザンロが〈領域防御〉で矢を受け、矢が自主的にチェリテーラを避け、地に落ちた。後ろに続いたハンターは数名負傷している。
スンディにとっては民兵はどうでもいい。むしろ積極的に敵ごと潰したい訳だ。しかし、味方を直接は撃てない。
命令を無視してくれればそれができる。相手に攻撃機会を与えただけになった。
「敵と距離を空けるな。少し奥に進んだら他の様子を確認してくれ、チェリ。敵の使用魔法を知りたい」
ザンロが言った。そして、こちらの位置を認識されている、と警戒する。
「わかった」
精鋭ハンター達は、一組五人から十五人ほどに分かれている。戦い慣れたパーティの延長だ。
魔術師の前で一人にはなれない。
眠りや麻痺、支配など、頻繁には受けないが、数十発放たれれたなら効果を受ける。一人でそうなれば終わりだ。だから事前に対処能力のある組み合わせにした。
彼ら――精鋭は楔となり、敵陣に食い込む。
そして精鋭が切り裂いた後に残った谷間を、後ろから来たハンターが埋めていく。
次にまた、楔が前に進み、隙間を埋めるを繰り返す。これなら手堅く進める。
そしてベテラン達は口にしなかったが、後ろの方が大きな攻撃される可能性が高いと考えていた。
固まっている相手の方が魔法は当てやすい。大きな魔力を効率的に使うなら、確実に多く殺せる方を攻撃するだろうと。
それもあって突出しないようにしつつ、少し前を進んでいる。
だが、民兵が押し負けるのは、わかりきった話だ。スンディ側の反撃が始まる。
他軍同様に、魔法攻撃が来る。射線が通らないので、ピンポイントの状態異常攻撃が多い。しかし他軍のような混乱はない。
「後退する。盲目だ! 誰か治療を」
「デークテが麻痺だ、援護しろ」
「ブハハハ、クレンジが小さくされた」「笑うな! すぐに治るっての」
「砂塵が来たぞ」
ハンターはお互いに援護することに慣れている。ベテランなら状態異常を受けた経験もある。
他軍でも援護しようとはしているが、要援護者に対し、援護者が足りない。
これは足を引っ張る者がいないことからできた差だ。
助けは呼ぶが、自力でなんとかしないと死ぬ、というのがハンター基本的な行動原理だ。だからすぐに対処する。
この戦場で一番ガラが悪いハンター達は、民兵は当然、正規兵を心理的に圧倒した。