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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
1-7 東の国々 魔道の残骸
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農民2

 現在、交戦中であるスンディの第一陣の兵数は五万、槍を持った民兵の密集陣形を中心に、縦百列、横五百列で構成されていた。


 その後ろに同様の第二陣五万、その後ろに魔術師の多い本陣三万、本陣の左右に各二万、ここには正規兵が多く騎兵もいる。


 本陣の中央に、身長の高い、頬のこけた男が立っていた。

 彼は円環の塔の塔長、テカルリ・ピルトツイ、五十六歳。


 頭髪は白と黒でオールバック。太い白の線が三本、前から後ろに真っすぐ走っている。

 着慣れた様子で、ぴっちりとした真っ黒なモーニングスーツを着て、黒い革靴を履いている。


 左右には占術師がいて、その手に持った水晶玉を見ている。

 周囲には他の魔術師と、大型の魔道具を搭載できるように改造された馬車が設置され、本陣を防御していた。


「自信満々で出ていってあのざまか、雷火魔道騎士団め、情けない。あれでよく騎士団だけで勝てるなどと言ったものですな」


 ピルトツイがどこを見るともなく言った。


「文句を言っている場合ではない。押されているのだ、どうするつもりかね?」


 軍のコートを着込んだピチャ・カラペペ元帥が、後ろからとがめるように言った。


「食料の問題がある。激戦自体は歓迎、そうでしょう?」


 ピルトツイは前を向いたままで言った。


「さっさと勝ってしまえば、食料は手に入りますな。そもそも、これだけの兵と魔術師を動員したのだ。一気に数で押しつぶせばいいだろう」

「そうなれば向こうは坂に籠るだけだ。これを力ずくで抜くとなれば大仕事、必然、部下達も前に出ることとなり、敵の射程に入る」


 ピルトツイは、小うるさい男だ、総魔道長にはへこへこしている癖に、と思いながら言った。


「命を惜しまれるのか?」

「こんなところで貴重な研究者を失ってよい訳がないでしょう。紛うことなき人類の英知たちだ」


 ピルトツイがくるりと回って振り向く。


「それに後詰めが向かっているとなれば、彼らにも名誉の機会を与えねばならない」

「そのような心配は不要、ここを抜けてもまだまだ戦場はある。魔術師の方々が前に出て支援すれば簡単なことだろう。至宝級の者を持ち出していると、総魔道長殿に伺っている」

「至宝ともなれば、早々使えないものです」

「手すきの者が多いだろう。この状況で戦力を遊ばせるのはね」

「あなたにわからないでしょうが、彼らには役割があるのです。それに全力で戦えば、高級なポーションを使っても、半時もたないのですから、替えの人員には余裕が必要です」


 元帥は疑った表情だ。

 彼には三塔の魔術師の能力がわからない。どこまで信用すべきか、彼が判断するのは難しい。

 それをピルトツイは知っている。


 ピルトツイは《死霊術師/ネクロマンサー》、この素晴らしい実験場をすぐに放棄するなどありえない話だ。

 最終的に勝てば最低限の課題は達成される。そして実験の充実が勝ちへと結びつく。


 まったく余計な口出しはやめてもらいたいものだ、実験に集中すれば勝てるのだから、これだから俗人は。美しき死の劇場をなんだと思っているのやら。

 彼はそう思いながら、無視する訳にもいかない元帥に言う。


「もちろん、対処はしますとも、元帥閣下。初日に五万死ぬのは早過ぎですから。何事も適切な手順がありますし、この様子では、相手を減らした方がよさそうだ」

「・・・・・・円環の塔長殿、今、何をやっているのか、理解しているのか? 敵を減らし、味方の損害を減らす方策が求められているのだぞ」

「・・・・・・第一陣はもう抜かれるな、第二陣で止めるとするか」


 ピルトツイは横の水晶玉を覗き、勝つなんてとんでもない、これだから凡人は、という言葉を飲み込んでから言った。


「聞いているのか? 円環の塔長殿」

「聞いていますとも。ミキン、シャエリ、クラテスマ、ヒュシュアッデ隊を第二陣に加えろ、急ぎだ」


「右から王国戦士団、左から騎士団が来ます」


 彼の部下、といっても本来の所属塔は異なる魔術師が報告した。

 水晶には、王家の旗をはためかせ、本陣から発射された隊列が映っている。第一陣の左右に向かうようだ。


「左のオブウェ軍と右のオウムカイ軍の騎兵を前に出せ、連中が突入したら横撃せよ。それでよろしいな?」

「いいでしょう」


 元帥が渋々といった様子で答えた。


「術は正常に機能しているか?」


 ピルトツイが部下に尋ねた。

 この部下の前には、固定台の上に石板があり、そこに刻まれた文字・記号が絶えず動いている。


「今のところ、許容範囲です。大きな機能障害はありません。悪魔の森よりおとなしいかと」


 この湿原は上流からの汚染が少しずつ流れ着き、その多くが流れの遅い部位に沈着している。それらは魔術に干渉しうる要素だ。


「観測情報に変化があれば、すぐに報告してくれたまえ」

「わかりました」

「それと、全てを記録するんだ。並行して予定値との比較もね」


 ピルトツイが別の魔術師に言った。


 東への風の流れが変わり、南に吹きつけた。

 ピルトツイはそれを感じ、かすかに恍惚の表情をして言う。


「ああ、死の香りが、ここまで来た。これぞ死の風か、あの死の山に埋もれてみたいものだな」



 カークは自軍の優勢を見届けると、無理せず最前線から後退して騎乗、指揮に徹していた。

 兜割りで、神金オリハルコンを割れなかったのが、この判断に影響した。


 周囲では民兵が槍振り回しているのが、多く見える。それは次々に義勇兵の接近され倒されている。


「槍は振り回すもんじゃねえが、追い込まれると素人はああなるな」


 後方ではまだ、神金オリハルコンの軍団が健在だが、包囲され身動きできないだろうと判断して後軍に任せた。

 あれはハンマーなんかでボコボコにするか、鎧を剥がないと殺せない。あれに構い続けるのは、利がないとの判断だ。


 誰かが持ち込んだらしい魔道鎖鋸マジックチェーンソーが、ギーン、チェンチェンと甲高い音を響かせているが、神金オリハルコン相手では、刃が負ける気がする。


 カークの視界には、敵の第一陣の終わりがあり、その百メートル以上先の第二陣には、杖を持った者の姿が、後方に見える。


「次の陣は魔術師がいるようだな」


 カークは勢いづいた義勇兵の一部が、敵を突き破ってそのまま、前に出ようとするのを見た。


「おい! 勝手に前進させるな、散った兵を中央に集めろ」


 こちらの損害は軽微、前進開始から三十分ぐらいか、あと三十分ぐらいは動けるはず、この勢いで次の陣を突き破って魔術師を減らしたい。

 カークは、敵兵をかき分け周囲に集合しつつある義勇兵を眺めて思った。


「罠はあるか?」


 カークは第一陣の第二陣との間にある空間を見て言った。これにバンテが答える。


「魔力反応は見えない。しかし、埋まっていれば見えん」


 何かあるかも、しかし止まる手はない。既にここの民兵は混乱状態、追い打ちは後軍で足りる。


「集まったら、小隊ごとに散らして前進だ、盾を用意しておけよ」


 それからカークは、義勇兵がある程度集まったのを確認して、進軍の命令を下した。

 最後の薄いふたになっていた民兵の層を、一気に突破して、義勇兵が走り出す。

 そこに、敵陣から白い球体が多く投げ込まれた。


「上だ。かわせよ!」


 兵がかわす努力をする中、球体が次々にぺちゃっと地面に炸裂する。炸裂点から、放射状に白い粘体が広がり、そこかしこに白い花が咲く。

 それを踏みつけた者が、勢いよく転倒した。


 命中すると粘着質な蜘蛛の巣を展開する玉だ。

 直接受けた者同士も、白い糸でくっついて倒れたりしている。

 力のある者は強引に振りほどいて進む。


 カークが進路を変えるのに、ウマの手綱を操っていると、弦の音が聞こえた。

 速度が下がった義勇兵の頭上に、矢が降り注ぐ。

 しかし、大して長い距離ではない。全力で走る。


「防御しながら走れ! 白いのに触れるな、避けろ!」


 矢は走る義勇兵たちに命中していく。しかし、こんなものは傷の内に入るものかと、ろくに痛みも感じずに走った。


 そこに奇妙なことが起こる。

 腕に矢がかすった義勇兵。その傷に火が点いて燃え続ける。抑えても消えず、その男はもだえ転がった。


 さらに矢が命中した瞬間から、傷を負う代わりに少し踊り出す兵、一瞬で眠りに落ち、転倒する兵も出た。

 魔法の矢が混ざっている。

 さらにそこに蜘蛛の巣玉が投げ込まれる。


「金使ってやがる。ここからが本気か。怯むな! 前進だ、近づけば矢は来ない」


 義勇兵は少し減ったが、その勢いは健在だ。最初と同様に前列の民兵をなぎ倒し、第二陣に突入した。


 義勇兵が身を低くして斬り込む。槍の操作が追い付かない民兵達を斬りつけながら押し込む。


 まばゆい閃光が、義勇兵のいる辺りで連続して炸裂した。強烈な光に、目をやられた義勇兵が目を押さえてよろよろ後退した。巻き添えを食った敵も驚き叫んでいる。

 さらに義勇兵の中に、取り乱し怯えだす者、酔っぱらったようにふらつく者なども出始めた。


「動いてきたか。仲間を補助しろ。騎乗の者は注意せよ、魔術師が前に出てきた。見つけたらまず報せよ。優先して狙撃させる」


 所々で魔法の攻撃を受け、勢いが止まった。

 さらに散発的に、風が吹き荒れ、小さな炎や雷が飛びはじめた。

 魔術師が射線を通せるほど前に出てきている。勝負所だ。


 カークの少し前で、義勇兵が突如、前で戦う義勇兵に斬りかかった。斬撃を受けた兵が混乱しながら倒れ、それを目撃した兵は、斬りかかった兵を取り押さえようとする。


 しかし、斬った者は機敏に振り向くと、後ろから取り押さえようとした兵を斬りつけ、剣をブンブンと振り回した。

 周囲の兵が大声で止めろと叫ぶが、その兵は無表情で止まらない。


 カークは素早くウマを降り、そこまで走り、剣の腹でその兵の顔面を打ちつけて転がした。


「そいつを後送しておけ。支配だ、また来るぞ」


 カークがウマに戻ろうと、足早に歩き出す。

 そこに剣が横から振り下ろされる。とっさにその剣をかわした。


「ぬう」


 剣を振ろうとしたが、大剣は取り回しが悪く、途中で止めて、次の斬撃を身を引いてかわす。

 そして、確認した先で剣を構えていたのは義勇兵だ。


「またかよ」


 次の斬り込みをかわし、接近、全力で顔面を殴り飛ばした。その兵は転がって気絶した。


 カークはすぐに周囲を見回す。次の襲撃者はいないようだ。


 支配のような精神的繋がりを要求する魔法は射程十メートルぐらいだ。掛けた時はこの距離にいたはず。

 掛けてすぐ下がったとしてもおかしくない。だが支配対象以外の視界で、見ている動きと感じた。


 視界には、ちらほらと魔術師の姿があるが、それぞれが魔法を放っている。

 支配には精神集中が必要、他の動作はできない。


 カークは立ち止まり、集中してゆっくりと視線を動かし、一点を見た。そして走った。

 先にいるのは横たわった義勇兵と、それを開放する義勇兵だ。

 カークは全力で大剣を振り下ろし、横たわった兵の首をはねた。

 介抱していた男が驚きで腰を抜かし、尻をついて倒れた。


「ウワー! この野郎、何をする、戦士団長!? なんで」


 横たわる男に付いていた男が、そう言って剣を構えたが、混乱している。


「見ろ」


 カークが落とした首を差し示す。

 落とされた顔は別人になっている。どのようにしてか、幻術で化けて潜りこんでいた。

 傷の状態が不自然で、チラチラと隠す素振りでこちらを見ていたので、躊躇せず首をはねた。確認している暇はない。


「本物のジャスティンはー?」

「知るか、自力で探せ」


 男が嘆いた。カークは無視して、ウマへ戻る。

 所々で背後に味方から襲われたり、敵味方がまとめて状態異常を受けて混乱している。


「予想通りの展開だが、面倒だな」


 どうしたものかと考え、バンテに意見を求めようとして彼を見た。

 しかし、馬上に彼の姿が無く、体をねじってさらに後ろを見ると、カークのウマの後ろに隠れていた。

 バンテは身じろぎせずに、うつむいている。


「興奮したウマの後ろにいくな、蹴られるぞ」


 カークはウマの向きを少し変えた。


「向こうの雑魚は簡単に操れる。しかし、こいつ、槍が下手だな、向こうの魔術師の近接戦闘もひでえや、三人連続でこけやがった、この慌てた面、見せてやりてえ」


 バンテが空中の一点を見つめ続け、つぶやいた。

 カークがそれを聞き、敵陣の様子を見る。敵の隙間から魔術師の逃げ惑う姿が見えた。槍がそれを追いかけている。

 民兵を支配したのだろう。


「仕留めたか?」

「二人はやった。他は軽傷だな。背後を突かせる。この馬鹿面、最高だぜ」

「混乱が起きたのは見えとる。その調子でどんどんやれるか?」

「あと何人か・・・・・・やりたいが・・・・・・駄目だな途切れた」

「ここでお前には射程内か」


 カーク達の位置は最前線から二十メートル近く後ろだ。


「こっちは赤二ツ星だ。射程でそこいらの魔術師に負けるものかよ。だが撃ち合いになれば、手数の少なさはどうにもできんぞ。使える魔力が違うんだ。節約が必要じゃ。限界まで節約してなんとか二時間戦えるぐらいか」

「そうか、なら向こうが忘れた頃にまたやれ。一人でも殺すんだ、それで魔術も止む」

「防御がおろそかになるぞ」

「防御はできるだけ盾と強化系ポーションでやろう。頭をやられた奴は殴る」


 カークの左前方七十メートルで悲鳴と怒声が一度に響いた。彼はすぐにそちらを見た。

 敵陣の一部が綺麗に消滅していた。

 よく見ると、穴が空いており、そこに落ちた兵が大勢見える。

 深さ三メートルぐらいの穴は長細く、三十メートル以上あって、敵陣の奥まで続いている。この穴の上にいた兵が落ちて消えたのだ。


 《隠し落とし穴/ヒドゥンピット》、ずっと口を開いた穴ではなく、任意のタイミングで落とし穴のふたを消せる魔法だ。これを複数繋いだのだろう。

 しかし、落ちているのはほぼ敵兵のようだ。


「なんだあ? なんで縦?」


 味方を無視して足止めか? それとも単に失敗か、無茶な魔法の使い方をする。

 カークはそう思った。しかし、落とし穴の先に目をやると、その後ろに大砲。


「かわせっ!」


 射線を空けるために味方を穴に落とした、と理解したカークは叫んだ。

 直後、砲音が響き、義勇兵の塊が吹き飛び道ができた。少なくない人間が倒れている。


「あそこの前から退避させろ! 陣の内側に普通の大砲とは、ふざけた戦法をやってくれるぜ。あれの注意を全体に」

「わかっている」

「そんで弱体化をもらった奴は下げろ。抵抗力が下がったところに、連続して喰らうぞ。的になっていると感じたら、敵を盾にして隠れろ」


 次に彼の目に飛び込んだのは、敵陣から放たれた光の弾丸。それは一瞬で戦場を突き抜ける。

 魔道銃ではない。発掘品の光線銃レーザーガンによる物理攻撃。

 その方向にいた騎乗の指揮官が落馬した。戦士団時代の部下だ。

 すぐに通信する。


「デモノイ! 生きてるか?」

「・・・・・・なんとか生きてる。肩だ。治療はした。あれはこちらでなんとかする」


 応答があった。その光線銃の位置に、こちらから強烈な矢が飛んだが、舞い上げられた。


 戦場では、様々な煙が湧きあがり、複数の光線・玉が飛び交う。

 双方に起因するありとあらゆる現象が発生し、何が起こっているのか把握しにくくなってきている。

 レーザーも魔法で対処可能だが、複数属性の防御を魔法に頼ると、魔力消費が倍増してしまい無理がある。


「狙撃は駄目か」


 カークが戦況報告を受けて言った。

 直射しにくいこの場面では矢は有利だが、魔術師がそれを打ち消す。

 射線は通るが、どこも風の壁で守られている。小部隊を突出させて、裏から狙うような工夫が必要だろう。


「火球が使えなくても、風の壁が使える奴は多いんだ。こっちは途切れんよ」


 バンテが言った。


「大体、魔法戦にするなって、ずっと言ってるだろうが! 人数が違いすぎて、使える魔法量じゃあ勝負にならん。うお!」


 矢が、バンデの頭の上を、シュッと飛んでいった。


「やってみないとわからんよ。五十年以上戦ってるが、こんな状況知らねえからな。そいつはあっちも同じだ」


 カークが飛んできた矢を切り払う。


「そりゃそうだがな」

「見た感じ、ここは防御に回るより攻撃だぜ。あちらさんは荒事知らずが多いみてえだ。よく効く」

「中位の支配が使えるレベルだと限られるぞ」

「やれる奴はそれに集中させできるようにしないとならねえな、ここが踏ん張り所だ。やるぞ」

「おう」


 義勇兵は魔力が切れるまでを目安に奮戦する。

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