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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
1-7 東の国々 魔道の残骸
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農民

 戦争で、草原で、武名をとどろかせた初代――それなりに肖像画で目にする、険しく刺し貫くような眼光で闘志にあふれた顔――とは似つかない温厚そうな顔。

 しかしその出で立ち、竜骨の大弓、風神の宝冠ミトラ、黒竜鱗の鎧、受け流しのマント、語られる初代の戦装束と同じ物だ。


 これが王か、何を言うのか、どのような人であろうか、これから何が起こるのか。

 義勇兵達の視線が集まる。彼らの非日常感が沸騰していく。


「我こそは第八代ザメシハ嚆矢王国が国王、ユグン・クエンタ・ザメシハトである。聞くがいい、我が民よ」


 王は声を張りあげた。その声は威厳と安寧を含み、全ての義勇兵の耳に自然と滑りこんだ。

 

「知ってのとおり、隣国のスンディ魔術王国が、我が国の富をうらやみ略奪にやってきた。侵略者はその全てを奪い取らんとしておる。敵は多勢、苦しい戦いとなろう。だが――」


 王が一拍置き、「見よ!」と手で東の戦場を示した。

 東ではまた、微かに聞こえる嵐の音と同時に爆炎が上がった。

 その間も、ずっと王の視線は義勇兵に向けられている。


「諸君も知っていよう、あれは魔道総長の火だ。愚かにも奴らは諸君の正面を空けたぞ」


 王が、自信を発露させた力強い笑みを見せる。


「恐るべきは奴一人だけだ。我らは常に悪魔の森と共にあった。悪魔の森から逃げ帰った連中が、開拓を続けてきた我らに勝てると思うか!? 寄せ集めの兵に我らが負けることなどありえない!! これまで日々を思いだせ、いかに戦ってきたのか。どれだけの血を流し、どれだけの労苦の果てに今があるのかを思いだせ!」


 王は熱弁すると、スンディ陣へと向き直り、大弓をじっくり引き絞る。

 そして矢は放たれた。矢は青い雷をまとい、真っすぐに陣の上を突き抜け彼方へ消えた。空中に青の残像が残る。


「諸君を阻めるものは何もない。我が国最強の兵よ、嚆矢の体現者よ! 邪悪な侵略者に、成敗の一矢を。困難を乗り越えてきた諸君の力を証明せよ!」


 聞き入っていた義勇兵から大地を揺るがす歓声が上がった。

 これは初代が開拓を始める際、悪魔の森に向けて放ったのと同じもの。

 彼らは伝え聞いてきた伝説の世界に降り立ったのだ。これから始まるのは伝説の戦いであるとの予感がある。


「諸君を率いるのはこの男だ、カーク・タルメディ!」


 王は隣の騎乗する男を手で示す。同時に王は護衛を伴い横に退き、後方に下がる。

 残ったのは数十の騎兵、中心にいるの王の指名を受けた男は腕を組んだまま、沈黙している。


 刈りこんだ頭髪と髭はわずかにこげ茶色を残した白髪、顔は岩石をどうにか人に加工してみたという雰囲気だ。背には身の丈ほどもある大剣がある。

 こっちは王とは打って変わって、野蛮さと野卑さしかない。


 先代の戦士団長で、六十五歳になる。

 なお、元になっても《戦士団長/ファイターリーダー》の職業クラスは有効である。

 彼は首を回し、ゴリゴリと音を鳴らし、限界まで息を吸い込んだ。


「一人百殺!! やるぞー」


 獣を思わせる野太い声が、戦場に響き渡る。

 これに義勇兵も武器を掲げ、先のに劣らぬ歓声を上げた。

 彼らの年代には最も知られた平民の代表にして英雄と肩を並べる。栄誉に違いなかった。


「前進開始! まずは攻撃が来るまでだ。来たら走る、全速力だ」


 義勇兵が待ちきれないと言わんばかりに前進を開始した。向かいのスンディ軍も緩やかに前進している。

 前に望む敵陣は、圧倒的な厚みと幅がある。

 徐々に両軍の緊張が高まり、距離が狭まっていく。


 砲音が響いた。スンディの砲撃が始まったのだ。

 義勇兵の両翼に付いた砲兵が反撃しているが、通常の砲なので、魔術により途中で弾が減速し、湿原を転がる。

 しかし、進む者はそんなことを気にしない。


「走れ、走れい! 止まるんじゃねえぞ、死ぬからな」


 カークの声が響く中、義勇兵は砲撃を浴びても怯まず加速する。誰もが全速力だ。

 彼らの頭には、敵を打ち砕くことしか頭にない。


 騎乗のカークを照準しての砲弾が、多く放たれるが、全てはずれている。

 これは彼の後ろに付いた騎乗の魔法使い達が守っているのだ。他にもいる騎乗の指揮官も同じく守られていた。


 そして距離が一キロを切った頃、スンディ陣の中央に、剣と盾を装備した黄金色に輝く全身鎧を着こんだ兵団が出現した。


「キラキラさせやがって、よく目立ってるぞう」


 カークは狂暴に笑いながら数を数えた。

 前列に五十以上、後ろに三・四列はある。三百はいそうだ。


「奴らに魔力反応は?」


 カークが、後ろを走る元ハンターの、魔術師バンテに尋ねた。


「まだ遠い、不正確だが・・・・・・ある、精兵かと」


 バンテが顔をしかめて答えた。年で目が悪くなっているのだ。

 不健康な生活をしてやがるからだジジイめ、とカークは思った。


「ふーん」

「カーク、避けるか?」


 効果を付加された神金オリハルコンで全身を完全に包んだ兵だ。最精鋭に違いない。

 こちらの出鼻をくじくために配置されたのは明らか。


「まあ、まずは当たってみよう」


 カークが顎髭を擦って言った。


「悠長な」

「この勢いで停止はない。それにあの位置なら逃がさん、ここで全て殺しておく」

「勝つ前提か。向こうは手練れを出してきたんじゃあ? 後ろに魔術師が百もいれば、俺にはどうにもできんぞ」

「受けるつもりなら破ってみたくなるだろうが、血を流さねば勝てん。魔術師が前に出るなら好都合。十人で一人の魔術師を道連れにできれば合格だ。兵が多いだけなら坂で守れるからなあ」


 先頭を行くカークに負けじと、全義勇兵が加速して、うねった陣形が衝突する。

 カークの前は、盾を前に出した神金オリハルコンの兵の隊列が待ち受ける。


「ドリャアァァ!」


 カークは重い、と感じながらも、大きく振りかぶった大剣に、遠心力を乗せて振り抜いた。

 ゴガンッ、と金属音が響き、盾で受けた三人が転がって天を仰いだ。

 カークは強く手綱を引いた。ウマがいななき、上体を起こして止まる。


 カークに続いて、勢いに乗った義勇兵が敵陣に突っ込んでいく。

 神金オリハルコンの兵は少し後退しただけで耐えたが、他の部分で、義勇兵はスンディ陣に深くめりこみ、さらに押して押して進む。止まる様子はない。


「ああん? よええな、お前ら。びっくりだ。こりゃ」


 カークは転がった金ぴかを見て、そう言うと、おもむろに下馬した。


「カーク・タルメディ覚悟!!」


 神金オリハルコンの兵が、二人同時に来る。

 カークは振りかぶる動作を起こしながら、回転して剣をかわし、その勢いを利用して、斬撃の駒と化し、強烈な旋風が二人の兵を五メートル弾き飛ばした。

 ただし仕留めていない。カークは鎧に当たった剣から、硬く痺れる手応えを感じた。


「こっちは地獄帰りだぜ。魔神デヴィルには言ってある、当分来ませんってな」


 次の兵は、盾を前にしたまま突っ込んできた。

 これには、盾目掛けて、下から振り上げる一撃を叩きつけた。その衝撃でお互いに後ろに下がる。


(硬く、力はある。見た目よりも速い・・・・・・が技はねえな)


 別の兵が斬りかかってきた。

 カークは完全に迎撃のタイミングを合わせる。振り下ろした戦技を使った一撃が、兵士の脳天を直撃、首をへし折った。


「兜もほとんどへこまないとは、いいもん使ってんな。どんどん来い、肩慣らしだ」


 カークはそう言って剣を振りかぶった。




 スンディの第一陣五万に対し、義勇兵は九千だが、前線では義勇兵が完全に数的優位を得ていた。


 しかし頑丈な神金オリハルコンには苦労していた。

 複数で取り囲んでの攻撃が命中しても倒れない。明らかな隙間もない。

 火球を撃ち込んでもほとんど効いていない。魔法抵抗が高いようだ。


「とにかく引き倒せ、つかむんだ」


 義勇兵が叫ぶ。だが、大人しくそうされる訳もない。


「調子に乗るな、雑兵があ!」


 囲まれていた兵士が、大振りに剣を振り回し、義勇兵に斬りつけると、包囲を破り、別の包囲の背を突こうと踏み出した。

 正面に立ち塞がったのは年老いて腰の曲がった義勇兵だ。肩に鍬を担いでいる。


「鍬だと・・・・・・馬鹿にしおって」


 爺はおもむろに鍬を持ち直し、大きく振りかぶった。ふらついている。


「くたばれ、おいぼれが!!」


 兵士は怒って、鋭く斬り込んだ。斬撃が迫る中で鍬の爺が叫ぶ。


「この――ブルジョアがっ!」


 錆びた鍬の打ち下ろしは、簡単に音速を越えた。

 そして、顔の前部に、体の中央部に、鍬の後を残して鋭利に削り取った。

 兵士はガチャンと音を立てて倒れる。


 《鍬聖/ホーマスター》のスキル、〈硬度無視耕作〉が機能した結果だ。

 他人が保持している物体には無効だが、発動した。装備者に鎧の機能を引き出す力量が無かった。装備できていなかったのだ。


「なんじゃこりゃ、こんなもん植えたかの、どこの畑か」


 鍬聖の爺は兵士の亡骸を見て、怪訝な表情で立ち止まると、非常にゆっくり周囲を見渡す。どこを見ているのかわからない目だ。


「しっかりしてくれ、ひいじいちゃん、土地を奪うやつは許さねえって昨日言ってたじゃねえか」


 ここまで鍬聖の爺を背負ってきたひ孫が言った。

 周囲は熱で湯気が漂い、金属音と怒声でやかましい。


 鍬聖の爺は、首をかしげた状態で、空中の一点を見つめ、凍ったように静止した。

 そして、生気の抜けた顔がゆっくりと、鬼気迫った凄まじい形相に変わる。


「・・・・・・そうじゃった、盗人どもはどこじゃあ!」

「金みたいな鎧の奴らだよ」

「おのれらかあっ!!」


 鍬の一撃が、また神金オリハルコンを両断した。



 このように義勇兵は全ての場所で優位に戦い、すでに百メートル以上スンディ陣を引き裂いている。


 当然の結果だ。この部隊には戦士団、五つ星以上のハンターの引退者――つまり旧世代の最強が三百人以上いる。

 さらにこれに参加した民間人は主に、家督を譲った隠居者――つまり開拓に成功し、家督相続を終えるまで危険地帯で生き残った人々。

 侵略者から、祖先の、子孫の土地を守るべく参加したのだ。生きて帰る必要もない。その戦意は高い。


 兵数を考慮すれば、全軍で最強の軍団である。開拓開始時と同じこと、矢の先端が最も硬い。

 王はおだてた訳ではなく、事実を述べただけだ。

 そして、伝統の流儀に従い、最初から最強を放ったのだ。

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