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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
1-7 東の国々 魔道の残骸
144/359

騎と魔

カラス陣、足元にも注意せよ」


 左右に開いた二人の副官が命令を復唱し、カクラク達が戦闘機動に入る。

 五百メートル四方に散らばり、不規則にジグザグ交差を繰り返しながら加速する。

 速度は時速百キロを超えた。


 彼らは弓騎兵、密集隊形は取らない。

 密集するのは対空防御陣形の椋鳥ムクドリ陣ぐらいだ。


 正面の横陣が所々で瞬いた。そしてポン、ポポンと軽い炸裂音が重なって聞こえた。


「各自、回避大! よく見てかわせ!」


 青く輝く球体が弧を描いて飛来した。魔力を込めた砲弾だ。

 先頭を行くカクラクは、手綱を引いて、右前方へ乗騎を急加速させた。

 そして今度は一気に左へ切り返し、九十度に近い角度で曲がる。


 この旋回能力こそが赤恐鳥グワカラセニスの特徴の一つ。

 この速度帯では減速せず、姿勢を崩すこともない。わずかな上下動ぐらいだ。

 ただし、乗り手を振り回す負荷があるので、乗騎に負担を掛けないようにバランスをとらねばならない。

 騎兵達は体を傾けて、曲がる負荷に耐える。


 ヒュッヒュッと砲弾が風を切る音が連続した。

 左上方から軌道を曲げて降り注いだ二つの砲弾が、カクラクの目前を右へ高速で横切り、湿原に着弾。土と草を舞い上げる。


 さらに右から二つ、低めの軌道でゆるく曲がりながら向かってくる。

 正確に軌道を修正する砲弾は止まっているようにも見える。

 即座に構えた弓に二矢をつがえると、〈迎撃の矢〉を同時に放った。

 二矢はそれぞれが中央を射抜き、砲弾は空中で爆発、破片が飛び散った。


 しかし、後方で爆発音が連続すると、悲鳴が混ざった。急な角度で曲がる追尾砲弾を避けきれなかったのだ。

 後ろは視界が悪く狭いから多少かわしにくい。

 しかしこれだけなら取るに足らない、損害を減らすには早く前に出るのが確実だ。


 しかし、彼の重要な役目は突撃場所を選ぶことだ。敵の情報を引き出す必要がある。


「回避大だ! 全力で転歩てんぽ


 カクラクが前だけを見て叫び、自分に近い砲弾はことごとく迎撃する。

 そして、砲撃が途切れ途切れになったのを見て取った。

 煙が上がっている場所もある。不具合だろう。


 カクラクは、実戦が遠く碌に砲の訓練などしていない、と判断する。


(正面からでいいな、側面にかわすまでもない)


「襲歩、各自対応射撃」


 余力のある兵は、カクラクと同様に矢で砲弾を落としながら回避行動を取る。


 カクラクが乗騎の腹を左右から足で叩く。乗騎の足がより素早く動きだす。

 速度を上げるにつれ、赤恐鳥グワカラセニスの首が下がっていき、長い首は真っすぐ前方へ突き出す姿勢になる。

 顔は小刻みに左右に揺れ、体は上下しなくなり安定した。


 これで射撃の邪魔にはならない。

 これと機動力が、調教が難しく、騎乗が困難で、重い物を運ぶに向かず、維持費も高い赤恐鳥グワカラセニスを、弓騎兵に使う理由だ。


 速度を時速二百キロ以上に上げていく。後ろの騎兵はついて来れない。

 これでも後を考えての余力を残した走り。

 野生の個体は精々時速二百キロぐらいだが、熟練した《鳥騎兵/バードキャヴァリアー》が乗れば三百キロを超える。

 カクラクと乗騎の全力ならば、時速五百キロに達する。


 カクラクが槍弓スピアアボウを高く掲げ、グルグルと円を描くように回した。

 後方に続く部下の全員が弓に矢をつがえ、天高くに矢先を向ける。


「回避大を維持しつつ、牽制射撃はじめ」


 甲高い弦の音とともに、速度を乗せて空へ放たれた矢は、約二キロ先の敵陣に広く降り注いだ。


「散らせよ」


 雨のように降った矢は、いくつかの場所で下から吹きあがる風を受け、ふらつき減速し、回転しながら落っこちた。

 カクラクは戦技を乗せた強烈な一射を放った。陣の真ん中に貫かんばかりに直線的に飛んだそれは、急激に浮き上がり、陣を飛び越えてしまった。


(前方は既に防御している。風は直前からだ。薄い・・・・・・が、よほど魔術師がいるらしい)


 他にもかなりの矢が逸らされている。それでも敵陣には動揺があり、槍の群れがざわめく。

 カクラクはそれを観察する。


「魔術師は中央後方に多いな?」

「そのようです!」


 この矢は観測のためだ。矢に対する低位の防御魔法は強風。前方はともかく、後方で防御している場所には重要な兵が配置されている。


「いつもより遠目でやるぞ。いいな、狙うなよ。誰かに当たればいいんだからな」


 カクラクが出しうる限界の声で怒鳴った。

 しかし、前列の兵は皆ニヤリと笑う。

 敵陣との距離は二キロを切ったぐらい。狙うべき個所は正確に見えている。


「前に出た砲兵の辺りに放りこめ、撃ちまくれ、突入路を作れ」


 彼らが向かう敵陣中央に動きがあった。

 先頭の穂先が定まらない民兵の後ろから、マスケット銃を担いだ兵が現れ出て、こちらへと砲口を向けて整列した。


「ふん、銃か。五百で左右に大転歩だ。後は自由にやれ」


 全部隊が自信に満ちた顔で、強く弦を引き絞った。




「距離三百で発砲開始だ、矢は気にするな。当たらん!」


 銃兵隊の隊長が声を張り上げた。空ではチラホラと矢が飛んでいる。


 東部諸国では、コストと効果の低さからあまり使われない銃器だが、スンディには余剰木材が少なく、衝撃で爆発する火精石サラマンダイトがある。

 精製度合いが少ないと威力は知れているが、鉛球を飛ばすには十分。

 それで正規兵がそれなりに持っている武器だった。


「あれの次は騎兵が来るぞ、二射したら後退だ」隊長が命令する。

「しっかり槍を構えろ、お前達! 槍を引くと死ぬぞ。それが戦場だ」


 次に頼りない顔で槍を前へ突き出して構える民兵へ言った。満足げな表情だ。

 彼自身も戦場など知らないが、彼らに壁の役割をしっかりやってもらわねばならない。


 この横に長い方陣は薄めだが、薄い箇所でも五十列あり、後方に予備部隊が控えている。

 いかに騎兵が強力でも、槍が並べば一瞬では貫通できない。足が止まる。

 そこを近めから銃と魔法で狙う。騎乗の兵は楽に狙える的だ。


(魔術師共め、でかい顔はさせんぞ、撃ち頃になるはず。ここで戦果を上げねば)


 遠くに見える鳥の騎士から一斉に矢が放たれた。今度は全て真っすぐで低い軌道、届かないかもしれない。


「どれだけ射っても無駄だ、北の蛮族共。腕力だけはあるようだがなあ」


 彼は距離を測らねばと思い、駆け寄る鳥の騎士から目を離さなかった。

 足元でガッと音が聞こえた。

 バン、衝撃が体を貫く。体が揺れ、一歩よたついた。


「な、ゴッ、ホ」


 何が起こった? 声が出ない。

 彼が下を見ると、胸を矢が完全に貫いていた。血が流れている。


「・・・・・・そんな」


 なぜだ? こうなるはずはない。

 隊長は体から力を失い、崩れ落ちた。


 草原で魔獣の腹を狙うための弓技、〈太腹破り〉。大地から跳ね上がる矢。

 矢でも石でも一度地面に落ちたら飛来物ではなくなり、低位の魔法的な風を無視して突き抜ける。


 矢はまず砲の近くの兵に集中した。前列の多くの砲が沈黙する。

 次は中央前列を襲う。絶えず次々に地面から跳ね上がる〈太腹破り〉の矢、兵はドンドン倒れゆき、情けない悲鳴が上がる。


「話が違うじゃねえか!」

「こんなのどうしろってんだ!」


 盾も無い民兵達は姿勢を低くして、どうにか死から逃れようとする。

 大砲に劣らぬ強烈な連射が三十秒近く続いた。前列中央はかなりすり減った。


 そして鳥の騎士達は、引き千切ったように一気に左右に分かれた。


「矢が止んだぞ」

「・・・・・・あれを見ろ!」


 その後ろからやってきたのは、巨体を大きく左右に揺らすトカゲ。




「前列が倒れても分厚い、数が多過ぎるわ」


 ナリタ伯は陣形の中央で前を眺め、左右に大きく揺られて言った。

 スンディの前列はもう崩れている。後ろから兵が出てきているが、倒れた兵が転がっていては、整列できない。

 もっとも、砲の直撃でも大砂漠鎧蜥蜴デザートウロボロスは止まらないが。


「我々は攻め手だ。正面から粉砕する。徹底的に砲を叩く、完全に壊すぞ」

「ど真ん中で?」


 副官が言った。


「真ん中から左へ斜めに入って離脱する。後ろの魔術師は避ける。距離を五十は取れ、できれば百だ。中央方向に流れるなよ、左へ左へだ、前列を横からえぐる。まずは数を減らす」


 左に行くのは外に出るためだ。右に入ると、中央軍の方へ出てしまう。


「駆け抜けるぞ!」

「はっ!」


 大砂漠鎧蜥蜴デザートウロボロスは長距離走には向かないが、短距離なら時速二百キロ以上出る。

 残り五百メートルから一気に加速して、十秒ほどで中央の穴から左へ入る。

 突き出された槍と、引きつった民兵の顔が並ぶ。


 そしてそれらは弾けとんだ。ガチャンと鈍い金属音が響き渡る。

 圧倒的な質量の流れ。強固な鱗、そして爪。

 兜、槍、腕、人間、それらが赤を散布しながら舞って落ちる。


 騎兵達は前に体を傾けて姿勢を低くし、短弓で側面の正規兵を狙う。

 戦うのは大砂漠鎧蜥蜴デザートウロボロスであり、騎兵はほとんど制御しているだけ。矢は嫌がらせ程度のものだ。


 大砂漠鎧蜥蜴デザートウロボロスは、人が麦畑をなぎ倒す程度の手応えで進む。違いは倒れた麦が起き上がることはないところにある。


 必死の形相の民兵達が、退けないことに覚悟を決めて槍を突きだすが、そんなものは棒切れと変わらない。

 大砂漠鎧蜥蜴デザートウロボロスは表情を変えずに、淡々と陣をかき分ける。

 そのバタバタとする足の動きは呑気にすら見えた。


「このまま行くぞ、槍に引っ掛かるなよ。魔法に気を付けろ」


 ナリタが敵の多い右から正面へ視線を戻した瞬間、前で爆炎が巻き起こった。

 空中の一点から湧きあがった火炎は、爆発的に広がり荒れ狂い、前を行く部下達を一気に巻き込んだ。

 音が消え、大地から空までを火炎が覆い尽くし、狂乱の熱と光が見る者全てを圧倒すする。


「なにい!」


 ナリタは顔を歪め叫んだ。

 火は目前に迫り、彼は乗騎を左へ傾けて、横滑りさせる。

 軽い衝撃、前の部下の乗騎に乗り上げたが、なんとか乗騎を停止させた。


「ぐう」


 減速の衝撃に耐え、鞍を強く握り、状況を見る。

 焼け焦げた大砂漠鎧蜥蜴デザートウロボロスが、頭からつんのめって前転して倒れ、他にも横転したりして、部下が飛び転がっている。

 そして障害物と化した大砂漠鎧蜥蜴デザートウロボロスに後ろから来た部下が衝突していく。


「かわせ! 減速! 減速!」


 数騎が味方に衝突したが、どうにか全体が停止する。

 だが完全に勢いは止められ、前方を塞がれた。敵に右の横腹を晒している。


「うおおぉ」


 側面から来る敵兵。その顔面に矢を撃ち込んだ。

 しかし止まった彼らに矢が降り注ぐ。各自が籠手で防御姿勢をとった。

 目に入った焼き払われた跡では、敵兵が黒焦げになって大量に転がっている。

 部下も多くは死んだだろう、あの一撃だけで。


「これはまさか・・・・・・総魔道長! 中央にいないとは」


 これほどの火を起こせる魔術師は他にいない。

 ナリタは周囲を探るが、人の海から魔術師を見つけられない。

 危機的な状況、しかし近くにいるなら仕留める機会でもある。


「幻術か、単に後方か、どこにいる!?」

「まずいですぞ。いかがしますか?」


 副官が近づき言った。ナリタは即答する。


「突撃止め、即座に離脱する、左だ」


 無理をする場面ではない。戦はこれからだ。退いてから再突撃するべき。


「しかし、殿しんがりが必要です! ここは射程内、防御させねば、後ろからあれを受けます」

「位置がわからん、牽制は無理だ」

「この精度、五十メートル以内です、数騎を散らせば誰かが直撃します。こっちは私が」


 副長が敵陣後方を睨んだ。


「しかし・・・・・・」


 ナリタが苦い顔をした。牽制にはなっても勝てる可能性は無い。


「時間がない、次が来る!」

「・・・・・・わかった、冥府で会おうぞ」

「なに、突き抜けて見せましょうぞ。ドルド様、御武運を!」


 副長と五騎が陣の奥を目指してバラバラに駆け出した。




「足は止まったが、しかしのう」


 総魔道長ティカルサは、髭をしごきながら舌打ちをした。

 大戦果だがありがたくない展開。仕留めたかったのは、王国騎士団か戦士団の方だ。


 エファンがこれでムキになるかもしれない。

 予想以上の突破力、民兵がまったく壁として機能せず、なぎ倒され、真っすぐに向かってきたために迎撃せざるを得なかった。

 そうでなければやり過ごし、深くまで入った騎兵を千を焼けた。


 大砂漠鎧蜥蜴デザートウロボロスは分散する動きを見せている。さらに初撃に耐えた兵と乗騎がポーションで回復し、暴れ回っている。

 乗り手を失った大砂漠鎧蜥蜴デザートウロボロスも、その棘だらけの尻尾を振り回し、止めを刺そうと寄った兵を派手に空へ打ち上げた。


 放置はできない。ティカルサは集中して、そこに二発目の《火の嵐/ファイアストーム》を放った。

 約五十メートル先で爆炎が巻き起こる。

 既に倒れていた大砂漠鎧蜥蜴デザートウロボロスが焦げ、その体が丸まり、暴れる個体の動きも鈍る。


 味方も巻き込んだが、これで粗方前進は止めた。

 そして重峰騎士団の本軍は、左へ方向を変え離脱の動き。

 引けば再突撃もある。背を向けた今が攻め時。減らすべきだ。


「退くつもりか・・・・・・こうなればやるしかあるまい、幻術を解除」


 陣の右端の内側にいる民兵五十の姿が魔術師に変化する。

 ティカルサとその高弟で、多くは半ば枯れた年齢。


 そこから《氷の壁/アイスウォール》、《風の壁/ウインドウォール》、《石の窓帳/ストーンカーテン》を発動、厚さ五十センチの氷の柱が数個、厚さ十センチの石の壁が彼らの周りに発生した。

 そして視界を確保するための隙間を、風の上昇気流が埋めた。

 他にも防御術を張り巡らせる。


「中央を上げて寄せ、囲いこめ、殲滅する。他は騎馬に備えよ」


 ティカルサが軍の指揮官に通信を飛ばした。


(実際に見てみないとわからないものだ、ここまでとは)


 陣を薄めにしたのは、前列を魔法の射程に含み、支援しやすくするためだ。

 民兵で勢いを弱め、強化した正規兵、魔法の障害物で止める算段だったが、無関係に踏みつぶされた。


(これなら最初から前面に壁を作るべきだったか、いや、それでは突撃もない。そもそも長期間、壁を維持するのは楽ではない)


 大砂漠鎧蜥蜴デザートウロボロスをここで減らさねば、次に影響する。

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