騎と魔
「烏陣、足元にも注意せよ」
左右に開いた二人の副官が命令を復唱し、カクラク達が戦闘機動に入る。
五百メートル四方に散らばり、不規則にジグザグ交差を繰り返しながら加速する。
速度は時速百キロを超えた。
彼らは弓騎兵、密集隊形は取らない。
密集するのは対空防御陣形の椋鳥陣ぐらいだ。
正面の横陣が所々で瞬いた。そしてポン、ポポンと軽い炸裂音が重なって聞こえた。
「各自、回避大! よく見てかわせ!」
青く輝く球体が弧を描いて飛来した。魔力を込めた砲弾だ。
先頭を行くカクラクは、手綱を引いて、右前方へ乗騎を急加速させた。
そして今度は一気に左へ切り返し、九十度に近い角度で曲がる。
この旋回能力こそが赤恐鳥の特徴の一つ。
この速度帯では減速せず、姿勢を崩すこともない。わずかな上下動ぐらいだ。
ただし、乗り手を振り回す負荷があるので、乗騎に負担を掛けないようにバランスをとらねばならない。
騎兵達は体を傾けて、曲がる負荷に耐える。
ヒュッヒュッと砲弾が風を切る音が連続した。
左上方から軌道を曲げて降り注いだ二つの砲弾が、カクラクの目前を右へ高速で横切り、湿原に着弾。土と草を舞い上げる。
さらに右から二つ、低めの軌道でゆるく曲がりながら向かってくる。
正確に軌道を修正する砲弾は止まっているようにも見える。
即座に構えた弓に二矢をつがえると、〈迎撃の矢〉を同時に放った。
二矢はそれぞれが中央を射抜き、砲弾は空中で爆発、破片が飛び散った。
しかし、後方で爆発音が連続すると、悲鳴が混ざった。急な角度で曲がる追尾砲弾を避けきれなかったのだ。
後ろは視界が悪く狭いから多少かわしにくい。
しかしこれだけなら取るに足らない、損害を減らすには早く前に出るのが確実だ。
しかし、彼の重要な役目は突撃場所を選ぶことだ。敵の情報を引き出す必要がある。
「回避大だ! 全力で転歩」
カクラクが前だけを見て叫び、自分に近い砲弾はことごとく迎撃する。
そして、砲撃が途切れ途切れになったのを見て取った。
煙が上がっている場所もある。不具合だろう。
カクラクは、実戦が遠く碌に砲の訓練などしていない、と判断する。
(正面からでいいな、側面にかわすまでもない)
「襲歩、各自対応射撃」
余力のある兵は、カクラクと同様に矢で砲弾を落としながら回避行動を取る。
カクラクが乗騎の腹を左右から足で叩く。乗騎の足がより素早く動きだす。
速度を上げるにつれ、赤恐鳥の首が下がっていき、長い首は真っすぐ前方へ突き出す姿勢になる。
顔は小刻みに左右に揺れ、体は上下しなくなり安定した。
これで射撃の邪魔にはならない。
これと機動力が、調教が難しく、騎乗が困難で、重い物を運ぶに向かず、維持費も高い赤恐鳥を、弓騎兵に使う理由だ。
速度を時速二百キロ以上に上げていく。後ろの騎兵はついて来れない。
これでも後を考えての余力を残した走り。
野生の個体は精々時速二百キロぐらいだが、熟練した《鳥騎兵/バードキャヴァリアー》が乗れば三百キロを超える。
カクラクと乗騎の全力ならば、時速五百キロに達する。
カクラクが槍弓を高く掲げ、グルグルと円を描くように回した。
後方に続く部下の全員が弓に矢をつがえ、天高くに矢先を向ける。
「回避大を維持しつつ、牽制射撃はじめ」
甲高い弦の音とともに、速度を乗せて空へ放たれた矢は、約二キロ先の敵陣に広く降り注いだ。
「散らせよ」
雨のように降った矢は、いくつかの場所で下から吹きあがる風を受け、ふらつき減速し、回転しながら落っこちた。
カクラクは戦技を乗せた強烈な一射を放った。陣の真ん中に貫かんばかりに直線的に飛んだそれは、急激に浮き上がり、陣を飛び越えてしまった。
(前方は既に防御している。風は直前からだ。薄い・・・・・・が、よほど魔術師がいるらしい)
他にもかなりの矢が逸らされている。それでも敵陣には動揺があり、槍の群れがざわめく。
カクラクはそれを観察する。
「魔術師は中央後方に多いな?」
「そのようです!」
この矢は観測のためだ。矢に対する低位の防御魔法は強風。前方はともかく、後方で防御している場所には重要な兵が配置されている。
「いつもより遠目でやるぞ。いいな、狙うなよ。誰かに当たればいいんだからな」
カクラクが出しうる限界の声で怒鳴った。
しかし、前列の兵は皆ニヤリと笑う。
敵陣との距離は二キロを切ったぐらい。狙うべき個所は正確に見えている。
「前に出た砲兵の辺りに放りこめ、撃ちまくれ、突入路を作れ」
彼らが向かう敵陣中央に動きがあった。
先頭の穂先が定まらない民兵の後ろから、マスケット銃を担いだ兵が現れ出て、こちらへと砲口を向けて整列した。
「ふん、銃か。五百で左右に大転歩だ。後は自由にやれ」
全部隊が自信に満ちた顔で、強く弦を引き絞った。
「距離三百で発砲開始だ、矢は気にするな。当たらん!」
銃兵隊の隊長が声を張り上げた。空ではチラホラと矢が飛んでいる。
東部諸国では、コストと効果の低さからあまり使われない銃器だが、スンディには余剰木材が少なく、衝撃で爆発する火精石がある。
精製度合いが少ないと威力は知れているが、鉛球を飛ばすには十分。
それで正規兵がそれなりに持っている武器だった。
「あれの次は騎兵が来るぞ、二射したら後退だ」隊長が命令する。
「しっかり槍を構えろ、お前達! 槍を引くと死ぬぞ。それが戦場だ」
次に頼りない顔で槍を前へ突き出して構える民兵へ言った。満足げな表情だ。
彼自身も戦場など知らないが、彼らに壁の役割をしっかりやってもらわねばならない。
この横に長い方陣は薄めだが、薄い箇所でも五十列あり、後方に予備部隊が控えている。
いかに騎兵が強力でも、槍が並べば一瞬では貫通できない。足が止まる。
そこを近めから銃と魔法で狙う。騎乗の兵は楽に狙える的だ。
(魔術師共め、でかい顔はさせんぞ、撃ち頃になるはず。ここで戦果を上げねば)
遠くに見える鳥の騎士から一斉に矢が放たれた。今度は全て真っすぐで低い軌道、届かないかもしれない。
「どれだけ射っても無駄だ、北の蛮族共。腕力だけはあるようだがなあ」
彼は距離を測らねばと思い、駆け寄る鳥の騎士から目を離さなかった。
足元でガッと音が聞こえた。
バン、衝撃が体を貫く。体が揺れ、一歩よたついた。
「な、ゴッ、ホ」
何が起こった? 声が出ない。
彼が下を見ると、胸を矢が完全に貫いていた。血が流れている。
「・・・・・・そんな」
なぜだ? こうなるはずはない。
隊長は体から力を失い、崩れ落ちた。
草原で魔獣の腹を狙うための弓技、〈太腹破り〉。大地から跳ね上がる矢。
矢でも石でも一度地面に落ちたら飛来物ではなくなり、低位の魔法的な風を無視して突き抜ける。
矢はまず砲の近くの兵に集中した。前列の多くの砲が沈黙する。
次は中央前列を襲う。絶えず次々に地面から跳ね上がる〈太腹破り〉の矢、兵はドンドン倒れゆき、情けない悲鳴が上がる。
「話が違うじゃねえか!」
「こんなのどうしろってんだ!」
盾も無い民兵達は姿勢を低くして、どうにか死から逃れようとする。
大砲に劣らぬ強烈な連射が三十秒近く続いた。前列中央はかなりすり減った。
そして鳥の騎士達は、引き千切ったように一気に左右に分かれた。
「矢が止んだぞ」
「・・・・・・あれを見ろ!」
その後ろからやってきたのは、巨体を大きく左右に揺らすトカゲ。
「前列が倒れても分厚い、数が多過ぎるわ」
ナリタ伯は陣形の中央で前を眺め、左右に大きく揺られて言った。
スンディの前列はもう崩れている。後ろから兵が出てきているが、倒れた兵が転がっていては、整列できない。
もっとも、砲の直撃でも大砂漠鎧蜥蜴は止まらないが。
「我々は攻め手だ。正面から粉砕する。徹底的に砲を叩く、完全に壊すぞ」
「ど真ん中で?」
副官が言った。
「真ん中から左へ斜めに入って離脱する。後ろの魔術師は避ける。距離を五十は取れ、できれば百だ。中央方向に流れるなよ、左へ左へだ、前列を横からえぐる。まずは数を減らす」
左に行くのは外に出るためだ。右に入ると、中央軍の方へ出てしまう。
「駆け抜けるぞ!」
「はっ!」
大砂漠鎧蜥蜴は長距離走には向かないが、短距離なら時速二百キロ以上出る。
残り五百メートルから一気に加速して、十秒ほどで中央の穴から左へ入る。
突き出された槍と、引きつった民兵の顔が並ぶ。
そしてそれらは弾けとんだ。ガチャンと鈍い金属音が響き渡る。
圧倒的な質量の流れ。強固な鱗、そして爪。
兜、槍、腕、人間、それらが赤を散布しながら舞って落ちる。
騎兵達は前に体を傾けて姿勢を低くし、短弓で側面の正規兵を狙う。
戦うのは大砂漠鎧蜥蜴であり、騎兵はほとんど制御しているだけ。矢は嫌がらせ程度のものだ。
大砂漠鎧蜥蜴は、人が麦畑をなぎ倒す程度の手応えで進む。違いは倒れた麦が起き上がることはないところにある。
必死の形相の民兵達が、退けないことに覚悟を決めて槍を突きだすが、そんなものは棒切れと変わらない。
大砂漠鎧蜥蜴は表情を変えずに、淡々と陣をかき分ける。
そのバタバタとする足の動きは呑気にすら見えた。
「このまま行くぞ、槍に引っ掛かるなよ。魔法に気を付けろ」
ナリタが敵の多い右から正面へ視線を戻した瞬間、前で爆炎が巻き起こった。
空中の一点から湧きあがった火炎は、爆発的に広がり荒れ狂い、前を行く部下達を一気に巻き込んだ。
音が消え、大地から空までを火炎が覆い尽くし、狂乱の熱と光が見る者全てを圧倒すする。
「なにい!」
ナリタは顔を歪め叫んだ。
火は目前に迫り、彼は乗騎を左へ傾けて、横滑りさせる。
軽い衝撃、前の部下の乗騎に乗り上げたが、なんとか乗騎を停止させた。
「ぐう」
減速の衝撃に耐え、鞍を強く握り、状況を見る。
焼け焦げた大砂漠鎧蜥蜴が、頭からつんのめって前転して倒れ、他にも横転したりして、部下が飛び転がっている。
そして障害物と化した大砂漠鎧蜥蜴に後ろから来た部下が衝突していく。
「かわせ! 減速! 減速!」
数騎が味方に衝突したが、どうにか全体が停止する。
だが完全に勢いは止められ、前方を塞がれた。敵に右の横腹を晒している。
「うおおぉ」
側面から来る敵兵。その顔面に矢を撃ち込んだ。
しかし止まった彼らに矢が降り注ぐ。各自が籠手で防御姿勢をとった。
目に入った焼き払われた跡では、敵兵が黒焦げになって大量に転がっている。
部下も多くは死んだだろう、あの一撃だけで。
「これはまさか・・・・・・総魔道長! 中央にいないとは」
これほどの火を起こせる魔術師は他にいない。
ナリタは周囲を探るが、人の海から魔術師を見つけられない。
危機的な状況、しかし近くにいるなら仕留める機会でもある。
「幻術か、単に後方か、どこにいる!?」
「まずいですぞ。いかがしますか?」
副官が近づき言った。ナリタは即答する。
「突撃止め、即座に離脱する、左だ」
無理をする場面ではない。戦はこれからだ。退いてから再突撃するべき。
「しかし、殿が必要です! ここは射程内、防御させねば、後ろからあれを受けます」
「位置がわからん、牽制は無理だ」
「この精度、五十メートル以内です、数騎を散らせば誰かが直撃します。こっちは私が」
副長が敵陣後方を睨んだ。
「しかし・・・・・・」
ナリタが苦い顔をした。牽制にはなっても勝てる可能性は無い。
「時間がない、次が来る!」
「・・・・・・わかった、冥府で会おうぞ」
「なに、突き抜けて見せましょうぞ。ドルド様、御武運を!」
副長と五騎が陣の奥を目指してバラバラに駆け出した。
「足は止まったが、しかしのう」
総魔道長ティカルサは、髭をしごきながら舌打ちをした。
大戦果だがありがたくない展開。仕留めたかったのは、王国騎士団か戦士団の方だ。
エファンがこれでムキになるかもしれない。
予想以上の突破力、民兵がまったく壁として機能せず、なぎ倒され、真っすぐに向かってきたために迎撃せざるを得なかった。
そうでなければやり過ごし、深くまで入った騎兵を千を焼けた。
大砂漠鎧蜥蜴は分散する動きを見せている。さらに初撃に耐えた兵と乗騎がポーションで回復し、暴れ回っている。
乗り手を失った大砂漠鎧蜥蜴も、その棘だらけの尻尾を振り回し、止めを刺そうと寄った兵を派手に空へ打ち上げた。
放置はできない。ティカルサは集中して、そこに二発目の《火の嵐/ファイアストーム》を放った。
約五十メートル先で爆炎が巻き起こる。
既に倒れていた大砂漠鎧蜥蜴が焦げ、その体が丸まり、暴れる個体の動きも鈍る。
味方も巻き込んだが、これで粗方前進は止めた。
そして重峰騎士団の本軍は、左へ方向を変え離脱の動き。
引けば再突撃もある。背を向けた今が攻め時。減らすべきだ。
「退くつもりか・・・・・・こうなればやるしかあるまい、幻術を解除」
陣の右端の内側にいる民兵五十の姿が魔術師に変化する。
ティカルサとその高弟で、多くは半ば枯れた年齢。
そこから《氷の壁/アイスウォール》、《風の壁/ウインドウォール》、《石の窓帳/ストーンカーテン》を発動、厚さ五十センチの氷の柱が数個、厚さ十センチの石の壁が彼らの周りに発生した。
そして視界を確保するための隙間を、風の上昇気流が埋めた。
他にも防御術を張り巡らせる。
「中央を上げて寄せ、囲いこめ、殲滅する。他は騎馬に備えよ」
ティカルサが軍の指揮官に通信を飛ばした。
(実際に見てみないとわからないものだ、ここまでとは)
陣を薄めにしたのは、前列を魔法の射程に含み、支援しやすくするためだ。
民兵で勢いを弱め、強化した正規兵、魔法の障害物で止める算段だったが、無関係に踏みつぶされた。
(これなら最初から前面に壁を作るべきだったか、いや、それでは突撃もない。そもそも長期間、壁を維持するのは楽ではない)
大砂漠鎧蜥蜴をここで減らさねば、次に影響する。




