表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
1-7 東の国々 魔道の残骸
142/359

スンディ陣

ゾト・イーテ歴 三〇一九年 一月 一〇日 昼


 宣戦布告から十六日、初戦から十日、ザメシハ軍が気炎を吐き、迎撃と防衛の準備に勤しむ中、スンディ軍二十五万の長い隊列が姿を現した。

 先行した軍と合わせて二十八万の大軍である。


 スンディの寄せ集め軍は、まともな軍事行動をとれない。

 できることは前進と後退ぐらい。それにしたって、足並みは揃わず、すぐに横とずれる。

 これを訓練しながら来たために時間を要した。これで民兵にも命令の合図ぐらいは覚えさせた。


 最高指揮官はピチャ・カラペペ元帥で、総魔道長キリエンザ・ティカルサではない。

 この元帥は魔法が使えない。つまり魔法適正無しでこの職に就ける程度には優秀だ。

 といっても戦なき時代の将であり、その手腕は、規律の強化、街道の維持、予算管理に振るわれ、戦争を夢想するような性格ではなかった。

 よって、実際の作戦はティカルサが決めている。


 各部隊にも魔術師とは別に軍の指揮官が配置され、基本的に魔術師達の命で軍を動かす。


 総魔道長キリエンザ・ティカルサは、十六輪の大型箱馬車の、魔法円が多く刻まれた屋根に座って望遠鏡を覗いていた。


「ふーむ。完全に坂を塞ぐ構え、時間稼ぎよな。後を考えるなら、急がねばならんが。まずはゆるりといくかの」


 坂では騒がしく建築作業が行われている。地ならしをして、レンガを積み上げ壁を作り、簡易的な防御柵を幾層も並べている。

 崖の上には古い臼砲が並んでいる。

 ザメシハは会戦で敗れたなら、あそこで止める腹積もり。


「ここまでは順調、いくつか工作が失敗したが」


 彼が望むのは坂を挟む二つの砦、宣戦布告から軍が集まる前に、魔術師部隊を同時に奇襲させたが、通信を残さず行方不明になった。


 完全に破壊するのは難しいにしても、砦内の施設を破壊できれば良しと、実戦経験を積ませるために放った肩慣らしだった。

 工作専門の部隊ではないが精鋭だった。思わぬ損失である。

 砦を注意深く観察したが、戦闘痕は見えない。


「特別な精鋭にでも当たったか、しかし二隊同時となるとのう」


 ティカルサは引っかかるものを感じるが、死亡したことは魔法でわかっている。裏切りでなければ問題にはならない。

 この余裕は、先の坂を巡る戦い、実質的にはスンディの大勝と認識するからだ。

 彼が確認しているだけでも、十六人の精鋭を屠っている。


 戦の肝は、いかに突出した強者を死なせずに戦闘させるかだと彼は考える。


 高位の魔術師はこの戦場で無類の効果を発揮するが、ひとたび接近を許せば一気に壊滅する。攻撃を受け重傷を負えば、多くの魔法は使えない。それまでだ。

 そしてそれをやり得るのがザメシハの戦士達だ。それを減らすことに成功した。


 戦士であれば重傷を負っても、そこからポーションで回復して挽回でき、囲まれても強引に離脱でき、逆に前進もできる。状態異常を掛けても周りに仲間がいれば治す。

 戦士を殺すには上手くはめないと難しい。


(おそらく、二十はやった。治らぬ傷痍者もおろう。民兵なら五万から十万を削ったに等しい。残りは百ぐらいか? これを半分まで減らせば力押しで抜ける)


 この戦で勝敗を鍵を握る人の枠を超えし超人。

 乱戦下での前衛を語る上で、特に重要なのは皮膚である。皮膚の硬度が鉄、そして鋼鉄を超えるかどうか、これがわかりやすい超人の目安である。

 さらに素手で戦う武僧モンク格闘家マーシャルアーティストなら鋼鉄の上をいく。


 一般に多く出回るのは鉄・鋼鉄の武器。鋼鉄の肌にはかすり傷しかつけられない。

 民兵の武器は長さ二メートルの鉄の槍。まともに肌を突いても血は流れない。

 これを倒すには、目、喉など急所を狙う、より頑丈な金属での完璧な打ち込み、打撃武器でひたすら叩く、などが必要。


 しかし、その相手は化け物じみた剛力で、目にも止まらぬ速度で動く。連携されると手が付けられない。

 ただし魔法の効きは別で、一見もろそうな魔法使いが、強靭な戦士より魔法に耐えるのはままある。


 つまり魔法でいかに崩すか、この戦は超人と練達の魔術師の運用が勝敗を決める。


 ザメシハの騎士団長は鋼鉄の超人の代表だったが、一度死亡したと確認できた。精々、鉄だ。特別な脅威ではなくなっている。

 戦士団長は速度型で、鋼鉄まではいかないと推定される。

 速い相手は数で押しつぶせる、とティカルサは計算した。

 となれば、残る厄介者は――彼は左に顔を向ける。


「飛剣とハンターは足場の悪い西か。不確定要素には触りたくないの、やはり中央で勝ちを得るべき」


 坂に仕掛けはありそうだが、捨て駒は山ほどある。さらに中央で分断されれば軍は混乱する。

 彼が戦場をくまなく観察していると、馬車の下から部下の声が掛かった。


「エファン軍の増援二万の足止め、引き続き成功しています」


 前日より、エファンの騎兵が増援としてザメシハの北より南下している。


「病は広がったか?」

「周囲の警戒が激しく宿営地に近づけません。しかし収まってはいないだろうと」


 人には伝染性の強いコレラ、ウマには徐々に悪化する失明病を魔法で感染させた。


「無理に探らずともよい。先々で待ち受け感染させよ。二万もの大軍、完全に警戒しながら進めるものではない。急ぎとなればなおさらにな」

「はい」

「意図の理解は徹底させよ。殺す必要は無い、足止めのみだ。仕掛けるのは移動中。特にウマ用の薬はザメシハでは少ない。あの国の薬学は人が魔物から受ける症状に特化しておる」


 鍛えた兵ならコレラ程度では死なない。しかし下痢で水分が必要だ。ザメシハ北部を移動中の軍には致命的な問題。北は川が少ない。

 さらにウマの異常に気が付いた時には、広く感染している。

 そして完全に失明までいくと治療は難しい。


 エファンとて、ザメシハの急伸長を警戒しているはず。ザメシハを滅ぼさず南部を奪うだけなら好都合だろう。

 帰る名分を与えてやれば離脱する可能性は大きい。

 それに無理に戦場へ移動するなら疫病を撒き散らすことになる。一旦収まるまで移動はしない。


 これで強力なエファン騎兵を平原で相手にせずに済む、との計算。


 そして戦場では、ザメシハと同じくスンディも軍を三つに分けた。総魔道長と二名の塔長がそれぞれに配されている。

 中央軍と右軍は川を越えたが、左軍は川の後ろだ。

 ただし左軍の方が前である。川が蛇行しているためこの配置になっている。


 透明の力場の橋がいくつか作ってあるので、通行には支障がない。

 両軍の距離は約十キロ、お互いに攻撃可能な距離だが、無意味だとわかっているので動きはなかった。


「明日早くから始める、準備確認を徹底させよ。洗練された術式のように無駄なく美しく計算通りに奴らを葬る」

「はい」


 部下達が各部隊と連絡を取り始めた。




 王との謁見を終えたトクリ・サスアウは、自らの不変の塔へと歩く。

 魔術師が減って場内は閑散としている。


 総魔道長がいなくなり、彼がここの最高位。国の魔道をとりしきらねばならない。

 生真面目な彼はその責任を黙々と果たしていた。


 帰り道の渡り廊下に、手すりから乗り出すようにして熱心に北を見つめる人影があった。


「ミカエリ様、御一人ですか?」


 第一王女だ。目に魔力が集中している。

 後ろで三つ又に編み込まれた髪は父王と同じく青灰色で、浅黒い肌に空色の瞳。

 王妃に似た整った活発そうな顔立ちで、十四歳になる。


「あら先生。新しい幻術を重ねてきたの、最後には私が不可視化して逃げたように見えるから、今ごろ五階を探しているわ。ついでに栄冠の間の扉を固めてきたから、開けようと頑張っているかもね」


 王女が振り向き、楽し気に言った。

 現王の子は全体的に学術に傾倒している傾向があるが、この姫は聡明で魔術の才能に秀で、それ以外にも多くの学問に興味を示し、特に大きな数を扱うものが好み、政治、軍事、占術、心術に興味を示した。

 彼は得意分野の防御術・力術・変化術を指導している。


(王の子で政治ができそうなのは、この姫君だけか)


 魔術師を束ねる者は性別を問わない。過去には女王の例もある。

 しかし、長兄の第一王子に第二王子がいるので、王座に座ることはないだろう。

 この王女なら閉塞した状況に変革を、と思わないでもないが、どうにもならぬ話だ。


「私の術を実践していただき光栄です。しかしこんな寒風の抜ける場所で、自室でも見えるのでは?」

「ここがいいの! この位置よ」

「なぜですか?」

「あの道が地平まで見えるもの」


 彼も王女と同じ方角を見る。

 首都ワシャ・エズナの三角壁の外を、びっしりと兵が埋め尽くしていた。

 貧民街の外側を、畑にはみ出しながら。


 大半は北側にいるが、南からも向かってきており、北東、遠くには東から北西に道を歩く長い列が見える。

 そしていつ途切れるのかわからぬ長い列が北西へ真っすぐに伸びていた。

 うごめく点を眺めていると、気分が悪くなりそうだ。


 これは二度目の募兵で集めた兵、五十六万になる。

 これが反乱でも起こしたらと、彼の目は自然と鋭くなった。


 しかし、既に疲れたのか覇気のない顔、何も考えていないのだろう気楽に笑っている者、前しか見ていない者、なんらかの小競り合いも見える。

 戦意、緊張というものが感じられない。戦の様子など想像もしていないに違いない。

 列を管理している正規兵も退屈そうにしている。


(武器がなければ野良犬の相手とてできることか)


「壮大な景色! これを見逃す手はないでしょう? 戦場に向かう男達があんなに!」


 王女が感嘆の声を上げた。

 王女の力量では顔まではっきり見えていないのだろう。

 そして身に着けているのはくたびれた皮鎧レザーアーマーだ。目の前で見たなら、小汚いとしか思わない。


「確かに、二度と見ることはないでしょうな」


 帰りは減っているだろうし、大勝したなら、そのまま入植させる可能性もある。


「アリの行列みたいだけど、もっと多いわ、いつ頃戦場に着くのかしら?」

「何分、大軍ですので――ここからウッチャ平野、次いでバルムナーブ悪地、そこまで良いとして、アクシ低地・ウシュパン熱水地帯の悪路で詰まるでしょう。未曽有の大軍ともなれば、前の到着から最後尾の到着まで数日はずれるでしょうし、十日は掛かるかと」


「きっとアリの方が進軍は上手いに違いないわ」

「そうかもしれません。アリは生まれ時からアリですが、あれは素人ですので」

「でも、アリの行列も考えものなのよ」

「なんの話です?」

「まあ、聞いてくださる? この前実験したの」

「ええ」

「ベリトアントは火の中でも生きていられるけど、火の中のチーズを見つけると面白いの。最初はチーズを千切って巣に運ぶ。でも徐々に溶けていくでしょう? どんどんやってきたアリ達が、自分から広がるチーズに飲み込まれて溺れていくのよ! あの列もそうなるのか気になって仕方ないの」


 王女は考えるのが楽しくて仕方ないという様子だ。


「人はアリではありませんでな。流石にそこまでやらぬでしょう」

「あの中に山ほど金貨を積み上げて、そこに幻術で魔物でもけしかければどうなるのかしら。見てみたいわ」

「絶対にやらないでいただきたい」


 サスアウが強くたしなめた。

 こういったところに支配者としての視点の感じさせる。父王にはないものだ。

 システムを見切る才能があるのだろう。同時に冷たいものも含まれているが、本来、為政者とはこうであるはずだ。


「わかっているわ、気になっただけよ。使用人で試すもの、でも人数を確保するのが難しいの、数に意味があるはずだから」

「そこは私の担当範囲ではありませんので、何も言いませんし、責任も取りませんので」

「管轄って素敵ね。王城内なら一杯の線をまたげるもの。でも力づくで越えようとしたならこうなるのね」


 人の群れを眺める目はキラキラとして、ありとあらゆる輝きを宿している。


「あれがそんなに面白いですか?」

「もちろんよ。途中で逃げようとは思わないのかしら、こっそり離脱する人を探しているのだけど、いないの。前金半分で集めたって聞いたのだけれど、それなら逃げた方が得だと思うの。ここなら王都の民に紛れ込めるし、我が国では戦神の信仰者なんて市井にはいないもの」


 王女は一層手すりから乗り出し、視線を動かした。


「少しはおるかと。しかし前金と後金を合わせれば、貧民が一生暮らせるほどの額、捨てるには惜しいでしょう」

「そこはアリのようだわ。前しか見ないのね」

「ええ、王のために働いておるのです、アリの如く」

「お金のためでしょう?」

「生活を保障しているのは王権であり、その安定こそが民の生活を富ませるのです」


 王女は杓子定規な回答に、うんざりといった表情をしたがすぐに元に戻した。


「これって勝てそうですか?」


 王女は子供が無邪気さで尋ねた。


「負ける可能性は非常に低いかと、魔術師の数が違います。そもそもティカルサ殿を殺すのは無理でしょう」


 サスアウは国の魔術師が実戦に向かないことは認識している。

 総魔道長ですら、人間間の殺し合いは不向きだ。

 少数の部隊同士で戦えば、実戦慣れした格下に負けるだろう。


 しかし大軍になれば、個々の才能など無意味。

 そしてこれまで貯めこんできた膨大な魔法触媒、魔道具が解放された。

 民間の魔術師の直面する金銭問題が無い。

 そして彼らを守る肉の壁、負ける訳が無い。


「そう、面白いことが起きないかしら」

「ティカルサ殿が好物のナク鳥の足でも喉に詰まらせない限りは何も起きません。しかしまあ、百五十を過ぎておりますから、元気に見えて案外ポックリ逝くかも」


 サスアウが笑った。王女も笑って言う。


「まあ、帰ってきたら伝えてあげなくちゃいけないわ」

「それは止めていただきたいですな」

「ふふふ、でも退屈だわ。何も起きないのですもの」

「・・・・・・これは歴史に残る大事ですぞ」

「私の名前だって記録はされているわ。これで何も変わりはしないわ。人が生まれて死んでいるだけじゃない」

「そこで括られますと、いかんともしがたいですな」


 王女を世話役が連れもどしに来るまで、二人は北西を眺めて話した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ