陣地3
日が暮れる少し前、陣内では食料の配給があり、多くの列が作られた。
夕食は干し肉が少し入った暖かいイモスープと近くの都市から来た冷えた硬いパン。
地べたに座り込んだ兵達が、湿原に水玉模様を作り出した。
その中の一滴、たき火を遠巻きにしている大きな輪。そこには上位のハンターが集まっていた。
前列にはリーダーが、後ろにはパーティの構成員がいる。
「俺が砕魔の盾のザンロ・ニレだ。まあ、まだ戦まで時がある、ゆっくりやろうや」
ザンロがかしこまらずに言った。
輪を構成する顔は、油断も緊張もなく、興味をにじませている。
三十九歳の彼から見ると、年下が多いように思えた。一流どころばかりでこうなると、自分の歳を感じる。
「まず、ここの指揮官はオテーエン公だが、実際に動かすのはギルヌーセン伯だろう。これはそう悪くないと思いてえ。知れた名だし、ハンターとも近いはずだ」
これはタリッサから聞いた情報だ。
「だが慣れん戦だ、何から何まで変える必要がある。上に言われてやるより、先にこっちで話をまとめてえ」
「具体的にはどんな方向で?」
《追跡者/トラッカー》のハンターが言った。
「まずパーティ単位は戦に向かねえ。お互いの情報を出して、連携できる隊を組みたい。上の方は二百人いかないだろうからな。下の方は多いから役割で部隊に分かれそうだが」
力の釣り合う者で組みたい、ハンターなら誰でも同意することだ。
「ただし、特別に功績を上げたいところは前に出てもらっても構わねえ、敵兵の大半は寄せ集め、ザメシハの商人の方がよほど強い。楽に戦果が稼げる」
初戦に参加した数人が、これに小さく同意した。
「問題は魔術師だ。先の戦いではほとんどいなかった。だが、次は数百の火球が飛んでくるぞ。それをさせずに潰さねえと。まずは狙撃だが・・・・・・」
「障害物が多すぎて難しい。敵も味方も多すぎる。魔術師があれの後ろに潜むならとても狙えん」
言った男は南部で活動する【告げる野分】のヴィンス・ハシュヘイ。職業は《平原の番人/プレインズウォーデン》。
すらっとした長身で、びっしりと紋様で埋められた木製の長弓を背にしている。
「だろうな」
「まずは歓迎しよう、ようこそ南部へ。こんな所じゃなければウイレ酒でも出してやりたいところだ。東部の奴はたまに来るが、他は用の無い場所だろう」
ヴィンスが明るく言った。
「そいつはありがとうよ、しかし、この湿原が得意な奴はいないな」
「ここは不死者退治だからな、ハンターの仕事は平原までだ。護衛ぐらいしか通らない」
「まあ、相手にもそういないだろう――赤星は六組か」
ザンロが輪の赤いタグを数えた。
その中で一番目を引くのは、銀色の全身鎧の若い女。
(目立つな、どちらからも。目印になってもらうことになりそうだが、力量がわからん)
「そちらは【常盤の森】でいいのかい? 他はわかるが」
この中では知名度が低い。その一方で注目度は高い。
「そうです。ヴァーラ・セイントです、よろしく皆さん」
これに一同があいさつを返した。
「後ろは?」
ザンロがヴァーラの後ろに座る若い男を見た。
「俺はアニキの代理人なんで気にしないでください。仕事の話があれば俺まで」
男は軽い調子で応じた。柔らかい羽毛のような声色をしている。
上位のハンターなら窓口を持つ場合がある。戦場まで来るのは珍しいが。
「なるほど、二人組と聞いてるが?」
ザンロがヴァーラの周囲を見た。コフテームのハンターが固めているようだが、情報に適合する男性がいない。
一度見たら忘れない、地獄の悪魔、小山のような杖を持つ、相当に目立つ容姿のはず。
「今回は私一人です」
「二人で片方とは珍しい。何か問題があったのか?」
「フォレストは森に張っています」
「あっちはそれもあるな。アッキは来るかと思ったが」
「殴り甲斐が無さそうなので行かない。負けそうなら行くそうです」
ヴァーラが言った。
「そうか、そのうちフラッと来そうだが」
ザンロにとって、期待していた武闘派が減るのは痛手だった。
「水歌に動物使いとかも来てないし」
「向き不向きはある。魔獣が暴れても困るぜ」
「調輝岩は北の奥地に行ったきりだ」
「あっ、こいつもいますんで」
そう言った仲間に引っ張られて前に出てきた若い小柄な男は、赤一つ星の【薫風】のレターリオ・デクトインタカラグ。職業は《妖術師/ソーサラー》。風使いの異名を持つ。
「い、一応います。期待しないでください」
レターリオが遠慮がちに言った。
「そうか、当てにしてるぜ、風使いがいるとは頼もしいな」
ザンロが言った。
「いや・・・・・・だから」
レターリオが小さな声で言った。
「これで後ろは安心だな。いやあ、良かったぜ、本戦では矢の雨が降るだろうからな。お次は魔銃の対策も考えねえと」
「・・・・・・頑張ります」
レターリオがか細い声で言った。
そこからザンロや初戦の参加者が、戦場の様子を語った。
戦場独特の空気、その圧力は歴戦の猛者も経験がないもので、深く聞き入った。
「固まってしまうと身動きできないな」
《かわしの達人/ロールアデプト》のハンターが言った。
「速度自慢は難しい。走り回る隙間はねえぞ、こじ開けねえと。一人二人はいけるが、その後ろが詰まってやがる。それにでかい武器を振るなら味方とは連携できねえ」
「それはどうしようもねえな」
《巨獣殺し/ギガビーストスレイヤー》のハンターが言った。彼は長めの大剣を持っている。
「そこも噛み合う組み合わせを模索する」
「難しいな、装備がない」
《野獣/ビースト》のハンターが言った。
特定分野に特化した者は戦法・装備が偏る。そして人間相手に特化したハンターはほとんどいないし、いても賞金稼ぎなど追跡や捜索に向いた能力だ。
「大盾の配給があるらしいから、接近するまではそれを使えばいい」
「集団をばらせれば、普段の戦いができるか?」
「一般兵をやるなら毒だろう。耐性装備者を集めれば、もろともやっちまえる」
「初っ端からドカンと前をぶち破って、後ろのをボゴンやればパパッと勝てるんじゃねえのか」
「何が来てもどうということはありません」
「雑魚を操れば魔術師の位置はわかるだろう」
「水なら私が全て凍らせますから、落っこちる心配はしなくていい」
「温かい方にしてくれよ」
それからも話が続き、初日に全体で合意できたのは、隊列の編成や基本戦法だ。
盾持ちを前に並べ、その後ろに斬り込み隊。魔術師と戦闘する場合は速やかに支援を受ける。それが無理なら後退する。
常識的な事柄だが、戦いの規模が違う。ここにいるハンターはパーティー単位ならすぐに連携できるが、五十を超えれば難しい。
これを時間を掛け、練り込んでいく。
吟遊詩人の歌や踊りの馬鹿騒ぎで終わるこの話し合いは、戦争が終わるまで毎日開かれることになる。
そして抜け目なき吟遊詩人達は、この戦争で無形資産を手にするだろう。
「大体は合わせてくれるらしいな、感触はそう悪くない」
ザンロがテントに戻り、休む準備をしている。
「話が通じない匂いがするわ!」
思案する様子だったチェリテーラが、誰とも視線を合わせず突然叫んだ。
「・・・・・・何を言い出すんだ、いきなり」
ザンロが戸惑った。
「さっきの彼女よ。私は今、話の通じなさに敏感なの。考えてみれば、強い奴ほど話が通じないわ。あれから抗いの時代の大英雄達の逸話を読み返したけど、全員おかしいわ。グリベン・マクレイルも普通におかしかったし、むしろ死んでまともに働くようになった疑惑すらあるわ」
「チェリ・・・・・・興味が遺物から人に移ってんな。で、どの彼女だよ」
「聖騎士のよ、あれが断然おかしい」
「善良だと思いますよ。善のオーラを抑えてすらいるような」
グラシアが言った。
「特におかしくはないだろ」
「何が来ても問題無く、回復も支援も致しますって言ったじゃないの!」
チェリテーラがわめき、サンロが面倒そうに応じた。
「ありがてえじゃねえか、貴重な聖騎士は本当に助かるぜ。兼業は多少いるが、専業だと初めて見たな」
頑丈で前線に留まり、回復・支援、戦場では理想的な職業だ。
「少し母さんに似てる」
スミルナが言った。一同がそれに疑問の表情をした。
「あんたねえ、あんなババアと似てるなんて言ったら、神罰喰らうよ。大体、下手したらあんたの年下――そう考えるとますますおかしいわ」
チェリテーラが眉間にしわを寄せた。
「いや、見た目じゃなくて匂い・・・・・・かな」
「匂いならザンロさんが無意味に臭いです。この場所で長くなるなら病気に気をつけないといけません」
グラシアが言った。ザンロが酷いとばっちりだという顔をした。
「グラシア、さっき《掃除/クリーン》使っただろう?」
「汚れてなくても臭いです。魂の汚れです。酒ばかり飲んでいるから」
「・・・・・・年を食っただけだよ」
「年はどうでもいいのよ。いいこと? やばい奴は平然とでかいことを言うのよ。それこそ仮面共と同じ匂いがする」
「話は通じてるって、他の癖の強い奴だって一応合わせてるぜ」
「通じてても通じてないっ! わかってないのよ。他のはあんたと変わんないのよ」
チェリテーラが言い切った。
「なんなんだよ」
ザンロはふて寝した。
翌日昼頃、国王軍をはじめとした多くの軍が到着した。各領の第一陣は揃い、第二陣の到着を待つ状況となった。
そして大きな天幕ではすぐに会議が開かれた。中では大貴族が立ち並ぶ。
その前にに立つ黒竜の鱗鎧を着た男が口を開く。
「緊急の参集に馳せ参じた者達よ、森にあっても疾し者達よ。今よりこの本陣を不落の城とする。我が国に侵略者を入れることはあってはならぬ」
この人物こそユグン・クエンタ・ザメシハト、現国王である。
立派な口髭と顎髭を蓄え、恰幅が良い。顔のしわは如実に年齢を感じさせるが、血色はよく健康そうだ。
「我はレンダルに次代を残してきた。場合によっては陣頭に立つ。もしもの時はナキクを守り立ててくれ」
王の覚悟にざわめきが起こった。さらにスンディを非難する声や、己の戦意を高らかに表す声が湧き出す。
それを王は手で制する。
「グードファー殿、大変助かった。そなたらの助力がなければどうなったことか」
声を掛けられたのはミコクタ・ルカバ同胞団を代表する自然祭司長、シュレンザ・グードファー。
枯れ葉色のローブを着た八十を過ぎた小さな老婆だ。大きな牙の首飾りと様々な石の腕輪を着けている。
「ありがたいお言葉、他の季節なら蜂の大群をけしかけてやるのですが、この寒さでは」
「それらも考慮の上での侵攻であろう」
「大した効果はありませんが、敵陣にノミのサナギを放り込んでおきましたで、嫌がらせにはなろうかと」
「・・・・・・いつも持っておるのか?」
「年を取れば、何かと用意がよくなりまする」
「自陣にばら撒かないでもらいたいが」
「何分この体、どうなることやら」
「無理をせずに休んではどうか?」
「国の危機とあっては力が湧きあがるようでしてな、フェフェフェフェフェフェフェ」
「それは良かった、ガハハハハハハハ」
貴族たちを圧迫する笑い声が響いた。両者に一定の緊張関係がある。
そこから王は戦った南部貴族に個別に声を掛け労った。
「まずエファンの増援が来るまで持たせる。それには守ってばかりもいられん」
そして長い軍議が始まった。




