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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
1-7 東の国々 魔道の残骸
141/359

陣地3

 日が暮れる少し前、陣内では食料の配給があり、多くの列が作られた。


 夕食は干し肉が少し入った暖かいイモスープと近くの都市から来た冷えた硬いパン。

 地べたに座り込んだ兵達が、湿原に水玉模様を作り出した。


 その中の一滴、たき火を遠巻きにしている大きな輪。そこには上位のハンターが集まっていた。

 前列にはリーダーが、後ろにはパーティの構成員がいる。


「俺が砕魔の盾のザンロ・ニレだ。まあ、まだ戦まで時がある、ゆっくりやろうや」


 ザンロがかしこまらずに言った。

 輪を構成する顔は、油断も緊張もなく、興味をにじませている。

 三十九歳の彼から見ると、年下が多いように思えた。一流どころばかりでこうなると、自分の歳を感じる。


「まず、ここの指揮官はオテーエン公だが、実際に動かすのはギルヌーセン伯だろう。これはそう悪くないと思いてえ。知れた名だし、ハンターとも近いはずだ」


 これはタリッサから聞いた情報だ。


「だが慣れんいくさだ、何から何まで変える必要がある。上に言われてやるより、先にこっちで話をまとめてえ」

「具体的にはどんな方向で?」


 《追跡者/トラッカー》のハンターが言った。


「まずパーティ単位は戦に向かねえ。お互いの情報を出して、連携できる隊を組みたい。上の方は二百人いかないだろうからな。下の方は多いから役割で部隊に分かれそうだが」


 力の釣り合う者で組みたい、ハンターなら誰でも同意することだ。


「ただし、特別に功績を上げたいところは前に出てもらっても構わねえ、敵兵の大半は寄せ集め、ザメシハの商人の方がよほど強い。楽に戦果が稼げる」


 初戦に参加した数人が、これに小さく同意した。


「問題は魔術師だ。先の戦いではほとんどいなかった。だが、次は数百の火球ファイアーボールが飛んでくるぞ。それをさせずに潰さねえと。まずは狙撃だが・・・・・・」

「障害物が多すぎて難しい。敵も味方も多すぎる。魔術師があれの後ろに潜むならとても狙えん」


 言った男は南部で活動する【告げる野分のわけ】のヴィンス・ハシュヘイ。職業クラスは《平原の番人/プレインズウォーデン》。

 すらっとした長身で、びっしりと紋様で埋められた木製の長弓ロングボウを背にしている。


「だろうな」

「まずは歓迎しよう、ようこそ南部へ。こんな所じゃなければウイレ酒でも出してやりたいところだ。東部の奴はたまに来るが、他は用の無い場所だろう」


 ヴィンスが明るく言った。


「そいつはありがとうよ、しかし、この湿原が得意な奴はいないな」

「ここは不死者アンデッド退治だからな、ハンターの仕事は平原までだ。護衛ぐらいしか通らない」

「まあ、相手にもそういないだろう――赤星は六組か」


 ザンロが輪の赤いタグを数えた。

 その中で一番目を引くのは、銀色の全身鎧フルプレートの若い女。


(目立つな、どちらからも。目印になってもらうことになりそうだが、力量がわからん)


「そちらは【常盤ときわの森】でいいのかい? 他はわかるが」


 この中では知名度が低い。その一方で注目度は高い。


「そうです。ヴァーラ・セイントです、よろしく皆さん」


 これに一同があいさつを返した。


「後ろは?」


 ザンロがヴァーラの後ろに座る若い男を見た。


「俺はアニキの代理人なんで気にしないでください。仕事の話があれば俺まで」


 男は軽い調子で応じた。柔らかい羽毛のような声色をしている。

 上位のハンターなら窓口を持つ場合がある。戦場まで来るのは珍しいが。


「なるほど、二人組と聞いてるが?」


 ザンロがヴァーラの周囲を見た。コフテームのハンターが固めているようだが、情報に適合する男性がいない。

 一度見たら忘れない、地獄の悪魔、小山のような杖を持つ、相当に目立つ容姿のはず。


「今回は私一人です」

「二人で片方とは珍しい。何か問題があったのか?」

「フォレストは森に張っています」

「あっちはそれもあるな。アッキは来るかと思ったが」

「殴り甲斐が無さそうなので行かない。負けそうなら行くそうです」


 ヴァーラが言った。


「そうか、そのうちフラッと来そうだが」


 ザンロにとって、期待していた武闘派が減るのは痛手だった。


「水歌に動物使いとかも来てないし」

「向き不向きはある。魔獣が暴れても困るぜ」

「調輝岩は北の奥地に行ったきりだ」

「あっ、こいつもいますんで」


 そう言った仲間に引っ張られて前に出てきた若い小柄な男は、赤一つ星の【薫風】のレターリオ・デクトインタカラグ。職業クラスは《妖術師/ソーサラー》。風使いの異名を持つ。


「い、一応います。期待しないでください」


 レターリオが遠慮がちに言った。


「そうか、当てにしてるぜ、風使いがいるとは頼もしいな」


 ザンロが言った。


「いや・・・・・・だから」


 レターリオが小さな声で言った。


「これで後ろは安心だな。いやあ、良かったぜ、本戦では矢の雨が降るだろうからな。お次は魔銃の対策も考えねえと」

「・・・・・・頑張ります」


 レターリオがか細い声で言った。

 そこからザンロや初戦の参加者が、戦場の様子を語った。

 戦場独特の空気、その圧力は歴戦の猛者も経験がないもので、深く聞き入った。


「固まってしまうと身動きできないな」


 《かわしの達人/ロールアデプト》のハンターが言った。


「速度自慢は難しい。走り回る隙間はねえぞ、こじ開けねえと。一人二人はいけるが、その後ろが詰まってやがる。それにでかい武器を振るなら味方とは連携できねえ」

「それはどうしようもねえな」


 《巨獣殺し/ギガビーストスレイヤー》のハンターが言った。彼は長めの大剣を持っている。


「そこも噛み合う組み合わせを模索する」

「難しいな、装備がない」


 《野獣/ビースト》のハンターが言った。

 特定分野に特化した者は戦法・装備が偏る。そして人間相手に特化したハンターはほとんどいないし、いても賞金稼ぎなど追跡や捜索に向いた能力だ。


「大盾の配給があるらしいから、接近するまではそれを使えばいい」

「集団をばらせれば、普段の戦いができるか?」

「一般兵をやるなら毒だろう。耐性装備者を集めれば、もろともやっちまえる」

「初っ端からドカンと前をぶち破って、後ろのをボゴンやればパパッと勝てるんじゃねえのか」

「何が来てもどうということはありません」

「雑魚を操れば魔術師の位置はわかるだろう」

「水なら私が全て凍らせますから、落っこちる心配はしなくていい」

「温かい方にしてくれよ」


 それからも話が続き、初日に全体で合意できたのは、隊列の編成や基本戦法だ。

 盾持ちを前に並べ、その後ろに斬り込み隊。魔術師と戦闘する場合は速やかに支援を受ける。それが無理なら後退する。


 常識的な事柄だが、戦いの規模が違う。ここにいるハンターはパーティー単位ならすぐに連携できるが、五十を超えれば難しい。

 これを時間を掛け、練り込んでいく。


 吟遊詩人バードのの歌や踊りの馬鹿騒ぎで終わるこの話し合いは、戦争が終わるまで毎日開かれることになる。

 そして抜け目なき吟遊詩人バード達は、この戦争で無形資産を手にするだろう。



「大体は合わせてくれるらしいな、感触はそう悪くない」


 ザンロがテントに戻り、休む準備をしている。


「話が通じない匂いがするわ!」


 思案する様子だったチェリテーラが、誰とも視線を合わせず突然叫んだ。


「・・・・・・何を言い出すんだ、いきなり」


 ザンロが戸惑った。


「さっきの彼女よ。私は今、話の通じなさに敏感なの。考えてみれば、強い奴ほど話が通じないわ。あれから抗いの時代の大英雄達の逸話を読み返したけど、全員おかしいわ。グリベン・マクレイルも普通におかしかったし、むしろ死んでまともに働くようになった疑惑すらあるわ」

「チェリ・・・・・・興味が遺物から人に移ってんな。で、どの彼女だよ」

聖騎士パラディンのよ、あれが断然おかしい」

「善良だと思いますよ。善のオーラを抑えてすらいるような」


 グラシアが言った。


「特におかしくはないだろ」

「何が来ても問題無く、回復も支援も致しますって言ったじゃないの!」


 チェリテーラがわめき、サンロが面倒そうに応じた。


「ありがてえじゃねえか、貴重な聖騎士パラディンは本当に助かるぜ。兼業は多少いるが、専業だと初めて見たな」


 頑丈で前線に留まり、回復・支援、戦場では理想的な職業クラスだ。


「少し母さんに似てる」


 スミルナが言った。一同がそれに疑問の表情をした。


「あんたねえ、あんなババアと似てるなんて言ったら、神罰喰らうよ。大体、下手したらあんたの年下――そう考えるとますますおかしいわ」


 チェリテーラが眉間にしわを寄せた。


「いや、見た目じゃなくて匂い・・・・・・かな」

「匂いならザンロさんが無意味に臭いです。この場所で長くなるなら病気に気をつけないといけません」


 グラシアが言った。ザンロが酷いとばっちりだという顔をした。


「グラシア、さっき《掃除/クリーン》使っただろう?」

「汚れてなくても臭いです。魂の汚れです。酒ばかり飲んでいるから」

「・・・・・・年を食っただけだよ」

「年はどうでもいいのよ。いいこと? やばい奴は平然とでかいことを言うのよ。それこそ仮面共と同じ匂いがする」

「話は通じてるって、他の癖の強い奴だって一応合わせてるぜ」

「通じてても通じてないっ! わかってないのよ。他のはあんたと変わんないのよ」


 チェリテーラが言い切った。


「なんなんだよ」


 ザンロはふて寝した。



 翌日昼頃、国王軍をはじめとした多くの軍が到着した。各領の第一陣は揃い、第二陣の到着を待つ状況となった。


 そして大きな天幕ではすぐに会議が開かれた。中では大貴族が立ち並ぶ。

 その前にに立つ黒竜の鱗鎧を着た男が口を開く。


「緊急の参集に馳せ参じた者達よ、森にあっても疾し者達よ。今よりこの本陣を不落の城とする。我が国に侵略者を入れることはあってはならぬ」


 この人物こそユグン・クエンタ・ザメシハト、現国王である。

 

 立派な口髭と顎髭を蓄え、恰幅が良い。顔のしわは如実に年齢を感じさせるが、血色はよく健康そうだ。


「我はレンダルに次代を残してきた。場合によっては陣頭に立つ。もしもの時はナキクを守り立ててくれ」


 王の覚悟にざわめきが起こった。さらにスンディを非難する声や、己の戦意を高らかに表す声が湧き出す。

 それを王は手で制する。


「グードファー殿、大変助かった。そなたらの助力がなければどうなったことか」


 声を掛けられたのはミコクタ・ルカバ同胞団を代表する自然祭司ドルイド長、シュレンザ・グードファー。

 枯れ葉色のローブを着た八十を過ぎた小さな老婆だ。大きな牙の首飾りと様々な石の腕輪を着けている。


「ありがたいお言葉、他の季節なら蜂の大群をけしかけてやるのですが、この寒さでは」

「それらも考慮の上での侵攻であろう」

「大した効果はありませんが、敵陣にノミのサナギを放り込んでおきましたで、嫌がらせにはなろうかと」

「・・・・・・いつも持っておるのか?」

「年を取れば、何かと用意がよくなりまする」

「自陣にばら撒かないでもらいたいが」

「何分この体、どうなることやら」

「無理をせずに休んではどうか?」

「国の危機とあっては力が湧きあがるようでしてな、フェフェフェフェフェフェフェ」

「それは良かった、ガハハハハハハハ」


 貴族たちを圧迫する笑い声が響いた。両者に一定の緊張関係がある。

 そこから王は戦った南部貴族に個別に声を掛け労った。


「まずエファンの増援が来るまで持たせる。それには守ってばかりもいられん」


 そして長い軍議が始まった。

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