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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
1-7 東の国々 魔道の残骸
140/359

陣地2

 レメリの部下に誘導されたコフテーム軍は、大坂で作業中の人々を横目に坂を下りると、右に曲がって十分ほど歩いた。


 ザメシハの陣地は東西に約五キロあり、横に長く広がっている。

 兵達はそれとなく南の方を気にしているが、一部の部隊を除けば隊列らしきものもなく、各部隊が大まかに固まって待機していた。


 誘導が終わると、ハンターと兵士が分かれ、断崖よりで設営を開始した。

 設営が終わった頃、重装の騎士がヴァーラに近づいてきて言う。


「軍は大きく三つに分かれるようです。予定ではハンターの全てをここに一まとめで部隊にすると、西部軍も西側の配置なので近くになります。これが右軍。中央軍は国王軍を含む中央軍、北部軍で、東側の左軍は南部・東部軍で構成されると」


 この騎士はトンムスだ。伯爵に付けるように騎士の恰好をしている。彼にしてみれば懐かしい格好だ。


 鎧は伯爵が彼のためにあつらえておいた品で、材質は鋼鉄だが、各所に魔法金属と魔石が象嵌され、魔法効果を発揮している。

 これのおかげで彼は顔見知りのハンター達に、とうとう転職したのかと、からかわれていた。


「そうですか、なら近くですね」


 ヴァーラが少し安心して言った。

 彼女がルキウスから受けている命令の一つは、伯爵を死なせるな、だ。

 立場的に死んでも復活するはずだが、死に方によっては不可能。

 現在、唯一の権力者とのコネを失うのは避けたい。後継ぎが王都で元気にしているらしいが、本人が健在であるのが最善だ。


 そしてもう一つはザメシハ軍を大敗させないことだが、戦場が広く、単独では困難な任務に思えた。

 少なくとも聖騎士パラディンの範疇では難しい、よって僧侶クレリックとしての魔法を多少使ってもよいことになっている。


 魔法名を口にしなければ、誤魔化せるし、聖騎士でも信仰する対象によって使える魔法は多様だ。これまでの経験上、特殊な信仰魔法使いとしか思われないだろう。万を超えるとされる魔法を識別するのは困難なのだ。


 しかしそれでも難しいと、彼女は悩む。

 自分は敵を消し飛ばすより、味方を支援・回復させる方が得意。戦況に直接的な干渉がしにくい。


 勝たせろなら、初日から全力で斬り込みをやればいい。

 それができないなら、戦の前後に味方・敵軍の見定め、特に危険な敵を狙い、重要そうな味方を守るべき。

 理想は何もせずに両軍が拮抗する展開、そうなれば気が楽だ。


「まだ数日はあると思いますよ。スンディが限界まで兵を集めるなら、一月掛かってもおかしくない」


 トンムスが目を見開き南の果てを気にするヴァーラを見て言った。


「ここにそう長くは留まりたくはないですね」


 ヴァーラは兵は少ない方が助かると思った。


「もっともです。しかし――流石、疲れはないようですね」

「移動しているだけ、疲れる理由はありませんから」

「彼はそうでもないようですが」


 カラファンは明らかにくたびれた様子で座り込んでいる。


「帰る頃には鍛えられているでしょう」

「私はいつもと同じくここでも伯爵とハンターの繋ぎです。何かあれば私まで」

「そうさせていただきます」


 トンムスは後方――北の陣地へ去っていった。

 ウマの多くは上の陣にある柵の中にいるが、ヴァーラの乗騎は下に連れて来ている。

 ヴァーラはカラファンにその世話を任せ、戦場の視察を行おうと東へ歩く。


 南の前線部には簡素な木の柵が置かれているが、防御目的というよりは、区切りのようなものでしかないように見えた。

 湿原は枯れ草が茂り、一部には雪が残り、多くの白い枯れ木が転がっている。

 それらの木を担いで、火に変えようとする集団が多々うろつく。


 坂を下った地点から周囲約十キロは非常に小さな川しかない。精々三十センチだ。

 それでも川辺では草地を強く踏むと、足が沈み水が染みだした。季節柄、水量は減っているが、湿地らしく土は水気が多く柔らかい。


 湿原には高低差はほとんどない。所々にブナ・カバノキ・クルミ・ヤナギ・セリ・バラ科などの樹木の塊があり、枯れ葉が残るものもあって、多少視界が遮られていた。

 樹木の中には、汚染の影響なのか、魔化して薄っすらと呪詛を宿す木が混じっている。


 南下してきた影響か、空気はやや暖かくなったがそれでも寒いので、炊事の火の回りに兵が集まり世間話をしている。

 どこの軍なのか知らないが、苦労して料理のための水を出している魔法使いがいたので、彼女は大鍋を二十個ほどを水で満たしてあげ、それの謝辞を受け進む。


 ヴァーラは東に速足で進み、東西の中央まで来ると坂を見た。

 中央の陣は坂を下りた場所で坂を塞ぐように布陣している。


 ここに設営されている本陣は魔道具が周囲に設置され特別に防御されてる。

 そこに配された兵も、周囲の兵より二段は強い。魔術師も多く、立ち振る舞いにも間延びが無い。

 彼女はコフテームの精鋭と同じぐらいと見積もった。ただし装備品は格上。これがザメシハの主力と認識した。

 遠目に訓練の様子を見るに、彼女の知る基準で平均レベル三百を超える。

 

 彼女は兜のバイザーを上げているので、美しい鎧と顔は人の目を引き、誰もがどこかの貴族だろうと思った。

 赤星のタグが目に入ればハンターとわかるが、それが誰かを知る人間はいなかった。


 ヴァーラは注目から逃げるように南側に長く歩き、高木に登った。スンディの陣地が右方、タライス大岩を超えた場所にかすかに見えた。距離は約二十キロ先だ。


 西側では細い川が至る場所を蛇行して張り巡らされているが、一メートルの幅もないので、気を付けていれば跨げる。

 ただし深さはそれなりにあり、底には草・泥が溜まっているので、落下すれば足を取られ一人で脱出するには時を要する。


(右軍の正面は足場が悪そうですね。それを考えてのハンターの配置か)


 その逆方向、湿原の果てに海がある東側は、水が少なく半ば草原化している。

 川の流れは南東に向かってるので、東に行くほど川から離れ地盤が固くなっているようだ。岸壁沿いに井戸を掘っている。

 この草原を利用するためか、左軍には騎兵が多い。スンディの動きを警戒する騎兵小隊が巡回していた。


 彼女は木の枝に腰かけ、戦の展望を考えることにした。



 【砕魔の盾】のザンロ・ニレは、戦棍メイス――即剛火道で本気の素振りを繰り返していた。額からは軽く汗が滴っている。

 単に他にやることがないからこうしているが、一応は周囲に力を示す意味もある。

 彼は素振りの締めに全力の連撃を放つと、肩をほぐすように回しハンターの陣を見た。


「ハンターはまだ、千いなさそうだな」

「まだまだこれからよ。後になればわかる話じゃない」


 チェリテーラ・ジウナーが腕組みして言った。


「そうだが・・・・・・気にはなる」


 ハンターの総数を知らないし、参加率も読めない。

 王都のギルド長もわからんの一言だったので仕方がない。

 しかし、生き残るためには正確な情報をより早く、がハンターの鉄則だ。


「私がそっちはやってるから、少し落ち着けば」

「落ち着いてるだろ」


 とは言ったもの、初の戦場で表現しがたい猛りを感じている。


「そうかしら、滅多に見ないレベルで働いてるようだけど、酒も一杯しか飲んでないじゃない」

「物資に余裕があれば飲む、輸送が間に合ってねえから控えてるだけだ」


 ザンロはリーダーとして、平常でないと口に出すことはない。


「初日とはうってかわって退屈よね」


 近くのスミルナ・エンドールが言った。彼女は剣を磨いてまったりとしている。


「そうそう忙しくても困るぜ」

「そうね」


 ザンロは横目に、あっさりと返したスミルナの様子を見た。

 少し目つきが鋭くなったようにも思える。目の奥に新しい輝きが宿った。

 性格は人を引っ張る母親とは異なるが、どこか似た空気をまとい始めている。


吸血鬼ヴァンパイア戦で成長したか。寝て起きただけって言ってるが)


 ザンロとスミルナは先に戦った七十五人に含まれている。なんとか一度も致命的な怪我を負わずに戦いを終えた。


 水神の僧侶であるグラシア・アイオリスはひたすら必要な水を創出し、余裕があれば湿原の汚染を抑えているので、ここにはいない。


「ザンロ、暇なら戦の話をしてくれよ」


 声を掛けて来たのは顔見知りのベテランハンターだ。

 既に参戦する王都のハンターは粗方到着しており、ザンロは先の戦闘の武勇伝をねだられていた。


「人が爆発すんのは気分のいいもんじゃねえ、もろすぎるってのも考えもんだ」

「魔物はガンガン殴ってるじゃねえの」

「どっちしろ参考にならねえ。あれは数が多いだけだ。次は確実に違う」

「まあ、違いはするだろうな」


 一般人を爆散させるだけの戦いは気が滅入る。ザンロは他に何かやるべきことがないかと考えてから言う。


「まず今夜、目ぼしいハンター集めて夕飯でも食いながら、色々と決める」

「まだ北部と西部の方が来てないのよ」


 チェリテーラが言った。顔を潰されたハンターと諍いになるという注意だ。

 赤三ツ星はザメシハの最高位だが、赤星になれば皆同じようなものだ。特に優位性はない。


「赤星が過半数来てればいい。五つ星の上位は一緒に来てるし。それにコフテームのが到着したんだろ。西部の手練れはあそこにいる」


 北部のハンターも一部は転移で送られている。明日にはもっと増えるはずだ。


「色々と詰めないと連携できねえ。死んでも保証は出るが、生粋の根無し草には関係ねえし、できれば名を上げたい奴や、戦闘狂の命知らずに前に出てもらいてえもんだ」


(国が選出したハンターは復活の保証があるが、レスラクスノキは使用限界って噂もある。既に先の一戦だけでかなり死んだ。この調子じゃ足り無さそうだ。となるとゴールドシルバーなんかの貴金属に、他の復活属性の触媒でやらなきゃならねえ。俺とスミルナを復活させる資金はあるが、物価がおかしくなればどうなることか。国は信用できねえな)


「自分がいっつも前に出ていく癖に」


 剣豪ソードマスターのハンターが言った。


「今回は慎重にやる、足並みを揃えねえと駄目だ。今晩から打ち合わせをやるぞ。各地方の主力を引っ張って来い。お前ら」

「上位のハンターなんて集団行動嫌いなのばっかりですよ」


 比較的若いハンターが言った。


「とりあえず、核になる魔法使い――回復役と攻撃役を守る必要がある。重要な奴の顔を全員が覚える必要があるんだ。戦いの規模がでかくなるとより重要性が増すからな」


 回復役には当然同じパーティーのグラシアが入っている。彼女は事実として優秀な癒し手であり、守られるべきだ。こう言っておけば、彼女の安全を確保できる。

 チェリテーラは根本的に戦場向きではないが、飛び道具避けと強い魔法抵抗があるので、後ろにいれば早々死なないはずだ。


「自分が文句は言われたくないからって、ひでえ」


 口々にハンター達が文句を言った。


「文句があるなら、それはそれで来る。そこを平和的に叩きまわせば解決する」

「なんで、そこまで急ぐの?」


 スミルナが言った。


「放っとくと各地方で固まりそうだろ、それだとバランス悪い」


 ザンロなりに色々考えたが、この戦争はかなり不利と判断した。

 スンディ軍を完全に粉砕する展開は考えにくいし、大坂を完全に要塞化するには一年以上必要。簡易的でも二・三か月だ。

 つまり春の増水まで大軍を凌ぐ必要がある。よほど上手くやらないと無理だ。


「ザンロがまとめるのか、まず殴り合いから始めねえとな」


 王都のハンターが笑った。


「うるせえ、今回は和やかにやるんだよ。俺は暴力が嫌いなんだ。か弱いんでな」


 筋肉で膨らんだ紫の髭モジャの発言に皆が笑う。

 しかし、実際に砕魔の盾は戦闘が不得手な方だ。そこには無論、赤星の中ではという条件がつくが、彼らは技能にあった仕事を選ぶタイプで、人数も少なく、六人編成の武闘派五つ星に劣る場合もある。


 重戦士のザンロ以外は戦場向きとは言い難い。しかしザンロが招集され、スミルナが何が何でもと母親に食い下がり戦場に出て、それを放置できない二人も付いてきた。


「とにかく今晩からやるぞ。ずっとやってりゃ集まってくるって」

「あんたもよく考えると話が通じないわ、身近にいるから気付かなかったけど。聞く耳って大事よねえ、本当にねえ」


 チェリテーラが深々と言った。


「まだ根に持ってんのかよ。悪かったって」


 チェリテーラの地下迷宮での話、特に同行者の力量は信用されなかった。証拠品があるにもかかわらず。見た目が奇天烈なのもまずかったのかもしれない。


 彼女は全力で熱弁したが笑われるだけに終わった。これに彼女は激怒し、なら実際に入ってみろてめえら、と怒鳴った。


 国に入口が封鎖されているので使えない。彼女は凄まじい執念で痕跡を探し、わずか一日で別の入口を嗅ぎ当てた。

 そして三十人以上で迷宮に入ると、初戦で死にそうな目に遭い、大赤字を出して撤退した。


「暇なら迷宮の話をまた聞かせてくださいよ。他にやることもないでしょう」


 《吟遊詩人/バード》のハンターがチェリテーラに言った。


「何回聞くのよ」

「折角の機会だ。全ハンター集めて自慢話大会でもやればいい」

「それは半分ホラ吹き大会になるぜ」

「違いねえや」

「そんなもん、ホラ吹きギルドの連中が聞きつけて大挙してやってくるぞ」

「あいつら迷惑なんだよな、たまに本当のお宝の情報混ぜてくるからなあ」


 ハンター達が口々に言って、時間が過ぎていく。

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