着陣
初手の勢いで仕留めようとしたヴァーラの目論見は失敗に終わった。
(どうしましょう……上・横から行っても同じか。脱出口とかあるのかな、あの穴。湖の水を抜くわけにも)
断崖の真ん中に空いた穴に収まったほのかに光る男。マテガイの如き鉄壁の防御で隙が無い。
底にへばりついて接近しようかとも思ったが、足場が柔らかすぎる。
対水音響爆弾なら突破できそうだが、これは水上から使うものだし、効果範囲が広すぎる。
ヴァーラは一考すると、泥を舞い上げ視界を塞ぎ、幻影人形を使い魔力のダミー出し、男に接近を試みたが、正確な水圧噴射を受けた。
(目で見ていない。魔力も大きく減っていないから、持久戦になると長いな)
次は速度を加減して、引きつけた水流を大きくかわし、そこから全力で飛び込んだが、二発目の水流が直撃、吹き飛ばされる。
(ダメージは知れているが、二発同時に使えて少し曲がる)
ヴァーラが見る暗闇に動きはない。穴から逃げ出せば仕留める自信はあるのだが。
それから二度仕掛け、無理だと悟る。相手は攻撃に出ず、防御に徹している。
それに水流をやり過ごして接近しても、相手が穴の奥に引っ込んでしまうと、必ず水流を受ける。
さらに水流は特殊なスキルのようで発動が早く消せない。
思い浮かぶ魔法を対象にした高位魔法〔上位・呪文予防/グレーター・スペルプリベンション〕を試したが手応えがない。
ヴァーラが色々やっている間に、また出現した水の精霊の群れを斬って考え、穴へ〔上位・魔法解呪/グレーター・ディスペルマジック〕を放った。発動中の魔法をかき消す波が炸裂する。
意図は水中呼吸能力の破壊。しばらく待つ。だが穴から出てこない。さらに数度掛けたが無反応だ。魔法を発動した感じもない。
(自前の水中呼吸能力? それとも息が長いのか、単に呼吸袋とかか。いずれにせよ完全な水中特化者、普通に声が届くならやれますが)
ずっと暗闇越しに見つめ合っている訳にもいかない。迎撃以上の推進力が必要。
ヴァーラがインベントリから手の内に収まる小さな陶器の壺――【井戸の壺】を取り出す。
植物系魔法の触媒として持っていたもので、無限に水が湧き出し、最大出力にすれば、巨大な噴水を作る力がある。
なお、サンティーがこれの最大出力で水やりをしようとして、反動で木に叩きつけられ全身骨折した。
ヴァーラは左手で包むように壺を持ち、これまでで最大の助走をして跳躍した。
前から泥を貫通して水圧が来る。認識した瞬間、斜め後方に壺から水を噴射、回避と同時に大きく進む。距離は十メートルを切った。しかしそこに二発目が直撃する。
彼女は壺の方向を制御して、最大出力で強引に前進しようとしたが、押し戻されていく。
(限界か、ならば)
〔無制限移動/アンリミテッドムーブ〕を解除した。水に干渉するためだ。
ヴァーラは遊泳装置を操り、水圧が当たる上体を瞬時に半身にずらし左側で受ける。その圧で体が回転を始めると同時に、限界まで強化した腕力と速度で、オーラで幅を広げた剣の腹を櫂のよう使って振り抜く。
ボゴンと凄まじい水流が起こった。一帯がかき回され、大量の泡と泥と石が狂乱の渦巻き舞踏に興じる。
河童達が断崖が打ちつけられ、男が、後ろへ、穴の奥に吹き飛ぶのが見えた。体に感じる水流が一気に強まり、彼女自身も五十メートル以上を一気に後退する。
再度〔無制限移動/アンリミテッドムーブ〕を使う。男のオーラは消えていない。
湖底を疾走、穴の中に飛び込む。
速度が命だ。体制が崩れている間にやる。
そして正確に目標を見ることもなく、全力で踏み込み荒い斬撃を放った。
しかし、見えない何かが彼女を阻む。
勢いづいた彼女の頭がそれにぶち当たった。水の壁だ。
「ごふ」
自らの力が生み出した衝撃にうめき、濁った水の隙間から状況を見る。
男は焦点が定まらない目で、口を半開きにしていた。周囲に血が漂っている。意識は明確ではない。
しかし光る膜が男を覆っていた。その膜は羽ばたくように男から離れ、ヴァーラを包むように襲い掛かる。
それが使い魔の類だとすぐにわかった。
(連発できたのはこれのせいか。見上げた献身。しかし射程内です)
高位魔法〔深き緑の理/ルール・オブ・ディープヴァーダント〕、ヴァーラを中心に、深緑のオーラが複雑なうねり模様を描いて爆発的に広がり、生命力を奪い取った。
(やはり水中は難しい。しかし他にもいそうですね)
ヴァーラは穴から出ると、次の敵を求め湖底を駆けた。
カラファンを放置しているが、問題はないだろう。
乗騎である白馬に化けた月華霊狐は戦闘能力がある。
それから一時ほど水底を掃除し、渡河先の対岸に出た。
湖の中から水を切って跳び上がってきた騎士に、川辺の人々は仰天した。
ヴァーラが湖を見れば波は収まっており、船団は乱れた隊列を組み直し、彼女のほうに向かっている。到着を待ち、部隊に合流した。
カラファンに聞いた話では、湖の主といわれる首の長い〔湖畔影/レイク・モンスター〕が、その爬虫類的な顔の付いた首を高く水面から出し目撃されたようだが、威嚇射撃で姿を消したらしい。
こちらは元々湖に生息しているとされていたが、普段は魚の群れに化けるので、初のはっきりとした目撃例となった。
最終的に船団の被害は一隻転覆、二隻沈没となった。船が無事でも、人、物資がやられたのもある。
船団は折り返して後続部隊を運ぶが、先発部隊は後続を待たずに前進した。
ヴァーラは特に戦果を主張しなかったが、状況からして彼女が大きな役割を果たしたものと、精兵には認識された。
そして空気の澄んだ夜、国境で会戦が行われたとの報が伝わった。
先行してきた大型兵器を持たないスンディ軍八万と、集結した南部軍を主力する九千が衝突したのだ。
南部貴族にはザメシハが開拓を開始する以前から悪魔の森近郊で生活する先住民が含まれ、それらの母体であるミコクタ・ルカバ同胞団も戦闘に参加した。
先住者である彼らとの国には多少の軋轢が存在したが、彼らの守護する遺跡群を国は保護しており、スンディが遺跡に手を出すことを考えての参戦である。
この遺跡にはときおりハンターが入りこむが、生還した者はいない。
デッセエフ平原は平坦にして広大なので、ザメシハの騎士が力を発揮できる場所であったが、ここを会戦場所とするのは避けた。
この平原から東・南・中央部へ軍団を分散されると対処困難になるからだ。
また魔術師であれば、遠距離攻撃、視界を悪くすることも、地形を凸凹に変えることも可能で、平原は必ずしも有利ではない。
そしてスンディ側も、平原に主力が入れば、南部一帯は制圧できると見積もっているに違いなかった。
平原に大軍を入れてしまえば、ザメシハ南部には大きな防衛拠点が無く、ポタウィ湖から流れるタオエレ川以南を脅かせるのだ。
したがってこのスンディ軍の目的は、デッセエフ平原とボジトン湿原の間にあるズデーエフ大坂の完全突破、もしくは確保。
さらに大坂を挟み見下ろす形で、湿原から見ると断崖の上に存在する西のシャキ砦と東のフェデラル砦の制圧。
ザメシハはその逆、ズデーエフ大坂で敵を跳ね返すことだ。
一・二キロの幅がある大坂を九千の横陣で守備するのは困難であり、防御用の歩兵方陣を大坂に散りばめ、騎兵の突撃で敵の勢いをくじく策を取った。
戦闘が始まると、スンディ八万は策もなくひたすら大坂に殺到した。
ミコクタ・ルカバ同胞団の自然祭司が、地形を変化させて、泥沼、つるつるに凍りついた斜面を作り、方陣の隙間を行軍困難にした。
さらに集団魔法で雷雲を呼び寄せ、雷を見舞う。
これらは貧弱な民兵の士気を大いに脅かしたが、後方から追い立てる正規兵に押し出される形でズルズルと前進する。
圧倒的な数の圧力を留めきれず、分散した部隊は徐々に後退しながら、大坂の両側に押しやられ、中央に道ができ、それをスンディは上がっていく。
騎兵の突撃も分厚い敵を完全に切り裂くことはできなかった。
やがて、スンディの一軍が坂の頂上に達した。
大坂の上部には、壁のように機能する進入禁止の秘文を刻まれた石柱があったが、軍は力場の壁を叩き続け、最後には破壊し突破した。
これに勢いづいたスンディ軍は上へと殺到、五万が大坂を駆け上がった。
そこに待機していた戦士団長、魔法兵団長に、各領の精鋭、ハンターを含む七十五名が、断崖を下り横っ腹へと斬り込んだ。
彼らは瞬間移動により、先に戦場に送られていたのだ。
最初に動いたのは【炎の意志】のダカン・ボドーレ、〔選ばれし怒り/チョーズンアングリー〕の職業に就いている。
彼は飛び道具を病的に嫌い、矢を射る者がいればまず殴る性格で問題人物だった。
このこだわりの強い性格はここで大きな力を発揮する。
降り注ぐ矢の雨を目にしていた彼は、過去最大の怒りの咆哮を上げた。
魂を震わす音波で、スンディ軍中頃の五千が意識を朦朧とさせ、足を止め倒れた。
軍前部は後方と切り離され混乱、中部は進軍を停止、後部は中部に衝突した。
そこを王都から発した騎士団長レメリ率いる王国騎士団の精鋭三百と、北の国境から駆け抜けてきたエファン堅蹄王国の赤恐鳥騎士団七十が、分断された前軍中央に突撃。
前軍をさらに分断し、撃滅した。
同時に横を突いた七十五名は獅子奮迅の活躍で、防衛陣を抜けた敵を潰走させた。
特に活躍したのは【貫く情愛】の〔熱血闘士/パッショネートウォリアー〕のボリブエ・ルテクと、タノータ侯爵家の騎士〔血染めの騎士/ブラッディナイト〕のグイラーレ・ホシュバン。
この二人は敵を殺すたびに一時的な生命力を蓄えるスキルを有し、一日中戦い続けた。
しかし、二十五名が死亡という大きな損害を被った。ダカン・ボドーレも無理な突撃を行い戦死。
この一日の総死者数はザメシハ二千七百、スンディ推定五万。
本日に限れば、決定的なザメシハの勝利である。
当面の安全は確保された。しかし、戦場を目指す各軍は橋、船を破壊され、集結に遅れが出ていた。
五・六日目。先発部隊は平原を順調に移動した。
戦場での戦闘は発生していない。
自然祭司の生み出した虫や、占術で諜報が行われているが、スンディ軍に動きはなく。主力を待っての会戦になると推測された。
七日目。騎兵は朝から駈歩で移動し、昼過ぎに戦場に到達した




