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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
1-7 東の国々 魔道の残骸
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ポタウィ湖

 カラファンが尻を浮かせる努力を続けるなか、行軍は滞りなく進んだ。

 グンキオ川に沿い東北東へ行き、五時間ほどで休憩時間を迎えた。


 場所はセレテームとの間にある小さな町の郊外で、北には白くなっている千七百メートルのカレオ山がよく見えた。


 徒歩の人夫は、ここでセレテームからの人夫と入れ替えになる。荷物持ちの人夫は、このような入れ替えを繰り返して進む。

 伯爵の雇った魔法使いは、疲労を回復・軽減する低位魔術を人馬に掛け、行軍速度に貢献している。

 乗騎の世話をする騎士達の目は、先ほどと打って変わって穏やかなものとなっていた。


 普段はそれほど関わらない騎士とハンターが談笑する姿が多く見られた。魔法使いが魔法を解説する場面も多く、じわりと戦争を意識させた。

 目的地はまだ四百キロ先、それでも戦場の匂いを感じ取った熟練ハンターは、楽しみながらも、それぞれのやり方で精神を高めている。


 カラファンは有機型不規則振動装置から脱出して、ルキウスに持たされている亜空間袋を周りから見えないようにし、ヴァーラに食料を渡した。


 彼もこそこそと大粒なブドウの一房を取り出して食べた。それは相当に上等な品で、上品な甘みと香りを感じ、自然に疲労と傷みが引いていった。


 ただし、次のブドウのまるまる一房には、ルキウスが事態の解決策が出ず悩み、気晴らしにコショウから抽出したピペリンを、丁寧に一粒一粒に注射器で注入していた。

 ブドウを噛み潰すなり、舌を焼き尽くすような感覚が襲い、彼はそれを吐き出す羽目になった。


 それでも尻は回復したので、また弟の心配を始めようとしたが、ヴァーラの白馬に餌をやる仕事がある。疲れはしないが、食事は必要だと言われている。


 白馬は今、ヴァーラが魔法で出した水を飲んでいる。

 このどこからともなくやってきた初雪を思わせる毛並みの白馬は、肉しか食べない。


 亜空間袋には、見たことも無い大きな瓜状で弾力のある肉――肉の実とでも呼ぶべき物がやたらと入っている。

 森の奥で採れるらしいが、こんな物があるとはやはり悪魔の森は恐ろしい。

 適当に焼いて食え、と言われているが、火急の行軍中に豪勢に肉を焼こうとは思えなかった。


 彼が肉の実を取り出し、白馬の前に持っていくと、硬そうに見えた塊を容易に噛みちぎり、牧草をはむのと同じようにした。


 周囲の人間は、複雑な感情の入り混じった表現しがたい表情だが、奇妙な自然祭司ドルイドの関係物と思ったのだろう、何も言ってはこない。

 どれだけ食べさせるのか不明なので、食べなくなるまで与えた。


 周囲の部隊は、コフテームで今朝焼かれたパンを食べている。士気を高めるためか、品質のよいものだ。それを彼も受け取った。

 明日からは野生の獣の肉のペミカンが多くなるだろうが、これも保存食としては高価だ。


 そして今度こそ、弟の心配をして心を落ち着けようとする。

 ヴァーラはコフテームのハンターに人気で、彼らに軽く稽古をつけており、彼は手持ち無沙汰で心配に集中した。


 ルキウスが彼の家に寄こさせたのは伯爵の使用人であった。伯爵家は滞在人数が大きく減るのに対し、一般の使用人はほぼ減らないので借りたのだ。


「色々勉強するにはいいだろう」との弁であった。

 確かに弟の将来を考えればそうだ。しかし、狭い家に二人も使用人は要らない。

 さらに「仕事に手抜かりがあれば森の怒りを買うであろう」と街路樹を躍らせて脅しつけたので、震えあがった。


 ルキウスが何を考えているか不明だが、何かは考えているようなので、計算があったのかもしれない。

 カラファンの常識でも貴族と縁を持っておくのは強みだ。


 さらにルキウスの知人に関して「見えなくてもいるから心配するな」と言われたが、見えない奴がいたら余計怖い。しかし「それは頼もしいっすね」と返しておいた。


(国史、地理、神話の勉強だってよ。役に立つ時が来るのかね)


 将来など考えたこともなかった。本気で治るとは思っていなかったのだと、少しして自覚した。

 しかし、あれをどこまで信じてよいものか。


 雇い主の人格が理解しがたい。

 ハンターは儲けるために仕事をしているはず。赤星なのだから名誉が欲しければ、爵位だって手に入る。

 仕事、利益、さらに大きな仕事、大きな利益がハンターの基本だが、それに興味を示さない。布教の動きも一切していない。


 カラファンは人を見る時に、何をすれば喜ぶかを考える。

 そして喜びを提供した対価をいただいているだけなので、何も悪いことはしていないと信じて疑わない。


 その彼は、望みが不明な人間を初めて見た。特異な思想家でもどこかに進みたがっているのは見て取れるが、ルキウスは止まって見えた。

 望まない人間は異様で信用ならない。しかしもう契約してしまった。後戻りできない。失敗はできないと覚悟を決めた。


 休憩が終わり、移動が再開された。


「あれはなんの畑ですか?」


 雇い主と異なりわかりやすいヴァーラが、左を見た。

 左側一面は、低い位置に緑の大きな葉が茂る植物で埋め尽くされている。


「ヴァジィイモ。黒い小さなイモですよ。薬効があるとかで薬に混ざることが多いそうで」


 弟にも食べさせたことがある。


「普通には食べない?」

「大体薬だと思うっすよ」

「そうですか、市場では見ていない気がしますね」

「つるならよく食べましたよ。少し甘みがある」


 景色や周囲の地勢・文化の話をする。薄々思っていたが、彼女はこの辺りのことを全く知らない。


 畑から聞こえるキーツヤブドリの、ポッポポポという鳴き声を聞きながら進んだ。

 一日目はセレテームの北を通り抜け、牧場地帯で野営となった。


 夜が明け二日目、彼は伯爵家の用意した魔道車に揺られていた。


 ルキウスが参加せず、【石山才腕】も不参加の今回、ヴァーラはコフテーム軍で唯一の赤星ハンターであり、見栄えがいいので、二日目以降はハンター集団の先頭に配置された。


 それで、訳のわからない男が同乗していては不都合ということである。

 彼は常盤の森の客であるので、問題が起こらぬよう精鋭騎士が護衛に付いている。


 誰の懐にでも飛びこむ彼にしても、ルキウスと誤認されかねない状況だったので助かった。居心地が悪いが揺れは軽微で、魔道車のすぐ後ろのヴァーラと話はできる。


 今日は快晴の空の下、朝から東に進む。


「ここはなぜ何も無いのですか?」


 道中、ヴァーラは左の汚染地に目をやって言った。ただ草もまばらな黒い平野が広がっている。


「カレオ山とかが森を止めてたんで、ここから北は汚染されたままになってますね」

「これぐらいなら、使えそうですが」


 軽度なら呪詛を解呪して、残った毒性のある土は入れ替えれば土地は使えるようになる。


「詳しくは知らないけど、金が掛かるし、木を伐らないと丸損になるからじゃあないですかね?」

「可能なら汚染の除去からやるべきだと思いますが。食べるに困っていないならそうするべきでしょう」


 カラファンは、そこに初めてヴァーラの怒りを感じ取った。

 過去、彼女がごろつきをぼこぼこにする時、怒っているように見えて、実際には喜んでいるだと判断していた。


(何をやっても幸せそうに見えたが、ここが怒りのポイント。信仰かな、普段の行動は私心からに見えたけど)


「まったくですね。俺ががつんと言ってやりますよ。誰だか知らないけど」

「カラファンもそう思いますか?」

「当然っすよ」


 カラファンは満足そうな彼女を見て、これからの会話に気を付けようと思う。


 伯爵の軍以外にも、他領の軍も少しづつ動いているようで、街道で追い越すこともあった。


 複数の街からハンターが集まることで、諍いがあったが、たいていはコフテームの騎士、ハンターが造作もなく叩きのめした。


 ヴァーラも絡んできた不埒者を一人、拳の一撃でぶちのめした。

 彼がルキウスに依頼されたのは、言葉巧みに言い寄る輩の排除だけなので放置した。


「セイントには殺さないように言ってある。四肢をもいでも生きていれば問題ない」と言われている。問題あるのでは? と思ったが「こっちは忙しいんだ、細々としたことはどうでもいい。誤差だ」との弁である。


 相手が貴族でも問題ないが、仲裁可能なら口八丁でやれ、との事だ。


 赤星にしても、そうはない判断。だとしても、たしかに王様より彼を敵にするほうが怖い。彼のスキル〈二択の勘〉もそう告げている。今回は特に片方を思うと気が沈む。


 三日目は雪となった。輝く銀世界は美しいが、人々の表情はより固い。

 舗装されていない道は泥道となり、行軍には厳しかった。それでもなんとか日の暮れる頃、予定どおり物流都市ナクアテームに到着できた。


 ここは西部で最大の権勢を誇るゴルデン・デンヌ・オテーエン公爵の領地である。

 位置はコフテームの真東、ポタウィ湖の水運で繁栄している西部の重要拠点。


 公爵は齢四十九、ザメシハでは珍しく堅苦しい人物だが、付け届けを欠かさないお得意様のギルヌーセン伯には愛想が良く、最大の歓迎で迎えた。

 おかげでコフテームの軍は設営済みの陣地で、暖かい食事を得られた。


 四日目は編成を終えた公爵軍と合流し、両軍の精鋭を選抜してナクアテームで船に乗る。行き先はすぐ近くのポタウィ湖。


 いくつかの支流を集め肥え太ったグンキオ川は、途中でホセス川に分流し、本流はやがてポタウィ湖へ流れこむ。

 この湖は東西三十キロ以上に伸び、幅は約三キロ、南側を並走してきたエヴィガーエ川も流れ込んでいる。


 この湖は岩盤から温水がしみ出し、その水の下の深度二メートルからピンクの層ができ、暗い底はうかがい知れないが、上は比較的透明度が高い。


 ここを渡れば一気に距離が稼げる。対岸からは舗装路が続き、道が途切れるのはデッセエフ平原。その南が国境のボジトン湿原。


 オテーエン公の用意した大船団が、ポタウィ湖に入ると展開して隊列を組む。


 大型の船舶は全長四十メートル以上ある魔道船、低い帆に魔法の風を当て、さらに水流に干渉して進む。

 その半分ほどの平たい中型船も頑丈な木材で造られ、人間、ウマ、荷車を乗せていた。それで多くの水夫が櫂を漕ぐ。いずれも喫水は浅く、川・湖での運用に向く。

 

 湖の中頃まで順調だったが、わずかな風しかない水面が次第に波立ち、中型船は櫂を波にとられ減速、全体が渋滞し始めた。


 さらに何か大きな物がいくつかの船にぶち当たり激しく揺らした。それらの船の乗員は、放り出されそうになりなんとか船にしがみつく。


「何が……」


 カラファンが目を凝らして水面を見ると、何か大きな物がスウッと泳いでいた。

 襲撃は各所で起きているらしく、周囲の船から怒号が飛び交う。

 水面から水の球が飛び出し、それを顔を受けた兵がもんどりうっている。


 そして、隣の船の水夫が、水面から飛び出した緑の人型生物に腕をつかまれ、水中に引きずり込まれた。


 彼は驚き水面から離れる。同時に目の前の水夫がバランスを崩した。水面から突き出た水かきと鋭利な爪がある長い手が、水夫をつかんでいた。ヴァーラが即座に剣を水面へ突き入れ、緑の生物の心臓を貫き、貫いたまま緑の人型を船の上にすくい上げた。

 

 その顔は人に近いが、異様に大きな真ん丸の瞳があり、口は平たいくちばし。

 そして頭には濡れた黒い頭髪があり、中心に白い皿が載っている。背中にカメのような甲羅。手足は鱗に覆われ、体格は人より小さい。


「ずいぶん狂暴ですが〔河童/カッパ〕ですね。あれはここらに棲んでいるですか?」


 ヴァーラの問いに、同乗していたハンターが答える。


「いや、もっと下流に棲むと聞くが」

「……敵襲と考ええるべきでしょう。自然ではない」


 同乗するハンターたちも既に武器を抜いている。


「あの船なら大丈夫ですね」


 ヴァーラは伯爵の船を気にした。上級貴族は大型船に搭乗している。騎士が槍を持ち、水面を警戒していた。


「カラファンは船の中心にいなさい」


 ヴァーラはそう言うなり、そっと水面に跳んだ。それを見たカラファンが絶句する。


「えっ」




 ヴァーラは水面に立っていた。低位魔法〔水上移動/ウォータームーブ〕。

 水面を駆け回り、水に剣を突き入れ、河童を数匹始末して立ち止まった。


「術者をやらなくては駄目ですね。多すぎる」


 各所で矢が水中に放たれているが、効果は薄い。

 彼女が推測するに、河童は百匹以上いる。さらに近くにはいないが大型もいる。転覆する船が出るのも時間の問題だ。


 ヴァーラは真上に数十メートル跳躍すると、〔水中呼吸/ウォーターブリージング〕の魔法を発動、ドボンと派手な水しぶきを飛ばし、深き水の世界へ突撃した。

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