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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
1-7 東の国々 魔道の残骸
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行軍

「良くないでしょ」


 カラファンから普段の斜に構えた態度は消え去っている。


「ただのでかいクマだ、魔法は撃たない」


 遠距離攻撃が無く可能な限り強い、がルキウスの求める獲物だ。あとは攻撃を当てやすいように大型である方が望ましい。


「あんなの街の近くで出ない。なんでこんな浅い場所にー」


 カラファンが叫び嘆く。弟の顔色も少し悪くなった。

 言っている間にもクマはどんどん近づく。距離は五十メートルを切った。


「よしよし、来たぞ。冬で腹を空かせていると見える」

「そのようですね」


 ヴァーラが言った。


「あれは私が抑える。お前は二人の壁に」

「かしこまりました」


 ルキウスは黄金林檎アトラスアップルをハイクにひょいと投げ、クマに向かって加速した。


 すぐに二人が正面から接触する。

 荒々しいうなり声、同時に突進の勢いが載った前足の横薙ぎ。完全に獲物の頭を捉えている。


 ルキウスは杖でそれを軽く払った。慎重に手加減して、押すように。

 クマは前足を大きく跳ね上げられ、傾く。


 クマは軽自動車以上の重量があるが、姿勢制御系のスキルの効果で足元が滑らない。ルキウスは力を抜いて立っている。


 対するクマは姿勢が崩れて倒れ、頭を地面に擦りながら滑って進んだ。

 ルキウスは滑るクマに合わせて後ろ走りする。

 クマは滑り終わるなり、起き上がってルキウスを睨み、彼の周りを円を描くように回って隙を探ろうと軽く駆け出した。


「そっちは駄目だ」


 ルキウスは大きく一歩踏み込み、回り込もうとしたクマの鼻先をガツンと杖で一撃した。

 するとクマは頭を軽くのけ反らせ、興奮が頂点に達したクマは二本足で立ち上がった。

 五メートル近い巨体がルキウスを見下ろし、興奮して体を芯まで震わす咆哮を放った。


「さっさと来い。腰抜け」


 ルキウスが少しふらつくクマを見上げて動物語で言った。

 クマはこれに怒り、体を前倒しにしながら、前足が真っすぐ上から振り下ろされる。


 ルキウスはサイドステップで軽くかわした。そして、クマが両前足を地に突いた時、その顔は、ルキウスの頭上辺りにあった。


 これはチャンスだとその大きな口が開き、噛み砕かんと迫る。

 ルキウスは杖を立て、左手を猿ぐつわで塞ぐような形で口に思いっきり突っ込んだ。


 これに驚いたクマは顔を上に引こうとしたが、ルキウスは右手でクマの耳をつかみ、手を口の奥まで入れて固定する。クマがこれをなんとかしようと、爪で殴りつけてくるが無視して状態を維持する。

 ルキウスの胸元にあるクマの黒々のした目が、彼を見据えている。


「ほら、捕まえたぞ。射撃だ」


 ルキウスが後ろを振り返って言った。流石にこの態勢では、多少左右に揺られているが、地面の植物で自分の足首を縛り付けて固定している。


「さあ、近くまで行って射撃です。頭を狙いましょう」


 ヴァーラがハイクに言ったが、彼は戸惑っている。


「え、噛まれてるんだけど」

「特に問題無いので、早くしなさい」

「ええ・・・・・・」


 ヴァーラがハイクの手を引いて歩き、兄もそれに続いた。

 この間もクマは必死にもがいており、ルキウスを顔をごと持ち上げようと試みたり、逆に地面に擦ったり前足で除けようとふんばったりしているが、拘束具となった彼は離れない。


「さあ、それを食べなさい」


「ここで?」


 ハイクは手の中の黄金林檎アトラスアップルを見た。


「そうですよ」


 近くでは彼の想像したこともない巨大熊がうなり、


「戦場では早く食べないと命はありません」


 ヴァーラがまごついているハイクの口の中に、黄金林檎アトラスアップルを引き千切って分割し、どんどんねじ込んだ。

 慣れない森、優しいお姉さんの変貌、目の前でうなりもがく巨大熊、彼の世界は急激に広がり過ぎて、頭がくらくらしてきた。


「ちょっと、ハイクの様子が」


 カラファンが心配している。


「食べれば全部解決しますから、とにかく早く食べるのです」


 ヴァーラが珍しく少し苛立っている。

 どうにか食べたハイクは、クマの斜め前から軽弩弓ライトクロスボウを構えた。しかし、引き金を引けずにいる。


「フォレストさんに当たりそうで撃てません」


 ハイクはかなり近くに寄っているが、固定されていない腕が暴れているので、二メートルほどある。


(土属性だから、当たっても大した問題はないが。零距離じゃないと確実ではないか。流石に寝かせて撃てっていうのは違う気がする。魔法は控えたいが、最初は止む無しとしよう。魔力を増やさないと魔法の訓練もできないっていうし、信仰術だから難しい理論はいらない)


「《泥穴/マッドピット》」


 クマの下半身が、泥の満ちた穴となった地面に吸い込まれた。急な落下にクマがもがき、前足は穴の淵に掛かる。

 ルキウスが屈むと、顔だけが残り、両前足は少し離れた場所でばたつく形になった。かき回された泥が飛び散る。


「これならいけるだろう」


 ハイクがさっきより近づく。一メートルもない位置にクマの大きな頭がある。

 ハイクはクマの頭部に照準して少し止まっていたが、やがて引き金を引きボルトが発射された。ボルトは斜めに脳天を貫き、クマは動かなくなった。


「よくやったぞ、お前の獲物だ。こんな大物を仕留めるなんて将来有望だ」

「そりゃあ、俺の弟だから当然っすよ」


 兄の方がいつも以上に調子に乗った顔で言った。


「お前はちゃんと結果を出してくれよ」


 ハイクはなんとも言い難い表情をしていたが、口を開いた。


「これで魔術が上達するのですか?」


「信仰術だ、魔術ではない。何かの神秘に源流を持つ力だ」

「それで・・・・・・僕は」

「これからは外に出るんだぞ。今は気分が良いはずだ」

「そうですね」

「随時訓練するぞ。初歩的な魔法ぐらい覚えないと、自力で回復魔法を連発してれば少しは上達するだろう。今日は取った獲物で飯にしよう」


 ルキウスが魔法を解除すると、泥穴は消滅し、クマの体は地面の上に現れた。


 ルキウスがクマを浮かせ、四人は走って帰った。

 兄の方は街に着く頃には、息が切れて蒼白な顔になっていたが、弟は楽しそうだった。

 ルキウスは、少しは自信が付いたのだろうと思った。



 翌々日、ギルヌーセン伯は最速の編成でコフテームを出立した。

 コフテームはザメシハで最も南の国境に遠い場所だ。


 現時点ではまだ国境に敵主力が現れたとの情報は無い。しかし、一万いないであろう国境防衛軍が、先行してきた数万の部隊に突破される可能性は否定できない。

 そうなったなら、南部の防御線は大きく後退する。さらに戦場が広域になれば数で劣るザメシハが立て直すのは難しい。


 正確な状況が不明の中、戦闘に加わることなく大会戦が開始される事態だけは避けようと、ギルヌーセン伯は急いだ。


 森の尋常ならざる異変は気になったが、ルキウスが特に問題無いと断言し、何かあれば対処すると約束したので任せた。


 先行する部隊は騎兵であり、街道を五列の細長い列で軽装の騎士達が進む。街道はこの行軍を最優先にするようになっているので、全ての通行人が道を空けている。


 戦場はまだ彼方にもかかわらず、騎士達のまとう空気は張りつめ、列を乱さずに進んだ。

 戦争の実感を得られない通行人達も、その表情を見れば緊張感が伝播していく。


 その後方をハンター達を乗せた荷馬車が進んでいる。騎士達に比べれば数が少ないが、第二陣には多くなるだろう。


 彼らは概ね事態が深刻と認識していたが、普段無い騒ぎにハンター同士で交流をしており、比較的和やかな雰囲気だ。

 彼らは戦場に着くまでは長期休暇のようなもので、他にやることは無かった。


 さらに後方を輜重隊が追っている。速度の出る小型の荷馬車、魔法の施された荷馬車で編成されている。行軍の足を遅めないだけの速度があった。

 ここには従騎士が配置され、輸送用に雇われた人夫がいる。


 ただし、この輜重隊の物資は充分ではなく、行く先々での補充か、後続の到達を前提としていた。


 良い軍馬は戦闘能力に特化した性質で、良い飼料を食べないと体を悪くする。

 冬場にこうも緊急では、必要量をコフテームに集積できるだけの運送力は無かった。


 まだ道中で確保できる見込みは立っておらず、先ぶれが先行して集めている。

 しかし、金銭に糸目をつけなけなければ、平均的な人より高価な食事になるものの、飼料は手配できるため調達不能に陥ることはないと考えられた。


 さらにその後方から、コフテームの第二陣が追う形になるだろう。


 ヴァーラの装備はこれまでと変わっている。

 鎧の上にクリーム色のサーコートを羽織り、さらに緑色でアオサギの刺繍がある飾り帯を身に着けていた。

 そして大きな白馬に跨っている。



 そんな行軍の中で、カラファンはヴァーラの後ろに座っていた。鞍は二人用だ。

 ルキウスには安全上の問題が無い限りは、可能なだけ近くにいろと言われている。


 頭の中は弟の心配で埋め尽くされていたが、それでも美女と二人で遠出となれば、彼だってそう悪い気がしない部分が少しあった。


 しかし、やたらとゆれる速歩はやあしで、体は思いのほか揺れ、尻にも衝撃が伝わり、一時もしない間に尻は瀕死の重傷だった。


 前に座るヴァーラはほとんど体が揺れておらず、街道からの景色を眺めていた。

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