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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
1-7 東の国々 魔道の残骸
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詐欺師

 二人がコフテームを歩いて着いたのは、内壁内の隅の方にある、頑丈な石造りだがこじんまりとした家だ。


 ルキウスが扉をノックすると、扉を開けて出迎えたのは、十歳ぐらいの男の子だ。

 くりっと丸い目をして、体は細く、この街の子供としては色白である。


「やあ、ハイク。体調はどうだい?」


 ルキウスが言った。


「フォレストさん、セイントさん。体調ならいいですよ」

「それは良かった。何かあったらすぐに言いなさい」


 ヴァーラが穏やかな声で言った。


「カラファンは?」

「兄さんなら、食品を買いに行きましたから」


 この弟は兄と違い、至って真っ当な人間である。


「そうか、ちょっと用があるんだが」

「入ってお待ちください。でも何も無くて」


 ハイクが椅子を引っ張ってきたが、一つしかない。そしてこれがこの部屋にある唯一のものだ。この家にある家具は寝台二つに椅子一つ、棚一つに食器ぐらいだ。


「いや、それには君が座れ」


 ルキウスは亜空間袋からジャックフルーツを取り出し、椅子にして座った。


「これは果物だから帰る時置いていく。食べればいい。なんでも・・・・・・いや、まともな食べ物はできるだけ食べないと駄目だぞ、ちなみに種も加熱すれば食える」

「ありがとうございます。何から何まで」


「私は立っておりますので」


 ヴァーラが言った。ハイクはそれを見たが、彼女が直立して停止しているので、ルキウスの前に椅子を置いて座った。


「ところでハイク」

「なんですか?」

「この指を見てみろ」


 ルキウスが右手の人差し指を立てて、ハイクの眼前に突き出した。


「どういう意味ですか?」

「ちょっとしたテストだ。集中してみろ、何も感じないか?」


 ルキウスは指先に火の防御魔法を準備した。隠蔽していない。

 さらにハイクが出てきた時から軽く魔力を明滅させるように放っていた。


「精神を集中するんだ。手に持ったコップの水が全く動かないぐらいにな」


 ハイクは、それから指先を見て、二つの眼球の動きを完全に止めた。


「なんでしょうか、何か、圧力と熱を感じます。かなり大きいようです。もわっとする」

「よし正解だ。感じるなら、それでいい。これは魔力だ。つまり魔法使いの資質があるってことだ」


 ルキウスは魔法を解除した。消えたのを感じたはずだ。


「そうなんですか! 僕が魔法使いに。でも何も勉強してないですけど」


 ハイクはひどく興奮し、少し咳き込んだ。


「資質は生まれ持つものだ。訓練しよう。まず口から何か吐いてみろ」

「え、ご飯ですか!?」

「いや、エネルギー的なものだ、火とか」

「そんなの出ませんよ」

「いや、普通はできるものだ。ほら」


 ルキウスは口からぺっと、一瞬で自分の頭ぐらいあるヤシの実を吐き出した。ヤシの実は床をいくらか転がって消滅した。


「すごいです! そんなのどうやって飲み込んでるんですか?」


 ハイクが目を輝かせて言った。


「口が発動場所なだけだ、中から出てはいない」


 ハイクはしばらくの間、口を大きく開いたり咳き込んだりしたが、何も出てこなかった。


「うーん、何も吐けないか」

「・・・・・・すみません」


 ハイクが気落ちしてしまった。それをヴァーラがなぐさめる。


「大丈夫ですよ。練習すればなんでも吐けるようになりますから」


(判定が難しいな、本人が選んでいない。直接確認するか)


「ハイク、何か特定の神を信仰しているか?」

「いえ、多くの神殿にお世話になってますし、特には」

「そうか、たまたま宗教的象徴を拾ったとかの関わりも無いのか? どれかに祈ったことは、特に小さな頃だ」


 ハイクが少し悩んでから答える。


「家の近くに小さな祠があったので、それに祈ったことはあります」

「それはなんの神だ」

「小さい頃だから覚えてないです」


(農村・・・・・・自然系なら、石、土、砂、塩、水、自然、植物、ぐらいか? でも亜種も多いしな。まあ、そっちは兄に確認するばいい)


「そうか」


 ルキウスが悩んでいるとカラファンが包みカバンを持って帰ってきた。そして、その場を見るなり言った。


「あれっ、アニキに姐さんも」

「ちょっと暇があって、ハイクに魔法でも教えてやろうと思ってな」

「えっ、なんで?」


 カラファンが困惑して言った。


「お前の弟は魔法使いだ、適性がある」

「危ないじゃないですか、勝手に。止めてください!」


 カラファンが遅れて理解して、大声を出した。ハイクがそれを見て言った。


「兄さん、失礼じゃないか。赤星のハンターが教えてくれてるんだよ!」

「何言ってるんだ! 家が爆発したらどうするんだ」

「初心者の魔法で大した現象は起きん。それに何かやることがあった方がいいだろう」

「そうだよ。魔法が使えるなんて素晴らしいじゃないか、兄さん」


 カラファンの視線が二人を交互に行き来する。ヴァーラがそれを見て言う。


「ハイクがやりたいと言っているのですから、やらせてあげるべきでしょう」


「そもそも、せっかく治療したのに、なぜ外に出してやらんのだ。嫌がらせか?」


 ヴァーラが丸め込まれる前にと、ルキウスが言った。


「だって外は危ないじゃないですか、他のガキなんてアホ面したのばっかりだし、内の弟はそこらのとは出来が違うんだ」


 カラファンが力説し、ルキウスが深くため息をついた。


「今日はお前に仕事の話がある。良い仕事だ」

「え、仕事?」

「悪いが二人で話す。セイントと外で遊んでおいで」


 ルキウスはハイクに銀貨を一枚渡した。


「だからー、外なんて危ないって言ってるでしょう」

「体を動かさんと、病気でなくとも悪くなる。少しは運動させろ」

「馬車にでもはねられたらどうするんです! 四方八方危険しかない」


 カラファンがこれまでで最大の声を出したが、特にルキウスには響かなかった。


「セイントが付いて危険などあるか。健康のために運動が必要だ」

「しかしですねえ」


 カラファンが口元を歪める。


「お前がごねると話が進まんだろうが」

「俺はハイクのためを思って」

「兄さんは心配しすぎだよ」


 それから五分ほどごねたが、最終的にセイントが連れて出ていった。

 カラファンは少々力が抜けた様子で椅子に掛けた。


「まず、仕事の話だ」

「聞きますよ」


 カラファンが警戒した表情で言った。


「今度、セイントが一人で長く遠出する。あれが一人では非常に心配だ。お前はそれに同行し交渉役を務めろ。日給で一万セメル支払う。さらに今後、私の商人用の窓口に任命する。そっちは成果で評価する。私が一々商人の相手をするのは手間だった。これでお前は生活の心配をする必要が無くなる。良い話だろう?」


 詐欺師、というのは元々探していた才能ではない。しかし、現状で交渉役は一人は欲しい。そして優秀だ。機転と知識がある。


 さらに弟のことがあるので信用ができる。こいつは弟を捨てない。生命の木に迎えることも考えられる対象だ。

 今の内に囲い込んでおくべき人間の一人だろう。


「えっ、ハイクは?」

「そっちは人を手配するので心配いらない。私の知り合いも付ける」

「・・・・・・俺はハイクと離れるつもりはありません」

「あー、こっちは最高の条件だして、ただで治療もしてるのになー」


 ルキウスが猛烈に子供っぽく言った。


「治療は感謝してます」

「これどうなっちゃうのかなー」

「それは今後は治療できないという意味ですか?」


 カラファンが険しい表情で尋ねた。


「そんなことは言ってないけどー、やる気無くなるなー無くなるなー」

「・・・・・・はっきり言ったらどうですか」


 カラファンが、目線を伏せて、ガギリと歯を噛み合わせた。


「仕事を受けるなら、今後もだな」

「・・・・・・それでも――」

「よしわかった。ハイクのあの症状はなんとかしてやろう。とっておきの方法があるんだ」


 ルキウスが気軽に言った。


「本当にできるんですか? アニキ」


 少しばかり期待を含んだ表情でカラファンが言った。

 そこで、すかさずルキウスが言う。


「治療できると思ったか? 残念でしたー無っ理でーす。馬鹿ですかー?」

「ぶっ殺してやる」


 カラファンが体の中から煮え立ったような形相で、ルキウスにつかみ掛かった。

 ルキウスはその気迫にのけ反ると、慌てて言い訳を始めた。


「待て、これは冗、いや、説明に必要なことなのだ。そう楽な話は無いという意味なのだ、わかるな? そこを理解しないと話ができない」


 カラファンはどれだけ引っ張っても微動だにしない相手を、力づくでなんとかするのは無理だと感じたのか、渋々椅子に座ったが、その顔は紅潮している。


「なら、その答えを伺いたいんですがね」

「体を鍛えるのだ」

「は?」

「だから、体を鍛えるのだ」

「ふざけてるんですかい? 俺みたいなのにも意地がある」


 優男の垂れた瞳が鋭い光を宿した。


「良いか? 落ち着いて最後まで聞け」


 カラファンは無言でルキウスを睨んでいる。


「まず確定していることがある。ハイクは完全には治療できん」

「それは聞きました。数え切れないぐらいにね」


 ハイクは小さな頃から難病に侵されていた。

 原因不明で徐々に衰弱し、足先から全身が黒ずみ、意識も混濁するという。


 ルキウスの神気とヴァーラの最高位魔法ですら治療不可だった。

 状態は完全に回復したが一過的、つまり再度の悪化が始まっている。


 カラファンの話では、これまで何度も神官に依頼し、多額の治療費を支払い、その都度回復はしたが、再度悪化した。

 さらに回復魔法の効きが悪くなっていき、これまで治療できた魔法でもほとんど回復しなくなる。


 つまりヴァーラでも治療不可に陥る可能性があった。

 回復専門の神格者ならいけそうな気がしたが、ルキウスに心当たりは無い。

 ただしこの症状は知っている。体質、つまりルキウスが火に弱いのと同じ。


「そもそも、あれは病気ではない。だから誰にも治療なんてできない。ただし、状態は変化する」

「・・・・・・それは初耳だ」

「まずこれは呪いではない、才能なのだ。それを理解する必要がある」

「才能だって! 冗談じゃない。あれのおかげでどれだけ――」


 ルキウスは激昂する兄を、手の平で制した。


「まあ聞け。私の知り合いは最初ほとんど視力が無く、歩行にも困る有様だった。今でも目を開くことはまず無い、目を開かずとも見る以上に見えるからだ。鍛練を重ね、まともに見えない目は、全てを見る目に変化した。未来すらもだ。お前の弟の症状もそれと同じ類だ」

「本当に?」


 兄は新しい情報に興味を示したが、まだまだ懐疑的な表情だ。


「事実だ。ハイクは鍛えれば常人以上に頑強になり、病や疲労を受けない体になるはずだ。まあ、そこまで鍛えなくても、衰弱が無くなるまで鍛えれば生活には支障がない」

「そんなことが・・・・・・」


 カラファンは目を見開き、言葉に詰まった。まだ信じてはいないかもしれないが、これまでとは違う角度の情報に違いない。


「理解したか。あれは一種のスキルだ、上達は当然なのだ。ただし出発点はマイナス、ただそれだけ」

「どれぐらい鍛えれば?」

「それは私にもわからない、しかし鍛えなければ症状はひたすら悪化の一途を辿るだろう。動けなくなれば、鍛錬もできん。そうなったらそこまでだ」


 ルキウスからしても未知が多い。そもそもアトラスとどこまで同じに考えてよいかわからない。しかし、他にあれが治療できそうな手は無い。


 そして、どうなっても貴重な実験結果が得られるだろう。

 上手く行けば、貴重な《預言者/オラクル》も得られる。預言者オラクルに特化すれば、レベルが低くてもカサンドラの上を行く能力になる。


「具体的には何を?」

「森に入って狩りでもするのが良いだろう。実戦以上は無い」

「しかしあいつを森に入れるのはね。もうすぐ十一って歳ですよ」


「お前は自分の弟をずっとベッドで暮らさせたいのか? このままでは先は無いぞ。一刻の猶予も無いかもしれないのに、何を悠長にしている。お前はむしろ、弟を引きずってでも連れて行って戦わせるべき立場だろう。それが邪魔をしてどうする。カラファン、お前はハイクの敵か?」


 カラファンは唇を噛んだ。


「でも、いくら強くなるっても、途中で死んじまったら意味がねえだろ」

「心配するな。基本的に私やセイントのような格の誰かが付く。戦死は無い」


 そこから沈黙が流れる。先に口を開いたのはルキウスだ。


「では契約するか? なお契約したなら、今後一生涯において、我々を害する行動はゆるさん。敵対するなら必ず始末する。しかし、ハイクの鍛錬には全力で協力する」

「契約する」


 カラファンが即答し、契約がなされた。神の契約である。


「あ、そうそう、言おうと思っていたのを今思い出した。お前のやり口は善意や期待に訴求するやり口だが。危機感を煽るのも騙しの手口だ、要は相手の判断力を低下させるのだ」

「・・・・・・何がです?」

「ちなみに時間を切って焦らせるのも詐欺の手口だな。功名心や義務感を膨らませてやるのも良い」

「・・・・・・なんで今それを言うんです」


 カラファンが緊張した面持ちで静かに言った。


「弟には魔法の手ほどきをしたから、兄には詐欺の手ほどきを、と思っただけだ」

「俺は騙してなんかいやせんぜ。相手の思い込みが激しいだけだ」


 カラファンの言い分を無視して、ルキウスが言う。


「あと詐欺に使える書物をやろう」

「だから詐欺師じゃないですって、アニキ」

「遺跡で見つけた心理学の書物だ」


 ルキウスが取り出した紙の本。これはルキウスが購入したゲーム外書物の複製である。


「・・・・・・それは詐欺の本ですか?」


「心理学とは、人の心の仕組みを明らかにし、それを社会の発展に役立てるためにある。しかし実際には効率的に人をはめるための技術である。それ以外の用途は無い」


 機械心理学がAI開発に用いられたが、ここでは関係無い。


「そうなんですか?」

「そうだ」

「本当に?」

「間違いない。確実だ」


 カラファンは微妙な表情になったが、ルキウスは構わず続ける。


「この本は実に使える。ひょっとしたらお前は既に実践しているかもしれないが、刺激――お前の場合は言葉、聴覚刺激だろうが、それに対する反応速度、眼球運動のパターンからある程度の思考や健康状態がわかる」


 後は量子紐付装置でもあれば、記憶操作ぐらいはできるのだが、とルキウスは思った。


「健康までとは驚きだ」

「ちなみにそれは入門書で、他にも色々ある。怒ってる人をさらに怒らせるための技術書、【祝・憤死】、精神的時間圧縮を可能とする【心魂耐久列伝六・嫌な上司に耐え抜くには】など実用的な書物だ」

「随分ありますね。とりあえず、後の本が欲しいです、今すぐに」

「まず入門書を体得するのだ」

「・・・・・・それは残念です。そいつも遺跡から?」

「無論だ」

「それをどんな人が揃えていたのか気になりますね」

「勤勉な人物に違いなかろう」


 さらに状況の細かい状況の説明があった。


「では今すぐ森に行くぞ。二人と合流する」

「え!?」

「善は急げだ、それに明日から私は忙しくなりそうだ」

「忙しく? アニキは残るんですよね」

「仕事で残るんだ。色々と都合がある」



 少し経ち、四人は悪魔の森にやってきた

 ハイクは魔法の訓練としか言われていない。

 ただし、杖ではなく軽弩弓ライトクロスボウを渡されている。

 経験したことのない森、流石に不安そうに見えた。


「森にやってきたが、ハイクにはこいつを使う」


 ルキウスは亜空間袋から黄金林檎アトラスアップルをさっと取り出し高らかと掲げた。


「何ですかい、それは」

「これは最近森に出没する謎の店で売っているリンゴだ。不思議な力で一定時間能力向上する。一度の来店につき、一名様一個限り、毎日探して買いにいく必要がある」

「ああ、気色悪い猫の仮面を被った女がやっていると噂の。つまらん与太話だと思ってました」

「気色悪いとはなんだお前」


 森の奥深くにある腐れ木の根の穴に棲む化け物がうなるような声で、ルキウスが言った。


「い、いや」


 カラファンその変貌に恐怖する。百回骨を折られた時だって怒りの欠片も無かったのに。

 対処に悩むカラファンに救いが訪れた。


「いいか、あの仮面はなあ――来たぞ、獲物だ」


 ルキウスが杖で示した方から、体高三メートル以上の足が長いクマが走ってくるのが見えた。

 遠くでも、それが充分に巨体であると認識できた。体を激しく上下させ、凄まじい速度で駆けてくる。


「《巨大熊/ダイアベア》」


 カラファンが叫んだ。


「ショートフェイスベアだな、多分。ちょうど良いのが来た」

「幸運ですね」


 ヴァーラも同意する。

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