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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
1-7 東の国々 魔道の残骸
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白豹部隊

 コフテーム付近の森に一日ほど入った場所、すなわち、人の住む領域と魔が支配する悪魔の森との境。


 そこに散らばった八人。その武装は不揃いで、一見すれば魔法使いが多めのハンター集団といった風体だ。


 彼らはスンディ魔術王国秘密部隊の【白豹】。

 長く続く魔道の国なれば、魔術的な実験で力を特殊な血筋と化した者や、通常は不利益を与える呪いから力を得る血筋、狩った獣から力を得た血筋、神の干渉を受けたとされる血筋、そのほか、由来は不明だが先天的な力を有する者達が集まっている。


 この部隊はそれら〔魔族/ナイトメア〕で構成されている。

 彼らは生まれ持った力を引き出すことで、得意分野では人間より優位に立てる。その才能を活かすための部隊であり、スンディでは数少ない実戦経験豊富な戦闘魔法使いだ。


 周囲の木々に仕掛けをする隊員を、後ろから監督する軽装で白い短髪の女。

 部隊長のタチウ・コウリル。彼女はシュットーゼの動向を本国に持ち帰るために、ザメシハを出ており、騒乱に巻き込まれず無事であった。


(何がなんだかわからないが、仕事は確実にやらなければならない。あれがしくじったおかげで、私の報告が嘘になってしまったのだから)


 ザメシハ西部の拠点がことごとく壊滅したため、彼女は非常に神経を使いここまで部隊を率いてきたが、拍子抜けするほど何もなく、監視されている素振りはおろか、街の警戒レベルも高くなかった。


 西部での衛兵の注意は、吸血鬼ヴァンパイアに向かっているが、騒動以降見つかった話はなく、最低限の情報収集しか行わなかった彼女からしても、理解しがたい状況だった。


 これまでなら、その状況を調査しなかればならなかった。

 しかし、今の任務には必要ない。


「準備は終わったな」


 コウリルの合図で、部下が火のついた棒切れを放り投げた。

 ふわりと宙を舞った棒切れが、地面に落ちて軽くと跳ね、火がそこから多方向に地を走り、数十本の樹木に火がついた。


 遠くでは灰色の煙が西へと流れている。


 今回の任務は火つけである。悪魔の森に火をつけてクリルエンの緑禍と同質の騒乱を誘発させろ、との命令だ。


(そうそうあれが起こるとは思えんが、大火事となれば対処するしかあるまい)


 乾燥した草、葉は灰になり、油の多いマツなどは幹にまで火が点き、大きなロウソクになって、その表面が黒くなっていく。


 燃えにくい巨木には、火の元素を帯びた火走液を塗ってある。幹の下部で締め上げるように巻き付いた高熱の青い炎が、木の全てを火で包んでいく。

 湧きあがった熱が風を呼び、強風が吹く。舞い散った火が枯れ草に燃え移り、燃える範囲が広がる。


 周囲の火の勢は激しくなり視界の全てから煙が上がり、曇り空に合流している。


「よし、充分だ。各隊と合流するぞ」


 白豹は付近の森に散って火を放っている。


 近くに水場は無い。こうなれば消すのは困難。

 隊員も騒乱は起きないのでは、と思っているが万が一ということもある。

 自分たちが巻き添えを受けてはたまらない。速やかに森で合流して離脱すれば任務は終わり。


 彼女は危険な森の中で神経を研ぎ澄ましながらも、一段落ついて安心した。

 その時だった。


「何をしているお前たち! 所属を名乗れ」


 森の中に緊張感のある男の声が響いた。しかし、声は不自然にぶれ、完全に方向を特定できない。


 部隊が瞬時に動き、全周囲を確認する。


 ここで目撃されたなら、始末以外にすることはない。

 しかし、人影はどこにも無い。


 白豹の警戒レベルが上がる。一般人がうろつく場所ではない。相手は戦闘能力がある。

 辺りは煙と火が広がり、視界が悪くなっているが、比較的視界の開ける冬、身を隠せる場所は少ない。


 さらに周囲は魔法と遠巻きに配置した部下で警戒していたはず。そこをすり抜けたか、連絡させずに無力化してここに来ている。


 コウリルは軽く斥候役の部下を見た。生命力を察知できる部下だ。彼は頭を振った。

 十メートル以内には誰もいない。魔力反応も無し。ならば、不可視化ではないはず、単純に隠れていると考えるべきだ。


 かすかに弦の音がした。


「〔風の壁/ウインドウォール〕」


 敏感な感覚で敵意を察知した部下が即座に反応、七、八メートルの長さで下から吹きあがる風の壁を張った。同時に枯れ葉、枯れ草が一気に舞い上がった。


 そして、部下の喉元目掛けて飛来した矢は、風の壁により上へ逸れて部下の頭の上を飛んでいった。

 コウリルは矢の音の方向を瞬時に見ていた。


(やはり、最初からやる気か。だが見えた)


 東南の方向の木陰に、弓を構えた男がいた。距離は三十メートルほどか。すぐにその身をひいたが、彼女の動きに敏感な瞳は丸く見開かれている。黒い長髪でマスクをしている男だ。ほかの人間は見つけられない。


 コウリルは人差し指を男に向けた。そこから指ほどの大きさの光の矢が飛び出す。矢は高速で光の尾を引いて真っすぐに飛び、男の隠れた木に刺さった。

 こちらを窺うのに顔を出していた男が、顔を引いた。


 ある分野に特化した魔術師は、スキルとして初歩的な魔術を感覚的に放つことができる。


 部下達はその矢の行き先を認識、戦闘態勢に入る。


「〔魔法の矢/マジックアロー〕」


 コウリルが今度は正式に魔法を発動させた。三本の矢が手の上に浮かぶ。そして一斉に発射。これは木を迂回して曲がり、木の裏へと消える。命中したかどうかはわからない。


 刺さったとしても、ダメージも知れている。だがこれは時間稼ぎ、部下達の詠唱が終わる。


「〔火球/ファイアーボール〕」


 複数人が放った小さな火球が男の木に迫る。


 木の陰から、男が素早い動きで低く転がり出た。コウリルはこれを予測していた。次の一手は早い。


「〔魔法の矢/マジックアロー」」


 魔法の矢は威力が低いが速く、何かに当たるまで追う。

 三本の矢が再び男を狙う。男は曲がりながら飛来した三本を、持っていた弓で器用に受けきった。


 男は穴の空いた弓を捨てた。同時に火球がさっきまで男がいた木に命中し、爆発。爆発音が響き、木の幹を飛び散らして、幹が折れ、木がこちらの方にゆっくりと倒れる。


 男は爆発の影響でふらつきながらも、何かを取り出し手に持った。

 突然その手の中に何か、光る長い棒が出てきた。


(なんだ?)


 コウリルは見慣れない物に疑問を感じながらも、攻撃の手を緩めない。部下も同じ、火球が無防備になった男を狙う。


 男が放たれた火球をかわしながら、こちらを見て、光る棒を縦にして構えた。


 一瞬だ。男の手から放たれた光の線が二本、風の壁を突き抜けた。そして部下、二名が同時に倒れる。額を光が貫通したのだ。


(発掘品! 厄介な物を)


 男はさらに転がり火球をかわしたが、至近で爆発、態勢を崩したところに、コウリルがさらに発射した魔法の矢が三本続けて脇腹に命中した。


 男はそのまま別の大きな木の裏に駆け込んだ。あれは致命傷ではない。

 だが〔火球/ファイアボール〕を連続で撃ち込めば、木ごと殺せる。それだけの爆発力はある。


「反撃に注意し、攻撃続行。私が牽制する」


 しかし状況が動く。周囲から近づく足音、葉を揺らす音が聞こえてきた。

 だが姿は見えない。

 隊員は男の隠れた方を警戒しつつ、周囲に目を走らせる。


「俺が一人だとでも思ったか。スンディの工作員を相手にしようというのだ。数を用意させてもらった。完全に包囲しているぞ」


 今度は男の声がはっきりと聞こえた。


 突如、正体を看破され、さらに包囲を宣告され、白豹は周囲を睨み付け、硬直する。

 だが姿は見えない。いくつかの騒めきに、きわめてかすかに弦を絞る音もある。

 幻術の可能性があるが、すぐに確かめるすべはない。


 コウリルは冷や汗をかく。

 完全に動きを読まれていたなら、大部隊が展開している可能性は否定できない。森は隠れるのが容易だ。


 しかし、最初の火つけを放置していたのは違和感がある。

 戦闘か退却か。退くにしても、どの方向か、火の中を駆け抜ければ、大部隊でもふりきる自信はあるが。


「大人しく投降しろ!」


 そこに長髪の男が木陰から姿を現し、こちらを堂々と見た。弓だ。はっきりと見えた。光でできた弓を持っている。

 さらに姿を現しても、勝てる自信があるということ。

 しかし、まだ周囲にほかの人間は姿を現さない。


「退却だ」


 コウリルが男との中間点に、狼煙玉を投げつけた。

 狼煙玉は枝に当たって軽く爆発、獣が低くうなるような大きな音がグオーと響き、湧き出した赤い煙が、火事の風もあり上方へ流れていった。


 これは攻撃ではない。退却と、別部隊への合流を示す合図。


 包囲があるなら食い破って逃げる。周囲に展開している白豹は計七十八名。これを完全に抑える戦力があるとは思えない。

 そしてここに一人しかいない違和感は強い。足止めが目的と考えるのがしっくりくる。

 コウリルは敵はそれほど膨大ではないと判断した。合流すればなんとかなる。


 さらに〔霧爆弾/フォグボム〕、部下の一人が、男へ霧を集めて固めたようなもわっとした白い球体を放った。

 男がまた木の裏に隠れた。木に命中した霧爆弾は、男の周囲を半径五メートルほどの霧で覆う。


 その一瞬で魔道具を作動させる。部下全員から霧が勢いよく噴き出し、周囲十メートルは濃い霧に覆われた。


「見えているぞ! 武器を捨て投降しろ、さもなけば殺す」


 男の自信に満ちた大きな声が響いた。こちらからもその姿は見えない。

 コウリルはこの言葉の判断に迷う。これは視界を遮っていることが前提の退却行動だ。

 その間に部下が動いた。


「〔火球/ファイアーボール〕」


 部下の一人が、声のした方へ火球を放った。声の位置は少し移動している。


「かわせ!」


 別の部下が声を抑えて叫んだ。


 しかし――遅い。あの光の矢が火球を放った魔術師を射抜いた。胴体に命中した光の矢は、たやすく胴体を貫通して空中で消滅した。


 その矢は、火球を放ったのとは違う方向から来ていた。

 放った火球はどこか遠くで炸裂したようで、遅れて爆発音がした。


 別の隊員が倒れた部下に即座にポーションを振りかけたが、反応が無い。死んでいる。


 心臓を射抜かれている。即死、相当な手練れ。


(だが、見えているとは限らない)


「相手にするな、退くぞ」


 コウリルが発動した魔法〔別の口/アナザーマウス〕。その緊迫感のある大きな声は近くの細い木に生えた口により放たれた。


 すぐに光の矢が来る。

 狙いは正確、口の少し上。光の矢は木の幹を貫通し、バンッと弾ける音が響いた。


 良い腕だが、やはり見えていない。音頼りだ。

 ならば、逆襲の手はあるが、ここで敵を殺すのに固執しても手柄にならない。今なら退ける。


 コウリルが速やかに退くべくネコに変化しようとした時、乱射!

 彼女の横を光の矢が通り抜ける。

 さらに光の矢がやみくもに霧を突き抜いていく。


「く」


 隊員たちが伏せて転がり、木の裏に隠れる。しかし、光の矢は少なからず木の幹すら貫通している。


 さらにあの弓、連射が利くらしい。狙いをつけない速射、これでは偶然当たってもおかしくない。


 部下のフイが屈みながら、敵の側面を突くべく迂回する。その間も霧を増やし続け、彼は霧の中に消えた。


 彼は霧でも普通に見えている。そういう血筋だ。

 彼は足音を消して、接近して仕留めるつもりだ。


 さらに蛇使いが、懐から取り出した使い魔の毒蛇を地面に放し、攻撃を命令した。使い魔はしゅるしゅると這って、男に接近する。


 濃い霧の向こうは見えない。

 残るコウリル達は木の裏に隠れ、体を屈めて息を殺し、事態を見守った。


 カンッと金属を音が響いた、おそらく攻撃を受けられたのだ。さらに金属音が連続する。

 これは良くない。奇襲は失敗だ。だが動くことはできない。相手が弓使いなら勝負はわからないが、コウリルは相当な手練れだと見ている。


 剣戟の音が止んだ。霧が体にまとわりつき、いっそう空気が重い。

 しかしフイは戻らない。音も一切しない。さらに使い魔との接続が途絶えたらしく、蛇使いが頭を振った。


 また、光の矢が次々と霧を突き破るようになった。

 失敗だ。

 しかし、フイの身に着けていた魔力の反応はわかる。敵はそこにいるはず。


 この距離で有効な魔法は限られる。相手は戦闘慣れしている。一般的な状態異常が入る距離を見切っているのだろう。


 さらに最初にやられた二人は、射程の長い状態異常の専門家だった。これはおそらく偶然ではない。


 敵は杖を持っていた者の内、火球を発動していない者を狙ったのだ。片方は初めに防いだ矢で狙われたのと同じ隊員だった。

 何をしてくるかわからない者を優先しての攻撃して、不確定要素を減らした。


(ならば、力技でやる)


「〔力場壁/フォースウォール〕」


 コウリルは手に高品質な四角の水晶を握り、小さな声で魔法を発動、水晶は手の中で崩れ去り、不可視の壁が彼女の前に発生する。

 さらに魔法の充填された短杖ワンドを取り出し、壁を盾にして、〔雷撃/ライトニング〕を唱える。

 短杖ワンドの先端から一直線の細い雷が、魔力反応を狙って霧の向こうへ走る。


 すかさず反撃の矢が来る。矢は力場壁に直撃、これをぎりぎり止めた。矢は壁から突き出ているが、壁を広く破壊する能力はない。壁は維持できる。


(この威力! 城壁並みの強度はあるというのに)


 驚きはしたが、壁の力を確認した彼女は、短杖ワンドを連続して振って、〔雷撃/ライトニング〕を連発した。

 何度か矢が来たが、それは全て壁で止まる。コウリルは霧の向こうを凝視して雷撃の報復を続ける。

 

 矢が来なくなった。まず手で部下を制止、待機させた。


 コウリルは動きを止めて、耳を澄ませる。

 火が熱で木を曲げていく音と水分が弾ける音、葉がそよぐ音、強い風が瞬間的に吹き抜ける音、そして自分の呼吸音だけが聞こえた。


 仕留めただろうか。フイ目掛けて魔法を撃ち込んだので、彼の生死を確認する必要はない。捕虜を出すことは避けねばならないことだった。


 しかし確認にはいかない。危険が大き過ぎる、死んでいなければ、確実に逆襲される。

 霧はそろそろ晴れる。その前に退かねばならない。


「退くぞ」


 生き残った隊員は、全員が小型の動物に変身し、男と逆の方向へ走り去った。

 例え包囲があっても、これを捕まえるのは簡単ではない。

 獣が草むらの中を疾走し、木々の間を縫うように駆け抜けた。



「……退いたか」


 トンムスは草むらの中に伏せ、霧の晴れていく方を見ていた。

 周囲では草がパチパチと燃えており、彼の頭の上に火の粉が降りかかっている。


 一人残されたトンムスは体を起こし、膝を突き、体に刺さった木片を抜き、火傷を治すためにライフポーションを飲む。脇腹の傷はほぼなかった。鎧で止まっていたからだ。


 さらに周囲を警戒してから立ちあがると歩き、クルミぐらいの茶色の金属球体を拾っていく。

 これは最近買った魔道具で、記録した音を再生できるものだ。小型化するのは大変らしく、中々の高値だった。

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