虚言集会
王都の動乱から数日過ぎた。
それ相当の損害は出たようだが、国の運営に支障は無いというのが、メルメッチの調査による評価だ。
ルキウスはコフテームの冬を感じながら、しばらくはゆっくりできそうだと思った。
「できたぜ」
言ったのはカウンター向こうの店主だ。
壮年の男性で、立ち振る舞いがきびきびして威勢が良い。
この店主は一昨日街で出会った。王都の騒乱を逃れて新天地を求める料理人で、店を開く場所を求めていた。
そこから、料理に興味をもったルキウスのつてで借家を紹介した。そして、正式に店を開く前に招待を受けていた。
「確かにでかい豆だ」
臓物の豆包は片手で持つのに適切な大きさだ。
これに使われている巨人豆は、ルキウスにとって見知った植物であった。
壁を超えるための登攀用魔法で召喚できるし、特別に巨大に育った巨人豆を登れば、空の上の国にだって行けた。
豆より木の方が知られる、農業をやらなくても印象に残る植物の一つであった。
サンティーが言っていた、でかい豆の料理とはこれだろう。
店主が巨人豆の料理と口にした時、多分そうだと思っていた。
(煮込むのに調理時間は掛かっているが、ファストフード感はあるな)
ルキウスは店長から受け取った臓物の豆包に口をつけた。口元の空いた仮面は大きく口を開けられる。実に仮面を変えて正解だったと思う。
「どうだい、これまでとは変えている。と言っても、初めて食べるって話だったな」
店主が反応をうかがう。
「食べやすい。さっぱりとしつつも、肉の味が際立つ」
野菜ソースの酸味、臓物の油が染みだし、エンバクのプチプチとした歯ごたえが同時にやってくる。
ソースは多年草であるダタトルフィロプの若い茎を使っているそうだ。
あの草は森でも、田畑の近くでも、どこにでもある、筒状の茎をもつ赤い草だ。
元々は塩味が濃い香草のソースで、癖が強かったとか。
「久しぶりに食べましたが、中々面白い変化ですね。よくあるのより食べやすいと思いますよ」
ルキウスの隣に座っているトンムスが言った。ルキウスが誘って連れてきたのだ。
彼も出された臓物の豆包を食べている。
ルキウスはトンムスに色々と世話になってばかりだったので、初めてこの街で何かを紹介したことになる。これで不味かったら困るところだった。
「まず好評ってところか」
店主が安堵した様子で、それはルキウスも同じだった。
「なぜ、変えようと?」
トンムスが言った。
「ずっと同じじゃあ進歩は無い。それに大戦前はいろんな料理があったはずだ。最近は食料に余裕があるし、少しぐらいは復興させねえとな」
「それは御立派、あの草は少々えぐみがあるが、これには感じない」
「これが安上がりで一年中採れる。王都でも川岸には多くあった。ベリー類が年中とれれば、そっちでもよかったが・・・・・・加工はあっちの方がら楽だからな」
店主が未調理のダタトルフィロプを持って言った。
「あとは、豆の値段が少々高いが許容範囲だ」
「王都の方では多いですが、こっちでは少ない。開拓初期に植えた巨人豆が大きく育ち、大量の実を付けています。あれは、大きさの割に水を食わないから、初期は重宝したとか」
トンムスが言った。どんどん料理を食べている。本当に気にいっているのだろう。
「そうだな、あれは頑丈で、日が当たりさえすれば勝手に育つ」
「森では見かけないが」
ルキウスが言った。あんな高い木があれば目立つ。
「あれは大戦前は、育ちすぎるものだから勝手に植えては駄目なやつだったはずだ。だからどこにでもは無い。この国の辺りではいくつか植わっていたんだろう。それを増やしたんだ」
「よくご存じで」
トンムスが言った。
「まあな」
「商売は成り立ちそうか?」
ルキウスが言った。
「どっちかといえば、臓物の確保に難があるな、ここは。家畜が少なく、狩猟で獲った獲物の臓物は捨てているという話だったが」
「私もそうしますね。金にならない荷物なんで」
トンムスが言った。
「余裕があれば持ってこよう。運搬手段があるからな」
ルキウスが言った。
どこかのサンタがやたらと臓物をばら撒いて回るので、肥料にしているところだ。肉は木に成っているし、ペット達も食べきれていない。
「それは助かるな。癖の強い臓物、脂肪、血液に、それを緩和するソース、潰したエンバク、そして豆ってのが基本なんでね。ああ、骨髄もねえな。エンバクは安いが、いっそ他の料理でも生み出すかねえ」
「普通の肉ではだめなのか?」
「普通の肉では流石に別の料理だぜ。こいつは大戦後の食料不足時代、頑丈さから残っていた芯が硬くて食べにくい巨人豆に、食べにくい臓物を使うことで生まれた歴史ある料理だ。基本は変えられねえな」
特別なこだわりのある料理らしい。
「まあ、大戦前の料理本でもあればな・・・・・・できることはありそうだが」
「それは宝物級でしょう」
トンムスが言った。それにルキウスも続く。
「昔一般的だったものは安物だったので保存処理が無く残っていない。それで今では場所によってでは格別に高くなると、滑稽なものだ。下手な魔導書より高い」
生命の木にある書物を、複写すれば金になりそうだ。料理本なら出しても問題無いだろう。
「・・・・・・昔は安かったはずなんだが」
店主は料理人として、かつては普通だった調理技術が失われた不条理に思うところがあるのだろう。
「趣味人が金をつぎ込む分野は相場がおかしくなりますから」
「まったくだ」
店主が軽く笑って言った。
「なんにせよ、王都では大変でしたね」
「全くだ、あんな化け物がでるなんてな。これじゃあ、引っ越しもやむなしよ」
「どんな様子だったので?」
トンムスは――おそらくその上の伯爵が気にしているだろう情報を――聞いた。
「俺が夜遅くまで新メニューの研究をしてたらな、外からずりずりと何かを引きずる音が聞こえてきた。それでも無視して、鍋をかき混ぜていたら、木窓が開いてな、そこには何か奇妙な管があった。それがいきなりドバッと妙な液を噴き出しやがる。俺はしゅっとかわして外に飛び出した。外に出てみれば、珍妙な化け物が五匹いてな。なんだこの野郎って、片っ端からぼこぼこにしてやったってもんよ」
店主が興奮して言った。
「・・・・・・それは大したものだ」
「そうそう、大したもんだ。これも美味いし」
ルキウスは、料理人として高レベルなら能力も高いだろうし、特効などのスキルがあるのかもと思った。
あとはやはり、地上に出た分体は弱かったのだろう。料理人に倒せる程度には。
「あれが客なら歓迎したが、金を払う素振りは無かったね」
「森にダタトルフィロプ採りにいったときにも、何か出たと言っていたな」
「おう、《朱森妖精/ファー・ブタリ》に襲われたよ」
やや虫に近い顔を持った小人と虫を混ぜたような十センチほどの妖精だ。簡単な攻撃魔法を使うので、一般人には危険な相手であり、ハンターでもちょろちょろ走り回られると仕留めにくい。
「そっちも大丈夫だったので?」
「これでも一人旅には慣れたものでな。多少の荒事の心得はあるんで、軽くひねってやった」
「へえ」
「奴らは気まぐれに植物を生やし枯らす。森の生態系の活性化には寄与しているようだが」
ルキウスのイメージでは魔法的シロアリみたいな妖精だった。
「気まぐれに人も襲うがな」
店主が言った。
「妖精ってのはそういうものですから。コムギを片っ端から倒したかと思えば、やたらときのこを生やしたりするとかで」
トンムスが言った。
「まあ、料理人が料理になるようなヘマはしないぜ。笑い話になりたかない」
「妖精ね、世界は神秘に満ちている。わからないことばかりだ」
ルキウスが一口かじった。
「そういえば、【常盤の森】に入りたいって人も多いようですね」
トンムスがルキウスを見て言った。これはルキウスとヴァーラのパーティー名である。
パーティ名を付けろとギルドが言ってくるので、ルキウスが名付けた。
二人に向けての依頼が多いが、片方だけに来るとか。伝聞で名前が変化して、受注の見込みの無い指名依頼が増えているとか、苦情を言われた。
パーティー名と登録者名がそろっていれば、間違えにくいとのこと。
ザメシハでは国民と森の距離が近いが、悪魔の森は依然として恐怖されている。
その印象を緩和するために、【楽しい森暮らし】とでもしようかと思ったが、実際に危険だし仕方がないとやめたのだった。
「《自然祭司/ドルイド》に多いな、しかし同じ役割で来られてもな。違う役割が来るべきだと思う」
実際には入れる見込みは無いが、それでも特別に有能な者なら、なんらかの関係はできるかもしれない。
「ほお」
興味深そうにトンムスが言った。
そこに、ヴァーラが大勢の舎弟に見送られて、店に入ってきた。大変に野太い声を背に浴びている。
彼女はコフテームのありとあらゆる場所に出現し、ごろつきはことごとく打ちのめし、時には家庭問題にすら介入した。
伯爵は特に文句が無いようだったので、ルキウスが放置していたところ、若者の愚連隊が片っ端から恭順し、本格的な筋者は消滅し、そのあとできた隙間に入り込もうとしたしょぼくれたチンピラ未満の連中も粉砕された。
中には、ごく小さな空き地を縄張りとして主張し、そこの草の権利を主張する者すら現れた。
ルキウスはそいつに無理矢理、やたらと渋い草汁を飲ませてやったところ見かけなくなった。
この街の人間は開拓心と独立心に満ちていると思った。
そんな経緯により、大勢の舎弟を抱える状況になっていた。
「なんだ、詐欺師も来たのか」
ヴァーラの後ろに、ルキウスほど整った顔ではないが、どこか安心させるものがあり、人を惹きつける明るさがある細身の男がいる。
「用事があると」
ヴァーラが言った。
「詐欺師じゃあありませんよ。アニキが店の宣伝しろって呼んだんじゃあないですか」
どこかさわやかで、気だるげに言ったのがカラファンだ。
苗字は知らない。ころころ変わるので本人も認識していない可能性すらある。
ルキウスの認識では詐欺師である。ここの法律では微妙なラインらしいが、こいつはヴァーラではなくルキウスがしめた。彼女にとって危険な相手だったからだ。
ヴァーラが人助けのために資金が必要だと言うので、最初は認可していた。
しかし、短期間に何度も続くようになり、理由を尋ねた。
話ではここから遠い貧村を助けないと滅んでしまうというのだ。
内容は、前払いで商品を注文したが商会が盗賊に襲われて潰れた、強盗に盗られた、間違った薬を売りつけられた、村人が無知すぎるために魔道具の使い方を間違えて大怪我をした、少ない食料が魔物に奪われた。
そんなことを涙ながらに語り、金が必要だと助けを求める男がいるそうで、支援が必要だヴァーラが熱弁してくる。
流石におかしいだろうと、ルキウスが付いていった。そして、そこにいたこの詐欺師を、徹底的に締め上げた。
他にもよそで大分やらかしている。何かと同情を引いたり、自尊心を刺激して金を出させる能力に長けている。
それでいて、信じがたいことに悪属性ではない。
ちなみに出身の村は実際に貧しいという話だ。
「そうだったか。まあいい、食っていけ。店主、これは詐欺師だから気を付けろ」
ヴァーラがルキウスの隣に、さらに隣にカラファンが座った。
「問題無い、生き物は基本的に詐欺師だ。そんなものにびびっていては、世を渡っていけん」
「それは結構だが、こいつは口がうまいんでな」
「アニキに褒められると嬉しいです」
「カラファン、勝手にアニキと呼ぶな。そういうのが詐欺師なんだ」
カラファンはヴァーラではなく、ルキウスにすり寄ってくる。力関係を理解しているのだろう。
ルキウスが色々とへし折ったのに、接近を図ってくる辺り、根性もある。そこは認めていた。
「アニキに嫌われると、俺、悲しいですよ。わかります? 尊敬してる人にこんなに嫌われてるんです」
カラファンが悲痛な表情をした。
「お前は本当に嘘しか言わんな」
「赤星なんだから尊敬するのは当然じゃないですか」
カラファンが真面目な表情を作ったが、これも意図的な表情に違いない。
「二人からも、何か言ってやってくれ」
ルキウスが店主とトンムスに助けを求めた。
「人間は正直が一番だぞ」
店主が神妙な顔で言った。簡素だが響く言葉だ。きっと店から様々な人生模様を見てきたに違いない。
次にトンムスは諭すように言う。
「カラファン君、嘘なんかついていると周囲全部が不幸になるぞ。君は若いのだから、真っ当になるべきだ。私が信用されているのも嘘をつかないからだよ。日々の積み重ねは大きいぞ。真面目に働くなら、どこかに口利きしたってかまわない」
トンムスはこの街で最も信用されているハンターの一人。
含蓄のある言葉が少しは響くはずだ。
「いやあ、誰も不幸にしてませんて」
しかしカラファンがへらへらと答えた。これにルキウスは失望して重い声を出す。
「エリローシュ商会だか、エリラーシュ商会だかの娘が、殺してやるって、お前を二日も追いかけまわしただろうが。不幸極まるだろ」
「あれは向こうが勝手に勘違いしたのであって、こっちは最初からお金がいっぱいあれば結婚したくなるかもーとしか言ってないし。それに彼女は夢を見ている間が幸せな乙女なんです。だから、俺は彼女が幸せでいられるように最大限努力したんですよ」
「結婚したくなるかも、が嘘だろうが」
「フォレスト、あれは不幸な行き違いであって――」
「お前は黙っていろ」
間髪入れず怒られたヴァーラはがっくりと肩を落とし、そこに出された臓物の豆包をちまちま食べ始めた。
「いや、だからアニキ。あと金額が百倍ぐらいあればなったと思うんですよね。多分」
「ならんだろう。金ではな」
「・・・・・・世の中楽しい方がいいと思いません?」
「思わなくないが、実現性の無い嘘ではな」
会話が止まった。
そこに店主がカラファンに臓物の豆包を出したので、彼はそれを手に取った。
一方、トンムスは全てを食べ終えて立ち上がった。
「じゃあそろそろ私は仕事に行ってきますよ、五日ほどで帰りますんで。王都の話も聞きたいし、また来ますよ」
トンムスが出ていき、店主が「おう」と見送り、他の三名も見送った。