魔道3
「まあ、我らは偉大な主を戴いて幸せよ」
「まったくです」
二人は神を感じながらしばらく黙っていたが、ソワラが仕切り直した。
「この国の産物はわかりましたか? そろそろ一次報告が出せると言っていましたね。ヴァルファーがせっついています」
ターラレンは、これに待っていましたとばかりに答える。
「うむ。北の国境付近のウシュパン熱水地帯では、鉱液が盛んに湧出しそれが析出したものを輸出しておる。主には、金、銀、鉛、硫化鉄、硫黄、クロム、アンチモン、赤リン、天青石、酸性白土、重晶石、石墨、珪石、石膏、石灰、火精石、神金、火水土、走水ぐらいか。湧出口によってかなり性質が違うな、これらの由来が気になる。すでにいくつか買っておいた。石墨は無かったから助かる。合成するのは手間だった。あとは硼砂が必要だ」
彼は仕手抜かりなく仕事を済ませた。
魔術が盛んなだけあって関連商品は豊富で、資金があれば低・中位の触媒は手に入る。しかし、そう安くもないので、大量に買い込むことはできなかった。
「この辺りでは希少資源ですね」
「あの地域は興味深い。調査したいが警備がある。この大陸、火山は珍しいようだからの。かなり気になるが、急ぐことでもなし」
ターラレンは、魔術的な現象も含め、高熱域での現象には詳しい。
この国の産物はかなり不自然な組み合わせだ。発生の仕組みが異なる物質が、近所から産出している。
まるで使えと言わんばかりの大地の振る舞いである。
もっとも、これは資源があるからそこに魔術を重視する国が建ったともいえるが、ザメシハにも、同じように産物に違和感がある鉱山があると聞いていた。
彼の興味を引く状況である。
大地を調べるには既存の鉱山や地層、火山を探るのが楽なのだが、この大陸の高山地域に火山はほぼ見られない。
海の果ての島には火山が多いと伝説にあるが、大陸外への安定した航路は存在していない。
本格的な調査には、世界を巡らねばならない。
しかし、ルキウスはその性質上、大海の先に興味を示さないし、示されてもサポートは困るので、海の先の調査は放棄するしかなかった。
しかし、そこまで調査せずとも、この大陸だけで十二分にわかっていることがある。
このゾティーク大陸の構造、もっと根本的には星の構造は何かおかしい。
地質に繋がりが感じられないのだ。
水が作り出す地形は比較的まともだが、地殻の運動がひどく不自然で、内殻の状態が推測できない。
ひょっとしたら、星自体が複合的な大魔術の影響下にあるのかもしれない。
その場合、膨大な魔力の暴流が地脈を流れていることだろう。
だとすれば、都市部が、突発的に大地から噴出した魔力で深刻な被害を受けてもおかしくない。
それを確認するには、火山、地質の調査は重要であり、ルキウスも興味を示す性質の事柄だが、彼一人では膨大な時間が掛かるために、今は急がないとした。
「まず報告書を早くするように。あと、ヴァルファーが問題を解決できる魔術をなんでもいいから、探してくれと」
広く思考するターラレンに対し、ソワラは目の前の問題に重きを置いていた。
ただし、彼は大小関係なくあらゆる問題に興味がある。
「問題とは?」
「ええと……そういえばイモから芽が出て、ルキウス様が困っていましたね、保存できないと」
ソワラが少し考えていたが、途中であきらめた。
ほかにヴァルファーが言っていたことがあるはずだが、ルキウス関係のことしか記憶していないのだろう、とターラレンは思った。
「イモが強すぎるんじゃ、半日で芽が出るのだから」
「それで保存系の魔法が効きにくいのです。わざわざ友達大臣が芽ばかりかじって、毒を受けていました」
「緑だから食べられると思ったとかいう話だろう、挑戦心は大事よな。芽は食べやすいこともあれば、捕食者に対抗するため毒が集結しておる場合もあるとか」
ターラレンは見習わなければならない姿勢だと思った。
「保存も無毒化も中位魔法で可能ですが」
「触媒がいる。ヴァルファーが消費を抑えろと叫んでおったぞ。それに息の根の止めてから保存した方が賢いわ。ここでも小麦粉などにして、魔法の保存袋にいれておるぞ。それで二十年はもつとか」
「面倒なこと」
「楽をするにはコストが必要ということよ」
街の外に出る城門に近づくにつれ、街の色は地味になり、貧相なローブや長上衣を着ている者が増える。場外の貧民も物売りに入ることはでき、それぞれが商売をしている。
そんな者も二人を意識しているが、距離を置いて関わらない。ほかの魔術師に対しても同じだ。
「活気はありますが、これも歪なものを感じます」
ソワラは奇妙な物を見る顔だ。サンティーが一日中蜂の巣を観察する顔に似ているが、明るい感情はない様子だ。
「ここはこれで成り立っておる」
「どう思っているのでしょうね、彼らは」
「現国王が魔術に傾倒しておるのは下々まで知れておるな。専門家でないにしては中々の力量とか」
としても、特別、上に不満を持ちはしないだろう。首都近辺は仕事があるので、貧民も生きてはいける。本当に生きているだけにすぎないが。
「一般的な国家なら優秀でしょうね、魔術を基盤に多くの産業が興るでしょう。しかしここからさらに魔術に傾倒すれば……国が滅ぶのでは?」
「そうでもないぞ、結構なんとかなっておる。停滞しているが」
動乱が起きそうにない。緩やかな停滞だ、最低限だけはやっている。圧政とも言えない。
外敵がいないせいで、軍事費は少ないと思われる。
東から北東のモヌク紫海王国は、一番の交易相手であるスンディの機嫌を損ねない。
南のセテパト丘陵地帯の洞窟群には、多種多様な亜人達が住みつき、覇を競いあっているが、スンディには関わってこない。
大陸の南北を分断しているこの地域、これも安定と停滞の原因。
「これでねえ」
ソワラの目には軽い侮蔑があった。
「魔術を使えば、大飢饉は避けられるようだ。崩れはせんよ」
「帝国も大量の貧民を持て余しているようですが。案外、人の世とはそんなものなのでしょうか」
「貧乏人がいくら死のうが、国家運営に支障はきたさぬ。ただどうも、主の望む治世は、すべてが綺麗に巡る精密術式のごとき構造でなくては気に召さぬご様子。美しくないシステムはいらぬとな。ゆえに、完璧な計画、準備が整うまで、一切動くなとの仰せよ」
「ルキウス様ならばその程度は造作もないことです。我らが働きさえすれば、なおのこと」
ソワラが自慢げに言った。
「そうかの、大陸中央の汚染は森の周囲より格段に重いぞ」
ターラレンは彼女ほど気楽に見てはいない。判明している情報だけでも、主に不利に働く要素が多くあり、それらの根本的解決手段が見つからない。
彼は、与えられた情報からいつでも正しい判断する不滅の機械を魔術で作れるかとルキウスに問われたが、自分にはできないと答えるしかなかった。
あれはきっと統治者を求めているのだと、彼は解釈した。
「ザメシハ王都での騒動も予知して対処されたのですよ」
「それは真に見事だが」
「ああ、偉大なルキウス様」
ソワラが遠くを見てうっとりとしている。こうなると邪魔しない方が望ましい。
主は真に素晴らしい。しかし、今は発生した問題に対処しているだけだ。
それを魔術で解決するのが彼の責務。主が存分に力を振るえる状況を作り出すために。
さらに歩き、路地に入った彼らの目の前には、建物の軒先に突き出した粘板岩の屋根の下に屋台が並んでいた。
きつい薬品の匂いに、ソワラが少し屋台から離れた。
魔術関連の品を売っている通りだ。塔近辺とは別の物を取り扱っている。
道に謎のどろどろした液体が流れており、屋台には、何かの粉末、奇妙に揺らめく液体、極彩色の鉱物、乾燥した動植物が並んでいる。
ターラレンはこんな雑多な場所も気に入っていた。ソワラも品には興味があった。
「ここの法では禁制の品ばかりですが」
「実際には誰も取り締まってはおらぬ。やって得をする者もおらぬだろう」
答えるターラレンの姿は、すっかりこの街の住人だった。
ソワラの視線の先に、赤子のミイラがあった。ほかに人体の瓶詰や、乾燥した一部が並んでいる。
禁忌されがちな毒物や、呪いの牙や奇形の魔獣の骨、毛皮などの魔法触媒もある。
本物かは疑わしい神代の剣の刃の一部なども売っている。
この通りでも特に怪しい部類の店だ。
「品ぞろえはよいようですね」
「育てられぬ赤子なら、金に換えたほうがよいというわけじゃな」
「確かにここは触媒の入手に使えそうです。何か買っておきましょう」
ソワラは好意的だ。森では確保しにくい種が多い。
「わしは嫌いではないがな、この国」
面白い物をいっぱい売ってるし、と思いながらターラレンは言った。
「それはそうでしょうね、あなたには。好きなだけ研究できるのですから」
「さっき、ボールみたいな魔法洗濯機があったが面白かった。あれを使えば簡単になる作業がありそうじゃ」
ターラレンがいたずら坊主みたいな楽しくて仕方がないという顔になった。
「清掃用の魔法があるのでは?」
ソワラは不可思議そうにした。
「それを魔道具でやるところに意味があるんじゃ」
「ターラレン、面白いからで買っていないでしょうね。ルキウス様の私財を売って得た資金ですよ」
ターラレンは、ソワラに図星を突かれて言葉に詰まる。
「……裁可は得ておる。ルキウス様は大体通してくださるが」
「ギャッピー無限繁殖施設案は却下されましたよ」
「まず無限が余計であろう」
二人は城門を超え、城壁の外に出た。魔法使いは自由に通行できる。
目の前には雨漏りしていそうな薄っぺらい藁屋根のぼろい家が立ち並び、城門前以上に、使い古されたボロボロの服を着た人が増えた。
城門から続く大きな道を行く商人と、その両側に広がる家並みの人々の差が際立つ。
道に転がる死体も珍しくない。
「どうしましょうか、この国」
ソワラが城壁の方を振り返った。
「技術情報の収集が目的ぞ」
ターラレンが足を止めた。
「でも特に必要ないでしょう?」
「確かに有無が影響を与えぬ国、緩やかに下っている。外は都でも活力がない。野良犬も気が滅入っておる」
ターラレンの目の前を、やせ細った犬がこそこそとした足取りで横切った。
「でしょう?」
「だとしても勝手に仕掛けるなよ」
「勝手だなんて、すべてはルキウス様の意志ですよ」
「ルキウス様は友邦の確保を目的にしておられる」
彼からしてもここは使える。余計な騒ぎを起こされては困る。
「ここは無理ですよ」
ソワラが言い切り、それにターラレンも強い言葉を返した。
「それを決めるのはルキウス様じゃ」
二人の間を冬の風が吹き抜けた。
「ここの総魔道長は火魔道士だというではないですか」
ソワラが思い出したように言った。
「……そうなっておるが、本人は確認しておらん。城から出てこないのでな」
ターラレンは、意図の不明な話題転換に首をひねった。
「危険では?」
言うまでもなく火は主の弱点。としても、火自体を敵視するのは愚かだ。
何より、ターラレン自身が火魔術師系なのだから。
「相手は重鎮ぞ、街を出ることもあるまい。主と会うことすらないわ」
「しかし、危険な火術使いは全て抹殺しておくべきでは」
ソワラが嫌らしく口元を歪めた。
「わしに言っておるのか、このわしに?」
ターラレンが意味を察して、怒気を含む低い声で語尾を上げた。
二人が足を止めて向かいあった。
「あら、他に話す相手が? それとも他の聞こえようがしたのかしら」
ソワラが挑発的に言い、ターラレンが吊り上がった口元で言う。
「ほーう」
ターラレンは調子に乗った若造に思い知らせてやらんと、燃える赤いオーラをたぎらせた。
ソワラもこれに対し、湿った銀色のオーラをうねらせる。
二人の放つオーラの衝突の余波で、露店のオートミールが急に泡立ちふきこぼれ、近くを歩いていた魔術師の水晶が爆発し、悲鳴があがった。
さらに家々の隙間から大量のネズミが駆け出し、遠目に見える畑から一斉に小鳥が飛び立つ。
さらに荷車を引いていた黄色い車輪が一個だけ付いている大きな一輪車のような魔道機械が暴走、近くの民家に突っ込んで壁を破壊した。
通行人が怒鳴って騒ぎになり、人が集まり、遠くから衛兵が寄ってきた。
「私はまたザメシハに戻ります。あちらの王都の様子を見ているメルメッチを回収しなくてはなりませんから」
ソワラは何事も無かったように言って、街の外へ歩いていく。
「資料を頼むぞ」
ターラレンも同じようにきびすを返した。
彼は多くの買った物を抱えて、うきうきした気分で宿へ帰る。彼にかかれば、役に立たない奇妙な術も、重要な発見への一歩に成りえるのだ。
彼は宿で部屋一面に巻物を広げて回るのが、楽しみで仕方なかった。