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森の神による非人道的無制限緑化計画  作者: 赤森蛍石
1-7 東の国々 魔道の残骸
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魔道

 一方、サスアウは苦々しい気持ちで、自らの管理する防衛施設にして研究施設である不変の塔へ通じる三階の渡り廊下を目指した。


(ティカルサ殿には、勝算があってのことなのだろうが)


 ここ数日、総魔道長と三塔の長による会合があったが、戦争に反対しているのは彼だけだ。他の二塔、円環、虚実の塔長は政治的な事柄に興味を持たず、予算無制限で大きな実験ができるとしか思っていない。


 相手がザメシハであるというのも理由の一つだろう。あの国の成長を望ましくないと感じる者は多い。

 特にスンディでは、自らが開拓を放棄した悪魔の森の開拓を格下の新参者が成功させている、と恨まれている。


 彼自身、森を切り開くのは好ましくないと考える。

 その直接的な原因は、国が過去にクリルエンの緑禍を経験したからだ。


 しかし、そうでなくとも魔術師としては、未知の危険に無暗に手を付けるのは愚かと考える。そして、未知があるなら、それが何かは知らねばならない。


 しかしこれに関しては、森の調査すら禁忌とする国のせいで阻まれていた。

 ティカルサは子供の頃に直接それを見た経緯で、森に対抗すべく火魔術師になったという。それも影響しているだろう。

 総魔道長ティカルサは尊敬しているが、これだけは好きではなかった。魔術師の存在意義を否定する行為だと考えている。


「戦になればどうやることか」


 特に財政が豊かということもなく、軍備に熱心でもない。

 ましてや、この国の者は戦など知らぬし、上位の魔術師ですら研究室に籠り実戦経験が無い者も多い。そして研究室にいるならまだマシで、手品程度の魔法で魔術師を名乗る者も増えている。


 塩味を濃く感じさせるとか、足音が金属音になるとか、眉毛が伸びるとか、親指だけ逆に曲がるとか、一体なんの意味があるというのか。

 塔に籠りがちな彼でも、それらが幻術師、つまり魔術師の技が幻であるとか、魔術が見えないとか、陰で揶揄されているのは知っていた。


 他国の事情に疎い彼に、勝ち負けはわからないが、この有様では相当な損害が出るのは間違いないと思う。


 憂鬱な彼が、五十メートルの高さにある渡り廊下へ入り、風を感じると、そこには部下の若い魔術師がいた。


「塔長、例の客人、御二方がお見えになっています」

「おお、そうか」


 サスアウは部下の言葉を聞き明るい調子で答えると、軽くなった足で年甲斐もなく約三キロの廊下を走った。

 古くからある高さ三百メートル以上の巨大な塔が近づいてくる。やがて大きな扉に着き、それを開け、中に入った。そして、塔の外側寄りにある階段を速足で駆け下りた。

 彼は息を整え、一回にある客間の扉を開けた。


 客間の椅子に掛けて待っていたのは、しわが年を感じさせるも活力に満ちた挑戦的な顔つきで、長い黒髪を後ろで束ね、長い髭を生やした老人。

  赤い宝石のついた軽冠サークレット、深紅のローブを身にまとい、厳かな炎を宿した球体が複数付いた杖を持っている。

 この老人とは召喚魔術劇場で知り合い、魔術談議で意気投合した。


 そして、最近この老人が連れて来るようになった、銀の長髪と金眼が輝く絶世の美女。貴族の夜会で見そうな白いロングドレスを着て、光沢のある白い真っすぐな杖と脱いだローブを持っている。


「これはお待たせしましたな、ターラレン殿、ソワラ殿も」

「別に待ってはおりませんぞ、塔長殿はわしなどと違って忙しいでしょうしな」

「サスアウ様に会いたくて、押しかけてしまいましたの」


 ソワラがにこりと笑いかけた。

 サスアウはそれに少し大頬骨筋が緩みかけたが、顔を引き締めて耐える。本気で言っていないことぐらいはわかっているが、魔法と別種の魔力があった。


「お二人と話せるのは私も大歓迎です」


 サスアウも椅子に掛けた。

 この二人、その風体からして並ではない。本物の《魔術師/ウィザード》、そして《女妖術師/ソーサレス》。

 相当な修羅場を潜り抜けてきたに違いない。鋭い気配と同時に上品さも感じられる。


 国内外から塔に所属したがる野心家や、甘い汁を吸おうとする者が多くやってくるが、その手合いとは違う。


 彼にとって優れた魔法使いとの会話は、貴重な刺激であり癒しであった。

 このような出会いは、若い頃に名も知らぬ老魔術師に会って以来。

 最近は、この旅の二人と魔術の話から世俗の話まで花を咲かせ、国外情報も尋ねていた。


「わしの若い頃の話でよければいくらでもお聞かせしましょうぞ」

「私も年でなければ、冒険に出てみたいものです」

「まあ、随分と走れるご様子ですけど」


 ソワラが感心して言った。


「これは見えておりましたかな?」


 サスアウは非常に小さな丸窓を見たが視界は悪い。この二人が窓を覗き込んで待っていたとは考えにくい。何かの魔法だろうか。


「汗の匂いでわかりますのよ。冬ですもの、普段ならそう多くはかかないでしょう」


 ソワラが、そんな思考を察したように微笑む。


「これはこれは、鋭い嗅覚をお持ちだ。固有種嗅覚でもお持ちで?」

「さあ、どうでしょう」


 ソワラは微笑んだままだ。


「固有種嗅覚といえば、特定の物質の匂いにだけ敏感で、この辺りでは比較的多い天与能力アビリティでしたかな」

「いかにも。識別しやすいので多く見つかる、と考えて問題無いのだと思っております。これも調査結果がありますぞ」


 長く隠されたものにこそ価値がありそうだが、彼が数十年調査しても、わかりやすくすごい隠れた力というのを、一つも目にしていない。研究では、どんな情報も価値があるが、時には英雄的な能力を見たいという気持ちがあった。


「それは興味深い」

「ターラレン殿は相変わらずなんにでも興味を示されるな」


 老いても貪欲な客人にサスアウが感心して言った。


「いやあ、恥ずかしながら個人で研究ばかりしておりましてな、わしの知識には偏りが多いもので、一々確認しなければどこかで恥をかくのでな」

「それこそ、魔術師の正しき姿ですぞ。群れると碌なことになりやしません。実に羨ましい、私も最近は塔を離れようかと迷っておるのですぞ」

「これは御冗談を」


 ターラレンが大仰に言った。


「いい設備は使えますが、余計な面倒が多いですからな、先日は一日出入りの商会の相手をして、次に予算分配は部下達が欲望を隠しもせずに大いに争い、それだけで一日が腐り落ちたのです。部下のおべっかにも付き合わねばなりません。あれも疲れる」


 先ほどの部下にも、少しは点数を稼ごうとの思惑がある。

 明らかな賄賂ならともかく、研究の成果物として渡されたり、研究のためにと物資を送られたりすれば、無下に扱うわけにもいかない。

 本当に煩わしい。


「まあ、それは大変ですのね」


 ソワラが机に優雅に肩肘を突いた。

 人生は有限、魔道を極めるにはいくら時間があっても足りぬと、ひたすら魔道に捧げた人生だ。

 今更、色香にやられぬように気を引き締めた。


 サスアウは、部下にハーブティーと茶菓子を持ってこさせ、二人に勧めた。

 そこから、さっきの出来事のせいか、研究体制の愚痴などが続いた。


「いささか、ご不満なご様子ですな」


 話を聞いていたターラレンが言った。


「まともな話は机に載りませんな、本当に嘆かわしい。研究より文書の書きようで評価を得ようとしますし、下手すればどこかの遺跡産の書物を買い付け、それから複製する。しかも、さらにそれが偽物だったりします。競合相手の研究にけちを付けることだけを目的にする者まで出る始末」


 サスアウは自分で話して思いだし、嫌な気分になってため息をついた。


「そんな者は魔術師にあらず」


 ターラレンが少々怒った。


「大変ですのね。でも、使えればいいではないですか」

「重要なのは原理の解明であってだな、効果は副産物だ」


 ターラレンがそれを聞きとがめ、くるっとソワラの方を向いた。


「使えないものに価値はありません」


 ソワラが目を細めて言った。


「だから使えるのは結果であって」

「今日は星の話でしたな、専門ではありませんが、資料を集めておきました」


 二人が言い合いをしそうなので、サスアウは話題を変えた。

 一度目は止めずに言い合いを眺めていたが、それをそれで新鮮な価値のあるものだった。しかし、客をわざわざ喧嘩させようとは思わない。


「星には夢がありますから」


 ソワラが言った。


「ソワラ殿が火の話は聞き飽きたということで、気にいってもらえればいいが」

「一昨日はひどかったですよ。触媒ごとの火の燃え方の違いの話を二時間もされましては困ります。終いには思い付きで、数百の条件での仮想計算を始めるのだから。実際にやってみればわかることではないですか。それに実地しえない条件のものも混ざっておりましたよ」

「なに、今世最高の魔術師である総魔道長殿も火を得意としておるというではないか、気にするのは当然であろう?」


 ターラレンがソワラを見た。


「話しだしたら止まらなかっただけでしょうに」


 ソワラがうんざりとした様子で言った。


「魔術の神髄は細部にあるぞ」

「それにしても、ですよ」


「私は細部の研究にも、感覚で完全に扱えるというのも興味はありますよ、しかし実戦から随分と遠のいておるので、感覚は鈍ってしまいもうだめです」


 サスアウは両人を立てておいた。本心でもある。


 二人の魔術は、何度か実地してもらって目にしている。少しは部下の刺激になればと思っての行動だったが、高度過ぎて普通に強いだけに見えていそうだった。


「それより、早く無限に広がる宇宙で輝く星の話を聞かせてくださいませ」


 ソワラが資料に目を向けた。


「ふむ、星といえば、まず糸の出た糸星と、完全に丸い糸無し星の二種類、これの違いですな」

「永遠の謎ですからな」


 ターラレンが同意した。


「我が防御術式でも重要です、あの二種は性質が異なります。混同するとおかしな結果を招く。二つを見分けるのも難しい。未だにどちらか定まらぬ星も多い」

「実際に行ってみれば、わかるのですが」


 ソワラが残念そうに言った。


「ははは、それは確実ですがな、最大限上手くやって月まででしょうな。それこそ神代の技術があれば、あるいは、といったレベルです」

「実に残念です」

「糸が正体の仮説は、高濃度の魔力に近いエネルギーの放射説、未知の宇宙自然現象説、生物的な触手説、幻術の一種説などが主です」

「結局、現状ではどれも決め手はないのですね」


 ソワラが言った。


「その通りです。なんせ、遠くの話ですから」

「はて、この星に糸があるのかどうかも、当然論議になっておりますな、どうお考えか、サスアウ殿」


 ターラレンが言った。


「私は見たことがありません、ゆえに答えようがありませんな」

「わしも各地を移動しておるが、見たことはない」


 ターラレンが同意して続ける。


「結局、あれが何か不明では探すのも困難」

「そう! そこですな、やはり、それを確定させねばならぬでしょう。この塔の望遠鏡でもはっきりとはわからぬのです。特殊なエネルギーなら見えないのも納得できますが、確定はできますまい」

「残念ですな」

「本当に。それでは塔を空の上まで伸ばすしかありませんね、そうすればよく視えますよ」

「それはそれで厳しいですな」


 ソワラの無茶な言葉にサスアウが苦笑いした。


 その後は、様残な星々と各魔術との関連性、影響について長く論じた。二人はサスアウの知らない星々の知識を持っていて、それを取りいれれば、自己の防御術の多くを強化できそうだと感じた。


「ターラレン殿はやはり塔に属する気にはなりませんか?」

「わしは知らねばならぬことが無限にありましてな、それらは世界中に転がっておるのです」


 サスアウは、魔術師としてこう答えてみたいものだと、深く思う。


「他の塔長は忙しいでしょうが、私は当面暇ですのでいつでもお越しください。季節外れの果物までいただいておりますし、少しはいい茶菓子を探しておきます」

「それはかたじけない。あれは森の奥にはいくらでもありますでな、調査ついでに手に入りますからの・・・・・・して他の方々は何か用事があられるのかな」

「まあ、色々と都合がありましてな」


 サスアウが誤魔化した。


「色々とは、なんでしょう、実に気になります」


 ソワラが少し前に出て言った。


「他の塔のことは完全には知りません、多少騒がしくならやもしれませんが、気にされずともよいですぞ」


 この二人を親しく感じているが、としても軍事情報を漏らすわけにはいかない。


「そうですか」


 ソワラが急に興味を失ったように言った。

 それから二人は別れのあいさつをして出て行った。

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