スンディ会議
「これが問題の物です」
そう言って、丁寧に差し出されたのは小型の魔道銃だ。
銃身をはじめ、材料はおおむね神銀で、その先端には赤い突起物がある。つまり穴は無い。
全体は細長く、槍に引き金を付けたような形状だ。
これを受け取ったのは中年の男。興味深そうに銃を眺めている。
彼こそ、スンディ魔術王国の王、魔術師を束ねる者。ドルガ・メテ・クランツェン・ソヴェッパ。
青灰色の髪、浅黒い肌に空色の瞳、これはスンディの王族によく見られる特徴であった。
長い髪は複雑に編み込まれ、顔つきは面長で、彫りが深く頬はやや削げ、軽く髭を生やしている。
装いは、頭に赤いつたで作られ、宝石の実が成った帯冠、非常に華美な短上着を羽織り、裾口が大きく開いたズボンを履いている。
場所はスンディの王城の中、射撃訓練場であった。魔法で作った弾性のある粘土製で三角形の的が並んでいた。
この王城全体は石壁に囲まれた三角形の敷地で、各頂点部に真っすぐな筒状の青い塔が直立している。
「見たところ形状は一般的。旧世界の魔道銃は総じてこんな感じだ。格別に特徴は無いな。傷も無く見た目は美しいが」
旧世界、には、もう過ぎ去ったものであり、完全に断絶した過去であるとの意味合いが含まれている。
彼は充分に調べてから、銃を的へ向けて構えてみせ、そして銃を隣の老人に渡した。
「ザメシハのコフテーム付近で発掘されたとされる魔道銃、ザメシハで競り落とした物のひとつです」
銃を受け取り、口を開いたのが、隣に控えていた総魔道長キリエンザ・ティカルサ。
顔のしわがひだのように重なり垂れ、長い白髭を蓄えている。
何層も重なった塔のような高く幅の広い帽子を被り、赤いアカデミックガウンを着て、指には多くの指輪をしている。そして部下が持っているの尖った赤水晶の結晶が取り付けられた杖が、彼の杖である。
大柄で恰幅がよく、服は横に膨らんでいた。
王には側近、総魔道長には部下の魔術師達が数名付き添っている。他に訓練場に人間はいない。
「使わねばわからぬよな」
王の言葉に総魔道長が、部下に銃を渡した。
「では準備を」
「はい」
若い魔術師は射撃位置につき、落ち着いて銃を構えると約二十メートル先の的を照準した。
赤い突起から無音で光弾が発射され、一瞬で的の中心に吸い込まれた。同時に、焼き物が割れるように砕け散った。
「間違いない魔法を打ち消している」
王が感心して言った。
「いかにも、魔法が正常に作動していれば、その弾性で傷は付かず、属性で弾性を無視しても貫通して穴が空くだけです」
「しかし、お前が重視するほどの事か」
王は不思議そうに言った。
「これが打ち消せるのは低位までですが、弾の能力ではなく、銃に付加された効果であるというのが重要なところです。エネルギーは魔力があれば誰でも補充できます」
総魔術長が少し力を込めて言った。
「補給口は?」王が尋ねた。
「ここです」
総魔道長が手で示した銃の後方には、円形内に小さな記号の印があった。
「やってみても」
「今のところは正常に作動しておりますが・・・・・・」
王に総魔道長が難色を示したが
「大したことにはなるまい」
王は気にせず、印に指を付けてみせた。
「ふむ。確かにな、無理なく円滑に入る、流石は発掘品か」
王は魔力を注いだのだろう、満足げに言った。
「あとの話は中でよろしいですか」
総魔道長は、これ以上銃に触れさせると、興味が完全にそちらにいってしまうと感じ、場所を移動しようと試みた。
「うむ」
一行は訓練場から王城に入った。
そして王と総魔道長の姿は会議用に部屋にあった。室内は二人だけで、非常に長い机の両端に二人は掛けている。部下達は入口で待機だ。
「あれは、ザメシハでは高い値は付かなかったと聞いたが?」
王が前に乗り出し、机に肘を突いて言った。
「魔法が使えるなら、多くの者は自前の魔法を使うかと。それにこの効果は狩りには不向き。威力に対し、魔力消費が重く、銃の重量もそれなりですし、人気が無かったのでしょう」
「野蛮なことだ。すべてをあの森を中心に考えるな、あの連中は。しかし、あれがそれほど問題なのか。実際、魔術師でなければ、補充が面倒で満足に扱えまい。しかし魔術師の大半はあれの射撃ができぬ。さっきの者も、希少な魔銃の研究者だろう。低位の魔法が消せたところでな」
王の言いようには取るに足らないことであるとのあなどりがあった。
「確かに三塔の魔術師ともなれば、中位までは扱えますが、地方の者や、不勉強な魔道貴族の腕は鈍っております」
「嘆かわしいな、我とて訓練は怠らぬというのに」
「まったくです、皆が陛下のように勤勉であらせられれば、私も楽なのですが」
「して、本題は?」
王がその目を鋭く、そして面白げに開き言った。
「今すぐにザメシハを滅ぼさなければなりません」
総魔道長の、その年相応の重さがある声が低く響いた。
「今すぐ、とは新しい言葉が付いたものよな」
王は軽く笑っている。
「このような銃がまとまって発掘されたことはこれまでございませんでした。もし、ザメシハが悪魔の森を切り開き、辿り着いた発掘域が新しいものならば、大量に出る可能性も」
対する総魔道長は真剣である。
「しかし、今回銃は全ては購入できたのであろう。ならば次も買って、他にやらねばよい。研究には使えようし、我が国なら魔術師が多い。無駄にはなるまい」
「それは我らの都合した商人を、彼らが妨害もしませんでしたからな。しかし、オークションで何度もやれば、不審に思わればれましょうし、この技術が広がれば我が国の力が相対的に落ちます」
「それは我も気にいらんが、連中が魔術の価値を解さぬのはいつものことよ」
「考えていただきたい。ザメシハの全ての軍にあれが配備されれば、大変不利です」
「中位の魔法だけで戦えばよいのではないか」
「手練れでも中位魔法ばかりでの戦闘は厳しいでしょう」
ティカルサは内心であきれながら言った。真理の研究者である魔術師はあらゆるものを研究する。その中でも戦術は重要なものだが、今では魔術の研究者ばかりになってしまった。
軍を束ねるのは王の領分だが、これでは期待できない。
「ならばいっそ、あれに対抗する魔道具を開発しては」
王は開発するのが楽しみなだけだろう。
「やってできなかったでは済みませんぞ」
「それはそうだが」
王が口ごもった。
「銃の話ここまででよろしいでしょう。ザメシハには、別の強い疑いあるのです」
「ほう」
「ザメシハの連中は帝国に通じているに違いありませんぞ」
総魔道長は少しためてから、ゆっくりと言った。
「それはいくらなんでも飛躍しすぎであろう、帝国の辺境すら千ラッツ以上先のはずだぞ」
「帝国の方からも寄っておるかもしれませんぞ。それにおそらくですが、魔物の弱い外郭部であれば、少数の手練れで通れます、隠れての貿易は可能、コフテームなどは絶好の立地でしょう」
「コフテームといえば、何か、騒ぎがあった奥地の田舎であろう」
「左様です。あの町は特別に警備が強いのも怪しいです。我らの諜報部隊が連絡を絶っております」
実際には破壊工作部隊だが、ティカルサはそれを王に言っていない。うまくいってから、報告すれば済む話だからだ。だが、あそこは危険に違いないと彼は思う。確実にうまくいくはずの工作が完全に失敗した上に、ザメシハ全体の諜報拠点が潰されたのだ。
「そもそも、悪魔の森を切り開くなど正気の沙汰ではありません」
「ふむ、それはそうよな、学ばぬ無知な連中のすることよ」
「その通りです。しかし、帝国と通じておれば別です。我々の知らぬ科学技術もありましょうや。西方の遺跡群に、何があるかは私もわかりません」
「しかし確実ではあるまい」
「残念ながらザメシハの防諜に防がれております。森の中では彼らに分がありますので。しかし、通じておらねば、彼らが自力で開発した可能性もありますぞ。とすれば、あれをオークションに出したのは、技術を誇示し、魔道の国であるスンディを威嚇するためともとれる」
「まあ、技術が広がるのは望ましくない」
「でありましょう」
「しかし戦とはな」
王が戦争したがらないのは面倒であるというのが第一の理由だ。魔術に関係無い話をする時は、いつも退屈そうにしている。
「陛下、戦争になれば、多くの術式と魔道兵器を試すことができます。さすれば、スンディの魔術を、飛竜のごとき速度で発展させることもできましょうぞ」
「おお、そうか、それは悪くない」
王が少し興味を高めた。
(これではどちらが魔術師やら)
王は魔術を得意としている、それは良いが政治への関心が薄い。
本来は、王族が政治、魔術師がそれを支えるのがこの国だった。しかし、魔術を重視する気風の中で、王族が魔術を重視するようになった。それは権力を握る魔術師達とやりあうには実際に有効であった。
しかし、これでは完全に全体が崩壊している。
バランスの崩壊は、大戦が原因だ。あれで失われた技術復興のために、特別に魔術師の立場が上がり、この国の支配階級は魔術師がほとんどになった。さらに立場を世襲したため、二代目以降は魔術師としての力量も保証されない。
結果、四百年もすると、逆に国家の形を歪め、魔術の研究にも問題を発生させてしまった。ティカルサはそれに、ここ十年ほどでようやく気が付いた。
それにしても、ザメシハの急成長がなければ、考えもしなかったことだ。隣国との力関係の劇的な変化が、革新の必要性を彼に訴えかけたが、改革は不可能だった。彼自身もそう乗り気ではない。
(国家運営に異常をきたしているが、我がスンディはいまだ強国、ザメシハは帝国との戦いに関係していない。無くなっても半島の戦局に影響は無い。相手が実際に帝国と組んでいるかはわからない。しかしそれはどうでもいい。どちらにせよ。今の内に潰しておかねばならぬ。それで当座の問題は無くなる)
「しかし今すぐか?」
「今でなくてはいつになるかわかりません。昨年はボジトン湿原が増水し、年中国境地帯の交通に支障をきたしておりました」
「そうであったな、船関係の魔道具を増産したか」
「幸い今年は水量が少なく、徒歩で行軍可能、絶好の好機、時期も最善、四月までは動けるでしょう」
「今しかないか」
総魔道長は王の態度を見て、あと一押しと続ける。
「成長するザメシハを周辺国は憎々しく思っております、公にはとにかく、内心では弱って欲しいのです」
「そうであるな、魔術を重視せず発展するなどおかしな話だ。そのようなことはあってはならぬ」
「私が愚か者共に魔術の神髄を見せつけてやりましょう。よって軍の編成はお任せいただきたい」
「任せる」
「ありがたき御言葉、私は早速仕事に移りますので、これで」
総魔道長は満足して立ち上がり、部屋を出ていく。
「これで決まったのですか、ティカルサ殿」
自室に戻るティカルサに、廊下で険しい顔を向けてきたのは、不変の塔の塔長、トクリ・サスアウ。
ティカルサよりは若く、簡素なローブを着ている。顔も生真面目そうで、ぼくとつとしたも人物だが、今の表情はそう見ないものだった。
「そうだ、お前の危惧はわかっている」
ティカルサは威厳をもって言った。
サスアウは西側で戦を起こすことに反対していた。帝国との戦争中である以上当然の、常識的な意見だった。
「帝国を前に内輪もめとは」
サスアウが苦々しく言った。
「私がうまくやる。サスアウ、お前には塔に残ってもらうぞ」
「信用できぬ者はつれていけぬと」
「そうではない、総力で当たるにせよ留守番は必要だ。それにお前は希望せぬであろう」
「ですな」
「お前が行く気なら調節する。気が変わったら申し出よ」
サスアウの返事は無かった。ティカルサは足早にそこを後にして、自室に戻った。
「そもそも、シュットーゼがうまくやっていれば、こうも急なやりようは、まことに不要であったのだ。矢は先端さえ折れてしまえば先へは進めぬ。しかし完全に連絡員まで潰された。一体あそこで何が起きたのやら、逆にこちらの情報が漏れておるやもしれぬし、動くなら今しかない。奴らを叩けば開拓済の土地が手に入る。これが叶わなければ、自力で森を進まねばならないが無理だ」
改革が不可能なら、国土を拡大して状況を変えるというのが、彼の選択であった。




