宝
ディープダークは仮面を取った。
赤み掛かった金髪に、暗闇でも青い瞳、エル・テアイルセンスだ。
エルは少し髪をいじって整えた。
「悪いね、二人とも。黒の鍵が示すのは情報の在処とエフェゲーリ・メクレルでは決まってる。僕が決めたんだ。財宝は金の鍵さ。でもまあ、始末せずに済んだのだから、気付かなくて正解さ」
彼女がヒーローを始めてから一年しない頃、聞こえ始めた〈呼び声〉。
これは助けを求める者の声を聞くスキル。複雑に折り重なりぶれる人の声が聞こえてくる。
彼女の基準で、助けるべきか疑問に感じる相手から聞こえる場合もあり、選択基準がはっきりしないが、これまで全てを助けてきた。
彼女は地下に入ってからこの声を追っていた。地上でも聞こえていたが、同一の声が複数方向から聞こえるという初めての経験で、寝起きで耳がおかしくなったかと思っていた。
しかし、地下ではアスプテチムの遮断効果のせいか、一つの声に集中できた。〈呼び声〉の仕組みは謎が多いが、空気の振動ではなく、魔法的な力で感じとっている。夜によく聞こえるから影を伝っているのかもしれない。
そして、辿り着いた対象が明らかに悪であったので、流石に不可解に思い、よく探った結果、カバンの中に対象がいると気が付いた。
「物とはね。ドルケルなら物に思念を込めれる。それが何か作用したか」
エルは黒の鍵を少し眺めていじってから、宝のあった窪みを手探りして、さらにそこに黒の鍵を当ててみた。しかし、何も反応は無かった。
「ふーん、ここではない・・・・・・なら」
エルはそこの対面の壁へと歩き、さらにそこと宝の位置を点として、二刀辺三角形を形成できる上方の点まで飛行した。
トンネルの構造上、最上部に近い位置。
黒の鍵の中身が情報ではなかった場合、本物の情報はこのように近くに隠されている。
ドルケルが、過去の組織を名乗ったなら組織のルールに従うはず、と彼女は考える。
エルは壁だか天井だかに黒の鍵を当てていく。すると、下の宝と同じく、棚が開くように押し出された。
「あった」
エルは中身の四角い紙の包みを取り出し、飛び出した部位を元に戻す。
そして下に降り、包みを開くと、上には封筒に入った手紙、その下に紙束があった。
エルは封筒を開け、中の手紙を取り出した。
手紙には美しく細い文字が、高貴なリズムで並んでいる。
――唯一にして絶対なる我が君、アルエン・セルステイ様
「その名も生まれ持ったものではないけど」
私は見通せぬ深き闇の奥に貴女を感じながら、まずまずの一日を過ごしております。
貴女がこの手紙を読んでいるなら、私はもうこの世にいないでしょう。
私は道化国家を樹立すべく、最後の準備をしています。
「本当に柄にないことをやったね。ドルケル」
これが貴女の望まぬ行いであるとすれば、貴女に討たれたところでなんの問題があるというのでしょうか。
貴女に会うことこそがすべて。いつにあっても美しき青の夢を見ます。
しかしこれは当初からではなかった。
貴女が討たれ組織が崩壊して十年もすると、私は存外、愉快に過ごしておりました。
「・・・・・・そうだろうね。そういう性格だし」
流血をまねく情熱的発展と、聖なる銀が香る腐敗に満たされた適度に騒がしい世で、実に好調でありましたが、愚かにして愛らしい人間たちは大戦にまで至ってしまい、流石に身の振り様を考えるほかなく、少しばかり流れることとなりました。
その流浪の生活の中で、華麗で勇敢な歴史研究家をしていた際、大戦以前の機密情報を閲覧し、貴女の生存を確信するに至り、貴女との再会を至上の目的としたのです。
その後、二百年ほど貴女を探してみましたが、全く痕跡をつかめずあきらめざるを得ませんでした。
「無理だろうね。ミュシアの結界だし」
そこで趣向を変えまして、影のごとき速さと密着性に優れた大組織を作り、事を起こすとした次第です。
自分が組織の長となり思うのは、組織というものは膨張すれば驕り、留まれば淀み、止まれば倒れる厄介なものであるということ。
実に美しくない。
今思えば、貴女が水ぶくれし醜くなった組織を、ゴミ箱に捨てたのは当然。あの破滅の狂騒を楽しめなかったのは、失態でありました。
「そう大きくなると駄目さ。ジタニ、ラクティー、ウェンオウ、レイエン、百人ぐらいの時が一番よかった」
貴女が去ったことに、なんの恨みもありません。
私は今もこの組織を生贄に捧げ、貴女に会う期待を膨らませています。
それが叶わぬ時の策、黒の鍵集めは楽しんでいただけたでしょうか?
黒の鍵がどのように貴女の手に渡ったかは想像もできぬところ。きっと多くの巻き添えが発生したことでしょう。それを思うと楽しくて仕方がない。
五つの鍵は、金に汚い権力者、貧弱な力の信奉者、過ぎたる臆病から遅きに失する奸物、分不相応な大志を抱く極道、陰に夢しか見ぬ商人、に配しておきました。
いずれも己が何をし、どこにいるのかも解さぬ者。何かしら事を起こしていたはず。
もしくは誰かが野望を抱いて鍵を完成させたなら、近隣諸国を巻き込む動乱が起きているでしょう。
古カタルシアのような動乱でもあれば、新たな英雄が生まれ、人類も再生に向かうやも知れぬと愚考します。
そこに貴女が登場すれば、新たな伝説の幕開けとなることでしょう。
それを思うのも面白い。
「鍵は集めた感想は、あっちに聞かないとわからないな」
貴女探索の一助となって頂いたグリベン・マクレイル氏は元気にしていると思います。
私の稚拙な術のせいか、大分記憶が曖昧で、あまり貴女を探すのには役に立ちませんでしたが、会ったらよろしくお伝えください。
「おかげで思わぬ再開があったよ、すぐに蹴り飛ばしたけど。テエンが僕だと気付いたのはあいつのせいかもしれないな。ドルケル、こんなことなら導いてやればよかったか・・・・・・いや、無理だね。いくら言っても壺とか舐めまわすのやめなかったし。僕の判断は正しい」
後はエフェゲーリ・メクレルの思い出が記述されていた。
人に追われる吸血鬼を保護して住処を用意したり、他の組織との抗争、深淵の探索、表の商売。大陸の裏の半分を牛耳った日々。
そして最後にはこうあった。
私は貴女が生きていると確信して以来、あの日々を思い出さずにはいられないのです。
貴女もこの機会に私のことを思い出していただきたい。
貴女の忠実なる僕ドルケル・シュットーゼより。
「さよなら、ドルケル。忘れはしないさ。君は色々とやらかしてるからね」
残った分厚い紙束は大半が、文物に関する論評だった。クラウ・ファウストの精神性がどうの、ハウヘンルテ詩集が気に食わないだのと書かれた、密度の高い文字列が延々と続いている。
他にはドルケル個人が隠した財宝の場所が記してある地図があった。
「ドルケルらしい。暇な時でも読もう」
エルが紙束を縮小して懐にしまったところで、いきなり通信による、大地を割らんばかりの大きな声が響いた。
『コラー! テエン。早々に何やらかしたのよ、変なのが大量に湧き出してるのよ』
ミュシアが早口でまくしたてた。
「どちらにおかけでしょうか、人違いでは? こちらはエル・テアイルセンスというものですが」
『爆撃されたいの』
普段のミュシアから想像もできない怒気を含んだ声がした。
シェルターにいるので大丈夫と言いたいところだが、深さ十キロぐらいは簡単に消し飛ぶ。
爆撃魔女界最強の、《生態系破壊者/エコシステムデストロイヤー》が暴れれば、本当に世界の終わりである。
「ミュシア、なんで僕だと決めつけるんだい? それとテエン・イルスアルセの名前は捨てたからね」
『それは今はいいの。早く何をやったか言いなさい!』
「エルだよ」
『あんた、あのやたらと光る蹴りを使ってないだろうね』
ミュシアは無視して話を続けた。
「使ったけど、何か?」
『あれをやったら、三回に一回ぐらいは大物が出てくるでしょうが!』
「そんなことはないよ、五回に一回ぐらいのものさ」
エルがしれっと答えた。
『わかっているなら使うな!』
「いいかい。あれは不幸な偶然であって、なんの関連性もありはしない」
『実際に出てきているんだから、それが答えよ』
ミュシアは自信に満ちており、意見は変わりそうになかったが、エルの考えも変わらなかった。
「そもそも、あれは大魔法級が乱れ飛ぶような戦場の近くに現れるもの。蹴りの一発なんて関係ないさ」
『それだけの威力があるんでしょうよ、あれで塵にならなかったのはいなかったじゃないの』
「まあ発生元は消滅したからさ、残りはそっちでやっといてよ」
エルの説明不足な言葉はいつものことであり、それに返る言葉も同じようになった。
『もうやったわよ』
「流石はミュシアだ。手際がいい」
エルは精一杯感心して見せた。
『おだてても何も出ないわよ。帰ったら積もる話があるから覚えておきなさい』
「景色でも見ながらゆっくり帰るとするよ」
『早く帰ってこないと、あの変なのがご飯になるわよ』
「はいはい、もう切るから。じゃあね」
完全な闇の中でコツンコツンと、どこか物悲しいリズムが刻まれていく。
ザメシハ嚆矢国での、茫緑の業毒の暗躍から続く騒乱は、こうして収束に向かった。
しかし、そもそもの原因は何も変わっていない。
スンディ魔術王国に軍を興す動きありの報が、王都レンダルにもたらされたのは翌日であった。
誤字脱字報告していただける方、ありがとうございます
大変助かっております




